「これほど圧倒的な強さを感じたフイギアスケートの選手は歴史に存在しない」と彼女の演技を見て直感した。彼女の評価は国境を越えている。まさに地球レベルでの評価であろうと思う。それはフイギアスケートを理解している、いない・・にかかわらず。彼女の演技(シヨー)に魅了された人は少なくないだろう。人間とは未熟であり、未完成なものであるが、彼女の演技には、非を打つ隙間が存在しなかった。また、はらはらする、とか、危うい緊迫感さえ感じなかった。正に異次元の感覚のようなものを、彼女は私たちに与えてくれたのだった。
「完璧」と形容するだけにととまらず、芸術性の高さも、あるいは感性の豊かさも、彼女は私たちに与えてくれたのかもしれない。それは審判人に対しても然り・・である。これ以上の称賛はありえない・・といわんばかりの点数を引き出させたのであった。
おそらく、フイギアスケートの100年の歴史の中でもっとも歴史に残る演技がバンクーバーで行われたのであろう。彼女の演技はスポーツの領域を超えている・・と言いきってしまえるほど、素敵であった。非の打ち所のない完成度と芸術性は、既に、21世紀史上最高のフイギアスケートの最高到達点の演技であったと、私は確信してしまったのだった。
スポーツの歴史とは「常に塗り替えられる宿命」を持っている・・といわれるが、彼女の演技は、永久に塗り替えられない唯一のスポーツ記録として人類の歴史に、永遠に語り継がれるであろうと自然に思ってしまうほどの偉業であると思われる。
彼女の名は金妍児。ローマ字でもカタカナでもなく、彼女のままで、僕は記憶の底にとどめておきたいと、思ったのであった。


コメントする