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10月10日のほぼ日記

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今日は開業記念日なんです。2001年の10月10日が開業デシタ。足掛け8年「良く持ったな~」と思います。その間多くの有名人とも会いましたが、やはり財産は普通のお客様や生徒たちですね。

忙しくなったので、後ほど・・・

ピアノの達人の話

さほど、忙しくもなかったのだが、いろんなことを考えていた。「最近はピアノを聞かなくなったな~」とおもってネットを覗いていたら日本にも「謎のピアノマン」が居ることがわかった。都内の電気店で自作に曲を弾いているようだ。今、彼の曲を聴きながら書いている。

そういえば、開業当事はクラシックばかりを流していた「ロッククライミングジムにクラシックは似合わない」とよく言われたが、結構好きでショパン、モーツアルト、バック(バッハ)などを定番としていた。時に台風や豪雨の夜中に聞くショパンは印象深かった。大音量にしても誰からも文句は言われない。その調子で、交響曲なども夜中に聞き漁っていた。マーラーなどもそうだった。

しかし、音響設備が次第に動きにくくなる。独身しだいから大切にしていた機会が壊れていった。多分、チョークのせいだと思う。使えないが捨てられなくて、2階においてある・・・。

世の中には無名だが才能のある人はたくさん居る。この謎のピアノマンもそうかもしれない。

才能と言えば

オバマ大統領がノーべル平和賞を受賞したという。・・・???何が受賞理由なのかと言うと「核兵器の廃絶」を提唱した・・という。ボクが選考委員なら結果を生んでから、平和賞を贈りたい。又、ボクが大統領だったなら「まだ核廃絶への道は遠い、このたびは受賞を控えさせてください」と言いたい。

ノーベル賞を辞退した人・・は

自発的な辞退はジャン・ポール・サルトル(文学賞 フランス)、レ・ドク・ト(平和賞 ベトナム元大統領)。政治的な理由から辞退させられた?としてはボリス・パステルナーク(文学賞 旧ソ連)が居るそうです。

また・・ノーベル賞ではありませんが、フイールズ賞(世界最高の数学賞)を辞退した人にグレゴリー・べレルマン(2006年に辞退 ロシア)がいます。

サルトルは文学の価値観の違いから辞退したといわれています。すなわち「人は生きながら神にはなれない」と自分の思想をつらぬ祈祷したのかもしれません。ですから、サルトルは辞退したのではなく「値しない」という考え方だと思います。

レ・ドク・トはベトナム戦争を終結させた・・という理由で、確かキッシンジャーと共に受賞だったと思いますが「ベトナム戦争の終結は平和を意味してはいない」といい、ノーベル賞を唯一辞退した男・・と言われています。

グレゴリー・ベレルマンは数学の分野でさまざまなありえない成果を発揮した数学者でありますが、その人生はいまだに謎であります。2006年現在30代という若さでありますが、困難といわれた数学上の問題をたった一人で解決しています。現場復帰が望まれる大天才ですかね。彼は「自分の証明が正しければそれで良い。有名になると何もいえなくなるから・・」と隠遁してしまいました。

今日は、まだまだ書きたい心境です・・・

ふと、テレビを見たら「鉄腕アトム」の性能の話をしていた。マッハ5で空を飛ぶ速さは、秒速1.6キロのようだ。東京~大阪間を10分で飛べる。その時体が受ける、熱は1200度にもなるらしい。また、10万馬力って航空機のエンジンの5倍らしい。ジャンボ機はエンジンが4個だから身長135センチ、体重30キロのアトムが10万馬力って相当にすごいことになる。そんな高性能のロボットはいつか人間によって作られるのだろうか?そう考えると漫画(アニメ)には途方もない夢がある。

夢といえば、太陽系の木星には相当大きな輪があるようだ、最近発見されたのだ。地球の10億倍の輪ってどのくらい大きいのか想像できない。想像できない。といえば、地球から海王星間での距離だが、約9兆キロらしい。月まで36万キロである。光の速さで1秒もかかる。太陽から地球までの距離を1AUとしても300万AUの彼方にあるようだ。1AUは1.5億キロらしい。しかし、太陽系は海王星の外側に人間にとって未知の距離を持っているのだ。わけが解からなくなってくる。

