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登れた・・?

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登れた・・?昨日の昼頃だったと思う、大ちゃんから「登れた・・」と転落があったが、あの感じからすると「不可能プロジェクト」のことだろうとは思いながら、自分の忙しさに忙殺されて、気のない返事をしてしまったような気もした。
昨年は大ちゃん自身としては、久しぶりに成果を感じない1年のように感じていたようだが、今年はいい感じで成果が上がりそうな気がする。
ともかく、おめでとう・・いかなるプロジェクトを成し遂げても、あんまり反応がない大ちゃん(シャイなのかな?)が千恵さんの口からでも伺えるほど感情が伝わってくるような気がした。
まだまだ、山のように日本での課題が山積しているようだし、3月21日からは平山さんとともに、クリス・シャーマとのコラボレーションもあることだし、お互いに刺激しあって、それぞれがもっと先の「世界的な偉業」に向かって気持ちや目標,夢などを膨らませてほしいと思う。
そんなことを感じた昨日でもあった。ボクは娘と病院へ検査に行っていた。いろいろ懸案は多い。

しかし、今日友人でもあり、ダイナウオールの社長でもある、H氏と1時間以上も℡で話し手、勇気をもらった。
勇気をもらった・・といえば、一昨日はK君(保険代理店)との話でも刺激を受けた。
何事もうまくは行かない・・しかし、うまく行かないから実現したときの喜びは大きいのだ。
いつも生徒に言っていることを、友人や後輩からのアドバイスでかみ締めている今日でもある。
「歴史という礎があってこそ、今日がある。アメリカの歴史も過去の戦争でのいきさつがあてこそ成り立つ」
「歴史を踏まえたうえで、あえて明日の困難に立ち向かって行こうではないか」
・・と、そうオバマ大統領は就任演説で語っていたような気がする。「単なる夢や希望だけでは、現実に国家が直面している困難を踏み越えることはできない」
「変革には痛みが伴う、私たち自身の国家の未来、あるいは子供たちに未来のために、私たちの歴史が歴史の今に何を残せるのか・・ともに、民族や宗教、あるいは国家の理念や人種などの壁を踏み越えて、新しい未来の歴史の礎を、私たちはともに構築してゆこうではありませんか」・・・と言っていたようにも思う。

登れた・・
大切なことであり、不可能が可能になるには長く苦しい時間との対話が必要なことを、歴史はいつも教えてくれる。

1月20日には、そんなことを考えていたようにも思う。

スラックライン入荷

スラックラインの次期入荷は5月中旬になります。ご予約の順番渡しとなっておりますので、よろしくお願いいたします。ご不明な点はお気軽に向井まで問い合わせください(4月16日加筆)

ドイツ・ギボン社の公認スラックライン(簡単に言うと綱渡りゲーム)が入荷しました。
50mm幅で15mの長さです。どこにでも張ることができて、バランス能力アップになるようです。
発祥は15年?位前、アメリカのヨセミテ渓谷をクライマーが綱渡りしたのが始まりとか言われています。ボルダーラー」クライマー、サーファー、スケーターなどに人気があります。
消費税送料込みで・・13440円で発送(送料別)しますよ!
ロッククラフトではバランス練習に随時セット予定です。

お試しください

 

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早速マイブームかな

 

早速マイブームかなロッククラフトの室内にスラックラインを設置しました。
今日は風が強くて外でバスケットができないので、室内で盛り上がっています。
結構楽しいかもしれません!!

 

 

 

 

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ピエール君が

 

ピエール君が結構うまいです、不良中年君、グレイシー君など挑戦中です

 

 

 

 

 

 

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大変好評です

 

この調子ですと、1月中には在庫(メーカー)がなくなりそうな勢いです。
巷の情報では、トラックなどの荷紐(スラックライン)でも同じだ・・という説がありますが、それは間違った考え方です。
ギボン社のスラックラインはスポーツとしての使用を目的として作られていますので、ラインの性能にもっとも大きな違い(伸縮性がアル)があります。
また、ラインをただ歩く(綱渡り)だけでなく、トランポリンのような性能を出せるのは、ギボン社製のスラックラインのみかもしれません。
長さも15mあるので、さまざまな遊び方に対応できますよ!

