2009年9月アーカイブ

「モントリオール(オリンピック)を狙います」今日彼は、はっきりとボクに自分の意思を表した。素敵な言葉である。僕に出来ることはほとんどない。コーチとして彼を見ているわけでもない。しかし、そんな夢を抱きながら、そんな夢をたどりながらの、彼の人生をボクは8年くらい眺めている。

「モントリオールを目指します」そう彼は3年半前の2月の「あの日」にボクに明言した。その日とはトリノオリンピックの開会式の日のことであった。あの悔しさからここまでは長い紆余曲折の人生が彼にあったのだった。しかし、目指すといっても彼が代表になったわけではない。限りなく不可能に近いチャンスを生かすには、残された時間はあとわずかしかないのである。

結果はともかく、最高の半年間を過ごしてほしいと思う。

「飲み明かしましょう」という彼の誘いに「いつでもかかってこいよ」と間髪いれずに答えてしまった。

あの日は、トリノオリンピックの開会式を見ている僕がいた。彼はそんな華やかなテレビを見ることもなく「今日から、モントリオールへ向けての練習を、ここから始めます」といったあの日のことは今でも鮮やかにボクの記憶の中にある。

「遠いけど、夢に向かって進む・・その始まりに、ここを選んでくれたことに感謝したい」とボクは言ったような気がする

「何が足りなくて、何を変えるのかを見極められないと、モントリオールは夢のままかもしれないよ」と少し厳しい事を言ったようにも思うが、明確な記憶はない。

「ボクも、一応、モントリオールを目指している・って感じですかね。でもそれ以上に、自分を変えたい」という男が、今日、合宿を終えて田舎に帰っていった。

彼女は世界選手権から帰国した。優勝を目指していたが、結果は5位であった。パラグライダーというスポーツを生涯の伴侶として、世界一を夢として人生を空に賭けて歩んできた。悔しさに泣いた日々もあっただろう。しかし、今日は次の世界選手権への始まり。。として、ここに帰ってきた。いいやそうではあるまい。ここから、昨日なし得なかった、世界一という夢に向かっての新たな一歩を踏み出すのだ。その決意が彼女の背中ににじむ。ボクはそんな彼女も応援したい。

遠い夢、近い夢、報われない夢、夢でしかない夢・・・

しかし、あきらめなければ夢は叶う。そう信じて。

「夢」には、いろんな選手の思惑が揺れている。そんな選手達の夢を実現する為のボクの戦いは、アスリーとが来なくなるまで、永遠に続く、僕の夢なのである。

最高の私を守れない

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「最高の私を守れない」それが彼女の引退のコメントであった。彼女とは杉山愛。62連続4大大会というありえない記録を残しての引退である。すなわち15年以上にわたって、4大大会に参加し続けたのである。その間、ダブルスでは2度優勝している。

テニスとは、故障のおおいスポーツでもある。たった二人で5時間も戦う事があり、77セットも続けて試合をすることもある。考えられないくらい、華やかでもあるが過酷なスポーツでもある。

シード選手になる事も大変な競争であるが、シード権を持たない選手は予備予選から参加しなくてはならない。10日間で7試合以上も戦う事があるのだ。

また、大会は半年間で、ほぼ世界を駆け巡る。シード権を得るには4大大会に準ずる大会での成績(ランキング)が左右する。

そんな過酷な世界を、ほぼ15年以上も積み重ねたのであるから、彼女も鉄人であるといってよい。

さらにすごいのは彼女の人間性でもある。ただ、ひたむきに、ただ、ひたすらに・・・スキャンダラスとは無縁なまま、プロ選手としてのテニス人生を全うしたのである。

テニスと言うスポーツは華やかであるがために、スキャンダルが多発するスポーツでもあるのだが・・。

引退を表明した記者会見で、彼女のコーチである母が「もうがんばらなくていいんだよ」といった言葉が思い出される。

もう、がんばらなくていい・・と、コーチが思えるほど、純粋に最高の私を守りと通した15年のプロ人生に惜しみない称賛を送りたい。

僕もコーチとしての行き方を全うできるなら、選手の引退には「もう、がんばらなくていいよ。普通の人生を明日から過ごしてください」といえる選手とであえたなら、素敵な事だろうと思う。

そんな選手との出会い・・・・それがこれからの僕の「夢」なのかもしれないな~と、ふと、思った。

腕白小僧に育てたい

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最近、草食男子問い言葉を聞くが、なんとなく歯がゆい。「おとなしい」「きれい」「礼儀正しい」とか肉欲があるにもかかわらず積極性がないなどの傾向を持つ、主に20~30代の男子の事を指しての総称のようだ。アンケート調査によると74%くらいの男子が「自分は草食系」と自己判断しているらしいが、なんと言ったらよいのかわからない。

一方、結婚相手を選ぶのは女性側に主導権がある・・と言う話も聞く。自分の彼氏を自分流に教え込んで「こんな感じななら結婚してあげるか」ってな感じで彼氏を教育する?と言う話も聞く。その傾向は意外と以前から進行していたようだが、マスコミなどが取り上げだしたのは最近のように思う。

肉食とか草食と言う話は単に食事の好みの問題だと考えていた私の読みは相当外れていたのである。

10年位前、30代後半のアメリカの証券会社勤務の女性が「ねえ、アメリカではクライミングジムはミートって言われていて出会い系って言われているの知っている」と教えられて????ってなった事があった。要するに

クライミングジムは素の自分がでる。それを後ろから観察していると相手の性格が浮き彫りになるから面白い、と言うことのようだ。すなわちせっかちな人は冷静な人、粘り強い人、ヒーローのなりたがる人など、クライミングする姿を観察しているとドレスアップできない自分をさらけ出してしまう・・というのである。

確かにそのような傾向はあるのかもしれない。意外と人間は自分を装飾してしまう。恋愛においても自分ではない自分で相手と対応してしまうのである。だかた、素直になれない自分に歯がゆさを感じたりするのである。

良い相手・・と直感して相手の気持ちを引き止めるために、いつも以上の自分を演出してしまい、かえって疲れてしまうのである。

それは幼い時から生活習慣に根ざしている無意識の対応策なのかもしれない。

しかし、隠しきれない自分を装っていても限界はある。自分が自分らしくない事を承知で相手に合わせていると、必ず破局がくるのである。それは単に恋愛感情の終焉を指しているのではない。

素直な自分を受け入れるって事は相手が自分の親(あるいは子供)であっても難しいのである。「仮面夫婦」なる言葉もそんな現実の表れでもあろうか?

子供たちは意外と親を冷静に見ている。しかし親は見られている事をあまり実感してはいない。むしろ子供のことを「よく見ているつもり」なのだが「実は子供のことがわからない」と言うのが本音なのであろう。

これらの対角軸は間違いなく存在する。良い親でありたい。良い夫でありたい、良い子供でありたい・・と自分を装うことで、自分自身を追い込んでしまっているのである。それは社会が豊かになるとおきる社会現象でもある・・とどこかの社会心理学系の本で読んだ事がある。

無理を強いた自分は、本来の自分ではない。無理をしない自分を発見して築き上げる事も、教育する側の責任ではないのだろうかと、ふと、考えてしまった。

では、何がいけないのか?と考えてみると、表面上は「良い子」が多い。もっと子供の頃に「悪い子」になって何が普通で何がよい事なのかを多角的に体験して学習する時間が、子供たちから奪われているような気がしてならない。僕にとって「このくそガキは、言う事を聞かない」と言うステ台詞は粗子供に対する最大の賛辞である。

だから、僕はここで「腕白小僧を育てたいと思う」

子供は元来、腕白でいたずら好きなものだ。そんな子供たちの成長過程に必要な事を、あるいは放置したり、あえて見ないふり」して見守り、あるいは育む。そんな学校があっても良いのではないかとおもうのである。最近は喧嘩する子供たちが減った。最近といっても10年以内のことである。「喧嘩する事は悪い事」でるという教育が浸透したのであろうか、普通を装う子供たちが多い。まさにそんな小学生の生き様には「草食系少年」が見え隠れする。

今日、草食系青年が20~30代の74%を閉める、と言う背景を生んだのは、10年~20年前の社会環境に大きな要因が隠されている、といわざるを得ない。

朝青龍は29歳である今日でも腕白である。こんな青年を見ていると痛快で楽しい。それを非難する相撲審議会の役員様も、実は腕白である事を促しているのではないかと、ふと考えてしまったのである。

今でも小学校の廊下には「廊下は走らない」と横断幕が張られているのであろうか?少なくとも僕は小学時代「廊下を歩いた」記憶がない。

ルールを守る事が優先ではなく、ルールはどうして成立してきたのかを学習する事のほうが、むしろ大切な教育であろう。

もし僕が小学校の先生だったら「廊下を歩くな」と叱りたい。

もし僕が横綱審議委員なら「ガッツポーズ素敵だったわよ」と本人の耳元でささやいた後「日本文化を理解できない人は横綱でなない、もっと品位を持ちなさい」とマイク片手に熱弁を奮うだろう。

腕白小僧「朝青龍」は危険な感じがしてとても素敵だと思う。

イチローだっていまだに腕白ではないか、少し「生意気位がちょうどいい」

大リーグにだって、一人くらいは反イチローな審判がいたほうが楽しいではないか・・と考えてしまう僕は、果たして知性を持った大人なのか腕白なまま50歳を過ぎた未熟な中年なのか?

判断は皆さんにお任せしたいと思うのである。

子供の頃の夢(そのうち加筆)?