わけが解からない計算といえば、以前銀河系を地球が何回公転しているのかを計算したことがあるがそれも訳のわからない数字であった。地球は光速の4倍以上で銀河系を公転していた。

そんな科学も人類が440万年?前に石を持ち石を加工したこと(文明化)した時から始まっているのだ。440万年、あるいは750万年・・しかし、火を手に入れたのは比較的新しい。。おそらく20万年より最近のことであろうと考えられている。すなわちネアンデルタール人の出現を待たなければならないのであるが、ぼぼ3万年前には田畑を耕し定住し、あるいは狩猟採取生活をして、放浪していたバガボンドもいたのだろう。

縄文時代も1万2000年前頃から始まっていたようだし、僕達が中学で習った歴史は僅か30年位で大きく変わってしまった。

それほど人間は地球の歴史さえも知らないのである。

そんな人間と科学の歴史を紐解く手段として、ボクは石を掴む(手ではなく足で掴む)スポーツとしてのクライミングは人類の歴史そのものではないのだろうかと考えてしまう。

ボクの人生が平均的な生き方だと、残り時間は30年に満たない。あと何年持つかはわからないが、死ぬ時まで、石を掴む意義と歴史を考えながら、生きてみたいと、ふと、思ったのだった。

創業記念のコラムはこんなところでお終いにしておく。ありがとう・・皆さん、これからもよろしくね(笑)

10月5日のほぼ日記

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CO2を25%削減するには10億トンを購入しなくてはならないようだ。4年前なら1トン2000円くらいが相場だったのに、今は1トン1万7000円もかかるようだ。国家予算の1兆7000億円がCO2の購入費になるのか?それしか妥協点が見出せないのか?アフリカ全土でのCO2排出量は日本の1/5くらいだから、国際貢献と考えれば、アフリカが主な売り先とかんがえるなら相当な貢献ができる計算になる。

渤海道5区出身の僕にとっては、中川氏の死亡は、なんとも言いがたい現実である。彼の父一郎さんも1983年ころなくなっている。不思議な因果を感じる。

政治献金の問題は何処まで行っても付きまとう現実なのか?鳩山氏の件はなんとも言いがたい。

なんとも言いがたい問題はオリンピックの東京誘致にもある。誘致活動には150億円の税金が投入されたようである。なんとも多大な支出である。横浜開港博の比ではない。なんともいえない問題だ。

いいや何とか言いたいのが本音である。ただ、僕の周りにもいろんな問題が山積してしていて落ち着いてこれらの問題を検証する時間がない。

昨日のロックの来店者数の2倍が今日の来店者数である。月曜日は一番暇な曜日であるのだが・・・

明日、火曜日は一番にぎやかな曜日である。あいにく明日は予約が入っていない。久しぶりに川越とノ会議?になった。

実は最近、トロイの遺跡についていろいろ考えていた。きっかけは『トロイの木馬」というウイルスである。発見者といわれているシュリーマンの人生や考古学という学問を成立させるきっかけになったのがギリシャ神話にある、トロイ伝説であった。この話も結構考えたのでいつか書くことがあるのかもしれないが、いろんなことが舞い込んできて、頭が混乱している・・・とい今日この頃である。

今日は内容のない日記になったが、内容のないのも日記である。

 

9年か・・

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会社を設立して、昨日が9年目出会った。ということは今日から9期目が始まろうとしている。長いようで短かった・・9年も続けるといろんなことがあったと思う。

小学生対象のクライミングスクールを立ち上げたいと思い、始めたわけだが、その頃小学1年生だった生徒も中学3年生になった。幼稚園から始めた子供も中学1~2年生・・随分大きくなったものだ。彼らの成長には驚くべきものがある。それに比べて僕の成長は何処に行ったのか?人間的な成長が伺われないのが残念である。

オープン当事から継続しているお客さんも19数人いる。たいしたものだ。最高年齢は75歳を超えた。還暦からクライミングを始めた女性も居る。たいしたものだ。

ボクは還暦を迎えてもクライミングをしているのだろうか?後8年である。

子供達の数は少しは増えた。スクール受講生は30人くらいだろうか。毎日午後4時半~6時半は子供達のにぎやかな声が響く。彼らがどのようにクライミングを楽しんでいるのかは解かりにくい。

