選手はそれぞれの道に進む・・しかし、躊躇するまでも泣く、次の大会への準備をしなくてはならないアスリートもいる。全力を出しつくし、燃え尽きて、新たな人生に向かう人も居る。この体系での悔しさを次のソチに向けるアスリートもいる。みんなそれぞれの道を進むわけである。
注目されて惜しくも銀メダルに輝いたフイギアの選手は「ソチに向けて準備に入ると、躊躇せずに断言した」4回転へのこだわり・・?
フイギアスケートはスポーツなのか芸術なのか?
そんな当たり前な疑問が僕の中で再燃した。今回の大会は芸術性が勝利を収めたが・
・4回転といえばハンマー投げの世界チャンピオンが彼女の大学にいる。強い見方のなりそうな気もする。彼女が目指すのは芸術性よりアスリート魂なのかもしれない・・と、思った。
少なくとも、勝敗は別として、バンクーバーオリンピックに参加した全ての選手に「お疲れ様・・そしてありがとう」と感謝の言葉を贈りたい。
今回の大会では控え室での選手の過ごし方がわずかだが放映された。淡々と自分の出番まで調整する選手を、まるで隠しカメラが盗撮しているがごとく自然に映し出された。そのシーンに僕は注目した。自分の出場時間に合わせての調整の難しさが、スピードスケートやスキーのアルペンやクロスカントリー競技にはあるようだ。時にクロスカントリーのリレーでは、自分の順番を待つ選手がスタート地点にエアロバイクを持ち込んでウオームアップをしているのには驚いたが、そんな事は日常(普通の事)なのかもしれない。
少し残念だったのは、スキーのアルペン競技に男子回転以外に日本選手の参加がなかった点である。スキー人口は多いはずなのに、なぜ世界レベルにならないのか?とても疑問であった。
それに引き換え、マイナー競技である。リュージュ、ボブスレーなどの支援を受けられない競技選手の努力には頭が下がる思いがした。結果は別にして、頭が下がる思いがした。
世界との差・・それはスポーツを支援する環境なのかもしれない。ドイツなどは200億円もの国家支援を受けているという。日本は20億円程度の強化資金とか。パララリンピック参加選手に至っては、ほとんど国家的な支援はない・・と言う。総額2億円とは大会参加費用の一部にしかならないような気もする。日本にもスポーツ省の設置が望まれる。
スポーツの話題は野球や夏のワールドカップサッカーに移り行きそうだが、僕自身としてはサッカーの日本代表にはなかなか興味が湧かない。外国のチームの動向のほうが気になる。夏になると気持ちが盛り上がるのかも知れないが、僕の気持ちは日本チームの応援と言うより、世界のチームへの興味が高い。
野球といえば、大リーグである。当然僕の興味はイチローと松井である。イチローは今年も200本ア安打を打つのだろうか?松井は30本塁打100打点が成果の目安であると思う。チームの対決と言うより、僕はイチローと松井個人の成績に注目している。目が離せない2010年でもある。しかし、オリンピックやワールドカップサッカーがあると売り上げが・・と言う法則がある。今年はその法則が崩れて、楽しい秋を迎えられると良いのだが・・
家庭の事情も今年は大変なのである。長男が大学留年、次男も大学生、長女は高校受験である。家計は今年、来年と火の車・・である。どのように乗り切ればよいのか手立てが見えない。「ねえ、お父さん、大学って遊ぶところじゃないの・・」っていう衝撃的な発言に言葉を失った。さらに「お金払っているんだから、授業に出ていれば卒業できるんだよね」には追い討ちをかけられた・・・。父が甘いのか社会が甘いのか・・まさに日本は平和である事に麻痺しているようだ。
テレビを見ていても、バラェテイ番組が多い。メデイァの公共性ってナンなのだろうと、改めて考えてしまう。先週は栃木県では食中毒が発生して400人以上の園児などが大混乱したが、ニュースではほとんど取り上げられていない。ニュースにも流行があるのか?テレビ局も公共性より経済優先なのであろうか?
チリ地震などにおいても、国家の利益、経済優先は貧富の差をいっそう深めている。人間性とか文化性は置きざるにされているにもかかわらず、日本はわが国の伝統や文化を鼓舞しているように見えて笑ってしまう。マスコミの理性は、独善的な狂気に変貌している事に、メデイァ自身が気づいていないような気がするのだが・・いかがなものだろう。
政治に目を移しても、金と政治ばかりが国会で強調され、政権公約や基地移転問題は期日まで先送りで議論はしないのだろうか?まったくみっともない国会中継ばかりが目立つ。
そう考えると「美しい」とは、純粋に世界の頂点を目指すアスリートの心の中にしか存在しないものなのか、気の早いマスコミは早くもソチへのカウントダウンを始めている・・・・。