ということで、よろしくお願いします  向井

ノースフエイスカップの公式ブログが開設されましたね、これからどんな情報が公開されるのか、楽しみですね
http://ameblo.jp/thenorthfacecup
覗いてみてくださいね

クリス・シャーマとは

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クリス・シャーマとは

おそらく、世界でもっとも、その動向が注目されているカリスマクライマーの一人であろう事は疑う余地もない。
しかし、クライミングというスポーツを認識していない人にはなぞの人間でもあろう。
彼は必ずしも人前で登る事を由とはしていない。あえてコンペ(大会)での成果をクライミングの本質とは考えていないような言動も目立つ。しかし、ひとたびコンペに参加すると観客を圧倒的なパフォーマンスで魅了してしまう。
其のクライミングスタイルや思想などには独特の世界観を感じるのは私だけではあるまい。
そんなシャーマも昨年ひとつの仕事(クライミングの成果)を達成して、新たな目標を模索する日々を送っているようだ。
彼の来日については、1年間くらいの複雑な交渉を強いられた。
日本で、平山ユージ・小山田大とのプライベートな出会いを演出できないか・という両氏との話から、3月の来日への導線が引かれたわけであるが、昨日「来日を楽しみにしている」というメールをいただいても、私としては半信半疑な状態である。
ショーとしてのクライミングではなく、3人の思想をぶつけ合うようなクライミングを期待しているが、果しでどうなる事やら・・?
楽しみではあるが、複雑な心境でもアル。
今回の来日では3月21日には神奈川相模原市の「ストーンマジック」
3月22日にはここ、ロッククラフト小山店への来店が決まっている。今回の来日は、平山ユージ、小山田大とのプライベートセッションが目的であるので、一般の前に顔を出すのはこの2箇所のみである。
3人が、どのような事をするのかは、当日を待つしかない。
楽しみな3人のジャパンセッションでもある。

写真はクリスシャーマ(イボルブスポーツUSA提供)

一気に忙しくなる・・

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年が明けて、あっという間に2週間が過ぎた。
今年の前半はイベントやコンペが多い。
川越も大変だろうが、小山店も大忙しである。
年末のクリスマスコンペはほのぼのとした感じであったが、2月22日(日)の下野(しもつけ)ボルダリングコンペは、小山店としてははじめての公式大会である、事前準備や近隣への挨拶、駐車場や公民館の利用、協賛メーカーへの挨拶や商品協賛など、大会の運営や課題設定などの段取り以外にも膨大な仕込が必要である。

さらに~3月22日(日)には、ロッククラフ小山店にクリス・シャーマが来店する。
それだけではすまない・・
平山ユージさんと小山田大さんも来店するのだ!
こんな大物が3人もそろうのは、まさに奇跡に近い事でもあるが、しかも小山店・・にである。
アメリカと日本とでどのような事をすべきかあるいはスポンサーの意向やプロとしてのさまざまな条件をクリアしなければならないので,しっかり骨がおれる・・。

3月22日のイベントの詳しい内容は追って、公開しますが、おおむね18歳以下の若いクライミングアスリートと会員向けのイベントにしたいと考えている。
シャーマ来日の23日以降の行動は伏せさせていただきます。
詳細については、専門誌に取材を任せて、何があったのかは
紙面上での公開にしようと考えています。

こちらの準備も大変です。
シャーマは「皆さんと会うのをとても楽しみにしています」
と今日メール伝言がありましたが、彼の言う「皆さん」とは平山君と大ちゃんの事だと思います。