しかし、レベル格差はあるがそれぞれのスタンスで楽しんでいる。いつも行っていることだが、ボクは練習を強制しない。むしろ自由に遊ぶことが大切な練習である。親との会話には多少の食い違いがある「よく練習しましたか」と聞かれると「はい、よく遊んでいました」と答える。???な顔をする親も居るが、汗をかき輝く目つきの子供を見ると、なんとなく納得しているようであるが、習い事をしている時は「遊ぶこといけない」という親の考え方を、何とか払拭したい。

ある童話作家が言っていたが「子供の頃、一生懸命遊ぶ事が大切であると」確かOO桃子さんだったと思うが、子供の頃の遊びが大人になる心を育てるという。育むということは、大人が考えたと通りに遊ぶことではなく、自分で想像して遊ぶことの大切さを育みたいし、培いたい。

しばしの間、仕事をしていた。頭が疲れたので、ユーチューブでクライミングの映像をみていたが、ユーロッパの壁は一言で言って「でかい」なんでこんなでかい壁があちこちにあるのだろう、と思ってしまう。日本だと9mの高さがあれば大きなジムである。根の深さが違うのだ。以前、アメリカの人工壁を調べたことがあるが、でかさではアメリカのほうが先進国であったような気がするが、最近はユーロッパの壁もでかい。ボルダーエリアが小さく見える。

となると、欧米ではボルダーよりリードの方が需要があるのかもしれない。日本は今、ボルダージムが全盛である。これからももっと、ボルダージムが増えるような気配である。

ここに居ると「そんなに需要があるとは思えない・・」のだが。

10年前は民間ジムは全国で20に満たなかったようにも思う。1993?年頃Tウオールが入間市に誕生したのが始まりだったように思うが、それから僅か15年で全国に100箇所以上になったようだ、これからも右肩上がりで増え続けるのだろう。

全国に300箇所くらいになったときが「ブームに始まり」・・といえるのではないか、ボクの仮説だが。それから全国3000箇所くらいになったら、時代の到来であろう。それまで数年かな?

しかし、大きな壁は個人の資本では難しい。大手のどこかが手がけるのを待つか、勇気ある個人の出現を待つのか・・という感じである。

大きな壁といっても実際の壁ではないが、2016年東京オリンピック開催の雲行きは怪しい。本日の深夜に投票で決まるらしいが、正に大きな壁にぶつかっているように思う。国をあげて・・というか国民に盛り上がりを感じないのはボクが鈍感なせいなのかな?

鈍感といえば、ボクの社会を見る見方も鈍感なのかもしれないと、ふと、思った。具体的に・・といわれると、返答に困るが、社会の混迷を楽観視しているように自らが写る。世界の混乱をよそに、日本はわが国の自国の利益にとらわれすぎてい何のだろうかと、ここでも、ふと考えてしまうのである。

3年前?インドネシアを襲った時の報道と比べると、今回の台風による水害やサモア諸島の地震による災害に対しての報道が少ない。情報が少ないという面もあると思うが、タレントが何処に居るのか・・よりも取り上げる材料はたくさんあるようにも思うのだが。しかし、頭がぼ~ットしていて何を言いたいのか自分でも見えにくい。もう少しすっきりしたら、あらためて回想してみたい。

 

 

 

「モントリオール(オリンピック)を狙います」今日彼は、はっきりとボクに自分の意思を表した。素敵な言葉である。僕に出来ることはほとんどない。コーチとして彼を見ているわけでもない。しかし、そんな夢を抱きながら、そんな夢をたどりながらの、彼の人生をボクは8年くらい眺めている。

「モントリオールを目指します」そう彼は3年半前の2月の「あの日」にボクに明言した。その日とはトリノオリンピックの開会式の日のことであった。あの悔しさからここまでは長い紆余曲折の人生が彼にあったのだった。しかし、目指すといっても彼が代表になったわけではない。限りなく不可能に近いチャンスを生かすには、残された時間はあとわずかしかないのである。

