今日は開業記念日なんです。2001年の10月10日が開業デシタ。足掛け8年「良く持ったな~」と思います。その間多くの有名人とも会いましたが、やはり財産は普通のお客様や生徒たちですね。
忙しくなったので、後ほど・・・
ピアノの達人の話
さほど、忙しくもなかったのだが、いろんなことを考えていた。「最近はピアノを聞かなくなったな~」とおもってネットを覗いていたら日本にも「謎のピアノマン」が居ることがわかった。都内の電気店で自作に曲を弾いているようだ。今、彼の曲を聴きながら書いている。
そういえば、開業当事はクラシックばかりを流していた「ロッククライミングジムにクラシックは似合わない」とよく言われたが、結構好きでショパン、モーツアルト、バック(バッハ)などを定番としていた。時に台風や豪雨の夜中に聞くショパンは印象深かった。大音量にしても誰からも文句は言われない。その調子で、交響曲なども夜中に聞き漁っていた。マーラーなどもそうだった。
しかし、音響設備が次第に動きにくくなる。独身しだいから大切にしていた機会が壊れていった。多分、チョークのせいだと思う。使えないが捨てられなくて、2階においてある・・・。
世の中には無名だが才能のある人はたくさん居る。この謎のピアノマンもそうかもしれない。
才能と言えば
オバマ大統領がノーべル平和賞を受賞したという。・・・???何が受賞理由なのかと言うと「核兵器の廃絶」を提唱した・・という。ボクが選考委員なら結果を生んでから、平和賞を贈りたい。又、ボクが大統領だったなら「まだ核廃絶への道は遠い、このたびは受賞を控えさせてください」と言いたい。
ノーベル賞を辞退した人・・は
自発的な辞退はジャン・ポール・サルトル(文学賞 フランス)、レ・ドク・ト(平和賞 ベトナム元大統領)。政治的な理由から辞退させられた?としてはボリス・パステルナーク(文学賞 旧ソ連)が居るそうです。
また・・ノーベル賞ではありませんが、フイールズ賞(世界最高の数学賞)を辞退した人にグレゴリー・べレルマン(2006年に辞退 ロシア)がいます。
サルトルは文学の価値観の違いから辞退したといわれています。すなわち「人は生きながら神にはなれない」と自分の思想をつらぬ祈祷したのかもしれません。ですから、サルトルは辞退したのではなく「値しない」という考え方だと思います。
レ・ドク・トはベトナム戦争を終結させた・・という理由で、確かキッシンジャーと共に受賞だったと思いますが「ベトナム戦争の終結は平和を意味してはいない」といい、ノーベル賞を唯一辞退した男・・と言われています。
グレゴリー・ベレルマンは数学の分野でさまざまなありえない成果を発揮した数学者でありますが、その人生はいまだに謎であります。2006年現在30代という若さでありますが、困難といわれた数学上の問題をたった一人で解決しています。現場復帰が望まれる大天才ですかね。彼は「自分の証明が正しければそれで良い。有名になると何もいえなくなるから・・」と隠遁してしまいました。
今日は、まだまだ書きたい心境です・・・
ふと、テレビを見たら「鉄腕アトム」の性能の話をしていた。マッハ5で空を飛ぶ速さは、秒速1.6キロのようだ。東京~大阪間を10分で飛べる。その時体が受ける、熱は1200度にもなるらしい。また、10万馬力って航空機のエンジンの5倍らしい。ジャンボ機はエンジンが4個だから身長135センチ、体重30キロのアトムが10万馬力って相当にすごいことになる。そんな高性能のロボットはいつか人間によって作られるのだろうか?そう考えると漫画(アニメ)には途方もない夢がある。
夢といえば、太陽系の木星には相当大きな輪があるようだ、最近発見されたのだ。地球の10億倍の輪ってどのくらい大きいのか想像できない。想像できない。といえば、地球から海王星間での距離だが、約9兆キロらしい。月まで36万キロである。光の速さで1秒もかかる。太陽から地球までの距離を1AUとしても300万AUの彼方にあるようだ。1AUは1.5億キロらしい。しかし、太陽系は海王星の外側に人間にとって未知の距離を持っているのだ。わけが解からなくなってくる。
わけが解からない計算といえば、以前銀河系を地球が何回公転しているのかを計算したことがあるがそれも訳のわからない数字であった。地球は光速の4倍以上で銀河系を公転していた。
そんな科学も人類が440万年?前に石を持ち石を加工したこと(文明化)した時から始まっているのだ。440万年、あるいは750万年・・しかし、火を手に入れたのは比較的新しい。。おそらく20万年より最近のことであろうと考えられている。すなわちネアンデルタール人の出現を待たなければならないのであるが、ぼぼ3万年前には田畑を耕し定住し、あるいは狩猟採取生活をして、放浪していたバガボンドもいたのだろう。
縄文時代も1万2000年前頃から始まっていたようだし、僕達が中学で習った歴史は僅か30年位で大きく変わってしまった。
それほど人間は地球の歴史さえも知らないのである。
そんな人間と科学の歴史を紐解く手段として、ボクは石を掴む(手ではなく足で掴む)スポーツとしてのクライミングは人類の歴史そのものではないのだろうかと考えてしまう。
ボクの人生が平均的な生き方だと、残り時間は30年に満たない。あと何年持つかはわからないが、死ぬ時まで、石を掴む意義と歴史を考えながら、生きてみたいと、ふと、思ったのだった。
創業記念のコラムはこんなところでお終いにしておく。ありがとう・・皆さん、これからもよろしくね(笑)