なんとなくロックのお客さんも相当楽しみにしているような気配を感じますね~

という事で、ロック先生は4月いっぱい超多忙ナのです。

23億人の移動

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中国では春節(日本でいう新年)の事であり、2月19日頃をさすが、きしくもその日は僕の誕生日でもある。
元来日本も中国暦を使用していたので、むかしは旧暦で正月を迎えていたのだろうが、そのような時代にぼくは遭遇してはいない。
日本でも年末年始には2000万人位がお正月を故郷や行楽地で迎えるための大移動があるが、中国ではその人数たるや半端な数ではない、なんと23億人の大移動・・といわれている。
日本なら人口1億2000万人に対して、その2割程度が移動するのであり、納得できない数ではないが、中国では人口13億人に対して、23億人が大移動するのである。視線を変えれば地球の人口の1/3あまりが中国国内での移動を行うのである。
物理的に納得するには、中国の人口の概念を60億人以上に変換してみないと納得ができない数字のマジックでもある。
しかし、中国の人口も果たして13億人ですむのであろうか?という疑問もここに存在する。
もしかしたら、中国の人口は既に60億人に達しており、そうなると地球の人口は既に100億人を超えている・・という可能性だって考えられないのか?と思ってします。
現在世界が抱えている食料や代替燃料(ガソリン以外の燃料)の問題も事実の誤認から発生しているとは考えられないのだろうか。
ヨーロッパにおける天然ガスへの依存はロシアに対して20%もあるようだ。ロシアとウクライナの関係悪化がハンガリーやブルガリアのエネルギー危機を生んでいる。
キナ臭い危機はイスラエルと周辺諸国にも及ぶ、しかし、世界の審判アメリカは笛を吹かない。
民族の大移動は中国の春節のみではなく世界が直面している危機をなんとなく示唆しているようにも感じるのは、ぼくだけの気のせいかな

松尾さんからの書き込み

この掲示板で向井先生に度々紹介していただいている松尾です。
過去を学ばずして明日の展望なし と私は常々考えておます。例えば数年前、米映画の硫黄島からの手紙の公開によって 大平洋戦争における硫黄島の激戦が人々に知らしめられる、という胸を締めつけるような出来事がありました。私は歴史好きであるためか、栗林中将の卓越した統率力、バロン西の奮闘、米軍の死傷者が日本軍を上回る死闘であったこと、沖縄防衛の為に第二御楯隊と呼ばれる三十数機の特攻部隊しか援軍がなかったことなどの事実を知っていた。しかし教科書はそれを伝えない。個人の葛藤や感情はそれぞれであったにせよ、日本軍死者二万八千名が国の為に尽くしたことに変わりはないはず。それをあろうことかハリウッド映画によって再認識させられるとは・・・胸が痛い。
大平洋戦争は軍部の独走によって引き起こされたと教科書は書き記す。しかし、その独走を許したのは果たして誰か?争いを恐れて軍部に迎合し、財界と癒着していった政治家の腐敗こそが根本ではなかったか。
悲しいことに、金と政治、官僚政治の文字ばかりが浮かぶ現代とあまり変わらないように思えたりもする。切ないことである。
明治維新以来、名もなき漢(おとこ)達の死によって成り立ってきたこの国は、いつしか政治に何ら期待せず、関心すら示さないようになってしまった。
漢がいない。きらめく人物がいない。
さて、忘れもしない昨年の四月十日、私はロッククラフトに出会った。以来、一時間半かけて週二回以上は通っている。ガソリンが異常な値上げを続ける中、何の為に小山に向かっているのか、を自問自答する日々もあった。
だが、ロッククラフトには漢がいる。年齢、性別にかかわらず、きらめく人物がひしめいている。それは目にした者でなければわからない。
まさに愉快、痛快。きらめく人間のオーラは周囲の人々をも感化する。
事実、拙書『士道に背く者あり』を出版するという無謀なる勇気は、ロッククラフトとの出会いから生まれたのだ。
恐るべきはロック先生、なのである。