結果はともかく、最高の半年間を過ごしてほしいと思う。

「飲み明かしましょう」という彼の誘いに「いつでもかかってこいよ」と間髪いれずに答えてしまった。

あの日は、トリノオリンピックの開会式を見ている僕がいた。彼はそんな華やかなテレビを見ることもなく「今日から、モントリオールへ向けての練習を、ここから始めます」といったあの日のことは今でも鮮やかにボクの記憶の中にある。

「遠いけど、夢に向かって進む・・その始まりに、ここを選んでくれたことに感謝したい」とボクは言ったような気がする

「何が足りなくて、何を変えるのかを見極められないと、モントリオールは夢のままかもしれないよ」と少し厳しい事を言ったようにも思うが、明確な記憶はない。

「ボクも、一応、モントリオールを目指している・って感じですかね。でもそれ以上に、自分を変えたい」という男が、今日、合宿を終えて田舎に帰っていった。

彼女は世界選手権から帰国した。優勝を目指していたが、結果は5位であった。パラグライダーというスポーツを生涯の伴侶として、世界一を夢として人生を空に賭けて歩んできた。悔しさに泣いた日々もあっただろう。しかし、今日は次の世界選手権への始まり。。として、ここに帰ってきた。いいやそうではあるまい。ここから、昨日なし得なかった、世界一という夢に向かっての新たな一歩を踏み出すのだ。その決意が彼女の背中ににじむ。ボクはそんな彼女も応援したい。

遠い夢、近い夢、報われない夢、夢でしかない夢・・・

しかし、あきらめなければ夢は叶う。そう信じて。

「夢」には、いろんな選手の思惑が揺れている。そんな選手達の夢を実現する為のボクの戦いは、アスリーとが来なくなるまで、永遠に続く、僕の夢なのである。

自民党の総裁選挙は、やはり落ち着くところに落ち着いた、という感じである。相変わらず・・といえば相変わらず、しかし、保守であるから自民党であるとするなら、ちょうど良いところに着地したのだろう。議員の多くは「ホッ」としているところであろうが、党員の方は複雑な心境なのかもしれない。党員でない僕も複雑な心境である。

一方、民主党は派手な外交とダムの件で大きな波紋を呼んでいるが、国民が選択したのであるから、イエスorノーではなく、妥協点を見出してほしいと思う。

落ち着くところ・・と言えば、今月末はロッククラフトの決算でもある。大きな賭けばかりしてきたが、これではいけないともう反省しているが、日本航空ではないが、上手く行かない時もあるのだ。

大相撲が朝青龍が決定戦を制して優勝した。見事なガッツポーズでかっこよかったが、態度が悪い?と苦言をいう評論家には「だまらっしゃい」といいたい。素敵な復活ではないか、日本の侘びさび文化を外国人力士に強要しても仕方がない。日本柔道と国際柔道の違いみたいに、外国人に相撲を取らせるののなら、外国文化も受け入れ迷うよ・・と言いたい所だ。

称賛すべき時は素直に喜びましょう。今日のところはこんな感じかな。ジャンダルむでの防災ヘリ事故でボクの知り合いが、隊員と知り合いだった。いろんな現実の話を聞いて、いろんなことを考えてしまった。

今日はあんまり面白くない、日記になってしまった。

体験者が多い~

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今日の体験は10人を超えた。ロッククラフトとしては多いほうだ。最近、不思議な現象としてはロック先生のブログフアンです・・と言う感じで入会する方もいる。理屈っぽいので嫌われている・・と思っていたが「ブログは面白いので、いつも読んでいますよ」と好意的な方が、最近は目に付く。ありがたい事だ。2年前は何かを書いたら、苦情のメール、誹謗中傷・・いわゆるブログ炎上となってしまって、しばらく引きこもってしまったのだが、最近は好調に読者が増えている。ブログの読者増とジム売り上げは、まったく関係がないようだ(笑う)

半年前に書いたつもりの「イチローの才能を見抜いた男」というブログのアクセスが驚異的な数字を記録している。三桁のアップだ!

