2009年11月アーカイブ

3年前に肝膿瘍という病気にかかり、1月以上の入院を強いられた。そこまで悪くなるまでも数年かかっていたのかもしれない。それは退院してもしばらくは日常生活にかなりの支障をきたしていた。入院答辞は肝臓を一部削除する(手術する)と言われていたが、手術せずにすんだのは良かった。肝臓は沈黙の臓器と言われていて、痛くもかゆくもない。相当なストレスと不養生が招いた結果であった。

あれからほぼ2年、体が日常生活は出来るがクライミングができない日々が続いていた。特に右肩と右ひじの損傷はひどく、歯を磨く事さえ出来ない状態であったが、整形外科やおばら接骨院への通院でドアノブを右手で回せない状態は回避できた。今年の3月光来の事である。

「ここまでが限界なのだろうか・・」と思いながら、このくらいでクライミングができる範囲で登ろうと考えていた矢先、リンパドレナージュというボデイケアの先生とであった。半信半疑で初めて施術を受けたのが今年の6月頃だったと思う。マッサージを受けると、脇や股関節に強い痛みが走り、約90分の施術後は2日間くらい体全体がだるくて動かない・・これでいいのだろうか?と思いながら2週間に一度施術していただいていた。

しかし、2ヶ月を経過しても、施術後のリバウンドは激しく、翌々日の2日間は体が上手く動かない事の半信半疑の状態であった。

9月になってもそんな状態が続いたが「効果がでるには3ヶ月かかります。あなたの体は悪すぎです」という先生のきつい言葉に、正直言って心が折れそうになっていた「何をしても無駄なのかな?」というあきらめに近い境地があったのは事実であろう。

ところが10月にはいると、今までぶら下がれなかったルーフにぶら下がれる感覚を感じた。簡単な練習や軽い負荷、ゆっくりとした運動が徐々にできるようになってきたのである。当初それを先生のボデイケアとは考えていなかったが、9月からは毎週日曜日に施術を受けていたのである。

「意外と登れるようになった」と感じたのは10月頃に感じた感覚であった。ためしにスラブ壁に取り付いてみるといろんな可能性が見えてきたのである。

それで半スタッフの新井さんいビレイしてもらって登ってみると課題の作成やホールドの取り付けが」可能なくらいになっている自分に半分驚きを感じながら意欲が湧いてきたのであった。

しかし、体の受ける苦痛は大きなものであった、毎週丸まる2日間はへたり込んでいるのである。特に施術後の月曜日と火曜日はまったく動けない・・日々は1ヶ月続いた。

11月上旬になるとそのような状態が少しずつ軽減されてきた。また課題やルートを作るイメージも数年ぶりに湧いてくるのである。

と言う感じで体が動く事の喜びを課題作成(主にルート)につぎ込んできたのである。

昨日までの、この11月に作成したルートは40本を越えたと思う。

昨日も60分のかるいボデイケアを閉店後に施術していただいた。「筋肉が復活してきたみたいね」と言われて自分でも「そんな感覚を感じ始めてきた」と思った。

そもそも才能のある選手は怪我が少ない。僕は怪我をすることが得意なのである。しかし、50歳を過ぎてから、こんな風に体が良くなってくるとは想像しえなかった。

何事も継続が大事である事を改めて思い知らされた。

ちなみに僕が通常受けているのは、アーユルベーダ式です。始めの2ヶ月間は主にリンパドレナージュで月に1回程度カイロプラクテイクスを施術していただきました。ほとんど全て先生にお任せしています。

ロッククラフトでの施術は毎週日曜日に限らせていただいています。リンパケアなどは5名程度施術できますが、90分以上のケアですと、1日3人程度で締め切りとなります。

練習前の準備運動、ウオームアップ、そして練習後の整理運動(クールダウン)そしてボデイケアの重要性を痛感している、今日この頃である。

 ボデイケアの主なコースは画像をクリックしてみてください。

料金は会員の予約基本料金です。当日申込の場合は1050円割り増し料金になります。フエイシャルなどを希望の場合は、1050円~3150円の料金が加算されます。施術時間も30分程度長くかかります。詳しくは先生か向井にご相談ください

 

カイロプラクテイクス  リンパドレナージュ  アーユルベーダ

施術料5250円    施術料5250円   施術料12600円

60分          60分          90分

カイロ.jpg リンパ.jpg アーユル.jpgのサムネール画像

おじゃる丸一家が・・

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おじゃる丸がロッククライミングに来た・・?と言っても、漫画家の手丸かのこさん一家がクライミングの体験に来たのである。子供たちがクライミングを体験したい・・と以前から言っていたが、どうしてもクライミングジムに行くのは「敷居が高い」と足踏みしていたようだったが、手丸さんのボデイケアをしている嘉陽先生の計らいで実現したのであった。お話をしているうちに、クライミングの体験漫画を描いていただけることになったのだが、おじゃる丸君が体験している色紙もいただいてしまった。感謝感激である。

ご主人も良い人で、僕はとても参考になったと言うか、目から鱗の話が聞けた。子供達もクライミングを楽しんでいたようだ。ほぼ3時間くらい楽しんだと思う。「また来たいです」とお姉ちゃんは言ってくれた。次女も「楽しい、楽しい」を連発していた。ご主人も何とか初心者の壁を登りきったが、かのこ先生は2mも登れなかったかな!?[敷居が高いスポーツではなく、家族で楽しめるプール感覚の遊びに」彼女も目から鱗だったようだ。

 

さて、どんな漫画になってくるのか、楽しみである。 おじゃる.jpg おz一家.jpg

ほぼ日記 11月28日

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最近は体が動くので、ルートつくりにイメージを向けている。しかし、今日は素敵な腰痛というか背筋痛である。おおむね1階のホールドの取り付けもこの辺でおしまいにして、来週からは2階のボルダーエリアの整備に入りたい。200個くらいはホールドを取り付けて、初心者、初級者、中級者、上級者と幅広く楽しめるエリアに改修したい。

おおむね初心者には達成感のある課題、長いのも少し作りたい。それは初級者から中級者にかけても同じである。ボクのレベルで可能なボルダー課題は4級が限度かもしれないので、3級以上は常連の方にお任せかな?

予算がないので日曜大工のような感じで、時間をかけて整備するつもりだ。

1階の課題、ルートとも思った以上に好評である。社交辞令かもしれないが、だれでもおだてられると調子に乗るものだ。ボクをサポートしてくれているA井さんには随分協力していただいている。感謝である。

12月からは恒例の冬季暖房費をいただくことになりますが、そこの所はよろしくお願いします。

冬季暖房費 1日 105円   月謝 1050円です。

さて、それではおやすみなさい。今夜は娘が晩御飯を作ってくれるらしいので・・・?

 

鈍感力?

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プロゴルファー石川遼の強さは、正に神が付いているとしか思えない。普通なら苦節10数年なんて言葉が付きまとうものでが、彼にはそんな要素はない、今のところは・・。恐ろしいとしか良いようがない。

彼の強さの秘訣は鈍感力でというブログを見つけて、なるほどと思った。鈍感力とは「あくまでマイペース」なことをさす言葉のようだ。いかなるプレッサーも普通に受け止める心と体の強さのバランスがすばらしい・・ということのようだ。いかなる選手も勝敗を決める戦いでは「心がしびれる」ものだと考えていたが、むしろ座禅を組んでいる時のように心が日常なのである・・と考えられる・・という。

明日はボクシングの世紀の一戦もある。ワールドシリーズでの松井の打撃も鈍感力のようにも見える。

しかし、イチローのWBCや北京オリンピックでの北島泳ぎには違うものを感じるのは、ボクの主観がなせる業なのか?

1989年、フリークライミングで世界選手権デビューしていきなり2位に入った平山さんにも、鈍感力のようなものを感じるが、一方、イチローや北島のような印象も受ける。

すごく集中すると力が抜けてイメージが沸き、その通りに試合が進む場合がある・といおう話を聞いたことがあるが、石川選手にはどんなイメージが鈍感力を支えているのだろうか?

