2010年2月アーカイブ

まさに、別格の強さ

| コメント(0) | トラックバック(0)

「これほど圧倒的な強さを感じたフイギアスケートの選手は歴史に存在しない」と彼女の演技を見て直感した。彼女の評価は国境を越えている。まさに地球レベルでの評価であろうと思う。それはフイギアスケートを理解している、いない・・にかかわらず。彼女の演技(シヨー)に魅了された人は少なくないだろう。人間とは未熟であり、未完成なものであるが、彼女の演技には、非を打つ隙間が存在しなかった。また、はらはらする、とか、危うい緊迫感さえ感じなかった。正に異次元の感覚のようなものを、彼女は私たちに与えてくれたのだった。

「完璧」と形容するだけにととまらず、芸術性の高さも、あるいは感性の豊かさも、彼女は私たちに与えてくれたのかもしれない。それは審判人に対しても然り・・である。これ以上の称賛はありえない・・といわんばかりの点数を引き出させたのであった。

おそらく、フイギアスケートの100年の歴史の中でもっとも歴史に残る演技がバンクーバーで行われたのであろう。彼女の演技はスポーツの領域を超えている・・と言いきってしまえるほど、素敵であった。非の打ち所のない完成度と芸術性は、既に、21世紀史上最高のフイギアスケートの最高到達点の演技であったと、私は確信してしまったのだった。

スポーツの歴史とは「常に塗り替えられる宿命」を持っている・・といわれるが、彼女の演技は、永久に塗り替えられない唯一のスポーツ記録として人類の歴史に、永遠に語り継がれるであろうと自然に思ってしまうほどの偉業であると思われる。

彼女の名は金妍児。ローマ字でもカタカナでもなく、彼女のままで、僕は記憶の底にとどめておきたいと、思ったのであった。

 

壁を一部増設しました。こんな感じなのですが、分かる人にしかわからないかもしれませんね?

分かる人にしかわからないのは、採点競技の得点ですね。しかし、難易度ばかりが競技とはいえないような気がします。妖精たちの戦いには感動しました。キムさんは素敵でしたね。アメリカの16歳の女子選手も将来性豊かだと思います。しかし、スノーボードのある女子選手が弁護士だったり・・世界はすごいですね!?

オリンピックの男子大回転は何時行われるのでしょうか?それとも終わったのですか?日本人選手がアルペンスキーに男女ともあんまり出ていないのには驚きました。

オリンピック期間はジムに来る人が少ない・・と言う法則が小山にはありますね(笑)しかし、オリンピックと関係ないのか、子供たちは来店者の半数を上回っています(笑)

Image409.jpg

勝負事には審判の採点が左右される場合もあるし、審判の判断に左右される場合もある。事前や身体のコンデションもあるが、事故などのアクシデントも勝敗を分ける・・なかなか4年に一度の祭典でメダルを手にするには実力以外の何ものかを見方に透けなくてはいけないようにも思う。

しかし、勝敗よりも学業に追われながら参加した選手もいるのだ。卒業論文を書くのに2ヶ月間も練習が出来なかった・・とか、卒業試験で、オリンピックの途中で一字帰国して、試験を終えてから改めて参加した・・とか・・。以前、スピードスケートで3個の金メダルを獲得したオランダのコス選手は医科大学に在籍している・・といっていたが、現在はカナダで開業している・・という。そういえば、1970年代の米国のマラソン選手は司法試験を受ける・・といっていた。有名なフランク・ショーターである。

欧米には文武両道の選手が意外といるし、ハーバード大学の卒業生で、大リーグやプロ選手になったり、世界選手権やオリンピックに出場経験のアル学生は多数いる・・まさにスポーツは知的な側面もある。

知的側面といえば、1968年メキシコオリンピックの高飛びで背面飛びを考案し、高飛びの常識を覆したデイック・フオスベリーは画期的な力学による高飛びのスタイルを築き上げた人である。彼が背面でバーを越えようと考えたのはハイスクール時代だという。始めは5フィートしか飛べなかったが、高校3年頃には、7フィート近くまで飛べるようになっていたようだ。その頃には、テレビ局などが取材に来るようになっていたらしいが、画期的な高飛びの理論と言うより、変わった飛び方・・といニュアンスのようであった。オレゴン大学に進んでからはその技術が更に進化した。背面で飛ぶこと以上に彼が高飛びに貢献したのは、むしろJ型の助走と腕の力を抜く、あるいは筋肉をパンプアップさせずに空中に飛び上がる・・と言う理論の実践であったようだ。力学の精通者ではなく、単なに「自分が楽に、しかも高く飛びたい」という欲求を満たす手段を思いつき、それを実践する事で、高飛びの技術に革命を起こしたのである。

人は、何かで自分を世界一に押し上げたいと考えるものである。その表現手段の一つがオリンピックゲームなのかもしれない。そう考えながら、今回のオリンピックを見ていると、さまざまな技術的革命が起きていることに気が付く人も多いのかもしれない。