私が敬愛する、故・土井正三氏に対する私の考え方を書いたのだが「イチローの才能を見抜けなかった男」と入れると「イチローの才能を見抜いた男」のブログが1ページ目に出てくるくらいだからなかなかのアクセス数である。土井さんの評価を変えるきっかけになったのではないかと、1土井フアンとしてはうれしい。このタイトルのブログはあんまり読まれていなかったのに・・不思議なものだ。

人をおもしろおかしく批判して評判を得るより、しっかりと考えて批評をしてもらいたいものだ。僕の考え方も正しいのかはわからないが・・・。

こんな所からでも、野球とは関係ないようだが、ロッククライミングもメジャーになってゆけば楽しいのだが、なかなか右肩上がりには行かない。でも、東京など首都圏ではクライマーが増えているようだ。その恩恵を、ここでは受けられないが。

しかし、新しいお客さんが飛躍的に増えている。ここががんばり所かな?・・・と思いながら、27年目の秋を迎える。そう、クライミングスクールを1982年に旗揚げしてから、こんなに時間がたったのである。僕も年をとってしまったものだ。

将来性を見込んで選手に試練を与える。それはコーチとして一番考えなくてはならない所だ。それはイチローだろうが一回の体験者であろうが変わりはない。まして才能を持ち才能に向かって努力する事を怠るのは、才能を持つものの果す役割ではないと思う。

そういうことを考えたとき、必然的に僕の指導は激しさを増す。そう考えると僕は土井氏に似ているのかもしれない。

限りない可能性に向かって・・・

でも僕の最終の目標というか夢は物書きになる事である。その夢は10歳くらいに描いた夢である。

僕に夢を与えてくれるのは、ここでの人との出会いである。

ロッククラフトには素敵なお客さんが多い。感謝・・の一言である。

いつも僕を勇気つけてくれて、本当にありがとうです。明日もよろしくね!

 

生放送って大変だ

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久しぶりにFMラジオの生放送中に話をすることになった。収録はやり直しが出来るが、生は生、そのまま放送されるのだ。当たり前のことだが、生放送は予定が予定通りには進まないのだ。

ラジオであるから、電話での声だけ出演である。随分昔の事だがスタジオに入って1時間半くらいDJと話したことがある。その時は本番前には足が震えた。ラジオは基本的に生放送なのである。放送中にいろんなハプニングが飛び込んでくるがプロのDJはすかさず対応する。当たり前のことだがプロはすごいと思った。その時はアウトドアスポーツについて僕が語る・・ということで、原稿もないしシナリオもない。放送当日のいきなりの本番であった。

「では、向井さんを紹介します」って言われても、顔も言葉も緊張していて何を言ったかは覚えていないが、けっこう流ちょうに話していたようだ。DJの突っ込みも初対面のボクの話を上手く引き出してくれて「こんにちわ」と言った後にはボクもリラックスしていたように思う。

15年くらい前のことだと思うが、確か「危ない・・・」という番組だったと思うがラジオ局ってボクのような素人にこんなに時間を与えて話をさせるなんて、すごく勇気があるな~と思った。

そうこう言っているうちに本番になった。予定より」20分くらい遅れていたので、大忙しで、気が付いたら「アット」いう間に終わっていた。やはり打ち合わせ通りには行かなかった。予定時間も大幅に縮小されて質問事項も短縮、ボクの言いたいことは全部カットとなってしまった。

ただ、ラジオ出演はけっこうあるので、生放送とはいえDJのノリでそつなくこなせたと思う。僅か5分弱に1時間以上も・・・何か反応でもあるのかな?

ふ~って感じである。

 

本格的な・・

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何をさして本格的というのか意見が分かれるところでもありますが、ロッククライミングにおいても、本格的なクライミングジムが日本にも出来ないかな~と思う。