しかし、僕自身は彼にあんまり興味がわかない。何故かゴルフをテレビで見ていると、ボクはむしろさめている。石川の出現によって男子ゴルフも空前の話題のようだ。さまざまな問題も露呈されている。

しかし、時代を作り上げる時、必ずスターが出現するものだ。女子ゴルフに押されていた男子の世界も相当な活気があるらしい。

集中力も鈍感力の一つだと考えると、スピードスケートの岡崎選手も神がかり的な集中力の持ち主だといえそうだ。何がすばらしいかといえば、3年前に結婚して現在38歳であるにもかかわらず肉体が進化しているということだ。しかも結婚して今日まで二人で過ごす時間は年間30日に満たない・・ということである。お互いを信頼して、お互いの人生を尊敬し合うすばらしい夫婦であるといえる。

鈍感力という言葉はボク的にはあまり好きな響きではないが、彼女の生き方にもそのような力を感じる。ぜひモントリオールオリンピックでは頑張ってほしいと思う。

詰まった話

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洗面所と台所の水の流れが悪かったので治そうと思っていたら、昨夜、排水が逆流してきて、全面所が下水で水浸しになってしまった。汚水と格闘していると、今度は台所の排水が流れない!!!!!!

こんな事が一緒におきるとは想定外であった。深夜1時頃に根をあげて、24時間サービスの排水処理会社に電話した。なんとも哀れなくらい我が家は異臭で満たされていた。当然、僕も異臭(汚水)と格闘していたわけで・・・すごい事になっていた。ルート作りなどで疲れていて、深夜スーパーで買ってきた50円の秋刀魚を楽しみにしていたのに、上手く行かないときは何事もうまくは行かない。

汚水処理会社は親切丁寧な応対であったが、「明朝7時にお電話します」との事、少なくとも今夜は流れ出す(あるいは噴出す)汚水をどのように処理すべきかの格闘が続いた。まるで異臭格闘技(異種格闘技)のようで笑えないくらい僕は混迷していた。

2時間くらいの格闘で、何とか汚水が床に進入するのは、少し収まったのだが、まったく夕飯を食べる元気もなくなってしまっていた。

そんな時「インビクタス(負けざる者たち)」と言う映画の予告が流れてきた。南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラ氏の映画である。彼は1962年に幽閉され27年間も牢獄で過ごした。まさに牢獄から大統領になった男である。アパルトヘイト全盛の南アフリカで黒人の解放を刑務所から訴えかけた20世紀の偉人である。そういえば「マンデラの名もなき看守」と言う映画もあった。この映画のタイトルを耳にしたとき、僕は吉田松陰の監獄での話しを思いだした。大学の授業であったので文学(小説)とは違うのだが、看守の対応には感銘した。この話をするだけでも長く成りそうだが・・

彼の映画はそれでおしまい・・かと思いきやラグビーで世界制覇をかけて国家の再建を図ろうとしていたようだ。

彼の27年は重くつらく、しかし彼の信念は重く深く練り上げられていた。不屈の精神はスポーツを愛する心が磨いたものだったのかもしれない。

それから比べると僕の現実はそれほど大変な事ではない。汚水と格闘する事によって、汚水を普通に触れるようになったのである。

眠さで朦朧としていた娘も僕の悪戦苦闘に協力的になり「もう仕方がないよ。明日、業者に何とかしてもらって、お父さんはお風呂に入りなよ、私が秋刀魚、焼いといてあげるから・・」と近年になく優しい言葉である。マ、娘の親切に甘える事にして、お風呂上りに娘が焼いた秋刀魚を食べたが自分で焼かなかったからか、娘が焼いたからかはわからないが50円とは思えないおいしさであった。大根おろしも付いていた。

今朝は7時に汚水処理会社からの電話があり、意味深な事を言っていたが、午前」9時過ぎには来て作業を始めたが、暗礁に乗り上げているようだった。マンションも15年たつといろんな問題があふれ出し、度こそことなく詰まってしまい、あるいは腐食してしまう。娘が「そうかこのマンションは私と同じ年齢なんだ。だからおばばなんだね」と意味不明な言葉。最近の中学3年生はもう既におばばらしい。微妙に納得している娘に、僕の言葉が詰まってしまった。

言葉が詰まる・・と言えば、昨夜のテレビ「日本を変えた100人}だったと思うが、平山ユージさんが出ていた。彼の生き方考え方と困難を乗り越える姿勢がお客さんや生徒の親の共感を生んだようだ。僕は得意げに「彼を知っていますよ」と言ってみたが、意外と無反応である。それは僕はアメリカ大統領を知っていますよ」と言うような感じなんだろう。意味不明?かも知れないが・・・一人のお客さんが「彼には困難はなかったんですね。努力を続ける事に迷いもためらいもない人が世界の頂点に立てるんですね」と言われて、言葉に詰まってしまった。

世界の頂点はそんなに簡単には手に入らない。むしろ誰よりも困難に直面し、なんども挫折を繰りかえしたことか・・。彼の今はそんな事の繰り返しの中から生まれた。しかし、彼も努力する天才なのかもしれない。確かに類まれな才能は持っていた。

「先生と同じ年齢ですね」と女性に言われて、僕は言葉を詰まらせてしまった。「???、僕と平山さんが同じ年齢ですか?・・違いますよ、僕は彼より12歳年上です」・・と言ったは見たが、社交辞令なのか本当に僕が40代前半だと思っていたのか、真意は不明であるが「そうか、私の主人より年上なんですね」と言う言葉に、彼女は言葉を詰まらせていた。

また、平山さんはオンサイトというクライミングに究極を見出そうとしている。言い方を代えれば、平山」ユージはオンサイト(一撃)クライマーとして世界最高峰に君臨しているのかもしれない。お買い得グレードや得意系で楽むのもスポーツとしてのクライミングが普及してきた成果なのかもしれないが、僕は平山さん野中に「たどり着けなかったアルピニズム」の精神を感じるのである。知り合えてよかったと思う。

 

ルーフや前傾壁スタートで、ハングやカンテがらみのルートが、5~6本イメージが沸いてきました。明日には3本くらいはできそうですが・・さてどうなることやら。ホールドもかなり付け足しましたので、目標通り5.9~5.10Cくらいをたくさん?作れそうです。

それにしてもインフルエンザの猛威は続いているようですね。今週もジュニアスクールは参加者が半数以下です。明日は14名なのですが、先週は6名でした。近くの小学校ではクラス36名中27名がインフルだとか?いつまで続くのでしょうか?

では、明日も期待していてください。今日は足自由の課題を暫定的に作りました、明日テープを張ります。解りにくいですが。左下の壁です。長いルートで10くらいかな、手数で20手くらい。5.10b以上は有りそうですが、皆さんいはいよい加減ではないかと思います。明日もがんばるぞ~

Image278.jpg

西部に入団した東北の怪物菊池君の言葉である。冬場の過ごし方が夏の試合出の成果を生む・・と言う事なのか?なかなか高校生の言葉とは思えなかった。

大リーグへの情熱と日本野球界の締め付け?があったのかは想像にしか過ぎないが、彼の言動も、かなり気になったのも事実である。

冬場の練習

冬場にどのような体つくりをするかが、夏の試合での結果を生むのである。それは野球においてのみ言える言葉ではない。四季を通して緩急をつけた練習を行って、壊れにくい体をいかに育成するかが高度な技術の習得につながるのである。

練習前のウオーミングアップに始まり、心臓と血管の働きを確かめ、体の柔軟な対応能力を上げてから、少しづつ強く、あるいは早く、時には激しい練習をするのである。常に激しく強い練習をしていたのでは体が壊れてしまう。壊れにくいからだの育成とともに、あるいは少し遅れ気味に強く激しい練習に移行するのである。

マックスの気合での練習や課題の制覇はあんまり考えないほうが良い。練習をがんばりすぎて怪我をしたのでは元も子もない。課題は次回に持ち越す・・くらいの感じでよいと思う。