その多くは科学者やスポーツコーチの専門家ではなく、アスリート自身が自らを押し上げる手段として考え付いた事のほうが多いような気もする。

オリンピックは、国家の競い合いではなく、ひょっとすると「個々人の知的ゲーム、あるいは自己表現であり、人間の創意工夫が導き出した祭典なのかもしれないな~」などと、考えてしまったのだった。

山岳での事故について

| コメント(0) | トラックバック(0)

クライミングと言うスポーツばかりではなく、山歩きにおいての事故も近年増えているようだ。ここに長野県警の統計調査報告があります。 jikotoukei20.pdf

詳細に読んでみるとさまざまな事が浮かびかがってきます。他人事ではなく、安易な気持ちは事故につながります。それはハイキングでもロッククライミングでも同じ事がいえます。若し良かったら読んでみてくださいね(ニコ)

 

如月遁走曲

| コメント(0) | トラックバック(0)

確か2月は如月という。どうして如月と言うのかふと考えてみた。

2月は寒い。特に今年は雪がよく降った。寒さが骨身にしみる月でもある。寒さが骨にしみるのは懐具合も同じである。俗に水商売は、2月8月が鬼門である。熱くても寒くても人間は娯楽行動に移さないものである事を象徴するような言葉であるが。このような俗説は結構あたっているようでもある。熱くて懐具合が悪いの暑さで紛れつが、寒さで懐具合が悪いのは、おなかの具合を壊す事も多い。すなわち病気にもなりがちである。で、「せめて着物を着た上にさらに重ね着をして、せめて体(おなか)だけでも暖めようか」と考えた人がいても不思議ではない。本来2月は旧暦の正月でもある。食べるものもない、まして団をとる燃料もない・・

平安時代の歌人藤原清輔は「「正月の此の月を乗り切きるには、更に衣を重ね着出来れば、これ幸いに、それほどあんずることもない。何とかなるさ」と歌ったとか?

すなわち、あれこれ案じてもしょうがない、なるようになるにはしかないのだ、正月(2月)は、重ね着をするっきゃない・・と、着更に着る・・で、着更着月(如月)と言ったとか?

その説に反論したわけではないと思うが、江戸中期の歌人賀茂真淵は「木草もそろそろ芽を出す月」として如月と下・・と言う説を唱えたのかもしれない。

いずれにしても気温の寒さと、草木の芽吹き、景気の低迷、農作業の準備など、庶民生活にはもっとも厳しい2月である・・と言おう事のようだ。

また、気(あたたかさ)が更に来る・・と言う月で如月・・という説もある。いずれにしても科学的(文学的)根拠はない。あくまで想像の賜物である。

2月は自然も人間も右往左往する月なのである。2月は右往左往する事を「遁走する」と名づけた人がいた。もう30年以上も前の事である。「如月遁走曲」・・それは1本の電話から始まった・・とは、ある他人が書いた短編小説のタイトルである。その物語の主人公は、実は僕であった。しかし、僕にはそんな記憶もない。その小説を読んで、僕はむしろ、その人が文学で描いた登場人物に嫉妬して心がぐちゃぐちゃになってしまったのである。この短編小説は今日、入手不可能でもある。僕の書庫のどこかにあるのかもしれないが、書庫にて行方不明のまま30年近くが経過してしまった。僕が主人公の小説など書こうと思ったその人も不思議な人であるが、僕自身が小説のモデルになるなど、今後もありえることはないと思う(笑)

しかし、その人(女性)が書いた小説のくだりを、他人として嫉妬した自分が30年前にいたことを、今思えばおかしくも思える。

いずれにしての2月(如月)と言う概念は、難解な月であることに変わりはない。それは俳諧の作法上の問題にとどまらないのである。    (たぶん続く)

 

切れた靴紐・・

| コメント(0) | トラックバック(0)

織田家はなんと不運に見舞われた家系なのだろう。4年前のトリノオリンピック国内予選では至上例のない採点ミスで出場できず。その後の酒気帯び運転で出場自粛・・そしてやっとたどり着いたバンクーバーでは靴紐が切れる・・というアクシデントに見舞われる。泣いても泣ききれない・・そんな感情が彼の不運を装う。信長の血がなせる業なのか?ありえない不運である

不運といえばスケルトンやリュージュでも同じような事があったようだ。試合に使うそりが参加基準を満たしていない・・選手はどのように考えたらよいのだろうか?  これもありえない不運である。

不運はさらに昨日の1000M男子での起きた。スタートのピストルが紛らわしい音を出したのである。選手に気持ちは途切れてしまったようだ。スノーボードクロスにおいても予選で深い霧・・これは自然のなせる業であり、不運といわざるをえない。

時を遡る事1972年札幌オリンピックにおいても不運は付きまとった、スキージャンプ90M級において、期待の笠谷が飛んだ瞬間に横風の突風が吹いたのである。彼はバランスを崩しで2度も体制を立て直したが、着地するのが精一杯であった。神が招いた不運ともいえる。