山岳遭難のコスト

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山岳遭難のコストについての記事を発見したhttp://www.news.janjan.jp/area/0403/0403071797/1.phpおおむね僕が体験した時の費用と大差はない。しかし、あれから30年くらい経過しているのに費用はほぼ同じか、少し安いようでもあるが、ボタンテイァで成り立っている現状は何も変わらないようだ。

危険地域においても、岸壁での遭難費用(ロッククライミング中)ではさらにコストがかかるが、しかも冬山でのロッククライミングはさらに難しいのであるが、最近はそんなニュースは耳にしない。山岳遭難のほとんどは一般登山道での岩場に多いようだ。しかもロープを使用していないので、滑落での救助であろうか。

岐阜県の防災ヘリの事故には痛ましい現実がある。

事故の第一報が消防か警察かによって経路が違うのである。経路が違うということは、主導権の違いが発生するようである。すなわち出動主体が県警か消防なのかということである。

15年以上前なら、確実に警察のヘリか民間の救助ヘリが主流であったが、防災ヘリの導入で119番への出動要請が多いようである。すなわち救急車の出動と同じような感じで、遭難の連絡が防災ヘリの所轄に入り、そこから警察に連絡が行くのである。両者は協議するらしいが、おおむね遭難者側から連絡を受けた側が主体となり救助活動に向かうのであるが、防災ヘリは大型で急峻な岸壁帯出の救助は苦手なのである。あくまで災害が対象で、山間部での救助目的でのヘリは、ほとんど配置されていない。

今回のジャンダルムでの防災ヘリ墜落での救助隊員の受けた心のストレスも大きなものがあるようだ。間一髪での救助ワイヤー解除の判断であった。もしはずしていなければ・・

さまざまな問題を抱えながら、山岳遭難の救助を依頼する側とと救助する側の体制の検討が必要と思われる。

自民党の総裁選挙は、やはり落ち着くところに落ち着いた、という感じである。相変わらず・・といえば相変わらず、しかし、保守であるから自民党であるとするなら、ちょうど良いところに着地したのだろう。議員の多くは「ホッ」としているところであろうが、党員の方は複雑な心境なのかもしれない。党員でない僕も複雑な心境である。

一方、民主党は派手な外交とダムの件で大きな波紋を呼んでいるが、国民が選択したのであるから、イエスorノーではなく、妥協点を見出してほしいと思う。

落ち着くところ・・と言えば、今月末はロッククラフトの決算でもある。大きな賭けばかりしてきたが、これではいけないともう反省しているが、日本航空ではないが、上手く行かない時もあるのだ。

大相撲が朝青龍が決定戦を制して優勝した。見事なガッツポーズでかっこよかったが、態度が悪い?と苦言をいう評論家には「だまらっしゃい」といいたい。素敵な復活ではないか、日本の侘びさび文化を外国人力士に強要しても仕方がない。日本柔道と国際柔道の違いみたいに、外国人に相撲を取らせるののなら、外国文化も受け入れ迷うよ・・と言いたい所だ。

称賛すべき時は素直に喜びましょう。今日のところはこんな感じかな。ジャンダルむでの防災ヘリ事故でボクの知り合いが、隊員と知り合いだった。いろんな現実の話を聞いて、いろんなことを考えてしまった。

今日はあんまり面白くない、日記になってしまった。

体験者が多い~

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今日の体験は10人を超えた。ロッククラフトとしては多いほうだ。最近、不思議な現象としてはロック先生のブログフアンです・・と言う感じで入会する方もいる。理屈っぽいので嫌われている・・と思っていたが「ブログは面白いので、いつも読んでいますよ」と好意的な方が、最近は目に付く。ありがたい事だ。2年前は何かを書いたら、苦情のメール、誹謗中傷・・いわゆるブログ炎上となってしまって、しばらく引きこもってしまったのだが、最近は好調に読者が増えている。ブログの読者増とジム売り上げは、まったく関係がないようだ(笑う)

半年前に書いたつもりの「イチローの才能を見抜いた男」というブログのアクセスが驚異的な数字を記録している。三桁のアップだ!

私が敬愛する、故・土井正三氏に対する私の考え方を書いたのだが「イチローの才能を見抜けなかった男」と入れると「イチローの才能を見抜いた男」のブログが1ページ目に出てくるくらいだからなかなかのアクセス数である。土井さんの評価を変えるきっかけになったのではないかと、1土井フアンとしてはうれしい。このタイトルのブログはあんまり読まれていなかったのに・・不思議なものだ。

人をおもしろおかしく批判して評判を得るより、しっかりと考えて批評をしてもらいたいものだ。僕の考え方も正しいのかはわからないが・・・。

こんな所からでも、野球とは関係ないようだが、ロッククライミングもメジャーになってゆけば楽しいのだが、なかなか右肩上がりには行かない。でも、東京など首都圏ではクライマーが増えているようだ。その恩恵を、ここでは受けられないが。

しかし、新しいお客さんが飛躍的に増えている。ここががんばり所かな?・・・と思いながら、27年目の秋を迎える。そう、クライミングスクールを1982年に旗揚げしてから、こんなに時間がたったのである。僕も年をとってしまったものだ。

将来性を見込んで選手に試練を与える。それはコーチとして一番考えなくてはならない所だ。それはイチローだろうが一回の体験者であろうが変わりはない。まして才能を持ち才能に向かって努力する事を怠るのは、才能を持つものの果す役割ではないと思う。

そういうことを考えたとき、必然的に僕の指導は激しさを増す。そう考えると僕は土井氏に似ているのかもしれない。

限りない可能性に向かって・・・

でも僕の最終の目標というか夢は物書きになる事である。その夢は10歳くらいに描いた夢である。

僕に夢を与えてくれるのは、ここでの人との出会いである。

ロッククラフトには素敵なお客さんが多い。感謝・・の一言である。

いつも僕を勇気つけてくれて、本当にありがとうです。明日もよろしくね!

 

生放送って大変だ

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久しぶりにFMラジオの生放送中に話をすることになった。収録はやり直しが出来るが、生は生、そのまま放送されるのだ。当たり前のことだが、生放送は予定が予定通りには進まないのだ。

ラジオであるから、電話での声だけ出演である。随分昔の事だがスタジオに入って1時間半くらいDJと話したことがある。その時は本番前には足が震えた。ラジオは基本的に生放送なのである。放送中にいろんなハプニングが飛び込んでくるがプロのDJはすかさず対応する。当たり前のことだがプロはすごいと思った。その時はアウトドアスポーツについて僕が語る・・ということで、原稿もないしシナリオもない。放送当日のいきなりの本番であった。

「では、向井さんを紹介します」って言われても、顔も言葉も緊張していて何を言ったかは覚えていないが、けっこう流ちょうに話していたようだ。DJの突っ込みも初対面のボクの話を上手く引き出してくれて「こんにちわ」と言った後にはボクもリラックスしていたように思う。

15年くらい前のことだと思うが、確か「危ない・・・」という番組だったと思うがラジオ局ってボクのような素人にこんなに時間を与えて話をさせるなんて、すごく勇気があるな~と思った。

そうこう言っているうちに本番になった。予定より」20分くらい遅れていたので、大忙しで、気が付いたら「アット」いう間に終わっていた。やはり打ち合わせ通りには行かなかった。予定時間も大幅に縮小されて質問事項も短縮、ボクの言いたいことは全部カットとなってしまった。

ただ、ラジオ出演はけっこうあるので、生放送とはいえDJのノリでそつなくこなせたと思う。僅か5分弱に1時間以上も・・・何か反応でもあるのかな?

ふ~って感じである。

 

本格的な・・

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何をさして本格的というのか意見が分かれるところでもありますが、ロッククライミングにおいても、本格的なクライミングジムが日本にも出来ないかな~と思う。

ボクの言う本格的というのは、選択肢がたくさんあるジムの事を指す。

1)スポーツとしてのジム

2)ゲームとして楽しむジム

3)小さな子供からスポーツクライミングをスクーリングするジム

4)それらの子供がアスリートとしてス来るアップを目指すシステムをもったジム

5)ボルダーよりも、ビッグウオール(500m以上の壁を狙うクライミング)やアルパイン(岩雪氷)をも含めたクライミング練習が出来るジム

6)各種スポーツ選手(アスリート)が自分の身体能力の向上を図れるジム

7)世界選手権に順ずる大会を開催できる、高さ20m以上のスケールを持ったジム

などである。

夢のまた夢なのかな~と思いながら、最近はルートのジムも少しは増えそうな話しを聞くが、ほとんどはボルダータイプのジムである。

さらに・・

1)壁の途中でビバークする為に、簡易ベットを組み立てたり、あるいは壁の途中でテントを設営する技術を磨けたり。

2)カムロックなどのナチュラルプロテクションの練習が出来たり。

3)さまざまな形状のクラックなどがあってジャミングなどのテクニックが練習できたり。

4)山岳救助などの練習が日常的に行なえるコーナー(壁)があったり。

5)自由に自分でルートを作ることが出来るエリアがあったり

6)60度くらいのスラブ(緩やかな傾斜の壁)があったり。

7)永遠に横移動が出来る、壁があったり

などなど、考えて見るととどまる事を知らないほど、いろんなアイデアがわいてくる。これ以上書くのは止そう・・・と思いながらも、クライミングジムのあり方が、フリークライミングの領域のロープクライミングとボルダー以外でも楽しめるようなジムがボクの理想でもある。

理想といえば、本物の石を積み上げてジムを作るって言うのも20年前からの夢であったが、400年前ならいざ知らず。今の世の中では城壁のように石を積み上げる職人が日本には一人もいないらしい。

積み上げた石で作ったジムなら、クラックはあるし、チッピングは出来るし、実際にハーケンを打ったり、石にジャミングしてボルトを打つ練習が出来たりして、今まで以上に楽しい大工のような石工作ができて、楽しいように思うのだが・・タイや台湾あたりから職人を連れてきたら可能性があるらしい。

ジムの外にも大きな石を置いて、そこをボルダーにするのも楽しいかもしれない、石の周りには、芝を張ったり、砂利を強いて見たり・・とか。

ついでにキャンプも出来ると楽しいかもしれない。そんな自然公園のようなクライミング公園なんて夢のまた夢なのだろうか・・

少しあきらめかけている自分が居る。しかし、生きているうちに何とか、足がかりを作って見たいと思うのだが・・・

やはり「夢」は夢のまま終焉を迎えたほうが、夢なのかもしれない・・と、ふと思った。

9月25日のほぼ日記でした。

 野球人 土井正三

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以前「イチローの才能を見抜いた男」というコラムを書いたが、本日土井正三氏がお亡くなりになられた。深く、哀悼の意を表し少しコメントさせていただく。今日は「イチローの才能を見抜いた男」のブログに来る方が非常に多いのに驚いた。

人生にはさまざまな紆余曲折があるが、巨人軍のV9戦士としての評価と巨人軍のコーチ時代以後においては、一般的に、あまり評価されていないように思う。

ボクが小学生の頃、王、長島の前(2番)を打つ土井は憧れの的であった。キャッチャー森のサインにしたがって、微妙に守備位置を変えて守るなんて、現代サッカーの流動的な守備(ゾーン・プレス・デフエンス)みたいな感じで、知性を感じさせた。

ボクも意味なく、守備位置を変えてみたり、何かを想定しているかのような微妙な動きを真似していたようにも思う。目立ちはしないが、玄人(プロの職人)を思わせ、淡々と仕事をこなしているようで、かっこよかった。

その印象はオリックスの監督時代も同じ・・と考えているのだが、僕の印象と世間の評価にはかなりの食い違いがあるようだ。

その原因はイチローという選手の才能を、当時としては「見抜けなかった」という風評であるが、彼は世間の評価にはまったく耳を傾けなかっただけである。「人気取り的な発言はしない」あくまで「職人、土井」を貫き通した生き様には感銘を受ける。

ボクも土井さんのような生き方を貫きと通せたら、どんな苦労も忘れれれるのかもしれない・・と、思ったのだった。

子供の頃から、たくさんの夢をありがとう。僕の中で貴方は、永遠のヒーローです。

安らかにお休みください・・。

 

面白くなかった?