閉店間際は気合が入るようだが、出来れば閉店20分くらいからはクールダウンと言って、軽めの課題をゆっくりとこなすほうが良い。

むしろ練習時間の多くは、ゆるく、遅く、柔らかく、そして長く動けるようになる事が重要だと思う。

早い速球ばかりを投げ込んでいたら、肩や肘が悲鳴を上げる。クライミングの場合は指や肘、手首などの鍵やじん帯の負担も大きくなるので、この辺は十分な注意を払いたい。

足だよ、足・・と、僕はうるさいが、下半身の強化は上半身の運動を支える重要な基本となる部分なのである。

また、冬は気温が低いので、十分なウオームアップを図りたい。自分の限界レベルの問題に早く着手したい気持ちもわからないではないが、スタミナがアップすると練習時間が有効的に使えるので、ウオームアップもかなり重要な要素である。準備運動としてのストレッチングも同じである。

体のどの部分も、常に好調をキープするとは言い切れない。筋肉や関節などの違和感を感じることも重要なウオームアップであろう。

ウオームアップにおいては呼吸の乱れも重要な要素である。呼吸が上手く出来ないとすぐに疲れてしまうし筋肉は張りを感じる。

ここまで整うと、練習に入れるのである。練習前には、水分の摂取も重要である。運動前には500CCくらいの水分摂取を心がけたい。

運動中にも、個人差はあるが20分に80cc~100cc位の接収は必要である。水分の摂取を我慢しないといけない論理はないのだ。むしろダイエットしたいなら水分は十分に摂取しながらの運動をお勧めしたい。

運動前にランニングもお勧めである。12分間くらいは軽く走ってみると、柔軟体操の効果も上がる。

ま、準備体操にはジョギングも含めて、20~30分くらいをお勧めしたいが・・・。

本格的な練習も一番きつい練習は週に5回くらい練習する人では2回くらいに抑える事だ。

週に2階程度しかこれない人は、練習時間に10分くらいの少しきついくらいの練習を取り入れればよい。

このあたりも一般論であって、個人差が有る事も承知していただきたい。レッスンを受けている人は指示に従いながら行っているから問題はないと思うが、自分の体に感じる違和感は速やかに報告していただきたいものだ。

こんな感じで、自分のスタイルに合わせて楽しく練習に励んでいただきたいものだ。

 

ルートの作成を

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おおむねスラブ壁が終わったので、今週は奥の垂壁などにルートを増やそうとしています。先週はがんばりすぎたのか、昨日は疲れ果ててしまって作成途中でリタイアしてしまいました。スラブ壁と同様に垂壁らしさをかもし出した課題を作るつもりです。

前傾壁からスタートして、クラックを横切り、垂壁に到達してバランス感覚と洞察力を必要とするルートと、ハングからスタートしてルーフと2度超えて、上部のスラブでどきどきしながらち直上、あるいは上部のカンテをどのように超えるのかが焦点になるような感じのルートを考えています。当然ホールドを付け替えますが・・・この壁のスラブ壁と同様にリードクライミングができるように改修します。

スラブ壁.jpgグレードは皆さんの力量にあった難易度で5.9~5.10aあたりの課題数を多めにと、考えています。

それが終わったら2階のボルダーエリアの全面全面改修へと進みたいと考えています。しばらくグレード表示はしていませんでしたが(3年間くらい)今度はおおむねやさしい(7級以下)少し難しい5級から6級くらい)そして難しい(4級以上)と言う感じで解りやすく表示できるようにしたいと考えています。すごく難しい課題は2級以上と言う事になると思いますが、そういう課題は、作りません(僕には作れません)が本音かな・・・。でも、大ちゃんや保科君などが作った課題はたくさんありますので・・。

何とか、がんばります。先週作った課題とルートは30本をはるかに超えていましたね。われながらがんばったと思います。常連のお客さんスタッフの協力があってのことですが、そうなると、エンタープライズの人工壁にもホールドの色別課題だけでなく、テープ課題(ルート)を作ろうかとなあ~と、欲が出てきた。

「僕は習いたくないんだ」

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ケーキクライミングは好きだけど「僕は習いたくは無いんだ」小額2年生のK君を納得させるのは苦労した。僕が苦労したのではなく、家族が苦労したんだと思う。すばらしい才能が有り、クライミングに取り付かれている子供は意外と多い。しかし「ほかのスポーツにしたら」と言う親も多いようだ。

「僕は2年間もクライミングをしたいといっているのに、お母さんが許してくれなかったんだ」とかいう話は子供の口から耳にする。やはりクライミングはスポーツにはなっていないようだ。欧米では普通のスポーツの一つであるのに・・・。

しかし、子供の熱意に押されて、仕方なくつれてきて、しかたなくやらせる・・という親も少なくない。

逆に「うちの子供にはこういうスポーツがあっているのかもしれない」と思ってつれてくる親もいる。

クライミングは自由なスポーツなのだ。それが原点だ。自分の達成感、あるいは「そこまで行きたい」という気持ちとの戦いなのだ。ルールは自分で考えればよい。自分の直感を信じて・・・である。

いかなるスポーツも始めにルールがあった訳ではない、試行錯誤が規則にたどり着いたのだ。

言い方を変えれば、フリー(自由)にクライミング(登る)からフリークライミングなのだ。1970年代の日本は「どういう風に登るのがフリークライミングなのか?」と言う時代だったと思う。既存の考え方をぶち壊すたのはかなり大変だった。

あれは1978年だったと思う。アメリカから5.13を登った日本人のSさんが三重県の御在所岳藤内壁に現れた、岩登り競技会のときだったと思う。彼のクライミングはまさに魔法のようであった。僕たちはその魔法に魅了されたのかもしれない。その頃、広瀬憲文と言う男が今で言うフリークライミングのメッカ小川山に5.9のルートを開いたと言う噂を聞いた。彼の開いたルートは当時の日本最高レベルのクライミングで、僕たちは5.9以上の世界を目標に練習をつんでいた時代でもあった。

しかし、フリークライミングのルールはかいもく見当が付かなかった。わずかにロイヤル・ロビンスのロッククラフト基本偏、アドバンスロッククラフト偏なる書物がその手がかりでしかなかったが、思想は理解できてもクライミングの方法や手段、スタイルや「何がルール違反」なのか・・という事を考える前に「とにかく既成概念を壊す」と言うことに着目していたように思う。

僕は1981年に東京に出てきた。そして自分が勤めた登山の老舗専門店でフリークライミングスクールを開校しようと準備を進めていたのである。

僕にあるのは理論(ま、考え方かな)、しかし直接指導する教師を誰にするかで人選を進めていた。「僕も習いたくない」というタイプの子供だった。それは大人になっても同じであった。

そんな時H谷清と言う男が僕の前に現れた。・・・??ぬぬぬ・・どこかで名前を聞いたような、いいや岩登り競技会で常に先頭を切っていた日本人クライマーであった。

こんな話を書いているところに、宅配便がきた。差出人は檜谷清である。彼の手つくりのケーキが送られて来たのである。一昨日の広瀬さんの生徒の孫がここに来ていることといい、どこかでつながっている不思議な縁を感じる。・・・《続きあり・・)

生徒の技術的な癖を考えながら、延べ19本のルートを作ってみた。僕の規準がスラブ壁のグレードに適しているのかは、かいもく見当が付かない。これなら十分やさしいだろうと思い、作った今日の5.9は前傾壁で5.11cをレッドポイントできる人でも登れなかったり、逆に垂壁の5.9が登れない人があっさりと登ったりと・・スラブ壁はなんともいえない不思議な魅力があるようだ。

「実際の岩場は、スラブがほとんどですから、こういうルートは実践に即していて楽しい」とか

「スラブってつまらない・・っていう印象が強かったけど、ルーフやボルダーの難しい課題を登れない私でも、みんなと一緒に楽しめて面白い」とか

「もっとスラブのルートをたくさん作ってください。オモシロイ」とか

いろんな意見を頂戴した。

作った側から言わせてもらうと、すごく参考になった。

デ、来週は、奥の壁にトップロープをかけて練習できるスラブ、垂壁のルートを10本くらい作ろうかと考えている。ルーフから抜け出して、スラブや垂壁でトップアウトする・・と言う感じで作ってみようと思う。レベルは、やはり5.9~5.10Cくらいがよさそうかな?