1968年グルノーブルオリンピックにおいてもなぞめいた事件があった。ジャン・クロード・キリーの三冠で終わったスキー競技において、カール・シュランツが滑降競技において旗門不通かとたん他事件であった。彼は札幌に雪辱を期したが、プロ選手はオリンピックに参加してはいけない・・というルールによって参加できなくなった。既にほとんどのスキー選手がプロとして報酬を得ているのは既成の事実であったのだが、彼だけは参加できなかったのである。誰もがルッシと対決を楽しみにしていたのに・・・。

オリンピックにまつわる不運やアクシデントは多々アルと思う。僕の記憶の中にも、まだまだ、さまざまなエピソードが存在する。

後にわかったのだが、トニー・ザイラーの三冠王に湧いた1956年にイタリアのコルチナオリンピックにおいて、回転競技において二位にはいった猪谷千春さんは、交互操作と言う技術のパイオニアであったが、当時の国際スキー連盟は、交互操作の技術を禁じ手とした・・ルールはルールであるのだが、納得が行かないルールであった。

同じような事は1970~80年代前半の平泳ぎにおいても日本人選手を悩ませた・・悩まされたのは、日本人選手だけではない。少なくとも、オリンピックはただ勝つ事ばかりではなく国際交流の場としての意義も保たなければなるまい。スポーツマンシップを改めて考えてみるのも良いだろう。

ほとんど丸写し?

| コメント(0) | トラックバック(0)

今日は特別な日である。母が自分を産んだ日である。自分におめでとうと言われても「ピン」とこないが朝6時に、娘に「おとうさん、おめでとう」と言われて、思わず「ありがとう」といってしまった(笑)

で、今日の朝食は3品も作ってしまったのだった。

思えば、大学でロッククライミングに出会い、ロッククライミングを習い、それが今日まで続いているなんて自分でも考えられない。なんと35年もクライミングのことを考えているなんて・・自分も随分我慢強くなったものだと思う。

自分の力で自然に立ち向かう究極の手段としてのロッククライミングがスポーツとして一部の人に認知される時代が来るなんて、想像もしなかったが、自分を信じてここまで来た。

ここまで来たからには「見事にあきらめてみよう」と考えている自分が、妙におかしい(笑)

あきらめる・・とは、途中で投げ出す・・と言う意味ではない。明らかに見極める・・と言うことである。

収入は別として、僕はコーチとしても道を選んだ。始まりは1982年のことである。アルピニズムとは違う概念でロッククライミングを考えてみよう・・と思ったのが、クライミングスクールを創設するきっかけとなった。しかし、それは自分の思考と言う概念での考え方であった。僕のとっては、やはりH谷清さんとの出会いが大きい。彼と出会わなかったらクライミングスクールの今日はない。

もちろん僕にアルピニズム(登山の精神)を教えてくれたY浅先生(大学時代の恩師)の影響も多大なものがアル。マ、人生においての不可思議な出会いであろう。

僕はこの、自分で描いた概念を仕事(プロ)としてここまでたどり着いた。しかし、今の位置は、たどり着いたもっとも高いところではない。たどり着いた位置は、いつもぎりぎりのところである。すなわち「楽」でもなく「満足」するところでもなく、常に「途上」にいるということである。

急がば回れ・・の精神ではないが、未来にクライミングと言う財産を残すには、どこから手をつければよいのかと悩み続けた時間も大きな財産でもアル。

そしてさまざまな紆余曲折の途上ではあるが、ここでであった皆さんこそが、僕の財産であると、毎日夜中に見る夢は僕に語る。そのたびに僕は、夢の中に現れる僕と議論して、興奮して、うなされて目覚める。まるでゲーテの小説「フアウスト」のようでもある。

このような事は、誰にでもあるのだと思う。

山岳書としてはヘルマン・ブールの「8000mの上と下」 W・H・ノイスの「エベレスト・その人間的記録」 ロイヤル・ロビンスの「ロッククラフト」などが僕のバイブルとなった。

「生意気なんだよ」「馬鹿!」と先生に言われ続けた大学時代も、今は懐かしい思い出である。特にY先生に「お前ほど気が強いやつは見たことがない」といわれた事は、衝撃的な言葉であった。自分では繊細で気が弱く、シャイだと思っているのに・・・(笑)

おそらく僕がもっとも尊敬するアスリートはイチローであると思う。彼は常に僕を刺激する言葉を、しかも、いとも簡単に語る。素敵だ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そんなイチローの言葉がここにある。以下、丸写しであるが・・記載する。どこから引用してきたのかは分からないが・・?

「がんばれ、がんばれ」という人がいるより、僕は、「できないでくれ」という人がいる方が熱くなる
。

「できなくてもしょうがない」は、終わってから思うことであって、途中にそれを思ったら、絶対に達
成できません。

前向きに食事をし、前向きに買い物をした。何事も前向きに行動することが可能性を生む。

小さいことを積み重ねるのが、
とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています。

少しずつ前に進んでいるという感覚は、
人間としてすごく大事。

自分で無意識にやっていることを、
もっと意識をしなければならない。

練習で100%自分を作らないと、打席に立つことは出来ません。
自分の形を見付けておかないと、どん底まで突き落とされます。

妥協は沢山してきた。
自分に負けたこともいっぱいあります。
ただ、野球に関してはそれがない

結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。
決してあきらめない姿勢が、
何かを生み出すきっかけをつくる。