ボクの言う本格的というのは、選択肢がたくさんあるジムの事を指す。

1)スポーツとしてのジム

2)ゲームとして楽しむジム

3)小さな子供からスポーツクライミングをスクーリングするジム

4)それらの子供がアスリートとしてス来るアップを目指すシステムをもったジム

5)ボルダーよりも、ビッグウオール(500m以上の壁を狙うクライミング)やアルパイン(岩雪氷)をも含めたクライミング練習が出来るジム

6)各種スポーツ選手(アスリート)が自分の身体能力の向上を図れるジム

7)世界選手権に順ずる大会を開催できる、高さ20m以上のスケールを持ったジム

などである。

夢のまた夢なのかな~と思いながら、最近はルートのジムも少しは増えそうな話しを聞くが、ほとんどはボルダータイプのジムである。

さらに・・

1)壁の途中でビバークする為に、簡易ベットを組み立てたり、あるいは壁の途中でテントを設営する技術を磨けたり。

2)カムロックなどのナチュラルプロテクションの練習が出来たり。

3)さまざまな形状のクラックなどがあってジャミングなどのテクニックが練習できたり。

4)山岳救助などの練習が日常的に行なえるコーナー(壁)があったり。

5)自由に自分でルートを作ることが出来るエリアがあったり

6)60度くらいのスラブ(緩やかな傾斜の壁)があったり。

7)永遠に横移動が出来る、壁があったり

などなど、考えて見るととどまる事を知らないほど、いろんなアイデアがわいてくる。これ以上書くのは止そう・・・と思いながらも、クライミングジムのあり方が、フリークライミングの領域のロープクライミングとボルダー以外でも楽しめるようなジムがボクの理想でもある。

理想といえば、本物の石を積み上げてジムを作るって言うのも20年前からの夢であったが、400年前ならいざ知らず。今の世の中では城壁のように石を積み上げる職人が日本には一人もいないらしい。

積み上げた石で作ったジムなら、クラックはあるし、チッピングは出来るし、実際にハーケンを打ったり、石にジャミングしてボルトを打つ練習が出来たりして、今まで以上に楽しい大工のような石工作ができて、楽しいように思うのだが・・タイや台湾あたりから職人を連れてきたら可能性があるらしい。

ジムの外にも大きな石を置いて、そこをボルダーにするのも楽しいかもしれない、石の周りには、芝を張ったり、砂利を強いて見たり・・とか。

ついでにキャンプも出来ると楽しいかもしれない。そんな自然公園のようなクライミング公園なんて夢のまた夢なのだろうか・・

少しあきらめかけている自分が居る。しかし、生きているうちに何とか、足がかりを作って見たいと思うのだが・・・

やはり「夢」は夢のまま終焉を迎えたほうが、夢なのかもしれない・・と、ふと思った。

9月25日のほぼ日記でした。

面白くなかった?

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3週連続で放映された白洲次郎を見た?のだが、なぜかあまり面白くなかった。なぜそう思ったのかがわからないのでず、いぶんいろんな事を考え込んでしまった。白洲次郎と言う人間はには非常に興味をもっていた。NXXという事もアリ、かなり現実に近いドラマになるだろうと考えていたし、彼にまつわるさまざまなエピソードがどのように表現され、また、僕の知らないエピソードがどのくらい出てくるのか・・という感じで注目していたのだが「え~」『そんな事もあったの~」という話はほとんど出てこなくて、僕的には淡々と進んでゆく・・と言う幹事であった。元をただせば、2回までは2月頃に放送されていたようだ。

彼は大学時代に中世西洋史と人類学をケンブリッジ大学で学んでいたようである。そのことは驚きであった。僕は政治学か法学を学んでいたと考えていたからである。

また、昨日の最終では「イギリスでケインズ経済学を学んだ』といっていたが、確かにジョン・メイナード・ケインズはケンブリッジ大学で研究をしていたようなので、本当の話なのかもしれない・・と思った。ケインズといえば、第一次世界大戦の戦後処理においてベルサイユ体制がしかれるわけだが、敗戦国ドイツに対する財政や物資の支援はドイツの再軍備を促す・・といって物議を蒔かせたが、結果としては正しかった。日本もなぜか五大国大儀に参加している、詳細は別にして、中国の山東半島をてにいれるのだが、なんとなく後味が悪い。これらの話も長くなるので、ここでは省く。

話はそれるが、ケンブリッジ大学出身者にはアイザック・ニュートン、チャールズ・ダーウインなど優れた人材を輩出している大学である。

白洲の話に戻る、彼はある講義における論文で「評価に値しない」と主任教授に論文を突っ返されていた。あまりの悔しさにその論文をその場で破り捨てるのだが「評価に値しない」理由を教授から聞き目覚めたようにも思えた

「たとえ小さな塵(ちり)にだって存在する理由はある。君は『エッセイ』という意味を知っているのか?私の考え方をいくら賞賛してもそれはエッセイではない、たとえ間違っていたとしても自分の意見を述べる事が大切なのだ」と