体の調子が許すなら・・・で、あんまり期待はしないでほしい・・と言いながら、自分的にはやる気満々なのである。今日も楽しい1日であった。しかし、ジュニアスクールの生徒がインフルエンザのせいなのか、今週は半数がお休みであった。自宅隔離で体力があまっている子供が来ていたので、5~7人くらいでも、みっちりと練習はできたが、みんなの顔を早くみたいな~と言うのが本音でもある。

奇跡を信じるから・・人

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「ビフォア・サンセット」という映画の中でセリーヌの行った言葉である。この映画は「ビフォア・サンライズ」の続編として空から9年後の2004年に製作されたラブストーリーである。一作目もそうであるが、続編も淡々と二人の会話で物語は進む。

若い頃、偶然オーストリアのウイーンに向かう電車の中でジェシーとセリーヌは偶然出会う。それは人生において偶然が生んだ奇跡のような出会いであった。

しかし、再開の約束も運命の偶然が阻み二人はそれぞれ別々の道を歩む・・・・あらから9年が経過していたのである。

あれから9年。二人はそれぞれの道を歩み、結婚して・・しかし、あの時の激しい一夜の事は忘れられないままの9年が過ぎていたのだ。ジェシーは小説家になっていた「THE TIME」とい作品のプロモーションに訪れたパリの書店で偶然セリーヌと出会う。

まさに「奇跡のような再開」がそこにあった。セリーヌは彼の小説を読んで「The Time」が自分との一夜の事を書いたと直感した。しかし、ジェシーとパリで再開するなんて思いもよらない事だった。

アメリカに帰るまでのわずか85分の滞在時間を彼らは二人で過ごす。まるで脚本など無いかのように、二人の会話が淡々と・・あるいは激しく、9年の空白を埋めてゆくのである。

「あなたとの、たった2回のセックスが忘れられないわ」突然セリーヌが切り出した。

「覚えている、あの夜の事と」・・・。

「忘れるはずも無いよ」

「そうね、だからこの本を書いたのよね。この小説はあの夜の事よね」

「・・・忘れられない、夜だったからね」

「意外ね、男って、忘れるものじゃないの?」「女は、忘れられない夜のことは、永遠に忘れられないものなのよ」

セーヌ川を流れる川の流れのような、あるいはドイツとの戦争で破壊を免れたノートルダム寺院などの風景が美しく、二人の故意の物語を演出しているが、まるでノーカットのように時間の流れと共に過ぎてゆく、二人の85分を、そのままドキュメントに撮り続けているかのような・・・素敵な恋愛映画であった。

空港に行くまでの、わずかの時間を惜しむかのように・・・あるいは9年前のあの時間をとりもどそうとできないもどかしさが、僕の感情に突き刺しては、流れていった。

「君の家に行きたい。送るから」

「送られると、あの日に戻りそうで、怖いわ」

「言いや、僕たちのすれ違った時間を取り戻すためで、君すごした9年の空白を壊すためではない」

そう言っては見たがジェシーにもセリーヌにも、踏みとどまる勇気も、踏み越える勇気も微妙な感じで、僕に伝わってくる。素敵な恋愛映画であった。

最後の5分を、僕は相変わらず見れなかった。それは見てはいけない・・という自制心からなのか?自分でも良く解らない。

どこか、遠い日に、僕も置き去りにしてきた真実の愛、あるいはたった一つの愛にだぶついて見えた。

誰もが持つ恋愛への奇跡を僕はまだ心のどこかに仕舞い込んでいるのかもしれない・・と思ったのであった。

 

なにくそ!!

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ほぼ17本の過大をスラブ壁に作った。あと5.11台を1本(これが難問)と5.7~9くらいを数本作ろうと考えている。やはり全国大会で活躍している選手はスラブにも強い。何とか力でねじ伏せてしまう。何とか彼らをぎゃふんと言わせたいのだが、僕の技量で彼らの限界を超えられない。しかし、相当刺激があったのか、登り終えても不満足な様子であった。それは確信部をキャンブルでこなしたせいであろう。それとトップロープでの挑戦であったので、リードで登り切れる確証がなかったからでもあると僕は想像している。登れても登れなくてもスラブのルートはさまざまな問題を提起してくれているようだ。ケイスケ、R河、ユーきなども、スラブでの対応力が上がっていることを実感した。このまま冬の練習にめげることなく、来春の「ユース選手権を目指して練習に励んでほしいものだ。

驚いたのは中年クライマーのN関氏である。5.10cの黒ルートを数撃でレッドポイントしてしまったのには驚いた。みんないつの間にか、すごく上手くなっているんだな~と実感した。

中年クライマーと言えば不良中年君も見事な洞察力と足裁き、そしてバランス感覚を持っていることに驚いた。やはり彼も普通じゃない・・・。

少し落ち込んでいる?のは、ここ10ヶ月くらいのレッスンを受けて5.11Cまできた、N平君である。トップロープでスラブ壁の5.10aさえも登れなかった。ルーフ壁では驚くほどの進化を見せているのだが、改めて「基本の重要さがわかりました」と素直に自己分析をしている。かれは毎日「クライミングメモ」をつけている。僕に言われた事や自分で気が付いた事をノートに書きとめているのである。驚くべき研究熱心さである。むしろ僕のほうが尊敬してしまう。

実を言うと『僕が思った以上に会員や生徒の実力がアップしている』それで、ただいま、もうすこし難しいルートを作成中である。・・・・てなわけで僕も「なにくそ!」なのである。

いつもは足の使い方、特に足指の使い方を重点的に指導しているのだが、スラブ壁の攻略法として、違うことも示唆してみた。意外と前傾壁やルーフの巧い・・というか強いクライマーにも弱点はいろいろあるもんだ・・。しかし「こんな考え方はできないだろう」という僕の思惑は意外と外れて、みんなすばらしい発想力を見につけていた。思考が柔軟になったと言うのか、洞察力が増したと言うのか・・瞬間的な判断力はコンペに多数出場している選手には「お見事」と賞賛とを贈りたい。

なにくそ・・は半年間、練習をサボっていたチームにも当てはまるようだ。みんな目をぎらぎらさせて、新しい課題やルートに取り組んでいる。彼らも来春には一段と力をつけて、古賀志山に新たな足跡を残しそうな気合を感じる。

気合といえば、3年のブランクで復活してきた中年夫婦も「なにくそ」と気合が入っている「リーチが足りなそうなので、そこにフットホールドでもつけましょうか」と提案しても「だって、以前は登れたんだから・・」と気合十分なのである。デ、もうすこし5.9以下のルートを数本作成する事にした。

さて、今日は思い道理にルート作成が進行するのであろうか?

ちなみに昨日の夜は、今年一番の来店者であった。

 

国別1位!

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ワールドカップもリード競技の最終戦を終えた。日本選手も大健闘で男子で安間選手が2位、女子では野口選手が2位、小林選手が4位と大会を沸かせたようだ。時に男子の安間選手は総合でも年間ランにキング3位、女子の野口選手は総合で昨年に続き優勝と花を飾った。詳しくはJFAのHPを参照ください。

こうなると来年は男女とも総合?あるいはリードでの年間ランキング1位を目指してもらいたいものだ。そんな才能を持った選手が日本にいることもメデイァには、もっとアピールしていただきたいものだし、クライミングというスポーツは日本人に剥いているスポーツであることも取り上げていただきたいと思う。http://homepage2.nifty.com/jfa/compe/ic/ic09.htm#wcl6(JFAの記事です)

ロッククラフトのジュニア会員(スクール受講者など)も60人を超えた。毎日10人に上の子供たちが、クライミングを楽しんでいる。今のところは大会などの参加を目指している生徒は少ないが、確実にスポーツとして楽しむ子供たちが増えているのも事実であろう。

一方、楽しい練習はするが、地道な練習には至らない生徒も多い。楽しいだけの延長戦上に世界が見えるわけではない。

しかし、クライミングを単なる勝ち負けで判断するのもいかがなものかと思う。勝敗よりも大切な事を教えたいと思うのだが、自分の未熟さを子供たちに押し付けても・・・?とも思うし、なかなか上手くは行かない。