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そんなことはないけれど・・  muklai

確かに、歴史はいろんなことを教えてくれますよね。
僕は確かに大学で歴史学を学んだのですが、最初の先生は「過去の教科書に書かれている歴史を捨てて、心に感じるものを、新たに検証してみないか?」というようなことをいわれました。
過去の歴史的事実といわれているものは学習によって知識として脳に刻み込んだものでしたが、それを捨てる、あるいはリセットして検証しなおすまでには、長い自分史が必要でした。
登山とであったのも、その登山行為の究極といわれるアルピニズム(あるいは岩、雪、氷からの登攀と、その思想)に疑問を抱かせたのは、大学で出会った二人の先生との出会いでした。一人は一昨年大学を引退した、Y浅先生で法人類学の立場から私をヒマラヤ、それも未踏の山岳へ導いてくれました。彼の考え方、あるいは思想はわたしの中で悶々としていた歴史真理の究明への、さまざまな思考的方向性を示唆していただきました。
毎日毎日、殴られるために先生の研究室た自宅への訪問の日々は今でも新鮮に、しかも鮮やかにわたしの心層に深く根ざしている重要な時間の積み重ねであり、わたしの思考を支配する重要な自分史であったと考えます。
また、同時期に文化人類学者で登山家であったK野先生(現、金沢大学副学長)との出会いも、わたしの脳の思考を大きく変換させたすばらしい先生でした。
ネパールヒマラヤ、ロルワーリングヒマールでのフイールドを何十時間もK野先生から伺いました。
歴史学に文化人類学意的思考の重要性を示唆してくれたのは、k先生にほかなりません。
この二人の先生は会議の席では議論を繰り返し、はらはらするような過激な言論による闘争を繰り返しているのですが、あるとき3人で御在所岳(鈴鹿山脈)へ岩登りにいくことになり、岩の上で語り明かした時間は、今でも、とても鮮明に
覚えています。
「議論することは必ずしも敵対することではない」ということを学んだようにも思えます。

歴史とは、あるいは政治的対立、思想的対立、宗教や経済的対立を生み、それらの対立からの回避行動が国家の形成を生み・・しかし、国家の概念の未成熟な人類の2000年(あるいは4000年)の歴史自体が国際紛争の源となっているのも歴史的事実でありましょう。

概念だけでは何も生まれない?
しかし、概念が無ければ哲学は存在せず、今日の科学的発展も無かったのではないでしょうか?
人類にとって、果たして「宗教は必要か」といったのはB・ラッセルの言葉でもありますが、今日の国際情勢を鑑みますと、人間のエゴを感じてしまいます。
こんな時こそ動物行動学者K・ローレンツがいった伝説の「ソロモンの指輪」が必要なのかもしれませんね。
おそらく人間以外の生物には、利害も打算も金銭欲もなく、ただ在るがままに生きる理性がそんな辞しているような気がしてなりません。
脳科学によると理性と学習は人間に与えられた特権のように提起されていますが、理性とは自然の摂理に従うこと・・ではないか?・・と、ふと、思うことも多くなってきました。
地球の歴史(おそらく46億年)においても、宇宙の始まり(ビックバン)の存在においても、真実よりも人間の論理的思考のほうが優先されていると思われる人類の錯覚からの脱出こそがこれか他の地球秩序回復へ向けての大きな課題であるような気がします。

人間の歴史など、地球の歴史から比べれば「風前の灯火」にしか過ぎないのです。
もう少し「真実を真実として純粋に見極められる」人間を育てる必要性を感じますね。
開口腱の「裸の王様」が懐かしく思われます。

「士道」とは日本人の古い概念ににしか過ぎませんが、スターウォーズではありませんが、理力をもったナイトの出現のために、わたしたちは日常を信じて生きてゆこうではありませんか。
日本はとても恵まれた国です。この国には理性が存在します。
そのすばらしい文化をもっと新たな世界秩序確立にむけて、貢献できる日本人の育成こそが、政治や教育にもっとも求められることでは在りませんか?

