確か2月は如月という。どうして如月と言うのかふと考えてみた。
2月は寒い。特に今年は雪がよく降った。寒さが骨身にしみる月でもある。寒さが骨にしみるのは懐具合も同じである。俗に水商売は、2月8月が鬼門である。熱くても寒くても人間は娯楽行動に移さないものである事を象徴するような言葉であるが。このような俗説は結構あたっているようでもある。熱くて懐具合が悪いの暑さで紛れつが、寒さで懐具合が悪いのは、おなかの具合を壊す事も多い。すなわち病気にもなりがちである。で、「せめて着物を着た上にさらに重ね着をして、せめて体(おなか)だけでも暖めようか」と考えた人がいても不思議ではない。本来2月は旧暦の正月でもある。食べるものもない、まして団をとる燃料もない・・
平安時代の歌人藤原清輔は「「正月の此の月を乗り切きるには、更に衣を重ね着出来れば、これ幸いに、それほどあんずることもない。何とかなるさ」と歌ったとか?
すなわち、あれこれ案じてもしょうがない、なるようになるにはしかないのだ、正月(2月)は、重ね着をするっきゃない・・と、着更に着る・・で、着更着月(如月)と言ったとか?
その説に反論したわけではないと思うが、江戸中期の歌人賀茂真淵は「木草もそろそろ芽を出す月」として如月と下・・と言う説を唱えたのかもしれない。
いずれにしても気温の寒さと、草木の芽吹き、景気の低迷、農作業の準備など、庶民生活にはもっとも厳しい2月である・・と言おう事のようだ。
また、気(あたたかさ)が更に来る・・と言う月で如月・・という説もある。いずれにしても科学的(文学的)根拠はない。あくまで想像の賜物である。
2月は自然も人間も右往左往する月なのである。2月は右往左往する事を「遁走する」と名づけた人がいた。もう30年以上も前の事である。「如月遁走曲」・・それは1本の電話から始まった・・とは、ある他人が書いた短編小説のタイトルである。その物語の主人公は、実は僕であった。しかし、僕にはそんな記憶もない。その小説を読んで、僕はむしろ、その人が文学で描いた登場人物に嫉妬して心がぐちゃぐちゃになってしまったのである。この短編小説は今日、入手不可能でもある。僕の書庫のどこかにあるのかもしれないが、書庫にて行方不明のまま30年近くが経過してしまった。僕が主人公の小説など書こうと思ったその人も不思議な人であるが、僕自身が小説のモデルになるなど、今後もありえることはないと思う(笑)
しかし、その人(女性)が書いた小説のくだりを、他人として嫉妬した自分が30年前にいたことを、今思えばおかしくも思える。
いずれにしての2月(如月)と言う概念は、難解な月であることに変わりはない。それは俳諧の作法上の問題にとどまらないのである。 (たぶん続く)


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