昨日だったか、秋山好古のエピソードを取り上げていたのを見た。小説「坂の上の雲」とは違う一面を取り上げていたが、歴史が見る秋山兄弟と小説が演じる秋山兄弟ではその本質は違う。

ドラマを通して轢死に興味を持つのか、歴史を踏まえてドラマや小説を楽しむのかは、違う意味を持つことも、理解しなくてはなるまい。

話が随分それたが、クライミングも単なる勝ち負けでの評価ではなく、文化としての評価を受ける時代を待ち望みたいものだ。

然るに、世界のトップを目指す選手には、尊敬と畏敬の念を持って期待したい。

 

スラブ壁らしさ・・

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スラブ壁といっても専門用語で一般的には解かりにくい表現である。簡単に言うと90度以下の比較的傾斜の緩やかな壁をさす言葉である。英語のようであり、垂直の壁を支えるもう一方の梁(壁の後ろ側をさせる緩やかな傾斜)の事を指し示す意味から来ているようにも思うが、なんともいえない。そこに14本のルートを作成した。傾斜が緩いからやさしい・・というものでもない。むしろ足の掴み方、姿勢の向きなどが問われる課題である。100度以上の壁で5.11台がクライミング可能でも、スラブ壁の5.10aあたりで苦戦しているクライマーが居るのは面白い。

90度以下の壁とそれ以上の壁を登る技術に一貫性がないのか、それともバランスクライミングとパワークライミング、あるいは技術の偏りから登れないのか・・・呆然と佇むクライマーが多い。

技術的なことを言えば、足の指での掴み方と体の向きや捻り方にスラブ壁独特の技術が必要なのである。フリークライミングではなく、むしろ背中にザックを背負って登りるアルパインクライミングの基本技術が必要な要素なのであるが、最近はアルパインクライミングの基本技術を知らずに、フリークライミングからロッククライミングに入る人が多いのでこのようなことになるのかもしれない。足や手の使い方、体をねじらない、あるいは捻らない動作でクライミングする技術を習得していない・・とか、考え付かないから登れないのであろうか?

中には器用にアルパインの基本技術で対応するクライマーも居るが、そういう人は「天才」かも知れない。天才というにはほめすぎかもしれないが・・・。

もう少し、5.10a以下のルートを5~6本作ろうと考えている。中には高度なスラブ壁クライミング技術を持っているクライマーも居るので5.11台の課題も作ろうと考えている。

スラブ壁らしさは、指の使い方にも工夫を要する。そこのところは、レッスンを受けている生徒の皆さんには随時、技術にあわせて教えてゆきたいと思う。

神様のサイコロ

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今年始めのWBCでイチローの活躍は神がかりであった。コンスタントに安打を打つ姿は超人を彷彿させたが、・・・。その後のシーズンでの活躍も神がかり・・最も驚いたのは開幕直後の潰瘍欠場と、シーズン後半でのボデイケアのための欠場。休まなければいけないときに休める能力は神様のようでもあった。普通じゃできない事であった。

同じくワールドシリーズの松井の活躍とチャンスに強い能力は神がかりであった。「ワールドシリーズで優勝したい』それは在籍7年の総決算でもあった。困難を乗り切った男は神そのものに見えたのだった。

神様はサイコロを振らない・・はアインシュタインの言葉だと記憶しているが、どうもちゃんとサイコロを振って奇跡を巻き起こしているようにも思えた。

神がかり的な活躍は18歳のプロゴルファーにも言えそうだ。僕はあんまりゴルフは好きではない。しかし、ギャラリーのマナーの悪さには『神様の振るサイコロの気まぐれ」を感じてしまった。ギャラリーも神様なのかもしれない。

神さまのサイコロはハドソン川でも振られた。なんと奇跡の着水である。機長は神様のサイコロに『神に仕立て上げられたのか」それとも沈着冷静な判断の賜物なのか?・・やはり神様のサイコロを感じてしまった。

自民党の大敗と民主党の躍進は世の中に政変の奇跡を巻き起こした。起こりうるべきしておきた、神様の采配に首相は宇宙人のような発言を繰りかせすが、国民は順応しているようでもある。国民が選択したのであるから、民主党の捲き起こす風は神風なのかもしれない。翻弄されてているのは大国アメリカ合衆国なのかもしれない。しかし、振り回されない隣国がある。北朝鮮と中国である。日本の行っていることを自国の主権を秤(はかり)にかけて日本を翻弄する。民主主義に対抗する新民主化主義のようにも思える。宇宙人から日本、中国、北朝鮮を見ると、どの国も『あなたたちは地球をどうしようと考えているのですか」と質問したくなるような、手前味噌発言が多いような気もするが、日本は確実に中国にアジアの覇権を引き渡したようにも思える。まるで中世ヨーロッパの十字軍が言う大儀を、イスラム世界はまったく感知していなかったような・・・。そんな伝わらない真意を感じる・・と言うことは民主党が言う日本の国際政策は、幼稚園児の砂場争いのようでなんとも滑稽に感じるのは、僕が政治に無関心だからなのか、それとも僕の国際感覚や理性が国際化していない証拠なのかもしれない。

どこかの歯車がいたんでいるのだ。そのどこかが解らない。国民生活を優先して国家の倒産では、日本も国際社会から見放されるであろう。新興国あるいは発展途上国は間違いなく理性的に我々の詭弁を見抜いているのだ。実現不可能な事を信じて投票した国民の真価が問われる事になるのだ。

それを補ってくれているのは日本の一握りのトップアスリートなのかもしれない。スポーツを文化と認めない自国を離れて海外で、自分の新年を貫き通すアスリートたちはすごいと思う。それは幕末に大政奉還を目指して活躍した名もなき思想家のように、経済を優先しなかったがための明治維新の実現でもあったようにも思える。ここでも神様はサイコロを振って日本の進むべき方向性を示唆したのかもしれない。

僕たちは坂本竜馬を英雄視してしまうが、冷静に文学を離れて歴史学的に竜馬を見てみると、彼が英雄である根拠は見当たらないのである。僕たちが竜馬に英雄を見ているのは司馬遼太郎の小説に見出しているに過ぎないのである。僕はどこの藩にでも商談がまとまれば武器を売る。そういう姿勢に正当性を語る竜馬の存在しか見出せない。西郷隆盛は「度量の大きな人だ』と言うようなことを言ったそうだが、単に「口達者で面白い男だ」と言いたかったのかもしれない。

もうすぐ「坂の上の雲」と言うドラマが鳴り物入りで放映されるようだが、文学と歴史的事実とを混同して認識してはいけない・・と思う。

それはナポレオンについても同じである。フランス人は単に戦争に強いから彼を英雄に仕立てなのかもしれない。竜馬とナポレオンを引き合いに出すのは不都合な引き合いであるかもしれないが・・。

経済は必ず「搾取する側とされる側」の二極を生む。世に東西の相対性と南北の普遍性があるように・・・・。

20世紀初頭においても第1次世界大戦で「敗戦国ドイツへの経済支援は必ずナチスの復興を生む」といった学者がいたが、当時は相手にされなかった。しかし、彼の予測は的中した。

的中しなかったのは自転車屋の兄弟に「エンジン付き飛行機は作れない」と豪語した科学者は彼らの飛行機にどきもを抜かれた。それはライト兄弟の話であるが、世界の科学者200人以上が「飛行機が現実の空を飛ぶには1000年かかる」と言っていたのに、それから半世紀で人類は大気圏外にロケットを打ち上げ、1000兆キロ先の太陽系の外側に人工衛星を向かわせているのだ。100年前の科学者は奇弁家が多かったのかもしれないが、あれから100年後の科学者は、まさに神がかりな現実を私たちのもたらしているんだ。

おそらく1985年頃まで「ベルリンの壁は崩壊しない」と言うのが普遍的事実であったのかもしれないが、今では20年前の出来事にしか過ぎないようでもある。20歳未満の子供たちには「それって、何?」で終わりである。私たち日本人は現代史でさえ子供たちに教えてはいないのだ。

明治時代の日露戦争、富国強兵策、重商主義。昭和にいたっては朝鮮半島の占領、日中戦争、満州国建国、国際連盟脱退など、今の北朝鮮に何もいえないことを国策の名の下に行っていたのである。

教えてもらわないから、知らない・・。それでいいのだろうか?