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3週連続で放映された白洲次郎を見た?のだが、なぜかあまり面白くなかった。なぜそう思ったのかがわからないのでず、いぶんいろんな事を考え込んでしまった。白洲次郎と言う人間はには非常に興味をもっていた。NXXという事もアリ、かなり現実に近いドラマになるだろうと考えていたし、彼にまつわるさまざまなエピソードがどのように表現され、また、僕の知らないエピソードがどのくらい出てくるのか・・という感じで注目していたのだが「え~」『そんな事もあったの~」という話はほとんど出てこなくて、僕的には淡々と進んでゆく・・と言う幹事であった。元をただせば、2回までは2月頃に放送されていたようだ。

彼は大学時代に中世西洋史と人類学をケンブリッジ大学で学んでいたようである。そのことは驚きであった。僕は政治学か法学を学んでいたと考えていたからである。

また、昨日の最終では「イギリスでケインズ経済学を学んだ』といっていたが、確かにジョン・メイナード・ケインズはケンブリッジ大学で研究をしていたようなので、本当の話なのかもしれない・・と思った。ケインズといえば、第一次世界大戦の戦後処理においてベルサイユ体制がしかれるわけだが、敗戦国ドイツに対する財政や物資の支援はドイツの再軍備を促す・・といって物議を蒔かせたが、結果としては正しかった。日本もなぜか五大国大儀に参加している、詳細は別にして、中国の山東半島をてにいれるのだが、なんとなく後味が悪い。これらの話も長くなるので、ここでは省く。

話はそれるが、ケンブリッジ大学出身者にはアイザック・ニュートン、チャールズ・ダーウインなど優れた人材を輩出している大学である。

白洲の話に戻る、彼はある講義における論文で「評価に値しない」と主任教授に論文を突っ返されていた。あまりの悔しさにその論文をその場で破り捨てるのだが「評価に値しない」理由を教授から聞き目覚めたようにも思えた

「たとえ小さな塵(ちり)にだって存在する理由はある。君は『エッセイ』という意味を知っているのか?私の考え方をいくら賞賛してもそれはエッセイではない、たとえ間違っていたとしても自分の意見を述べる事が大切なのだ」と

そのシーン以外はほとんど記憶に残らない。むしろ放送の記憶より「自分の記憶に」映像が付加されたような印象のドラマであった。

白洲自身の行きかたより、20世紀の時代背景と世界の中での日本の位置についてさまざまな事を思索する手立てにはなったようにも思う。

白洲次郎の幼少時代から少年期は織田信長のようなハチャメチャな印象を受ける。さまざまなエピソードがあるがか樺山家に正子さんとの結婚を申し込むとき「正子さんを頂きます」といったとか、夫婦円満の秘訣は「一緒にいないことだよ」とか、自分が管理するゴルフクラブにきた田中角栄(内閣総理時代)に「家は会員制だから、何処の田中だか知らないが、帰れ」といったとか、豪快である。

歴史とはいつも皮肉なものだ。日本のために一生懸命戦っているときは「日本のラスプーチン」とか「妖怪」とか言われ、評価が下されるのは、なくなってしばらくしてからである。

彼もそんな風に20世紀の歴史に刻まれた人間なのかもしれない・・と思った。

 

日本における先住民族

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僕は北海道釧路市に実家ががある。小学校と高校は弟子屈であり、小さい頃はアイヌ民族と思われる人がひっそりと暮らしていた事を遠い記憶の中にとどめている。僕の名前はムカイであるが、なぜか「カムイ」というあだ名で呼ばれていた事もある。それは忌みすべき事ではなく、むしろ僕はそんなあだ名に喜びを覚えていた。

1960年代前半の弟子屈にはアイヌ民族と思える人が少数ながらすんでいた。僕の家の近くにもあったが「遊ぶな・・」といわれていたが、僕はむしろ彼らの文化が奇異であり非常に興味をもって彼らと交流していた事を、おぼろげな記憶が証明している。

たぶん小学2年生以前に、親に内緒で、彼らの家に遊びに行っていたのであった。小学校~高校までの間には、必ずクラスに一人~二人はアイヌの方がいた。

北海道の渡来人である僕らが、彼ら先住人に対して差別意識を持って教育されていたという矛盾を感じながらも、何故、差別しなければならないのか・・という疑問を常に感じながらすごしていたのも事実である。

おそらく、幼稚園時代と弟子屈高校時代には詩人、更科源蔵氏の孫と同級生であった事も記憶に残る。彼とはなかなか親しくは話せなかったが、源蔵氏の事をいろいろ聞いた記憶も、記憶の底に今でも新鮮に残っている。

野山に遊ぶ僕は幼い頃、アイヌが作ったであろう黒曜石の鏃などを、よく野山で拾ってきた。小学3年生の頃には小さなミカン箱いっぱいになるまで収集していたのだが、父親の転勤のたびに捨ててしまったようにも思う。今となっては惜しい・・と思うが、後の祭りである。

昨年6月頃だったと思うが、日本国も政府としてアイヌ民族などが日本の先住民族である事を、初めて認めた事に驚きを感じた。

それはまさに歴史的なことであるのだが、ニュースなどではさほど大きく取り上げていなかったようにも思う。アイヌ文化や民族の保護(?)などに関する法整備は相変わらず、頓挫したままでもある。悲しい事だ。

アイヌ民族は言葉を持つが文化を記録する手段としての文字を持たなかった、といわれている。また、アイヌ民族への差別意識が日本民族にはあり、主に明治維新以後はその傾向が強く、同化が進んだ、とも言われている。すなわちアイヌ民族は自らの文化を破棄しなければならない150年以上にわたる歴史の渦中に立たされていたのである。

そういう意味からも考えれば、日本国憲法も、いろんな意味で改正しなければいけない分岐点に立たされているのかもしれない。憲法改正は単に戦後処理とか、9条の改正のためだけにあるのではないようにも思うのである。

視点を変えるなら、明治維新は蝦夷をアイヌ民族から奪いさり、北海道として先住民族の手から奪い去った・・ともいえるのではないのだろうか?

同じ事が琉球王国(沖縄)についてもいえるのではないのだろうか。私が子供の頃は本州諸島を内地といい、沖縄と北海道は外地であったのだった。

いまさらこんな事を引き出して・・と思う人も居るかもしれないが、歴史認識とは隠さず歴史を紐解く事から始めなくてはなるまい。それが真の歴史認識である。

いつもの事だがクライミングとは関係のないことばかり考えてしまう自分がいる。

まとめ切れない問題を提起してしまったが、今日はこの位にして帰ることにする。

 

ひまだ~

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今日は、恐ろしいくらい暇な日です。で、体験スクールまで時間があるので、山岳遭難ニュースを久しぶりに見ていたら、結構、事故が多い事に驚いた。事故者の年齢は圧倒的に50~60代である。それも死亡事故がやたらと目に付く。気軽になった登山と天候の悪化によるものと、岩場での滑落が主なものか?意外と軽い気持ちで鎖場のある難しい山に入ったり、標高が低いからと気軽な気持ちが事故の背景にありそうだ。一方、事故がおきうる可能性を含んだ岩場での事故はほとんど見当たらない。登山者の技術に両極化が進んでいるようでもある。確かに登山事故の多くは、安全と思われる登山道がしっかりと整備された山域で多い。

もうすこし、山に登る以前の知識や技術、耐力などを身につけないまま、観光気分で山登り(ハイキング)を楽しんでいるようにも見受けられる。でも、遭難しているところは「ハイキング気分で行く山ではないよ」といってくれる人がいないのか・・・、この夏にも、剣岳、穂高、槍が岳などの難コースに行くからクライミングを体験したい・・という人は数人きた。「単独は危険だよ」とか「一度体験した程度では技術になってはいないよ」とか「観光マップだけでは不十分だよ、地図とかも少しは読めないと・・」とかいろいろアドバイス(苦言かな)をするのだが、反応はいまひとつである。ジャンダルムでのヘリ墜落事故とか、その他の山域での事故の報道があるたびに、ドキッとするのだが、今年は幸いにもここの会員の事故はない。

僕が以前は登山をしていた事を知っているからなのか、さまざまな山への「アドバイスをしてほしい」という相談を受けるが、何から話してよいのかわからないくらい、お客さんの知識が低い。しかも、出発は間近・・と言うことも多い。

天候の話、道に迷ったときの事、救助を要請するときの心構え、装備のことなど、こちらが聞く質問をはほとんど「考えた事がない」と言う答えである。まるで道路標識やカーナビが完備されている前提でのドライブ気分の人も多いようだ。しかし、相談されて事故が起きたことも多いので『相談される側は真剣なんだ』と声を荒げたくなる事もあるが、そんな事も30年近くしていると少しは慣れてきたのか、最近はあんまり過剰に心配しないようになった。

ロッククラフトを開設してからも、北鎌尾根、ジャンダルム、白馬大雪渓での事故など、死亡事故は死亡事故は少なくない。『こんな事もあるよ』「あんなことも想定しないと」みたいなことが実際に発生した事もたびたびある。

むかしは「遭難を予知する」・・能力があるといわれた事があるが、そういわれることに、あんまり良い印象はない。ただ、事故が起きる時には、必ず前提がある。「あんな歩き方をしていると、転ぶから気お付けナよ」って説明している矢先に、その人がつまづいたり・・と言う感じである。

クライミングジムに行っても「あんな登り方をしていると落ちたとき、痛いよ」みたいなことであるが。

事故は予測不可能な場合もあるが、注意していると、意外と回避できるものでもある。そういう考え方も、教えたりしているのである。さて、スクールに入るか。

連休と言うと

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昨日はさすがに連休と言う感じで、ジュニアスクールの参加は1名であったが、体験者は10人くらい来た。さすがに同じ事を繰り返す事に疲れてしまったのか、昨夜は気が付いたら会社で寝てしまっていた。

そんな事はよくある事だが、体験コースを徐行する人に変化を感じる。前向きなのである。なんとなく興味本位という感じより、スポーツとして取り組みたい・・という熱意を感じる。