第三者の評価を意識した生き方はしたくない。
自分が納得した生き方をしたい

決して人が求める理想を求めません。
人が笑ってほしいときに笑いません。
自分が笑いたいから笑います。

「たのしんでやれ」とよく言われますが、
ぼくにはその意味がわかりません。

特別なことをするためには普段の自分でいられることが大事です。

どんな難しいプレーも
当然にやってのける。
これがプロであり、
僕はそれに伴う努力を人に見せるつもりはありません。

やってみて「ダメだ」とわかったことと、
はじめから「ダメだ」と言われたことは、違います。

何かを長期間、成し遂げるためには
考えや行動を一貫させる必要がある。

演じている人は、すべてカッコよくなければいけない。

初心を忘れないことっていうのは大事ですが、初心でプレイをしていてはいけないんです。
成長した自分がそこにいて、その気持ちでプレイしなくてはいけない。

自分を殺して相手に合わせることは、僕の性に合わない。
まして上からいろいろ言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います

努力せずに何かできるようになる人のことを天才というのなら、僕はそうじゃない。
努力した結果、何かができるようになる人のことを天才というのなら、僕はそうだと思う。

手抜きをして存在できるものが成立することがおかしい。

成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない 。


世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから。

アマチュアではないので、勝つことだけが目標ではありません。
プロとして自分がどういうプレイをするのかがすごく大事です。

今自分にできること。頑張ればできそうなこと。
そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない。

次に破るのも、また自分でありたい。

自分が全く予想しない球が来たときにどう対応するか。それが大事です。
試合では打ちたい球は来ない。好きな球を待っていたのでは終わってしまいます。

ヒットを打った瞬間、自分の頭の中でレベルがあがった音がするんです。ドラゴンクエストみたいに。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ただ、僕にとってイチローはイチローでしかない。それは中学校の時に「貴方の尊敬する他人は」と聞かれた時の答のような存在でしかない。たぶん会っても話す事は「何もない」と思う。

むしろこれからも時間が有れば、Y浅先生とH谷さんとの語らいが一番楽しい時間であると確信している。

やがて僕は服を脱ぐ、それは、父としての服と男としての服である。そして、いつか未来のある日に,めぐり合う時間があるのなら、彼らと、山の話を、夜が明けるまで、語り明かしたいものだ・・と思う。

それは30年前の「あの時間のように」である。

また、これからの楽しみは、今、幼稚園や小学生、あるいは高校生になったスクールの生徒たちの成長でもあると思う。

「たくさんの苦労」を普通と考える人になってほしいと思うのだが、そんな言葉を書くには、僕は少し、若すぎるのかもしれない・・と、思ったのだった。

 

 

 

 

 

スノーボードHPは予定通り、ショーン。ホワイトの独壇場となった。対抗者が果敢に新しい技で攻めるがことごとく敗退してゆく。日本人選手も同じであった。ショーンは4年前のトリノでも圧倒的な強さを見せ付けたようだが今回も新しい業を完璧にこなして、他の選手の追随を許さなかった。

ほとんどの選手は彼の編み出した高難度の技で失敗する。ショーンは新しい技を次々と編み出してはスノーボードのハーフパイプに新しい風を送り込むのである。まさに先駆者なのだろう。

彼のライデイングには独創性がある。優雅さもあり、完成度も高い。すなわち安定感もある。紙一重で負う選手中には日本人選手も入っているのだと思う。しかし、彼のすごさには紙一重及ばない。

言葉を変えるなら、たかが紙一重、されど紙一重である。この紙一重の距離は測りしえない。彼はまだ23歳という、これからも新しい技を編み出してゆくのか・・そこのところも計りしえない。1980年代後半にもトッド・リチャードと言う選手がいた。1998年の長野オリンピックで初めてスノーボードが種目になるのだが、彼は何を見ていたのだろうが?

まさにスノーボードは雪上のフイギアスケートか体操競技のようでもある。ジャンプやスピン(回転)技は何をやっているのか見当も付かないほど、めまぐるしく、しかも美しくもあるのだ。スキーにおいてのフリースタイルスキーに一時はエアリアルという競技部門があったと思うが、それは流行らなかった。スノーボードのHPがこんなに美しい競技になるとは創造もしなかった。

もともとフリースタイルスキーはスキークロスやエアリアル、アクロと呼ばれたバレースキーなどの総称でモーグルは日本では199年代に始まって、スノーボードの先を行っていたのだが、気が付けばすモーグル以外はスノーボードに凌駕されてしまったようだ。

当初スノーボードにもアルペン種目は存在して、回転、大回転やパラレル競技などがあったが、気が付けばこちらも一部を除いて衰退してしまった。1993年ごろから僕はアルペンスノーノードにはまってゆくのだが、それも2001年には飽きてしまって・・・である。40代半ばになっていたからなのかもしれないが・・・。

今回の観客を見ていると、僕より高齢の方が感染しているのを見て驚いたが、スノーボードハースパイプははまさに雪上の空中芸術ですね。また、スノーボードクロスは格闘技のように思われます。

まだまだ目が離せないバンクーバーオリンピックですね!!!