教えないから、歴史が文学にとって変わられる。すなわち真実が文学に実を変えるのである。それは文学を批判している事ではない。

売れるから書く、売れるものを書くのが文学ではないし、売れた量が文学の真価でも無い。そこのところを考える知恵を義務教育は追求しなくてはいけない。何が何でも削減では秤には駆けられないのだ。度量とはそういうものである。

度量と言えば竜馬を計る物差しにも思えるが、真実を見、真実を計る力量こそが、文学や科学であり、歴史的事実なのである。

歴史は必ずしも「常に正解」を残してきたのではない。むしろ歴史の中に存在する混沌こそが真実である。

昨日の今日は過去の幻。明日の今日も未来の幻。現実とは常に今しかないのである。

人の遺伝子に残される現実こそが真実なのであろう。それはビーバーがダムを作る事を学習せずに行えることと同じなのである。

人間が「明日の地球に残すものこそが事実」であり、それが「未来の現実」なのであろう。そう考えると僕は、明日の現実に残される「種を蒔く人」になりたい・・と思った。

神様は、果たしてこんな僕にどのようなサイコロを振るのか、見守ってみたいと、ふと思った今日1日であった。

・・いや~長々と、いい加減な事を書いてしまったものだ。しかし、日記なのだから、消さずにここに残しておこう。

 

 

90度以下の壁の

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通称スラブ壁と言われる、90度以下のリード壁のホールド付け替えと、ルート設定を行っています。なるべくスラブ壁らしい課題を作ろうといろいろな工夫を凝らしています。

今日も結構難しいスラブルートを作りました。5.11台はあるかもしれない・・・。昨日は5.11Cで難しめでしたが。5.7くらいから5.11代前半のルートを20本くらい作ろうと思っています。特に5.9から5.10bあたりの課題は多数作りたいと考えています。ほかのジムではなかなか味わえない、ずり落ちる感覚を楽しんでください。また、ロッククラフトの特徴である「足で掴む感覚を養いたい」と考えたルートの作成を目標にしています。

スラブ壁は全面摩擦コーテイングされていますので、なかなか渋いですよ(笑)

明日は、ボデイケアの日です。午後4時から6時位は、1名予約を取れます。それ以外の時間は、予約で埋まっています。

今後、ボデイケア料金と内容については、少し変更があるかもしれません。ではまた明日・・・。

安全確保器を設置した

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高所作業用の安全確保器を試しにスラブの壁に設置してみた。これはリードクライミングの練習にバックアップとしての安全を確保する器具としての試験的設置である。車で言うなら『シートベルト』の着用のような感じである。興味のある方は試してみてください。また、この器械を取り付けていると、上り下りの練習が一人でも行える。オートビレイ(自動安全下降器具)ではない。

この設置に今日半日を費やした。費やしたのだから、ついでにルートも作った。最近は初心者向けの練習課題を精力的に作っている。今日は5.7~5.10aの課題設定(ルート)と思っていたのだが、不良中年君のアドバイスでかなり本気ルートになってしまった、と言ってもスラブの5.10cかな~第一確信部はゴール手前の1手とスタート直後の4手のトラバースかな?

スラブ課題はロッククラフトの特徴でもあるので、明日からも精力的にやさしい課題から新作を作る予定でいる。ただし、僕の体の具合を見ながらだから早急に・・と言うわけには行かないこともご承知くださいね。

一方、11月13日は多くのことを考える日でもある。それは僕の個人的なことでもあるが、3ついにあの日から30年も経過してしまった。激しい登山と遭難は切れない縁のようなものではあるが、やはり事故の原因になる可能性のあることは、生徒には十分な配慮と指導を行ってゆきたい。

安全は器械が保障するものではない。また、安全確保とは単にビレイの仕方の習得でもない。

クライミングとは、あらゆる可能性(不足の事態など)を常に想定しながら積み重ねてゆくものであって、クライミングの技術向上以上に、僕は注意深く検証し指導してゆきたいと思う。

そんな分けで、時々目が釣りあがっていることもあるが、その辺は了承してください。

さて、明日もがんばるぞ~

1000年の紅

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高校時代の修学旅行で東大寺と法隆寺、そして薬師寺を見て回った。東大寺の廬舎那仏は圧倒的な存在感であった。法隆寺は日本的な美を感じたが薬師寺ではまったく違う印象を受けた。日本と言うより東洋的といったほうが良いのかもしれない。その配置と塔の形状には、異国を感じさせたのを記憶している。異国・・と言うか東洋にも行ったことがないのに、何で日本を感じなかったのか・・不思議な印象を持っていた。

それは、あるいはフランスのジベルニー村にあるモネの庭に日本的な美を感じるのと同じような事なのかもしれない。モネは日本には来た事が無い・・と僕は記憶しているが。

日本に来た事が無いのに日本文化に付いての文化人類学的接近と言えば、スーザン・べネデイクトの「菊と刀」という本があった。彼女も日本には来た事がないのだが、日本人より日本の文化に深く精通していたので驚いた事がある。むしろ僕は彼女から日本文化を学んだのかもしれない。

日本文化を学ぶ・・と言えばポール・ボネの『不思議の国ニッポン」という本があったと思う。たぶんフランス人のジャーナリストが書いた日本文化についてであるが、山のように面白い話がたくさんあった。何巻もあったような気がするが「なぜ子供を『お子様と』いうのか」など僕たちが何も疑問を感じない日常を不思議と感じる外国人がいることも、僕たちはもっと知るべきだろう。

たとえば『ワビ・サビ』という言葉も僕たちは日本の文化として考えることなく、日常を過ごしている。今はもっと死語となってしまったのかもしれない。

例えば、僕たちが普通に見ている、日本の仏教文化においても、そのほとんどが白黒(モノクロ)で目視しているが、それらを建立したときは、華やかな色彩で飾られていたのであった。そのことを知ったのは、大学時代のゼミ旅行であった。普通には入れない倉庫に入って、さまざまな重要文化財のようなものを見せられ、そこに色彩が施されていた事を聞いて驚いた事があった。

そして、初めてネパールに行った時、そこにある色彩豊かな仏教絵画や曼荼羅に触れて、驚きを新たにした事を今でも思い出す。

昭和30年代。実際はカラーなのに、テレビや写真は白黒であったがために、日本の古典文化も白黒と思い込んでいたのかもしれない。確かに小学校の教科書の写真もほとんどが白黒であった。

奥州平泉に初めて行った時、黄金に輝く金色堂を見たときの驚きに近いものが、常の僕の日常を覆いつくす。

秋には鮮やかな紅葉をイメージするのに、一方秋には、ブラウンを基調とした落ちついた色彩も感じてしまう。

それらも自分の、心のおき場所に由来しているのかもしれない。

今、日本の天平文化前後から戦国時代までさまざまな文化財の色彩の復旧作業が、さまざまな研究所で行われているようだ。

ヨーロッパではそのような作業は根強く行われているようだが、日本は少し遅れをとっているようにも思う。最近では高松塚古墳の保存の失敗など、残念なケースが目立つ。

世界最古の木造建築物がひしめく日本の仏教を中心とした1400年以上に渡り継承されてきた文化にも、もっと日本は政府として保護を行う姿勢・・と言う事を考えてほしいものだ。それは単に保存すると言う事ではない。文化を継承する姿勢を政府として考えてほしいと言う事だ。昨日の天皇即位20年記念式典においても明仁天皇とは言わず、今上天皇と言い。昭和天皇以前の口承とは違っている点、平成と言う年号と天皇の敬称が違っている点、などなど、天皇制も124代昭和天皇までとは扱い方が違う点も考えさせられる。今上天皇明仁閣下は天皇制の今後についてその考え方を話していたが、天皇が神であった昭和までとは違うことを強く印象つけたようにも思う。

仏教と天皇制は使いつながりを持つ、しかし、触れてはいけない部分もあるようで、我々日本人にもわかりにくい文化であろう。

およそ1000年以上、おおむね1400年は敬称されている日本の、この二つの文化についてしばし思いを寄せてみたいと・・今日は思った。

天皇制と日本仏教。大きなテーマである。

 

マルチに対応?