女性の単独での参加も目立つようになってきた。物見的な感覚ではなくなってきたようにも思う。

僕の薀蓄(理屈)も楽しく聞いてくれる人が多い。以前は「つべこべ言わず、早くやらせろよ」と言う人が多かったが・・・。

理屈といえば、眠たくて薄らぐ意識の中で「白洲次郎」の番組を聴いていた。見たかったが眠たくて、目が開かない。その中でイギリス留学時の教授との論文の成否のやり取りが面白かった。「君の論文は評価に値しない。私の考え方をいくら肯定しても何も意味はない。エッセイとは自分が何を考え、何を思ったのかを率直に述べる事である」さらに「どんな生き物にも生まれてきた意味がある。それは塵においても同じである」と、深い言葉である。

また、次郎の父が「人間は、死ねばみな腐る。何が良いとか悪いとかではない。商売は儲かれば勝ちだ」見たいな事を言っていた。次郎が留学中に事業に失敗して、隠遁するのだが母の内助の功には頭が下がる。

誰かに迎合することや、教えられた事を鵜呑みにすることが学問ではない。常に反骨の精神を持つことが、あるいは日本を救ったのかもしれない。1919年から1946年とはそんな時代だったのかもしれない。日本が政治さえも軍部に牛耳られつつある時代に、多くの政治家が抵抗していた事実も浮き彫りになっていた。満州事変を発端に日中戦争へと突入する時代背景から戦後の復興に向けて毅然と立ち向かった人間は白洲だけではない。国民それぞれが、自分の生まれた意味を探りながら生きた時代でもあったと思う。

言論や信教の自由、国民主権などが保障され、平和と言う言葉に慣れきってしまった日本人に多くの警笛を鳴らす歴史がそこに存在する・・と、改めて思った。

一方「日本の国際社会に果すべき責任」についても、いろいろ考えてしまう。イスラエル建国と沖縄問題が、僕の中では、どこかでダブってしまう現実がある。日本固有の・・日本民族と一方的に考えてしまうが、沖縄人と蝦夷人としてのアイヌ民族の存在も、歴史の影に薄れてゆくのを感じる。大学時代は、ずいぶん「日本人は何処から来たのか」と言うことを考えたが「われわれとは誰で、何処から来たのか」という普遍的な問題が僕の中で、新たに大きくなってゆくのを感じる。

戦後の復興で得られた豊かで平和な国「日本」は国際社会で果すべき大きな責任を持っていると思う。日本の豊かさは、逆に考えると、言葉は悪いが発展途上国などから搾取した利益によって成し遂げられた成果でもある。搾取され放置された国民の恨みも大きいのかもしれないし、そう考えなき諸外国の多いのかもしれない。

いずれにしても、教えられる事のみが正しい答えではなく、自分なりに考える事こそが重要な事だと思う。

そういう知恵をロッククラフトでは育みたいと考えるのだが、いかがなものか? いろんなことを、これからも考え悩み、議論してゆきたいと考える。

今日の雑記は、ある元女性ニュースキャスターの言動について、名指しで書いてみたいと考えていたのだが、つまらなきなってきたので止める事にした。

考える事は重要である、批判や反骨の精神を持つことは大事だし、反論する事の重要性を白洲次郎は、その生き方の中で僕たちにおしえてくれたようにも思う。

しかし、誹謗や中傷することは良くない。事実を誤認することは、しばしばあっても、それを恐れて発言しないというのも「良し」とは考えない。

何が正しくて、何が間違っているのか白黒つける(答えを出す)ことのみが答えではなく、悩み苦しみ考える過程こそが重要な気がするのだが・・今日はこんなとことにしておこう、と思う。

 

9月20日(ほぼ日記)

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この連休は暇なのか忙しいのか判断に困っていたが昨日は普通の日曜日くらいの賑わいであった。昼間は子供たちが大勢来て、やかましかったが、大人たちも暖かく見守ってくれてよい雰囲気であった。

子供といえば、最近は子供の見学や入会が増えてきた。体験をける子供も、意外と多い。「あそこまでいけるか」「あ~ここまで来るのに10回も落ちた」とか楽しそうである。中にはもくもくとロープクライミングをしている子供もいる「40回も登ったよ」といい感じで、自由気ままのクライミングを楽しんでいる。

いい感じである。ジュニアスクール(4時半~6時半)は毎日10人くらいも子供(4歳~12歳)がマットの上を走ったり、ボール投げをしたり、スラックラインで遊んだりしている。僕はあんまり練習を強いない。自由にクライミングに有効と思えることは自由に「遊ばせる」それも練習である。

汗をかいてくたくたになるまで遊ぶ事は、子供にとっては練習である。

自分で考え、工夫して、想像力を高める事。何度も何度も失敗して、失敗する事を怖がらない事も大切な練習である。

しかし、大会を目指したりスポーツとしてクライミングしたい子供には、基本動作の練習の重要性を耳元でささやく「いいかい、これができると素敵になるよ」みたいな感じで・・・。

中学生になると、話し方(指導)が少し変わってくる。特に将来性のある子供には、具体的な指導が始まるが、なかなか自分の好きな事しかしない・・と言うのも現状である。しかし、コーチの言う事を聞かないが頑固さも「必要条件」であろう。ここも我慢の一言である。

我慢といえば「日本の責任」と言う言葉に、引っかかりを感じた。政治も我慢強く、国際貢献も我慢強気であろうか?国民も我慢強く政権与党の進路を見守る。マスコミにも我慢をお願いしたい。

自分は?・・・果たして我慢強くこの仕事を全うできるのか?・・それには正直言って自信がない。維新後の勝海舟ではないが「何もしない、ただ役人が持ってきた書類に署名するだけだ」と言うこともかまんの政治だったのかもしれないな~と、ふと、思うのだが・・・この件については多くは語りたくない。

それにしても、おなかの調子が悪い・・そろそろ行って来るかな?

9年連続は目標だった

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9年連続200本安打はイチローの目標だったようだ。その成果は「家族の支えによって成し遂げられた」事だと彼は語る。

今年のイチローはWBC以後、ずいぶん変わったようにも思われる。何が変わったのかといわれると的をえた答えが出せないが、なんとなくチームの中に溶け込んでいるようにも見える。また、チャンスに強くなったようにも思う。

また、彼の野球に対する姿勢で「考えて練習する事」「同じ事の繰り返し(基本練習)を楽しむ」「目標を高く持つ」「人と争う事は嫌いだ」など、彼が言うとどれも納得してしまう。

小学3年生からほぼ6年間、毎日欠かさずバッテイング練習場に通ったという。低めのボールを打つ練習が主だったようだが、120キロを超えるボールを確実にライナーやゴロで返したようだ。フライは打たない。そんな事を既に考えていたという。

高校へ入ったとき「幽霊が出る」と言われるほど夜中に素振りをしていたという。 監督には「僕をプロ野球の選手にしてください」といったようだ。2度行った甲子園には未練がなかったとも言われている。

イチローの記録は常に100年前の記録を掘り起こしているようだ。まさに歴史を刻むバッターだ。

昨日は、そんなイチローのサヨナラホームランまで飛び出して、ジムでは大騒ぎ(そんなにお客さんはいなかったが)だった。

100年に一人の野球選手か?すごい人だと思う

9月19日(ほぼ日記)

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自民党の総裁選に先立ち、記者クラブで討論会をしたようだが、三者三様のようだ。総力戦を打ち出す谷垣氏。派閥解消と世代交代を打ち出す河野氏。世代交代は必要だが能力のある人を力を結集して2大政党へと変身を図りたいという西村氏。三者の思惑と重鎮の無言の圧力を感じつつも変化を促す3人ではあるが、やはりしらけているように写る。確かな事は、地方票がカギとなる子とは間違いない。

世論は自民党の再生を80%が支持しているという。中央集権ではなく、地方票の時代を感じる。

山の話題では、やはり、ジャンダルムでの防災ヘリの墜落であろう。なんとも痛ましい事故であるが、操縦士は3000mでの山岳救助は初めてとの事。いいったい誰が出動の許可をを出したのか、行政の刑事責任が問われそうだ。だが、防災ヘリ自体が高所での山岳救助に適しているヘリと僕は考えていない。フランスでの山岳救助ヘリはスケルトンボデイで背後も操縦士が目視できる小さなへりであった。防災と山岳救助は同じヘリでの兼用は難しいように思うのだが、この辺にも機体を購入する側と救助する側との力の関係を浮き彫りにしてほしいと思う。

9月19日(ほぼ日記)

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自民党の総裁選に先立ち、記者クラブで討論会をしたようだが、三者三様のようだ。総力戦を打ち出す谷垣氏。派閥解消と世代交代を打ち出す河野氏。世代交代は必要だが能力のある人を力を結集して2大政党へと変身を図りたいという西村氏。三者の思惑と重鎮の無言の圧力を感じつつも変化を促す3人ではあるが、やはりしらけているように写る。確かな事は、地方票がカギとなる子とは間違いない。

世論は自民党の再生を80%が支持しているという。中央集権ではなく、地方票の時代を感じる。

山の話題では、やはり、ジャンダルムでの防災ヘリの墜落であろう。なんとも痛ましい事故であるが、操縦士は3000mでの山岳救助は初めてとの事。いいったい誰が出動の許可をを出したのか、行政の刑事責任が問われそうだ。だが、防災ヘリ自体が高所での山岳救助に適しているヘリと僕は考えていない。フランスでの山岳救助ヘリはスケルトンボデイで背後も操縦士が目視できる小さなへりであった。防災と山岳救助は同じヘリでの兼用は難しいように思うのだが、この辺にも機体を購入する側と救助する側との力の関係を浮き彫りにしてほしいと思う。

宇宙エレベーター

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「宇宙へのエレベーター」と言う言葉をはじめて聞いたのは10年以上も前?、アーサー・C・クラークの小説だったと思うが、その研究が世界で行われていることに、非常に興味を覚えた。SFの世界の話が現実に向けて科学的に実験され、試作品によっての大会も行われているのだ。

その登る機械のことを「クライマー」と言うらしい。地上から30万Mの彼方に浮かぶ静止衛星まで上り続けるエレベータを、僕はクライマー(登る人)に見立ててしまう。他人事ではないような臨場感を感じてしまった。

地上では一番高いところはエベレスト(8848m)であるが宇宙にはもっと無限の可能性がある。ライト兄弟が飛行機を発明してから100年が経過した。当時、機会が空を飛ぶなんて1000年かけても科学では実証できない、といわれていた事を自転車職人のライト兄弟が実現して1世紀が過ぎたばかりである。

アーサー・C・クラークが宇宙にいたるエレベーターとう空想を小説に表してから20年もたっていないようにも思うが、人類はそんな未知なる可能性を科学によって実現しようとしている。それは文学では到達できない領域でもある。最近は「科学って素敵だな~」と思うようになってきた。

宇宙エレベーターに乗って大気圏外まで行き、地球の夜景を宇宙から見ながら食事をする時代が来るのかもしれない。今はまだ遠い未来と考えていても、それは意外と近い現実なのかもしれない。

そうなると、クライマーも宇宙の岩場に挑戦する時代が、近未来におとづれるのかもしれない。そこにある宇宙と言う自然はどのくらい素敵なのかと考えると、コツコツと人工の石壁を登る事も、まんざらな事ではないような気がするのだが・・・夢は現実化する(Dream come trou?)とは、本当のことなのかもしれないと、思った。

9月18日、ほぼ日記

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自民党の総裁選挙が始まろうとしている。しらけムード漂う中「捨石」VS「世代交代」の対決になるのだろうか。いまひとつ自民党の情熱が感じられない。新しい政府に向かって民主党は着々と準備が進んでいるようにも受け止められるが、どのような船出になるのか微妙な感じもする。

微妙といえば、シルバーウイークって言う言葉を今日知った。なんとも美妙?な感覚である。自分は52歳であるが、なんとも恥ずかしいような感覚になるのは何故なのだろうか?自分も精神は老人化し始めているのかもしれない。

老人化といえば100歳以上の老人は4万人を超えるという。20年前には200人に満たなかったが、高齢化の象徴のような気もする。ちなみに昨年は始めて3万人を超えたんだったかな?