 

いい感じじゃ~ん

| コメント(0) | トラックバック(0)

スノーボードの男子選手はいい感じで決勝に進んだ。国母選手は「メダルは意識しない、自分の演技をしたい」ときっぱり言った。青野選手もすばらしかった。本命はショーン・ホワイトのようだが、戦えないはずはない・・と、僕は思った。午後からの決勝で自分の全てをぶつけてほしい。

全てをぶつける・・といえば、クロスカントリースキーのスプリントはすごい戦いであった。おおむね1.6kmを3分37秒での争いが予選で行われていたが、駆け引きと時間で手の汗握る戦いであった。オリンピックの舞台でも1秒以内に20人近くいるなんてすごいレベルである。確実に選手の層は厚い。

オリンピックは夢の舞台でもある。メダルを争う、あるいは決勝進出を目指す。あるいは全力を出し、参加することにも意義があるのだとも思う。

昨日のスノーボードクロスの土井奈津子選手はまさに夢の舞台でベストを尽くしたのだと思う。外国選手は170センチ70キロを超える選手が多い。そんな中、普通の日本人のサイズの選手が同じ舞台で戦うのはすごい事だと思う。茶摘で鍛えた下半身はまるでゴムマリのようでもあった。

夢といえば僕は夢を見る。そのほとんどを目覚めても覚えている。覚えているというか、夢の途中で、うなされて目覚めてしまう・・といったほうが良い。夢には必ずクライミングシーンが出てくる。寝てもさめてもクライミングのことが僕の脳から離れないのだ。あの子にはこんな指導が良いかな、この子にはどういう風に伝えたらよいのか。この子には今は伝える事はない・・とか、一人ひとりに色んな頃を考えながら指導しているのか、あるいは遊ばせているのか?(子供の場合である)

高校生になると、いろんなことが浮き彫りになる。小学校のときに伝えられなかった事が会話になる。さらに驚くのは、小学生の時に僕が言った事を意外と覚えている子供が多い事だ。それも肝心な事を・・である。

難しい言葉では伝わらないが、簡単な言葉で言った事を、子供たちはしっかりと脳に刻み込んでいるのである。うかつな事はいえない(笑)

また子供の感性は鋭い。大人の嘘を瞬時に見抜いてしまう。先週は久しぶりに子供たちの前で登った。熱い視線を感じて振り向くと、ほぼ全員が僕ののぼりを見ていた。「先生も登れるんだ」と練習にあんまり熱心ではないように見受けられる小学2年生の男の子に言われて「君ほどではないがね」と意味不明な返事を返したが、何かをひらめいたように、彼が上り始めた・・・「いい感じじゃ~ん」と言うと「別に・・」とそっけない。

そもそもアスリートはこんなものである。ある意味では照れ屋で、繊細で、しかもクールなのである。それは小さな子供たちのも共通する。世界を意識するなら、大きな子供を育てたい。それは体格が大きいとか態度が大きいとかいう問題ではない。

そこのところをどのように伝えるのかは、難しいのだが、例えば、いくら注意しても廊下を走る子供を育てたい。僕の目を盗んで、いたずらをすることに媚びない・・そんな子供らしさが世界の扉を開くような気がするのだが・・・

まだまだオリンピックの熱戦は続く、いつかここからオリンピックに出場する選手が育てば、僕が夜中に見る夢は、真昼の夢になるのだが・・・・。道は遠い。

服装の乱れの波紋

| コメント(0) | トラックバック(0)

こんな些細な事で・・と、本人は思っただろう。自分は自分だ・・と。自分自身の強さを世界に証明したい・・?・・それも「自分流を貫き通して」とまで言い切った。

舞台が世界選手権やワールドカップのような舞台ならそれも許されるかもしれない。

しかし、オリンピックは国家を代表して参加するのだ。自分の代表ではなく、国家の代表なのだ。

そんな事は子供じゃないから知っている・・そんな事を今更・・「反省しろ?」何を反省するの?心にないことを心にあるかのように・・・

「反省しています」と記者会見で彼は言った。しかし「反省している態度ではない」と投稿が相次いだ?

「直接注意しろよ」とある人が言った。

確かに、直接注意は出来ないがブログなら・・掲示板なら・・匿名なら言いたい事をいえる大人?

どちらが大人でどちらが子供なのか・・・勝負は勝ち負けといっておきながら、品格やら文化から伝統やら・・と言う言葉がやたらと目立つ日本社会になってしまった。浄瑠璃と歌舞伎の区別も付かない日本人に日本の伝統だとか、文化、品格を・・・「とやかく言われたくない」という若者も多いようだが、そのほうが元気があって良い・・様な気もする。まるで教科書通りの面接をする就職希望者よりは良い人かもしれない・・・?

僕は、服装の乱れより、文化の乱れのほうが気になる。「お父さん、シャツをズボンに入れないで」「お父さんシャツをズボンに入れて」とうるさい娘。次に来る言葉は「私と一緒のときはちゃんとして」

娘と僕の間にも正装と服装の乱れの、ニュアンスの違いを感じる。時間や歴史的背景によって、微妙に変化する文化と伝統なのである。

変わるも変化、変わらぬも変化?