日本人には士道は存在するのです。
そんな素敵な日本人であることに、多くの日本人が気がつくとき・・世界は少し、変わるかもしれないと・・僕は考えます。

相変わらず支離滅裂?な文章ですね、察してください。

栃木トヨタ自動車の

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栃木トヨタ自動車の お客様向け情報誌「The Circle」の2009年新春号の表紙をロッククラフトが飾りました。
栃木トヨタ自動車様、ありがとうございます。
今年は良い年になるといいですね。
そういえば30年位前、ネパールヒマラヤへ海外遠征に行くとき、トヨタ自動車本社に協賛の依頼をしに行ったことがありました。20代前半の若造でしたが、快く協賛していただいたことを今でも鮮明に覚えています。
おかげさまで・・というか、あいにく未踏峰ガウリサンカール(7125m)の登頂はなりませんでしたが、スポーツ交流、3600mの高地に軽量鉄骨の橋を架けること、陶芸技術指導などの国際交流は無事に済み、ネパールと日本の国際交流の架け橋になったのは、皆さんのおかげでした。
日本で初めてのネパール展も名鉄デパートの協力によって達成しましたし、「ヒマラヤにかける橋」というドキュメント番組も名古屋テレビをキイ局に1981年の成人の日の特別番組として放映されましたね。
あらからほぼ30年ですか?あの時、青年だったボクもすっかり親父になってしまいましたね。

あの時は本当にありがとうございました。


30年後のボクですが?

30年後のボクですが?あの頃はこんな仕事をするなんて、想像もできませんでしたが、50歳を過ぎてもこんな風にルーフをクライミングできるのですから、継続って素敵ですね!
こちらは「THE CIRCLE(栃木トヨタ自動車)」の記事として取り上げられた部分です。
黄色い因果ブランドのクライミングウエァーに身を包み、クライミングしているのは、なんと私です。
あんまり、皆さんの前では登りませんが、多少は登れるのですよ!

箱根の剣

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お正月の恒例行事に『箱根駅伝』がある。
今年も多くのドラマを生んだが、圧巻であった。
まず第一に挙げなければいけないのが、東洋大学の初優勝であろう。不祥事により出場さえ危ぶまれた環境を全員に意識と練習で高めた完全ゆうしょうであった。
前半はやはり5区を走った柏原君の激走であろう。
神の宿る登りで、監督のアドバイスを無視しての速いペースで区間記録を更新する走りには感動してしまった。
後半(復路)での早稲田大学との一騎打ちは手に汗を握り、感動の涙を生んだが、前半での5区の奇跡がなければ、あのような劇的な展開は見られなかったと思う。
柏原君は言う「奇跡は信じるものではなく、勝ち取るものだ」という言葉は、今年の名言にすでにノミネートされそうでもある。
また、監督の緩やかな包容力のある指示はコーチとしてのあり方を新たに示唆してくれたような気もする、自由にそして「強さの源は、練習によって生徒自身が勝ち取るものだ」
という言葉には、控えめで、しかし温かく強い意志を感じた。
まさに箱根駅伝には日本人が歴史のどこかに置き忘れてしまった「武士道」があるような気がした。
参加22チームで唯一タスキを繋げられずにクリア上げになってしまった城西大学に石田君の走りも感動を呼んだ。
低血糖症に陥りながらも、繋げられなかったタスキを握り絞めての走りは、彼の今後の人生に大きな勲章というタスキをつなげることになったと思う。

年末に娘と見た映画「恋空」で君の空になって、いつでも君を見つめていたい・・と死んでいった彼の言葉・・。
その行き詰まりの恋の終焉を迎えるラストの30分を泣きと落ちている僕を、娘は冷たい視線で「ばっかじゃない!」
といったが、泣ける自分と泣けない娘の歯がゆさを感じた映画でもあったが(娘は本で読んでいたので、客観的に見れたようだ)、その感動よりも、淡々と、しかも淡々の中にある真実んもドラマのほうがよりいっそう僕を感動の渦に引き込んだ。

報われようとする努力より、全力を尽くして淡々と行う日常の・・しかも一見つまらない練習の積み重ねこそ、若い時にしか共有できない体験であろうと思う。
派手で、華やかで、しかも美しい・・とは、結果としての理想かもしれないが、僕はむしろ、タスキをつなげられなかった城西大学の陸上部にエールを贈りたい・・と思う。
参加22校あればこそ、そして、予選で敗退して参加できなかった多くのアスリートや関係者、そして応援する観衆があってこそスポーツは士道(日本人としての文化意識)につながるのである。

大切なことが何処にあるのかを、淡々とこなす毎日の日常練習に感じるようになるのは、いつの日のことであろうか・・と、僕にとってのクライミングスポーツを見続ける毎日は、これからも、ただ淡々と続くばかりである。