高齢化と代償として少子化は相変わらず進んでいるようだ。社会の活力は若さから生まれる。子供を育てやすい環境と言うが、多産傾向の国の多くは発展途上国がしめる。う~ん、なかなか難しい問題でもある。

そういえば地球温暖化の原因となるCO2やメタンがその排出量の80%近くを占めるが、議論の的は二酸化炭素に集中している。一酸化二窒素やフロン類には、かなり削減の可能性が低いものもある。それらをどのように削減するかは議論されていない・・ような?

アフリカ諸国のCO2の排出量はわずかに世界の1%である。アメリカ、中国、ロシア、日本、イギリス、フランス、イタリアの7カ国で80%を超えていたと思うが、あまりにばかげた数字である。

日本は4.7%だったと思うが、こんなに狭い国土であるのに、こんなにCO2を排出しているなんて、豊かさとは、CO2の排出量に比例しているとするなら、日本はこれでも世界1の豊かな国なのかもしれない。

いろんな見方があるが、いろんな意味で改革が必要な日本の現状が浮き彫りになる。

さて、明日からシルバーウイーク?である。僕ならスポーツウイークにしたいところだがいかがなものでしょうか?

 

 

船出

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鳩山内閣が船出した。新しい政治を目指し、官僚主導型の政治に変革を起こすという。誰もがなしえなかった政治改革である。明治維新においても、王政に復興することはできても、官僚主導型の政治は見えない現実のまま、昨日まで続いていたのだ。

自民党の一党独裁政権も戦後の象徴のようでもあり、真の民主主義への脱出を図る。それは「歴史の終わり」なのかそれとも「新しい政治」の始まりを意味するのか、今の段階ではかいもく見当が付かない。

3000億円も投じてここまでたどり着いた関東の新たな水がめ八ツ場ダムだけではなく、川辺川ダムの建設も中止するという。大胆な決断である。しかし、誰かがどこかで決断しなければ日本の自然保護や地球温暖化の歯止めにはならない。

保護と言う言葉は意味合いが違うかもしれない。

地球温暖化においても、25%削減案を実現に向けて国策として掲げる。産業界の反発も大きな逆風になりかねない。来年の衆議院選挙に向けてはマイナス材料になるかもしれない、と言う覚悟を持っての選挙公約の断行であろうか?

捨て身なのは自民党ではなく民主党なのかもしれない。思えば鳩山さんも管さんも理系である。ここのところが思考の変革をもたらす背景なのか?

「今頃気がついたか」と雲の上で勝海舟あたりが、笑っているのかもしれない。

温暖化といえば面白い数字がある。この件については改めて書こうと思うが、経済の復興と新しい政治は共存できない背景を持っているのかもしれない。

最近のロックも少し背景が変わってきた。特に女性の進出が目立つのだ。以前は物見のような感じで体験する人が多かったが「真剣にクライミングを楽しもう」と言う姿勢がありありである。女性が肉食化しているというが、なかなか面白い傾向である。

子供たちの姿勢も次第に活気付いてきた。新型インフルエンザなどで自宅待機が多いせいか、汗をかくことを楽しんでいるようにも思える。それを僕は「やる気」と受け止めているが・・?

教は中学生から「クオリア」って知っている、って聞かれたので「知っているよ」と脳科学の話を持ち出すと、チンぷんカンプンな顔をした。学校で習った話が新興宗教とが気習塾の話だったようで、話がかみ合っていなかった。なるほど、固有名詞と直感的思考では話が違いすぎる。授業でも言葉の意味を生徒に理解できるように話してもらいたいと思うのだが・・・なかなかうまくは通じないのが今の世の中である。

空気が読めないから・・空気を自分流に読んでも、相手には伝わらないのだ、まるで宇宙空間で話をしているようで、地球も宇宙の一部的な感じがしてきた。

宇宙といえば「ガリレオの失明」の話を今日は調べていたが、根拠が見つからない。時を同じくして「ガリレオのDNA鑑定」が行われるらしい。果たして数ヶ月後に「ガリレオは失明していた」という根拠は見出されるのだろうか?

DNAといえば、3300年前のツタンカーメン王の子供のミイラをDNA鑑定するようだ。12歳で子供を作った・・と言う説と生涯子供をもうけなかった・・と言う説のどちらに軍配が上がるのやら、科学の進歩はそんな過去を3300年の未来(現在)においてきたのか・・面白い話である。

と言うことは、未来を予知する事は歴史学にも可能な時代がすぐそこまで来ているのかもしれないと思いながら、今日も眠れぬ夜の思索は続くのかもしれない。

話は飛ぶが、ダムの廃止の次は、堤防も・・と言うわけには行かないか・・・・?

さて、帰るとするか。

9月15日(ほぼ日記)

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 民主党の閣僚人事がほぼ固まってきたようだ。今夜発表されるそうだが、政治評論家や報道機関の評価は「まあまあ」とか「良い人事だ」と好評である。僕にはよくわからないが・・・。

昨日、ボデイケアを施術していただいた。体がぐったりしていて動けない。特に首と左肩が重たいが、マ、こんなものだろう。明日はゆっくりと休みたい。

ジュニアスクールが最近好評である。平日も、ほぼ4時半~6時半は10人くらいの子供たちが元気に遊んでいる。いい雰囲気で元気な子供が育ちそうだ。遊んでいる・・と言う表現を嫌う大人もいるが、あんまり「習い事」みたいな感じでは進めたくはない。しかし、果敢に課題やルートに挑戦する子供も増えてきて、ほとんどビレイしっぱなしと言う状態が続いている。先週は土曜日も子供が多くて10人くらいが夕方まで汗まみれであった。いい感じである。

一方、新型インフルエンザでの学級閉鎖の話も聞く「1週間自宅監禁だったので、こどものストレスがたまっている」と嘆く親もいるが、流行はこれからが本番か?運動会などへも影響が出始めているようだ。

学校といえば、今の教育制度の改革に、科目の変更も考えてはいかがかと、いろいろ考えていた。特に文学、哲学、神学などは重要かと思われる。たとえば、小学校の授業に神学(あるいは宗教学)なる授業があり、世界宗教の話と日本人の宗教感については、しっかりと啓蒙しておいたほうが良いような気もする。

また、歴史は主に政治史が中心になっているので、文化や芸術なども、歴史学的にその変化を考える・・って事も大切な事のような気もした。

いつか書こうかと考えている課題に自衛隊の海外派兵問題がある。もうすこし資料と研究が進んだら、書いてみたいと思うが、書きたい課題がたくさんあった、どうなる事やら・・と言う幹事でもある。

マ、こんな話もロックに来ると普通にお話しますから、文字だででの表現だと、文才がないのでわかりにくいかもしれませんね。直接お話しましょう???僕的には直接話しことのほうが好きです。

昨日も温暖化問題をとうもろこしの生産拡大と平行して考え説明}していたが、根が深い問題が今の私たちの社会にはたくさん存在している。

専門家ではないので、浅く広く見識を広める事は良い事だと思う。

それにしても、体の疲れか?ひどい、血糖値を図りたいのだが、針がない!!物忘れもここまでくると表彰したい・・・と言う感じです。

今日は夕方からジュニアスクールの予定が弊店までぎっじりです。がんばるぞ~!!

9月13日(ほぼ日記)

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書きたい事が山ほどある。

1)少子高齢化社会のこと「日本人が消える日」

2)氷河期「地球物理から見た現在の位置」

3)温暖化とは「文明化の代償と議定書の詭弁」

4)人類の進化と非生物の関係「ウイルス私論」

5)歴史は終わったのか「新しい歴史」

今、考え中の議案を、ざ~っと書き出してもこのくらい頭に浮かぶ。時々、ここに書いておかないと、自分でも何を考えていたのかわからなくなるので、ここにメモしておくことにした。

クライミングとは直接関係ないこと・・と思われがちだが、結構、根の深い問題である。時々「クライミングの技術の件で、もうすこし書いてくれませんか」と聞かれるが、生意気だけど「レッスンを受けてください」と言い切る。この件については深くは書くつもりは無い。

マ、僕の考え方は、あんまり人に好かれないのかもしれないが、僕は腐っていても自分でありたい。

個人的には

6)」星を飾る人「理論天文学への文学的接近」とか

7)銀河を駆ける「地球号という宇宙船」

などの考え方は、まだまだ時間をかけて考えたいと思う。

秋の夜長は、思索に費やして見たいと思うのだが、ぼくと語り明かしたい人は、いつでもお越しください。アット言う間に夜が明けますよ・・・では、おやすみなさい

 

 

無血開城の後

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衆議院選の敗北から自民党は、結党以来使いなれた控え室を、あっさりと明け渡した。当然の事とはいえ、それを無血開城と言うには大げさすぎるような気がする。まるで明治維新の再来のように、自民党は自らを悲劇の英雄になろうとしているのか、民主党の勢いに撃沈したのか、その真意は見えない。

しかし、結党以来の危機である事に変わりはない。総裁選には谷垣氏が名乗り出たようだ。秀吉無き後、大公秀吉の命を受けたかのように関が原にたった石田三成のように、自らが言うように「捨石」にしかなれないかもしれない。

しかし、このまま自民党が衰退したのでは、2大与党時代の幕は開かない。しかし、谷垣氏の持論を国民が支持するとも思えない。自らの理念や考え方を、あえて変えてゆかなければ自民党の変革はなしえない。

世論調査は、支持するか否かを国民に問うが、理念を変えるのか、持論を持ち越して遂行しようとするのかが見えない現状で、世論に問う、報道機関のあり方にも問題があるような気もする。