そんな事を考えてしまった、今回のオリンピックでもある。まだ始まったばかりだが・・・

7654?

| コメント(0) | トラックバック(0)

初めてのオリンピックは7位だった。それから12年、順位は6位、5位、そして今回は4位だった。メダルは遠い記憶なのか、夢のまた夢なのか・・彼女の目からあふれ出る涙は、メダルの遠さを伺いすることは出来る。たぶんトリノオリンピックの時だったと思う。母が彼女の首に手作りの金メダルを掛けた。そのときの涙とは違う色の涙が、彼女の頬を幾重にも連ねた。

自分のため、応援してくれるみんなのため、それとも母に贈るため・・だったのか。彼女の複雑な苦しさが滲み出た涙であったと、僕は思うのだが・・・。

しかし、7,6,5,4ときているのだから、今度は3になるはずだ。4年先は遠い。しかし、4度のオリンピックを経験した彼女なら目指せる道なのかもしれない・・とも思った。

メダルが全てのオリンピックではない。人生には色んな目標があり、色んな生き方がある。

考え方を代えれば、4年後には3人で・・というのも人生の目標になるのかもしれない。

3人目は子供のことである。

3位というのも目標だが、三位一体も素敵な目標になると思う。そんな事を考えさせられた1日であった。

我が家には3人の子供がいる。そろそろ親離れかな?

オリンピックと関係あるのか無いのか・・日本選手の活躍を見ていて、ふと、我が家の事情を考えてみた。

チョコ1号は・・

| コメント(0) | トラックバック(0)

なんと、昨年は1個だったチョコが今年はもう2個頂いた。なんと言ってよいやら・・ただし1個はチョコではない、僕は直が嫌いだから?手作りのクッキーである。なんともうれしい~、麻理菜ちゃんありがとう・・といっても小学6年生であるが??

話は変わって明日からバンクーバーが始まる。僕の注目はスピードスケートである。それは北海道生まれの僕にとっては懐かしい思い出のスポーツであるからである。

我が家のテレビは旧式である。明日はテレビを見に行く・・買うことはないと思うが・・日本選手にはベストを尽くしてほしいと思う。

今週開幕するバンクーバー冬季オリンピックはスポーツ好きの私にはかけがえのない大会である。娘には「オリンピックが始まるとお父さんはテレビを独占するから・・」と、意味深な苦言を言われたが、それにめげることなく選手たちの動向を見守ろうと考えている。今年はスピードスケートの女子選手に注目が集まる一方、フイギアスケートも話題の的であろう。しかし僕は日本人のある女子選手に注目したい。彼女はスノーノードクロスの土井奈津子選手である。彼女と初めてお会いしたのはロッククラフトが開業した頃だったの思う。「オリンピックを目指している」と明確に言っていた。成績もまずまずであったがトリノオリンピックでは選考からもれたのだった。確かトリノオリンピックの開会式の日に彼女がロッククラフトに来たのであった。「4年後に向けて今日からスタートです」と相変わらずきっぱり言っていた。その熱意と努力は実ったのである。彼女に肉体はまるでゴムマリのようであった。弾力性と持久力に優れ手いる・・と僕は直感し他。しかし、彼女の能力はそれにとどまらない。空中バランスや瞬発力などにも富み、女性である事を忘れさせる素材であった。人生を競技賭け、遅咲きであるが世界ランキングは116位との事。一番後ろから彼女を見守って、そして応援したいと思う。

がんばれ、奈津子!

最近は調子が悪い?

| コメント(0) | トラックバック(0)

最近はPCの調子が悪い。キーボードが反応しないというか、入力が出来ないときがある。何らかのウイルスに感染している可能性もあるのだが、PCは難解である。

難解といえば、日本人の文化とか伝統、あるいは品格なる言葉の意味が日本人である自分でも計りかねる。まるで社会は特定個人や企業を、それも強いものを言論でいじめているような気がする。なんとなく釈然としない。

釈然としないのは政治と金の問題でもあるが、国会は政治倫理を語る場所なのかナ~、もっと私たちの政治を考える議会になってほしいと思うのだが・・。

そこへ行くと子供たちのクライミングに対する情熱は見ているだけでうきうきしてくる。単純で懸念がなく、純粋である。私たちも昔は子供だったのに、何かを忘れてしまったのか、それとも大人になる・・と言うことは善と悪が共存する事なのか・・などと考えてしまう。

善と悪といえば、僕の書きかけ原稿に「もし、竜馬に会わなかったら」と言うのがあった。ブログにアップしたと思っていたら、書きかけのまま保存されていた。自分で書いて言うのもなんだが、結構奥が深い話だ。要するに英雄とは何か、英雄が歴史を作るのか、文学の描く人物像と歴史学の描く人物像との違いは何か・・と言うことである。若し、あの時、竜馬に会わなかったら、彼はどのような人生を歩んでいたのだろうか・・と言うような事を考えたのであった。2私たちが竜馬に抱く人物像は文学が描いた人物像である。確かジョン万次郎も文学が描いた人物像である・・。源義経像にも同じことが言えると思う。然るに文学が描いた人物像を歴史学と混同してはいけない・・と思うのだが、やはり混同してしまうのが世の常(人情)でもある。