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最近はアルパイン思考と言うか、マルチピッチ対応の技術習得を目指す会員(生徒)が増えてきた。単純にリードクライミングという考え方ではなく、さまざまな困難、あるいは不足の事態に対応するクライミングや安全な確保技術の習得の事であるが、これらを教えるにはなかなか短期間の講習では難しい要素を含んでいる。特にスラブ(90度以下)や垂壁では、落下すると壁と干渉してしまうので教えるには厄介な要素が多い。でもロッククラフト小山店では対応することにしてみた。15日までには対応する予定でいるが、少し製作に遅れるかもしれない。ま、少しは期待していてほしい。

対応といえば、下火になってきたようだがインフルエンザの影響は相変わらず大きい。特にジュニアスクールは生徒が休む事が多い。補講と言うわけではないが、土日や曜日をずらしての対応を迫られている。

一方、11月13日は僕にとっては大きな試練を抱えた日でもある。いったん書きかけていたブログも消してしまったが、30年前の今日は重い1日であった。その思いは今も変わらないのだが・・・。

しかし、世の中はいったいどうなっているのだろう?と思うような事件が多発である。まるで幕末?世紀末?のようでもある。得体の知れない事件には言葉を失う。

幕末・・って考えていたら竜馬とはいったいどんな事をした人物なのだろうかと考え直していた『何でこんなに有名なんだろう」「幕末の英雄?」・・・よく考えてみると意味が解らない事が多い。で、改めて文学ではなく、歴史的に竜馬を考えてみた。するとますます英雄?????って感じになってしまうのである。僕の歴史観が間違っているのか、それとも文学の竜馬像(虚像)に実像をダブらせている日本人の考え方があるからなのか?もう一度考え直してみたい竜馬像である。

そんな感じで今日も1日が過ぎていった。

明日はオバマ大統領が来日なのかな?

天皇陛下の在位20年、陛下の発言には、人間として、あるいは現実としての率直な意見が漂っていた。考えなければいけないのは神としての天皇崇拝には無理があるような気がする・・と言うことを国会も国民も向き合って考える必要性を感じさせたのである。

重い言葉だと思う。

坂本竜馬といえば、11月15日が命日でもある。ベルリンの壁の崩壊は11月9日だった。

世界も変わる、僕も変わる、そして日本人ももうすこし日本文化を考えて、変わるところは変えて行かないといけない・・と、思う。

経済がもっとも重要なのか、日本人としての文化も、大切な継承すべきものだと思うのだが・・歴史も文学ではなく、歴史学的に検証する事をお勧めしたい。

 

 

 

 

士道に背かざる者

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何でも基本がある。その基本の重さは底が知れないくらい深い。それは宇宙の誕生を突き止めるくらいに至難の業なのかもしれない。物理学の研究は「理論と実験」に大別されるようだが、クライミングにおいても、基本をマスターしようとする考え方が、ゆっくりと自身の成長を促すものだ。

明治初期まで、あるいは1945年(第二次対戦)まで、日本人には武士道というものが存在していたようだ。武士とは何か?どんな思想を持って国家にあるいは自身に対応しようとしていたのかは、歴史的文献や文学の中に垣間見れるが、その実態は、現代に生きる私達には「日本文化の過去の遺産」にしか過ぎなくなっているようでもある。

単に弓が矢を放つ瞬間にも科学的論理では証明し得ない深い基本動作と精神の集中が必要なのである。何故弓の下から1/3のところを持つのか、どのようなタイミングで弦を放つのか、弓を持つ手をどのようなタイミングで返すのか・・などなど、その奥義は科学の追随をなかなか許さない。

単に走る・・という行為においても同じことが言える。ピッチ走法、スライド走法、フラット走法など言葉では走り方の基本はあっても、基本は単なる走り方の手順や形や理論では証明できない部分が多い。

恒に基本とは体の中にある。目では見えない自分の体を構成している骨格やすべての組織のバランスや駆動範囲を制御しているのだが、上達には1)理論を理解する 2)上級者の真似をする(コピー)とう方法がコツ出ると考える人が多いようだが、考えることは多々あるようにも思う。

ボクはひとまずクライミングというスポーツは「足の指で掴む」事が基本だとす。

それは弓道やランニングなどその他のスポーツとなにも変わりはない。

練習を積み重ねると結果としてスタミナがアップしたり筋力は付いたり、瞬発力が向上したり・・あるいは体脂肪が燃焼してやせたりするが、それはあくまで結果でしか過ぎない。

テニスでは、おなかが出ている出ている選手が多いが、それは野球でも同じかな~と思う。対照的に数秒から5分以内で決着する競技者は体脂肪が少い選手が多いようだ。

ボクシングの選手のように、体脂肪6%3分12ラウンド戦う競技者はある意味では究極のボデイなのかも知れないが、体は、自身が行なうスポーツによってその育成の仕方は違うのだ。ハンマーを投げる選手は泳げないとか、相撲の力士は泳ぎがうまいとか、意外なところに練習の盲点が潜んでいる。

たとえば、ボデイビルダーになる練習と水泳がうまくなるのでは筋肉や運動の質がまったく違うのである。

以前BMI指数(肥満度?)について話したことがあるが、日本では22が標準25以上が肥満であるが、WHOでは25は標準30以上が肥満である。ちなみにドイツのプロサッカー選手の平均BMI指数(ボデイ マス インデックス)は23.7というデータもある。

運動能力と見た目とは必ずしも一致しないのであるし、数字のデータが肥満度や運動能力の目安にはなって個絶対条件ではないのである。

たとえば、中性脂肪が標準の3倍あるから注意すべき・・というのは医学的な健康の指数であるが、血液中の中性脂肪値が高い選手は回復力が高かったりする。コレステロールなども高い低いで右往左往するのは、普通の日常生活においてはマイナスであるかもしれないが、高いレベルでの運動選手には必要な有効物質でもある。

それは体脂肪においても男性だと「6%にしたいのですが」とか標準よりやせているにもかかわらず「もっと痩せたいのですが」という女性が多いのは間違った考え方の都市伝説なのかもしれない。

ボクは「体脂肪6%だと36分しか運動できない体にしたいのですか?」と切り返す。プロのボクサーで世界チャンピオンを目指す訳ではないので、一般の日常生活には不向きな体である。

最近欧米では平均より5キロ太目がちょうど良い・・という痩せすぎ神話からの離脱が始まっている。中世では「少し太っていることが女性の魅力」であった。

確かに最近の若い人は男女とも痩せすぎであると僕は思う。もう少し目的にあった体つくりが必要なのではないかと思うのである。

ボクもそんなことに3年位前までこだわっていた。居合い脂肪は10%を切っていることを維持しようと考えていたのだが、回復力が遅い、いつもからだが疲れている。確かにクライミングには軽さは有効だが「現役選手でもないのだし、年齢の標準にあげてみませんか」という主治医の支持に従ったら少しは楽になった。体脂肪を9%代で維持する苦しさは46歳ころからボクを苦しめていたのである。

目的に合わない術を磨くことは、武士においては「士道に背く」行為なのかもしれない。また、戦争でもないのも過剰に武力に投資することも、いかがなことだろうか?

