北朝鮮に拘束されていた、2名の米国人記者はアメリカ政府の対応を飲み開放されたという。
うわさによるとクリントン元大統領が金正日総書記に謝罪した・・という。ネットに掲載されている写真を見てもクリントン氏には低姿勢で謙虚な感じがうかがわれる。
一方、金総書記は語気高く、何かを主張しているようにも伺われる。
日本の北朝鮮外交も対話と圧力では無く、友好と対話のへの路線変更が必要ではないかと考えてしまうがいかがなものか。
アメリカは核廃絶に動き出している。核兵器を作らせない圧力とそれを行使させない、兵器による防衛では無く、民間での生活支援協力や政府としての食料支援などで、友好を深めてゆく戦略を考えるべきだと思う。アメリカは中国やインドなどの市場開放に向けて経済協力を呼びかけている。そこにはアメリカの苦悩が伺われるが、戦争で勝ち取る平和はつかの間である。友好で勝ち取られた平和は永遠を示唆するように思うのだが、いかがなものだろうか?
日本での衆議院総選挙も8月を迎えてさらにトーンアップしているのかと思いきや、7月のような国民の関心は見当たらない。民主党の政権公約も毎日120万件を超えるアクセスがあったようだが、国民の意識とは裏腹に、現実的ナ内容とは思えなかった。
政治とは国民の支持を仰いで、国民の意思に沿って動く事ばかりが優先ではないようにも思う。国民の支持を仰ぎながら、国際社会での日本の位置を明確にしてゆく必要もある。
日本の官僚の能力も非常に高いものがある。彼らと争う事ばかりが政治とも思えない。
また、国民生活を最大公約数的に保護する事が政策の本位とも思えない。
政権公約を踏まえて、立候補者の超えに耳を傾けて、誰が政治を行おうとしているのか、国民一人ひとりが判断して票をいれ、その総意を考慮して公約を修正しながら、国家のあり方を未来に問う政治を実現してほしいと思う。
クリントン元大統領の訪朝は事前協議の元に行われた外交であると思う。速やかで、しかも、したたかで、そしてなんといっても、北朝鮮の立場を立てて、謝罪する。
自己主張、自己の正当性を鼓舞するだけでは、日本の政治もまとまらない。1票にこめられた国民の声を聞ける政治家の出現を望みたい。