毅然と自分の生き方を絵画に投影させた人物としては葛飾北斎などがいる。語ると長くなるので、今日はこんなところで日記を終わりにする。調子の悪いのはPCではなく、僕の頭の中なのかもしれない。いいやこれが」僕の実像なのだろう、と、考え直してみた昨日であった。

 

寒い~、当たった!

| コメント(0) | トラックバック(0)

ここに来て寒い日が続いています。ここ1週間で3回も雪が舞いました(笑)寒さを吹き飛ばす事件?もおきました。なんとお年玉つき年賀はがきで2等をゲットしました。年賀状を書いていただいた生徒には感謝感激です(大笑)娘は「迷わず、Wⅱと、窓口ではっきりと指名しました」いつもと違う娘の元気に思わず笑ってしまいました。「お父さんが当たったんだよ」というと「知ってるよ」といいながら・・・遅いクリスマスプレゼントか、早い進学祝とでも解釈しているようです(笑) 2等の当選確率1/1000000、ですって、今までくじと縁に恵まれなった?僕には晴天霹靂(へきれき)のような事件でした。

縁といえば、最近は才能豊かな小学生がスクールに続々入ってきます。「マ、遊んでいなさい」と言う感じのなんちゃってスクール?ナのですが(本当は世界を狙っています)子供たちの視線の熱さに圧倒されそうな感じです。特に昨日入門した10歳の女の子は平井悠希に近いものを感じます。「平井さんにあこがれた」と自ら言うのですから・・同じ町の出身です。茨城県は才能の宝庫なのかもしれませんね、特に女子についてわ!

才能といえば、11歳の女の子Kちゃんもなかなかすごい才能を持っているのですが、さて、これからが飛躍の年なのでしょうかね? ま、こちらもぼちぼち楽しんでほしいものです。

そういえば、悠希と一緒に小学生時代に競り合っていたG君が、最近復活してきました・・といっても高校部活の合い間に来るのですが「小学生の時、5.11Bを登っていたなんて人事られない」と今は5.7~5.10bの間でのた打ち回っています。マ、そんなものでしょう。もう少しで思い出すはずです(笑)

しかし、風がさむ~いい。今日の午前10時のジムの温度が4.7度で最低記録です。お客さんの出足は・・遅いかな???

 

勇気ある結論

| コメント(0) | トラックバック(0)

リコールに対する反応は、国民それぞれの感覚的発言である。それをマスコミはアンケートをとって公表するが、そのアンケートには感覚的視点しか存在しない。すなわち問題の可決になる結論とはまったく違うところに、その根拠は存在するのである。

根拠の存在が問題の糸口になることはあっても、それ自体が結論を生む要素である・・と考える事態に問題があるのである。

今日は

朝青龍の引退・・と言う結論

トヨタのブレーキが滑るのは、システムの欠陥ではなく、ユーザーの感覚である・・と言う結論

小沢問題の起訴するには不十分である・・という地検の結論

それぞれが自分の立場を守ろうと攻撃的発言をしているが、いずれにしても当人としては勇気ある結論の出し方であると思う

一方では、歴史と伝統、あるいは文化や品性を守る・・といいいながらどこに品性があるのか分からない行動をしている団体もある。

なんともいえない・・というか、日本の文化にも反物質がありそうだ。・・と、考える今日この頃である。

日本の大手自動車メーカーのブレーキにおける不具合の事が話題になっている。しかし、僕の考え方としては、扱う人間の側に問題があるような気がする。一番の原因は走行中における車間距離の問題だと思う。かつて20年位前にT社の車を購入しようとして走行した事があるが、T社以外の車は随分乗っていた。その感覚からすると、T社のブレーキは滑る・・と言うか、深くゆるい・・と言う印象を受けた。今回のリコールも初めて買った車のブレーキシステムが今までの感覚と違う・・と言う点に集約されるのではないかと、僕は勝手に想像している。リコールの対処方法もそれに近い。言い方を変えるなら、僕はT社のブレーキペダルの感覚はあまり好きではなかったので、ほかの会社の車を乗っているのである。感覚的な問題が原因であるような気もする。あくまで個人的な見解である

同じくクライミング用品でもさまざまなリコールが起きている。特に最近は施設用の器具にリコール騒動が起きている。ジムによっては1台70万円くらいの投資をしたにもかかわらず、保障金額は100ドルとはいただけない。納得出来るはずがない。リコールの理由も不明確である。

世の中、世論とマスコミの言動に左右されすぎな感じを受ける。また、アメリカ並みに自己弁明的な見解が裁判の結果を左右する事になれてしまったようで、本質から逸脱した見解が多く見られる・・ような気がする。