自分の体は自分がいまおかれている環境に適合するように配慮して鍛える・・そんな感じが良いように思う。

水泳で500m泳げるようになりたいのなら、ダンベル、バーベル練習はとりあえず・・という効果を生まないこともある。なぜなら水泳は水に浮き、水を進むスポーツである。水に浮かない筋肉の育成は目的に合わないのである。

クライミングにおいても、天井のような壁をクライミングするには体重に匹敵する握力が必要と考えている人が多いようだが、ぶら下がるなら体重の1/4、壁を移動するなら体重の1/3で十分なのである。むしろ握りつぶす・・という握力は運動(体の位置を帰られない)できなくなるので、むしろ握力は少ないほうが良いのである。其処のところがなかなか伝わりにくく、教えにくい問題でもある。ホールドという石はつかめれば良いのであって、握りつぶさなくて良いのである。ホールドをリンゴに置き換えるなら、リンゴを持つ握力が大切であって握りつぶさないのがクライミングの運動なのである。

となると、クライミングという運動は、何処で体重を支えるのかという事であって、歩く事と基本は何も変わらないのかもしれない。すなわち「壁を4本足で歩く」事であるのかもしれない。

世界の短距離の「走り方」の理論も、スミス理論(ダイソン・ゲイの走り方)、フランシス理論(ボルトの走り方)やカール・ルイスの走法理論などを呼んでみても、対峙する部分もあるが、基本は同じことのように思われた。

いかなるスポーツにも、あい通じるモノがクライミング運動にも共通して存在するのだ。それは武道や武術などにも共通する理念なのかもしれない。

ちなみに。この士道にそむかざるもの・・といタイトルは松尾隆久氏の小説「士道にそむく者あり」(日本文学館)を参考にさせていただいた。

 

何でそうなるの?

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まったく世の中はわからない事ばかりだ。広島山中で発見された遺体は???らで発見されたようだ。遺族の悲しみは計り知れない。

計り知れないといえば、結婚詐欺のような事件。しかし加害者は女性!  驚く。

以前犯罪心理学で「文明が高度化すると、犯罪は猟奇的になる」という法則がある・・という話を聞いたが、文明化とは物質の豊かさをさし、心の貧しさは獣未満になるという事を日本社会も証明しているような気がする。

アメリカでは精神科医が猟奇的な銃乱射・・・秩序は何処に行ったのか?21世紀はまったく理解できない方向に進んでいるようである。

一方、クライミングについて言えば面白い話を聞いた。登れるか否かは、ムーブというなの身体の形なのだという。う~ん、僕にはよくわからない。

「足で岩を掴む」ぼくはそれが基本だと思う。その考え方は25年以上変わらない。詳しい事はレッスンを受けてください。

今日のロックは鳥が鳴いていた。しかし、ボデイケアは好評である。さまざまな試行錯誤を経て、少しずつ核心に迫ってきていようにも思う。男性と女性では対応の仕方が違う・・と言うことなのだが。僕の言うボデイケアはスポーツマッサージの事だが考え方が男女で大きな差異がある。詳しい事は店頭で・・・。と言うことで来週日曜日からは新しいボデイケアの実施に入る。ま、どのようなボデイケアを施術するかは、店頭で相談・・と言うことである。この件の詳しく書くのは困難を極める。

体つくりにおいても目的と方法に一貫性がない。それでは「風が吹いても桶屋は儲からないよ」という話になる。

マ、あせらず、ひるまず「困難に直面したら、帰る基本を身に着けること」が基本の大事な事なのだが・・・

面白い話を一つ。ある学会で議論している問題がある。しかし、説を唱える根拠がアンケートか科学的といわれる実験に頼っている。まるで弓を射る極意を2000年以上前に習得しているにもかかわらず・・・・この話も奥が深いので、店頭で・・

何でそうなるのか解らない話ばかりが世の中に蔓延している。

そうだ、20年前の今日は「ベルリンの壁が崩壊した日」である。何でそうなるの・・と僕は思わなかった20年前を思い出した。

まさに映画の魔法を見ているような感じがする映画である。娯楽のないイタリアの島に唯一ある娯楽が映画だったのだ。始めの映画技師アルフレードと少年トトとのふれあいは心が温まる。

青年期に恋と出会う。なんとなく僕の人生とだぶついて見えた。毎日彼女の家の彼女の部屋の窓明かりを見に行ったものだ。その恋は実らなかったが・・・。

「人生は映画のようには行かない。もっと困難なものだ」と言うような台詞がどこかにあったが、今の自分に、やはりだぶる。

まだ。晩年とは行かないが、自分の人生を回顧して最後の30分はいまだに見てはいない。この映画は、何度見たかはわからない(4階くらいかな)しかし、最後はいつも寝てしまう「まだ、見るな」と言うことなのか?見る気がしなくなって寝てしまうのか・・?自分の心の現実はわからない。しかし、良い映画である。

もうすこし前の映画と思っていたら意外と新しいので驚いている。20年前(1989年)なら長男が生まれた頃か?

もともと映画監督である作者の回想であるがために、120分ではわかりにくい場面もあるのだが、完全版などがあって、140分、170分のもあるらしい。僕が見たのは全てオリジナルの120分版である。わかりにくい部分を表現されると、やはり後半に寝てしまうかもしれない。ただし。僕が見たのは青年時代までで感動の最後30分はいつも寝ている。だから僕にとってのニュー・シネマ・パラダイスは90分版なのかもしれない。

キスシーンをポルノと考える教会の司祭がいたり、古き良き時代を髣髴させる。炎上した教会を「ニューシネマパラダイス」として再建されるがアルフレードは火事で失明してしまう。

僕もやがては失明する運命を背負っているのかもしれない。

そう考えるとこの映画は僕にとって、かなり臨場感があるのだ。

 

 

松井はすごい!

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ワールドシリーズの松井はすごい。ヤンキース在籍7年の総決算のような出来栄えである。夢を掴んだようだ。手首や膝の怪我を乗り越えてのMVPである。正に風神のような仕事は見事としか言いようがない。同級生のジーターには「Old man」と呼ばれているらしいが、その風貌からだろうか。淡々とした表情も好感が持てる。

好感といえば、今日のジュニアスクールでの子供達の元気さにも好感がもてた。寒さに慣れていない体ではあるが、休むことなく頑張っていた「何事もそんなにうまくは行かないんだよ」とあえてうまく行かないことを楽しめるように指導するのだが、しっかりと汗をかいてクライミングを楽しんでいた。今日から新しく入った自閉症のT君も良い感じで、楽しんでいたように思う。彼は時間がかかる。少しは言葉も通じるが、基本的には感性との疎通である「長い目でお願いします」とは母親の言葉であるが、登れるようになるには時間を必要とする。

時間を必要とするのは、40代から始めた大人も同じである。あせらず、ひるまず、ゆっくりと体つくりから始めてほしいものだ。成果は急ぐことはない。なすやきゅうりを育てるのと同じで、少しくらいひもじいくらいがちょうど良いようだ。

さて、帰ってカレーでも作るかな!

それにしても、松井はすごい。ボクはヤンキースでの仕事は終えて、他のチームで頑張ってほしいものだが、そればかりは見守るしかない。

関東大会の結果と天気

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11月1日は関東大会だった。今回の会場は東京である。参加選手には新しい芽吹きも感じる。

女子の結果は 関東地区スポーツクライミング競技会(女子).pdf

男子は 関東地区スポーツクライミング競技会(男子).pdfである。

伸び悩んでいる子供もいるようだが「伸び悩んでいるくらいがちょうどいいんだよ。君たちは強くなるんだよ。自分を信じて」といってあげたい。

一方、伸び悩みのブランク?から這い上がってきている選手も見受けられる。「そう、練習は裏切らないんだよ」といつも言っているが、練習を継続して心を磨いて集中力を高める事も重要な練習である。一見同じことの繰り返しはつまらない・・と考えてしまうが、つまらない事に極意は存在するようだ。

剣道や弓道などには「残心」という教えがある。それは武術全てに共通する考え方だが、もともとは禅宗(仏教)の考え方の一つで、古くは達磨太師に始まった、ともいわれる考え方である。中国の崇山少林寺に達磨洞と言うのが現存していて、達磨太師はその岩でできた壁や洞穴で経典を読んだり、体を鍛える事で真理を追究したようだ。すなわちクライミングのようなことも、今から2500年前に既に修行として行っていたようだ。しかも真っ暗な洞窟でのクライミングは難しかったと思う。

くじけない心を磨く、しかも、くじかない心を持たなければたどり着けないところ・・が「残心」すなわち集中力を指すようだ。

予断だが、弓道には矢を放つまでにいろんな極意がある。弓道にまでは行かなかったが、僕も弓道や洋弓(アーチエリー)や少林寺拳法などをしていた事がある。次回は弓道の考え方を「振動と角見」と少し難しい考え方をだが、紹介してみようと思う。ロックではいつでも聴けるよ!!

 

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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