勝負事には審判の採点が左右される場合もあるし、審判の判断に左右される場合もある。事前や身体のコンデションもあるが、事故などのアクシデントも勝敗を分ける・・なかなか4年に一度の祭典でメダルを手にするには実力以外の何ものかを見方に透けなくてはいけないようにも思う。
しかし、勝敗よりも学業に追われながら参加した選手もいるのだ。卒業論文を書くのに2ヶ月間も練習が出来なかった・・とか、卒業試験で、オリンピックの途中で一字帰国して、試験を終えてから改めて参加した・・とか・・。以前、スピードスケートで3個の金メダルを獲得したオランダのコス選手は医科大学に在籍している・・といっていたが、現在はカナダで開業している・・という。そういえば、1970年代の米国のマラソン選手は司法試験を受ける・・といっていた。有名なフランク・ショーターである。
欧米には文武両道の選手が意外といるし、ハーバード大学の卒業生で、大リーグやプロ選手になったり、世界選手権やオリンピックに出場経験のアル学生は多数いる・・まさにスポーツは知的な側面もある。
知的側面といえば、1968年メキシコオリンピックの高飛びで背面飛びを考案し、高飛びの常識を覆したデイック・フオスベリーは画期的な力学による高飛びのスタイルを築き上げた人である。彼が背面でバーを越えようと考えたのはハイスクール時代だという。始めは5フィートしか飛べなかったが、高校3年頃には、7フィート近くまで飛べるようになっていたようだ。その頃には、テレビ局などが取材に来るようになっていたらしいが、画期的な高飛びの理論と言うより、変わった飛び方・・といニュアンスのようであった。オレゴン大学に進んでからはその技術が更に進化した。背面で飛ぶこと以上に彼が高飛びに貢献したのは、むしろJ型の助走と腕の力を抜く、あるいは筋肉をパンプアップさせずに空中に飛び上がる・・と言う理論の実践であったようだ。力学の精通者ではなく、単なに「自分が楽に、しかも高く飛びたい」という欲求を満たす手段を思いつき、それを実践する事で、高飛びの技術に革命を起こしたのである。
人は、何かで自分を世界一に押し上げたいと考えるものである。その表現手段の一つがオリンピックゲームなのかもしれない。そう考えながら、今回のオリンピックを見ていると、さまざまな技術的革命が起きていることに気が付く人も多いのかもしれない。
その多くは科学者やスポーツコーチの専門家ではなく、アスリート自身が自らを押し上げる手段として考え付いた事のほうが多いような気もする。
オリンピックは、国家の競い合いではなく、ひょっとすると「個々人の知的ゲーム、あるいは自己表現であり、人間の創意工夫が導き出した祭典なのかもしれないな~」などと、考えてしまったのだった。


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