もうすこし自己責任的な見解で自己に対して謙虚に向き合う事ができないのだろうか・・と人間不信になりかねない現実に僕の心はつまずいてしまう。

要するに、なんでも他人の責任にしたがる社会が高度な文明化社会なのだろうか・・と言う疑問である。

昨日は休みだったので「天使と悪魔」:という映画を見た。7回目である。7回目にして始めてその映画の全貌が理解できたような気がした。僕はその映画のアクションにはまったく興味がない。むしろ台詞に興味が湧いたのである。すなわち言葉の使い方、理解の仕方、解釈の仕方が面白かったのである。日本語字幕、台詞日本語、英語・・と何度も聞き比べてみた。なかなか面白かった。

話は変わるが、昨夜3度も夢を見た。全てがクライミング関連の夢であった。僕は夢でもクライミングの夢を見ることが多い。しかし、1夜に3作もクライミングの夢を見るなんて初めての経験である。しか題材が全て違うのである。

と、政治も含めて、色んな、社会の不協和音を考えていたら「朝青龍引退」のニュースが流れてきた「朝青龍もリコールか!!」とがっかり

あのやんちゃな感じが素敵だった。日本の文化に迎合せず相撲の王道を行くモンゴル魂に圧倒されていた日本人も多かったのではないかと思う。真に残念である。

伝統と文化を重んじるのは宗教と科学の対立とも似ている。リコールというか、ここにも「天使と悪魔」の存在を意識してしまった。どちらも神の見方の違いにしか過ぎないのであるが・・。

それは大学時代の西洋哲学史の時間に考えた事とあまり差異のないことでもある。哲学も人間の知識で解明出来ない事は神にゆだねていた。

人間が物質であるなら、人間社会を否定するもの、あるいは人間が制御できない存在を反物質としてしまう考え方にである。

カオスとコスモスはほぼ同質である・・と、誰かが言っていたような気もする。日本書紀だったかな?

あれ~子供がいない??

| コメント(0) | トラックバック(0)

ジムには子供が少ないような気がして、休憩室をのぞいてみたら、丸くなって遊んでいた。なんとビー玉と独楽で遊んでいた。ロックの子供たちは、昭和の遊びに夢中である。ま、いいことかもしれない。

こん変相をしている子供もいた。「ロック先生を驚かそうと思って」だって(笑)

Image405.JPG

反物質?

| コメント(0) | トラックバック(0)

栃木県には10箇所にクライミング壁(ボルダー壁を含めて)がある。商業施設としては、那須に1、宇都宮に3、佐野に1、そしてここである。公共施設としては、今市、下野市、佐野、小山に各1箇所ある。かなりの激戦?でもある。それでも「まだできるかも」という噂は多々ある・・が。今年の噂は「日本最大級の壁が出来る」がまことしやかに伝わってきた。真なら、間違いなく日本最大のクライミング壁である。噂の真相は定かではないが、かなり具体的な話で、しかもここに相当近い・・と言う話である。

これを物理的に考えるなら、ロッククラフトが物質であるならこの話は反物質である。この話をキリスト教とガリレオに置き換えるなら、キリスト教は物質であり、ガリレオは反物質なのである。なんだか分けの解らない話であるが、キリスト教が物質や哲学の正しい思考(科学)あるいは教理であるのなら、ガリレオの思考は反科学的な思考なのである。よけいわかり難くなってしまったかな?

そもそも、宗教も科学も思考の方向性であって、どちらを優先的に見るかであって敵対的であるものではない・・と言う事である。

このような視点に立って書き上げられた小説がダン・ブラウンの小説「天使と悪魔(ガリレオコード)」なのであろうと思われる。日本では「ダビンチコード」と言う映画のほうが有名であるが、粋な台詞が多く、僕はすっかりはまってしまった。5回も連続で見てしまった(笑)

この小説は、キリスト教VSガリレオ以後発生した科学・・と言う構図になっていそうだが、実はこの両者は対立しては居らず、むしろ、古代ギリシャ的科学思想(あるいはギリシャ哲学)に対するキリスト教社会と現代科学との批判と抵抗である・・という考え方が作者の背景にある・・とも言われていて、なかなか見ごたえのある作品である。僕はこの映画がかもし出すアクション的な緊張感ではなく、登場人物であるロバート・ラングトンとビットリア・べトラが話す言葉と思考に興味をそそられたのであった。

特に冒頭に最先端科学の一つである、反物質の抽出・・という始まりと宗教や科学の関係、そしてギリシャ哲学と宗教の思考的対立と言う展開に、はまってしまったのであった。今晩は6回目に挑戦しようと思う。

話をクライミング壁に戻す

1982年、僕はフリークライミングスクールを立ち上げた。アルパインクライミングスクールに対抗してであった。その時点では、フリークライミングスクールはアルパインクライミングスクール(登山学校)に対抗する反物質であった。その運営と思考の中で自然の岩を登るリスクの回避とクライミングの日常的なスポーツ化には人工的岩の存在が重要な思考と考えるようになり、自ら設立したクライミングスクールの理念と自ら対立してしまったりとか・・・

そんな事を考えさせられる有意義なアクション小説(もしくは映画)であった。

フリークライミングスクール・ロッククラフト

このアーカイブについて

このページには、2010年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年1月です。

次のアーカイブは2010年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。