捨石になるのではなく「自民党をどのように改革すべきか」を明確に示唆する事が総裁選に立候補する人間に必要な事ではないか、と思うのだが、どうも党内は何処を向いて進むべきか、暗中模索、五里霧中、あるいは春秋戦国時代のような気配である。

われわれ国民には「どのように自民党を再生するのか」という期待感がある。それを無視して、単なる帳尻あわせのような形式ばった立候補を、国民は受け入れまい。

まだまだ自民党は大切な事を、55年前に置き忘れているようである。

もし、この時代に藤田東湖のような人物がいたらいったいどのように自民党の崩壊を憂いだのだろうか。「回天詩史」ではないが自らを鼓舞して人心に問い、しかるべき方向性を目指すには、幾度も死の海をわたる覚悟と、死せずして再生する覚悟を持たなくてはなるまい・・のである。

あるいは、白アリに食いつぶされた現状をを自覚して、倒れる事から再生を図れない「陽だまりの樹」である事を、改めて自覚しなくてはならないのか。

東湖は安政2年10月2日(1855年11月11日)に発生した安政の大地震に母を救い自らの命を絶ったのだった。大政奉還、無血開城、あるいは明治維新を見る事もなく・・である。その姿を僕は橋本龍太郎氏にダブらせてしまう。

明治維新以後の新しい政治は、思うように進まなかった。いわゆる政治かも思想家も追い求めたのは理想ではなく、自らの猟官思考に翻弄されていたのである。

自らの利益のためではなく、新しい政治や国家のあり方を憂いでいたものは、そのほとんどが理想のために死んだ。

また、新たな国家理念に引きづり出した王政復古(天皇制)も、そう長くは続かなかった。

もし、吉田松陰が、西郷隆盛が、大久保利通が、木戸孝允などが生きていたら、明治政府のあり方も大きく変わっていたかもしれない・・と思うのである。しかし、歴史に「もし」はありえない。

今、自民党に人物がいるのだろうか?

そして、その人物はどのように自民党を改革してゆくのであろうか?

しかし明治政府が板垣、伊東、岩倉などの手によって着々と猟官体制を確立してゆく様を勝海舟のように、ただ椅子に座り、あきれたように、ただ文官が持ってくる書類に「判を押しているだけだよ」とうそぶいた英傑のような人物こそ、今の自民党に必要な知恵袋ではないのだろうかと、私は考えるのだが、皆さんはどのように考えますか・・・・?

このような人物の出現により自民党の再生を待つには、20年くらい時間が必要なきがする。

かなり辛口かな~

 

 

今日はレデイDay?

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今日はまるで女性の日みたいに、店内に女性があふれていた。自分で言うのもおかしいが、違うジムに来ているようで落ち着かなかった、一番多い時間帯は20人ほど女性がいた。おそらくロック至上最多女性記録かな?

一過性ではなく、続けてもらうとありがたいのだが・・と言う感じです。明日は本当のレデイDayですから、ぜひお越しください。では、おやすみなさい・・つかれた~???

ある選手の引退

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昨日、テニスの杉山愛さんの引退会見を見て感動した。テニスを「始めた頃から、母がコーチでプロになってからも17年間、彼女と母は「選手とコーチ」の関係だったようだ。娘をプロ選手に育て、17歳でプロ転向後はコーチとして常にむすめを(選手)をしった激励して育て上げた17年間の最後のときに「今まではがんばる事を教えていたが、もうがんばらばくでいいんだよ」と優しい母のまなざしがあった。さらに「がんばり続けた愛を抱きしめてあげたい」と・・。杉山選手はその言葉にほっとしたのか、涙を見せた。

4大大会連続62回出場は間違いなく世界記録である。シングルスでも8位1回、ダブルスでは3回も優勝を飾った。日本の誇る優れたアスリートである。

今年の彼女の戦いは正直言って生彩を欠いていた。すなわちスタミナが無いのである。また、頬はこけで、どこかに悲壮感さえ漂っていた。なんとなく「けじめをつけようとしているのかな~」という雰囲気を感じる僕がいた。

テニスも素敵なスポーツだが、人生には別の素敵な事もある。そんな道とともに、これからの人生を歩んでもらいたいと思う。たくさんの感動をありがとう・・杉山愛さん

あれは2年位前のことだったと思う。クライミング関係の協会役員の人と話し機会があったが、開口一番彼は

「最近はクライミングをするために進学する時代になってきたんですけど、どう思いますか」

と聞かれた

「僕もクライミング(といっても登山だが)するために大学を選んだから、別にいいんじゃない」

といったが

「少し、意味合いが違うんですよ。僕たちの時代は勉強して、且つ部活とか言う意味で、クライミングにのめりこんだような気がしたんだけど、今はクライミングをする時間を得るために、大学に行くような、あるいはクライミングで優秀な成果を上げた選手を大学が取る(特待生として)時代になったみたいなんです、知っていますか?」

「別にサッカーた野球などの優秀な選手は、特待生として大学に進学することは慣例になっているんだから、いいんじゃない。僕の大学は山岳部の特待もあったようだし」

「なんか、少し視点が違うような気がします。大学って授業料とか高いじゃないですか、やはり勉強が主であるべきで、一流大学に入ったのに、クライミングする時間を獲得するための進学ですよ、と僕は考えているんですが。それってやはり、違うんじゃないですか」

「確かに、僕も大学在学中に海外遠征に行きたかった。3度の遠征を企画して・・・でも結局、海外遠征は大学を卒業後に延期してしまったが。そこにはいろんな背景があった」

つづけて

有名になりたい?とか、世界的な成果を早く上げたい・・とか言う野心があった。しかし、それをいさめてくれた先生との話の中で、在学中の海外遠征は見送り、研究室と部室と先生の書斎に通うのが日課の大学生活だった」「僕たちの大学は1977年にパキスタンのカラコラム遠征(8000m)に日本人初、世界で2番目の遠征を控えていて、大変な騒ぎであった。8000mを登る代償に現役学生に事故があったら、どういう責任を取るんだ・・という学長の締め付けは相当きつかったように思う。同級生3人と先輩一人が隊員に選考されていたが、退学を覚悟で遠征に参加したものと、卒業してから遠征参加を目指して、止めたものがいた。厳しい選択を強いられていた。

僕も遠征には参加したかったが大学2年までは実力が無く、また、山岳部には入らずに岩登りを行っていた。

「ヒマラヤ登山が国家的な事業であった時代は既に終わっている」と先生は言っていたが、それでもヒマラヤの8000mは「大学教授(そのときは助教授だったが)を辞しても行くべき夢の実現」とも語っていた。さらに「そこにお前たち現役を巻き込む事が教育者として許される事か否かに、私は迷う」とも言っておられた。

チャンスは与えたい。しかし、ヒマラヤ登山の代償も大きい。その頃も今も変わらない確立が存在していた。ヒマラヤ登山の死の確立は1/38である。夢には途方もない代償を支払わなければならない現実がそこにあったのだった。

自分は今でも思うのだが、よく勉強していた。勉強しなければ、ヒマラヤ登山はなしえない現実であった。ヒマラヤの登山史、心理学、高所医学、語学など学ばなければならない事は多義に亘った。

先生は研究しデ、あるいは自宅の書斎で、ほぼ毎日僕たちに講義し、そして勉強と過酷な練習を示唆した。

1日でも、研究室や先生の自宅に行くのをサボると、僕のアパートまで押し寄せてきて、怒鳴りつけられた事もあった。先生は興奮して、僕を殴りつけたこともあったし、研究室では、茶碗や本が飛び交っていた。それほど真剣に先生は僕たちを育てようとしていたのだった。

僕は苦しく、つらく・・毎日から逃避したい気持ちを常に持っていた。

「逃げるのか、ここまで来て。どちらに転んでも試練は一緒だ」と先生の激は跳んだ。

確かに僕たちは、大学に登山を学びに着ていたが、毎日に日課は研修室詣でであった。よく勉強したのかさせられていたのか、今もってわからないが、とにかく先生の情熱はいまさらながらにすごかった・・と思う。

僕は今、ここでクライミングを教えているわけだが、先生の情熱には到底及ばない。しかし、遠からず先生に近づきたい・・とは考えている。

たいしたことではないが卒業するまでに僕は、179単位をし得した。登山に必要と思われる授業はことごとく取得を目指した・・といいうか、単位取得が目的ではなく、結果としてそうなっただけの事であった。

話は戻る

「向井さんも僕も、クライミングをすることに情熱をかけて、大学ではしっかりと勉強していましたよね。でも、今のクライマーは自分の事しか考えていないようにも思えるんですが、いかがですか」

と妙に意味深な質問である。僕は

「もともとクライミングとは個人的なことであって、表彰台の一番高いところを目指すことが全てではなく、名誉や栄光、あるいは歴史に名前を刻むための手段でな無いようにも思う。しかし、それはこの年になったからであって、若い頃は野心があった」「ただ一ついえることは、僕は専制と言う人物と出会い、指導を受け、考える苦しさと楽しさを大学で学んだ。その思いは今日まで変わらない。もし、今の若いクライマーが勉強する事を怠り、クライミングで世界の頂点に立ったとしても、それだけのためのクライミングであったなら、本当に楽しいクライミングだったのかと、少し不安になる。

世界は広い、コンペなどには参加せず。ただ自分のためにコツコツとクライミングの成果を積み上げているクライマーはたくさんいる。

僕は生涯に亘りクライミングを楽しみ、クライミングと言う文化を伝える担い手としてのクライマーを育ててみたいと考えている。

簡単な事ではない。しかし、僕にできる事をコツコツと積み重ねて行きたいものだ、と考える。

最近はスリーとが増えてきた・・といってもクライマーではない。高飛び、幅跳び、短距離、長距離、7種競技などの陸上の元選手やサッカー・フットサル、中にはモントリオールオリンピックを目指している人もいる。

おおむね「体幹部の筋力強化」のような事を目指して、クライミングの運動がその効果を上げるのではないか、と考えてくるのだが、結構はまっている。僕的には、そのほうが楽しいというか、教えがいがある。

小中学生でも、サッカーやバスケット、陸上競技や相撲などの強化につなげたい・・と考えてきている人も居る。僕の目指す方向性が少しづつ出てきているようでもある。

さて、明日はどんなお客さんが来るかな?

