彼はあえいでいる。いいやいつものように、同じ事を淡々と繰り返している。しかし、結果がでない。結果がでないと、更にいつもの練習に没頭する。38歳の肉体はすこしずつ・・ではなく、突然の老化を促すが本人の感覚としては、自覚症状が無い。
その1
嘗て1000本のホームランを打つことが普通と考えられていた打者がいた。言わずもがな王貞治である。彼は格別の才能と他人に追随を許さない練習の鬼でもあった。ある記者が「1日何回くらい素振りをするのですか」と聞くと「気が付いたら夜が明るくなっていた」とか・・
彼も2度スランプを経験している。しかし、40本のホームランを打てない・・というスランプであった。普通の打者なら生涯に1度は経験したい40本塁打を・・である。
400勝投手である金田正一が「唯一、打者の研究をしてのは王貞治である」と語っている。金田におて唯一の強打者であったようだ。
王がもっともライバル心を燃やした投手は江夏豊であった。「彼の球は、普通の集中力では絶対に打てない」と語り、250回の対戦でもっとも三振を喫しているが、もっともホームランを打ったのも江夏であった。正に名勝負である。子供の頃、誰に言われる事も無く王と江夏の勝負に汗を握っていたものである。王には2度、大学時代に偶然あったが、正に後光がさしていた。今までの人生で僕が後光を感じた人間は王貞治唯一である。
彼は43歳まで現役を通したいと考えていたようだが、「30本しかホームランを打てなくなった」と1980年に引退した。真意は別にして、王のこだわりを感じる。868本、それは偉大な記録である。
ある意味において、王貞治は野球という政治力に目標を奪われた男だったのかもしれない。翌年から読売巨人軍の監督を命じられていたようだ。後に巨人の監督になる原辰徳に「巨人の監督になりたくてなった人は居ない」と彼の背中を押したとも言われている。
その2
現役大リーガーの彼は不振にあえいでいる。38歳の今日まで、どれほどの練習を繰り返し、どれほどの苦悩と重圧に耐えながら安打を重ねてきた事か・・・。その彼も38歳となった。いくら練習しても体が効果をうまず、疲労と老化を感じる年齢となっているのである。
彼のスランプは200本打てないかもしれない・・というものである。王と同じ1年間に200安打を打つことは大打者が生涯に1度経験するかしないかの至難の業であるのだが、彼はそれを10年連続で成し遂げている。1年間に228本の安打を10年間持続しているのである。それは誰も追随できる記録ではない。
安打を打つことへのこだわりは、小学校時代からあったようだ。安打をを打つタイミングとホームランを打つタイミングの違いは明らかである。「安打を打とうとしてホームランになった記憶は無い」と彼は明言する。すなわちホームランは狙って打っているのである。
政治力で引退を余儀なくされた王貞治。しかしイチローにはそんな懸念は無い。彼は今年最も大きなスランプを経験することになるのだが、その背景には失われようとする目標があるのではないか・・と、ふと考えた。それは今の話ではない。今年の初めに僕が感じたことである。
イチローには43歳まで現役居てほしいと思う。しかし、大リーグと言う環境はそんなに甘い環境ではない。選手が、できることができなくなったらフイールドに立てないのである。
一フアンの心情としては日米通算4000本安打を目標にがんばってほしいのだが、彼は「200本打てなくなった」と引退してしまいそうで怖いのである。おそらく王貞治が一塁ベースにグラブを沖に行ったように、イチローは左ボックスにバットを置いて引退を表明しそうな気がする。
誰かが追いかけてくるわけでもなく、ライバルも居ない記録の先を、たった一人で駆け巡るのは孤独である。
それは誰も居ない、人類未踏の山頂を目指す行為と似ているような気もする。僕も30年前にそんな夢を抱いて登山を行ってきたのだが、そんな夢が遠すぎて実現不可能と知った時、その思いを山においてきた。見上げればそこにはいつも夢がある。その思いは今も変わらない。
3年前だったか、あるクライマーと雨の中30分以上はなした事がある。彼も当時38歳であった。誰も君の後を追いかけてこない20年の歴史は重かったと思う。しかし、居る分野では君はたった一度負けたけれど、君のすばらしさは、永遠に追随を許さないものだ、できれば後輩の育成に励んでほしいし、そんな年齢になったんだよ・・と生意気な事を言ったような気がする。
目標とは一つではない。見失った目標を感じたなら、新たな目標を探せばよい。しかし、見続けた目標が長ければ、新たな目標も見付けにくいものだ。
人生には様々な紆余曲折があり因果がある。そこまで這い回るなら、とことん這い回りのた打ち回って、生き方をさらけ出す事も人間としての目標(業)なのかもしれないな~とふと思った。
僕は今でも王貞治のフアンである。同じくイチローのフアンでもある。一度も遭遇した事の無いイチローこそ、今の僕の目標なのかもしれない。
引退は易し、しかし創業が過去の事、守成は更になりがたし・・・中国の歴史書のどこかで読んだ言葉が僕の脳裏を駆け巡ったのであった。
がんばれ、イチロー!!