そのシーン以外はほとんど記憶に残らない。むしろ放送の記憶より「自分の記憶に」映像が付加されたような印象のドラマであった。

白洲自身の行きかたより、20世紀の時代背景と世界の中での日本の位置についてさまざまな事を思索する手立てにはなったようにも思う。

白洲次郎の幼少時代から少年期は織田信長のようなハチャメチャな印象を受ける。さまざまなエピソードがあるがか樺山家に正子さんとの結婚を申し込むとき「正子さんを頂きます」といったとか、夫婦円満の秘訣は「一緒にいないことだよ」とか、自分が管理するゴルフクラブにきた田中角栄(内閣総理時代)に「家は会員制だから、何処の田中だか知らないが、帰れ」といったとか、豪快である。

歴史とはいつも皮肉なものだ。日本のために一生懸命戦っているときは「日本のラスプーチン」とか「妖怪」とか言われ、評価が下されるのは、なくなってしばらくしてからである。

彼もそんな風に20世紀の歴史に刻まれた人間なのかもしれない・・と思った。

 

ひまだ~

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今日は、恐ろしいくらい暇な日です。で、体験スクールまで時間があるので、山岳遭難ニュースを久しぶりに見ていたら、結構、事故が多い事に驚いた。事故者の年齢は圧倒的に50~60代である。それも死亡事故がやたらと目に付く。気軽になった登山と天候の悪化によるものと、岩場での滑落が主なものか?意外と軽い気持ちで鎖場のある難しい山に入ったり、標高が低いからと気軽な気持ちが事故の背景にありそうだ。一方、事故がおきうる可能性を含んだ岩場での事故はほとんど見当たらない。登山者の技術に両極化が進んでいるようでもある。確かに登山事故の多くは、安全と思われる登山道がしっかりと整備された山域で多い。

もうすこし、山に登る以前の知識や技術、耐力などを身につけないまま、観光気分で山登り(ハイキング)を楽しんでいるようにも見受けられる。でも、遭難しているところは「ハイキング気分で行く山ではないよ」といってくれる人がいないのか・・・、この夏にも、剣岳、穂高、槍が岳などの難コースに行くからクライミングを体験したい・・という人は数人きた。「単独は危険だよ」とか「一度体験した程度では技術になってはいないよ」とか「観光マップだけでは不十分だよ、地図とかも少しは読めないと・・」とかいろいろアドバイス(苦言かな)をするのだが、反応はいまひとつである。ジャンダルムでのヘリ墜落事故とか、その他の山域での事故の報道があるたびに、ドキッとするのだが、今年は幸いにもここの会員の事故はない。

僕が以前は登山をしていた事を知っているからなのか、さまざまな山への「アドバイスをしてほしい」という相談を受けるが、何から話してよいのかわからないくらい、お客さんの知識が低い。しかも、出発は間近・・と言うことも多い。

天候の話、道に迷ったときの事、救助を要請するときの心構え、装備のことなど、こちらが聞く質問をはほとんど「考えた事がない」と言う答えである。まるで道路標識やカーナビが完備されている前提でのドライブ気分の人も多いようだ。しかし、相談されて事故が起きたことも多いので『相談される側は真剣なんだ』と声を荒げたくなる事もあるが、そんな事も30年近くしていると少しは慣れてきたのか、最近はあんまり過剰に心配しないようになった。

ロッククラフトを開設してからも、北鎌尾根、ジャンダルム、白馬大雪渓での事故など、死亡事故は死亡事故は少なくない。『こんな事もあるよ』「あんなことも想定しないと」みたいなことが実際に発生した事もたびたびある。

むかしは「遭難を予知する」・・能力があるといわれた事があるが、そういわれることに、あんまり良い印象はない。ただ、事故が起きる時には、必ず前提がある。「あんな歩き方をしていると、転ぶから気お付けナよ」って説明している矢先に、その人がつまづいたり・・と言う感じである。

クライミングジムに行っても「あんな登り方をしていると落ちたとき、痛いよ」みたいなことであるが。

事故は予測不可能な場合もあるが、注意していると、意外と回避できるものでもある。そういう考え方も、教えたりしているのである。さて、スクールに入るか。



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