楽しみでもある

才能を信じる事

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自分に才能があることを信じて毎日の練習を積み重ねる事は、決して生易しい事ではない。誰もが目指し、あるいは憧れ、夢に描いて現実を知る。

それは富士登山においても同じ事が言える。見ていると美しいが、いざ登って見ると、そこにはさまざまな現実がある。

「こんなに苦しいとは思わなかった」「こんなにたくさんの人が登っているとは思わなかった」「こんなに汚れているとは思わなかった」

一方「こんなに美しい夜明けがあるなんて、素敵だった」「何かをやり遂げた気がした」「一度は家族と登ってみたかった」

などなど、さまざまな思いが心によぎった事だろう。

あるいは、クライミングで世界を目指す事も、ヒマラヤの高峰を目指すのと同じくらい・・あるいはそれ以上に厳しい現実がそこにある。

多くのライバルとともに戦いながら、休み無く練習に培われ、自分を鍛えあげても、その頂点は一瞬であり、永遠ではない。

山に登る事とクライミングの大会で頂点を目指すことは、少し意味合いが違うような気もする。そんな話を、昨日、ほぼ半世紀に亘りアルプスの6級以上のルートを登り続けてこの夏フランス、シャモニーガイド組合からシカドール賞を日本人として始めて受賞し、表彰されたT安さんと話しあった。フランスのシャモニーでは盛大な式典が行われて彼の業績をたたえたのであるが、日本では何にもない。それを彼は憂いでいるわけではない。日本人の山登りにおける思想(あるいは哲学)の無さに、一抹の不安を抱いているようでもあった。

「決して人から評価されようと思ってアルピニズムを追求したわけではない」

「それはあくまで個人的な欲求によってここまでたどり着いたにしか過ぎない」

「Ism(精神)をもってクライミングを行うことは、自分への評価になる」

など、話していると、彼の人柄と人生観が伝わってくる。

最近はそんな人物をなかなか見かけなくなった。彼はある女性クライマーを育てている。僕も彼女を育てたいと思っていたが、途中で彼にバトンをタッチした。彼女は、僕の手が届かないところに行ってしまったからだ。彼女の功績は近年のアルプス登山しには画期的な功績を残しているのだが、T安氏も彼女もその功績を日本では発表してはいない。今年の夏の彼女のアルプスでのクライミングはスイスやフランスのガイドたちも驚くべき成果を挙げている。数年前よりモンブラン、マッターホルン、ドロミテなどの高難易度のルートを次々に落とし「次は、アイガーを目指したい・・」と彼女は言う。

時間をかけてここまで育てて、これからの方向性を考えながら、アルピニズムの精神を教えながら、彼女の育成に励む。

T安氏と僕は「もう、アルピニズムの精神をもったクライマーは育たないのではないか」と考えていたが、30歳まで普通のOLだった彼女にその幻影を見る思いがする。

「なんか変な気がするね、彼女がここまで上達するなんて考えても見なかったが・・・今は彼女に憧れを持ちながら教えているような気がするね」と二人で顔を見合わせて笑った。

彼女に本格的なアルパインクライミングを教え始めたのは、8年前に遡る。はじめは決して才能がるとは思えなかった。しかし、彼女の真剣なまなざしに僕たちは触発され、今日に至った。

自分の才能を信じて、耐えざる練習の繰り返しの中に、彼女の求めるアルピニズムという思考を伴ったクライミングが開花していったのである。

才能を信じる事。それは簡単なようで容易なことではない。むしろ彼女は、ただ自分の欲求の思うが侭、岩に魅せられたのかもしれない・・と、ふと思った。素敵なクライマーである。

政策実現?

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ほぼ日記と同じように、ほぼ内閣総理大臣の座を射止めた、Hさんは猟官運動の現実に直面している。まさに政治は物理的に処理できない。文学のセンスが必要な分野なのかもしれない。

僕は党の運営と政治のあり方に線を引く事が二重権力構造を回避する手段とは考えていない。O氏力を持った政治家であると思う。当然、O氏は官僚とも互角以上に渡り合える人物であると考える、彼の手腕(豪腕)なくしては政策実現は「遠すぎた橋」になりかねない

もっとも重要な事は「政権交代」が最も重要な国民の選択であって、政権公約を支持して民主党に「清き1票」を入れたわけではないと思う。そういう人も居たと思うが、まだまだ反自民であって、親民主とはいえないと思う。

民主党を与党として支持するかは「政権公約」を何が何でも実現すること、ではなく、現実にあった妥協で行うことによってないうる現実だと考えている。

妥協は悪い事ではない。それが民主主義のもっとも重要な原則でもある。

政治は約束を守る事ではなく、国民に豊かな生活を保障する方向に進めることである。明治維新は、政治の空白は20年にも及んだ。

決して急がなければならない事ではなく、まして来年の衆議院選挙に間に合わす事でもない。方向性が合致して、国民が納得したなら、選挙を怖がる事はない。怖がっている姿が猟官運動ととられかねない。

国民は、なんとなく民主党を支持しているのだ。自民党が長老主義から脱却して、復活することは正しい方向であり、それを恐れて妥協するのではなく、国民の声を良く効いて独裁せずに進んでほしいと思う。社民などとの連立も火種ではあるが、火種の無いところに平和は存在しない。

文明の始まりは「火と石」を道具として使った事から始まったと、中学か高校の歴史の教科書に載っていた。火種は文明の象徴であり石を道具としたのは科学の夜明けでもあったのだ。

旧約聖書の神の啓示は「火が石に刻んだ言葉」に始まった。

 

猟官運動?

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なんとも得たいの知れない言葉が巷に流れている。一体どんな運動をさして「猟官運動」というのだろうか・・といろいろ調べて見ると、さして自分の考え方と違わない行動であることがわかり、日本では恒にそういうことが江戸時代から延々と行なわれ、明治維新にも引き継がれ、今日に至っていることが解かってきて面白かった。

このようなことは、江戸時代前からも行なわれているのだろうと想像しているが、そんなに短期間に日本の猟官運動のすべてを調べるには時間がかかりすぎるので、ひとまず、今日のところはここまでにしようと、心に決めたのだが、調べ始めると止まらないのが、ボクの悪いところである。納得するところまでたどりつかないと、やめられないのである。

しかし、一方で猟官運動を調べている途中に「島原の乱」の裏面史とも遭遇してしまい、猟官運動どころではなくなってしまい、まるで大学時代の研究のようにのめりこんでしまって、自分でも困り果てている・・という現状である。

幾ら調べても、又、考え方を纏め上げても、誰からも評価されないし、なにも反論がないままだと、帰って欲求不満が残ってしまうものである。

ま、この言葉は民主党の官僚天下り主義を揶揄、または批判した言葉として使われているようだが「猟官運動」も歴史は古く、日本の官僚体制の本質を付いている原理なのかもしれないと、むしろ感心してしまうのである。

それは、中国の歴史などを勉強していた頃の賄賂と癒着にもよく似ていて面白い。

面白いなどと言っていられない現状があるのかもしれないが、民主党によると、儲かる地位に付きたいとか思う官僚の天下り先などの法人から支払われる人件費は税金の年間12兆円にも及ぶようだ??。

何が正しいデータなのかは解からないが、きっと根拠があるからこのような数字が浮かび上がってきているのだろうと想像する。

この「猟官思想」についてはかなり時間をかけて調べなければいけない現実の課題なのかもしれないので、この場で、踏み込んだ言動には、至れないので、しばらく時間をいただきたい。

「見返り」を要求しない・・なんて話はもともと存在しない「どんな見返りがあるのかで政治はいつも、ころころ変わる」「政治とはそんなものだ」・・とは勝海舟の言葉であったか?

すなわち、明治維新は大政奉還を経ても、憲法の制定、天皇君主制、議員内閣制などさまざまな問題を抱えながらも20年近くの紆余曲折、すなわち「猟官運動」がその背景にあったのではないか。政治の空白はこんなに長かったようにも思われる。

結局、明治政府はその方針の骨格を殖産興業と富国強兵政策へと導くのだが、その遺産の成否は、相変わらず、ボクにとっては「藪の中」である。

思想家として吉田松陰の考え方も、福沢諭吉の論理にしても・・ボクにはまだまだ理解したという域には達していない。

ボクは政治史とか法制史については勉強不測である。

あらためて「近代日本思想史なる本を書棚から探してみたのだが、見つからない。大学時代に読んだはずだが、捨ててしまったのかもしれない。

日本の政治も大きく変わろうとしているのか、帰られない現実に「直面しているのか、民主党の手腕を僕達国民は、見守るしかないのだ。

下駄を預けたのだから、考えながら静観したい、と思う。

今日の日記はまとまらない。読みにくい雑談になってしまったようであるが、日記であるので、自分のまとまらない現実も残しておこうと思うのである。

 

 

フエデラーの名言?

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今日は午前中、フエデラーの試合(全米オープンテニス)を見ていた。

そんな彼に「あなたはどんなタイプのアスリートですか」という質問をしたら「アスリートには二つのタイプがある。一つは勝つのが好きなタイプでもう一つは負けるのが嫌いなタイプだ。僕は前者に当たる」といったという・・・?

勝つのが好きなタイプと負けるのが嫌いなタイプは同じ事ではないか?と言うと、彼曰く「そうではない」らしい。

勝つのが好きなタイプは、毎朝、朝食がを取っ手から、数時間も同じ事(練習)を繰り返し「その練習を飽きる事はない」のだそうだ。毎日、食事を取るのを飽きてしまう事がないように、練習とは「飽きてはいけないものだ」という。どこかで誰かが言っていた言葉とダブるような気がした。

負けるのが嫌いなタイプは、試合に向けてのさまざまな戦術や戦略をたて、その攻略法を常に基本練習に組み入れるタイプらしいが、戦術やなどが当たらないと集中力を切らしてしまい。勝ち方を忘れてしまうようだ。

確かに今日のフエデラーの対戦相手は、打倒フエデラーに向けての秘策を練習し、研究し尽くして、戦ったが・・まったく歯が立たなかった。集中力を切らしてしまって、ラケットを投げ捨て注意を受けていた。

そのような場当たり的な練習?は「打倒、だれだれ」には通用する場合もあるが、試合はいろんな選手との対戦の積み重ねであり、その選手と当たらなければ無意味な練習になってしまうようだ。

誰と当たっても、どんな戦術で臨まれても、対応できる技術こそが本当の技術だと、フエデラーは言いたかったのだろうか?