今年は、良い箱根駅伝であった。

ロッククラフトの初練習も、良い「登り初め」であったと思う。

士道に背く者あり

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士道に背く者あり 新春から難しい言葉が飛び出しましたが、これは松尾隆久氏の短編小説「士道に背く者あり」のタイトルであります。
彼は看護士として勤める傍ら、毎日せっせと歴史小説をしたためる・・というつわものであります。
おそらく彼と出会ったのは1年ほど前のことであります。
ボクも詭弁の使い手として(勝手に自負)文学部物理学科と嘯いておりますが、大好きな科学者は元ハーバート大学理論物理学者トマス・クーンや元雑誌ニュートンの編集長であった、竹内均氏、最近では養老猛氏などの文学的物理学は大の好物でもあります。
ちょっと(かなり寄り道ですかね)話題がそれましたが、本来は文学部歴史学科で中世史が専門でありましたが、文献の少ない中世の歴史を研究するのは、文献の少なさと検証方法に限界を感じて、もっぱらは幕末~現代を雑学的に考えるのが好きであります。
特に科学不在の幕末に医学や理学を用いて、時事を検証しようという流れには重さを感じます。歴史とは文学のみにて検証を可能にはしません。
むしろ養老猛氏の説で考えれば、X軸(文学)とY軸(科学)との融合こそが重要な時代へと突入しているような気がします。
単なる詭弁と想像力だけでは歴史の事実は検証できませんし、科学だけでは、事件の科学的証明に帰結してしまい、歴史的人物の心の内側はないがしろにされてしまいそうです。
史実のみでは心に残るものは生まれませんよね・・?
特に幕末の鳥羽伏見の闘いから函館戦争への数ヶ月のドラマには多くの犠牲と思想、さらには科学的歴史の解明が急務の様でもありますが、そのほとんどが、文学者の創造性にゆだねられている・・というのも事実でしょう。
司馬良太郎やその他の歴史文学から削除された、僅かの瞬間、海臨丸での北上中の武揚や歳三の心情を大胆に仮説し、歴史的事実と組み合わせて検証し文学の域に高めようとした、松尾氏の心情には並々ならぬものがあったようにも考えられます。
ここにある文学的事実には、深い洞察力を必要とする考察力や構成力が問われますが、一般的な読者には、難しい局面の歴史観を要する小説でもあります。
「もっと長くは書けなかったのですか?」という問いに
「予算の関係上・・」と現実的な答えが返ってきました。
私の想像ですが、彼は膨大な資料を元に自分流の幕末史を検証したかったのでしょう。
特に、かつての日本人が武士道に抱く強い執着、あるいは現代日本人が喪失してしまった、減日本人の理念を回顧的な考え方で現代に問いただしたかったのではないのでないのだろうか?という疑問さえ抱かせる短編でもあります。

日本人とは・・という疑問を、その固有の文化(士道としての固有文化)をどのように検証し未来に伝えるべきなのか、または現代日本文化には武士道なる理念も伝統も戦後の高度成長期に押し流され、消失してしまったのではないのか?という疑念を文学に問いただしてみたかった・・のではないかと、私は思うに当たりました。

人間とは、理想に生きることのみではなく、同時に人間として人間臭くいくなければならないものでもあります。
文学に美学を求めるなら、人間の持つ醜悪を文学作品に昇華させるには高度な文学的才能と感性が必要でしょう。

もう少し時間、あるいは原稿用紙があれば、彼の言わんとする部分も浮き彫りになったのではないかと、私は考えました。
難しすぎる文明開化の一時期に、これほどの英傑を多数配した日本の歴史も、もう少し多角的に検証する時代が、いつの日にか来ることを、切望して止まない自分がいることに気づかせた・・という点においては力作であったのかもしれません。
しかし、これほど軽く、しかも軽妙に、醜悪な人間の本性に迫ることなく、短編として帰結することこそ、松尾氏の狙いであったのかもしれません。

興味のある方は、ご一読ください

新春に、幕末から維新への文学論を書くことのなろうとは、自分でも及ばないことでした



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