また、最近子供ができて「アスリートである事と、父親である事のバランスも大事だ」と言う。ますますフエデラーは素敵な選手に育ってきている。

クライミングおいても同じような事はいえるのかもしれない。

何が基本なのかと言うと、さまざまな意見や考え方があり、これだ・といえるものは、なかなか見付けにくいのが本当のところかもしれない。しかし、それは考え方や理解の仕方が、人間一人ひとり違うからナのではないかと思うようになってきた。

こんな事に気が付くの「遅すぎじゃない」といわれればそれまでだが、このような思考は「歴史は繰り返す」という考え方と同じように、終わりはない。たぶん「歴史の終わり(The end of histry and last man standing)」を書いたフランシス・フクヤマ氏もそう考えているのかもしれない。

初心者体験コースを受講する皆さんが一番気になる点(興味を持っていることは)ここのところの話と体感なのかもしれないと、最近、思うようになってきた。

「クライミングをしてみたい」と思った理由は常に聞くのだが、最近だと

1)なんとなく面白そう(あるいは楽しそう)

2)やせるかな~(女性に多い)

3)体幹部の強化(あるいはインナーマッスルの強化)

4)脳や身体のバランス

5)子供が登りたがる

などが理由の上位に来る。

なんとなく、みんな当たっているような気がする。意外と少ないのが、

1)クライマーになりたい

と、考えている人は少ないのである。これはロッククラフト小山店のみに当てはまる傾向なのかもしれないが、ほかでクライミングを教えた事がないので、わからない。

最近の説明のしかた

で、体験コースでは、さまざまな世界的傾向と言うか、僕の持論を交えながら、

1)1万年以上も前に、なぜ人は石を掴んだのか

2)その行為は、どのような文化を生んだのか

3)それは人間生活に何をもたらしたのか・・

と言うところから始まり、自分にはどのような効果がもたらされたのか・・・と言う話と具体例に入る。

さて、体験である。

まず、クライミングは自由である。自分が行きたいと思うところまで、落ちなければ勝ち・・と、まずは、横移動から、自分の感覚でやらせてみる。

次に、運動や思考の方向性が見えてきたら「なぜ、そうするのか」と聞きながら、その行動や思考の思い込みを削除してゆく。あるいは意識改革を促す

1)石は敵では無いので、リンゴを掴むくらいがちょうどいい・・とか

2)体重を支えるのは、指や腕ではなく、足である事を示唆する

そこで、大切な事(基本その1)となるのであるが

1)壁につかまるのは足である事

2)指とか腕はバランスをつかさどる事

3)壁の移動には、重心(体幹部の位置)をどのように使うのか?を、生意気だけど「力学」を中心にお話します

 そして、

1)サイドステップは足を交差しないのが原則であるとか、

2)腕を伸ばして、背筋にぶら下がるような感じが大切・・振り子の理論

3)腕を伸ばしたと同時に、膝を曲げる(あるいは曲がるが)それは、お尻の筋肉を伸ばす感覚

・・・であるとか、薀蓄を論理的に説明する。

さらに、

1)クライミングは自由だから、指定された石を掴む事より「どの石がつかめるかな」という想像力が大切と説く

2)さて、簡単なボルダー(ロープを使わない課題)を楽しんで、達成感を味わい

3)ロープを使って6mの高さに挑戦する・・・

という感じで進む。2時間の内、体験者の耐力や思考目的に合わせて、微妙にブログラムは変更する。おおむねレッスン内容が終わると、後は自由に登ってもらう。

体験と言うより、クライミング概論みたいな感じで進んでゆく。以前は僕の話を煙たがる人もいたが、最近は、そんな話を楽しみに来る人が多くなったようにも思う。

子供たちには、木登り感覚で、危険や冒険を楽しむ感じで進めている。

なんとなく、わかったかな?

 

2000本と言う言葉に

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大リーグ9年で2000本安打を打ったのは、イチローである。過ごし選手だ「小さな事の積み重ねが結果を生む」とうは彼の言葉か? 

今年は潰瘍で出遅れたが、何時に無くリラックスしているようでもある。脹脛に違和感を覚えて、8試合」休養・・これも、なかなか出来ない離れ業である。普通は記録を前にして休めないものだ。

しかし、僕はかなり以前に「もう2000本くらい登ったんだけど」と言う言葉聞いたような気がして、思い起こしていた。

それは1992年2月(あるいは1994年だったかも)頃のことである。彼はまだ22歳くらいだったと思うが、1989年、19歳で初めて参加した世界選手権でいきなり2位にはいった青年であった。その頃から、押しも押されぬ、クライミング界のスーパースターとして、世界の尊敬を集めていたと思う。

当然僕も初恋の人?見たいにあこがれていた(12歳も年下なのに)

時々訪れた山梨のドラゴンウオールで偶然に彼と数年ぶりに?であった。といってもこっちが勝手にそう思っているだけだが・・・。彼と会うというより友人のH本さんと話をしたくて尋ねていた、といったほうが良いのだが、2階の部屋に上がると黒山の人だかりで、足の踏み場もない。「こんなにクライミングの愛好者がここにはいるんだ」と驚いていると「おじさん、久しぶり・・」と元気が声が聞こえてきた。なな・・なんと、憧れの人がそこにいるではないか。僕は興奮して少し顔が赤くなっていたかもしれないが、あえて冷静を装い「Hくん、久しぶりだね、元気そうで」とクールにこたえたような気がする。

僕のことなど忘れていると思ったら「忘れるわけ無いじゃないですか」といわれて、よりいっそう興奮してしまった記憶がある。なんとも不思議な事だ。

H本さんは、にこやかに笑っていた「忘れるわけ無いよ・・」と言いたげに・・。そんな話は予断だが、その後、H君とH本さんと、練習の合間にいろんな話をしたのだが「最近日本には5.12クライマーがたくさんいますね、僕は驚いてしまう。みんなうまくなっているんですね」続けて「僕は2000本くらい5.12のルートをオンサイトしたけれど、いまだに5.12クライマーになったという確信はない、でも、5.13のルートも200本くらいオンサイトしているし、そろそろ12クライマーといってもいいのかな~」といたって謙虚な相談であった。僕とH本氏は目を合わせて、驚きを笑いに変えて「そのくらい登っていたら、十分5.12クライマーと自ら言っても、過言ではないと思うのだが、自分ではなっとくしていないようであった。2000本も5.12をオンサイトしていて・・である。スーパースターは何処まで行っても謙虚というか驚いてしまった事を思い出したのである。

そういえば、小山田大氏もいよいよ自分のジムを開業するようだ。きっと素敵なジムが出来るのだろう。

1日2000回素振りをする。という剣道の先生がいる。朝晩1000回ずつ素振りをすることが剣道の基本らしい。おおむね5段とかになるとこんな普通の練習はしなくなるものだ。しかし、小さいことの積み重ねが結果を生む、と言う考え方は、どんなスポーツでも一緒らしい。

政治は権力闘争である

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もう一人のいちろーさんを、僕はすごい人だと思う。20年前「大きな政変は国民が経済に貧窮したときのきる」と明言していた・・と言う。まさに今ここにある日本人の危機感はここにあるし、2010年に「政変は起きる」と8年位前の著書にも明言していた・・様な気もする。僕の尊敬していた政治家が「あいつがすごい人だ」といっていた事も、いまさらながらに理解できる。小沢さんの元秘書さんともお話した事があったが、僕の小沢さんに抱くイメージを話しても、彼は小沢さんのことを肯定も否定もしなかった(真実はいえない)

けん制球を投げるのは、豪腕投手だからできるのである。効き目も、豪腕ゆえにあるのだ。

もし、ここに政策通の橋本元総理がいたら、2大与党が確立する方向で進んでいたかもしれない。しかし、彼は今はいない・・・。小沢さん以外は勝手に小粒になった感じがするが、若い政治家がのし上がるチャンスでもある。国民を天守閣から見下ろす政治権力は、民主主義には必要としない概念なのかもしれない。

ただ、官僚政治は明治維新から脈々と引き継がれた日本独特の体制でもある。自民党の独裁政治が歴史的に終焉したとしても、これまで壊してしまってよいのかと、僕は少し慎重に考えたい。

急ぐ事はない、日本の歴史は終わったのではなく、新たな歴史が始まるのである。帝国主義に戻るのではなく、全体主義でもなく、独裁体制でもなく、民主主義の新たな概念の確立に向けての始まりが「今、ここにある現実」である。そう考えると、政治は政治家に、経済は専門家に、国際関係はその道の専門家に・・・国民が丸投げして、自分の意思や国民の民意を政治や官僚に伝える事を怠れば、新たな一党独裁政治が始まる。それは与党が変わっただけで、何も変わらない事に、代わりはない。

それは、小沢氏が望んでいる事とは違う、と僕は考える。僕はこんなに政治の事を考えた事はない。むしろ政治は政治家の世界であって、僕たちの世界とは違う世界だと思っていた。

僕は2500年前のアテネ人と同じように、自分の夢や商売の事しか考えていないようにも思えてきた。今の僕は「ソクラテスの悩み」も少しは理解できそうな気配を感じる。

今改めて小沢氏の言葉を読み返す「政治は権力闘争である」

しかし、政治は覇権を取って終わりではない。そこから始まる事が政治的手腕である。小沢氏の手腕は豪腕であるなら、民意を生かす豪腕を発揮して、僕たちを感動させてほしいと思う。

 

 

 

 

ほぼ日記(9月5日)

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おとといの忙しさに、昨日は暇だろうともくろんでいたジュニアスクールに3人の入校者があった。おかげで、3人欠席なのに9人になってしまって、てんやわんやであった。6年生と1年生の女児、3年生の男児であるが、これがまた元気がいい「僕は猿に生まれてきたから、岩登りは得意なんだよ」と言う、さらに「今日は休み時間に雲梯しすぎて・・」と手のひらに大きな豆が2個あった。このくらいでは負けないよ~。とスクール時間を30分延長してがんばっていた。3人ともロープクライミングに挑戦して。2人は登った。喜びの声が、ジム内をこだました。ほかの生徒ともすぐに打ち解けていい感じである。猿は猿を呼ぶ・・って感じかな?

最近、練習に熱が入っていなかった。天才カケ君5年生も、いろんなルートの挑戦した。最近はサッカーで忙しいせいもあるが、技術系ボルダーとバランス、スタミナ中心練習であったが「まだまだ、ルートも登れるんだ」と満足した様子であった。ルートは少しでも練習を怠ると登れなくなる事を彼は既に学習していたのである。しかし、毎日のサッカー練習と週2回のクライミングの基本練習が意外とカケ君を向上させていたのである。

今日、また、古橋広之進さんのドキュメントを見ていた。「魚になるまで泳ぐ」と言うことは1日2~3万メーターを7~8時間かけて泳いでいたのだという。「細かい技術とか科学的データーなど関係ない。毎日の積み重ね、基本は泳ぐ事」と、持論は50年以上も変わらなかった・・という。

学ぶべき言葉だ。

日記と言うより、コラムっぽいね!

 

ロック先生のブログに読者の来年は時々アル現実である。結構面白い話が時々飛び出す。一番面白かったのは「向井さん、ロック先生ってすごいですね。誰ですか?」と聞かれて「僕の先生ですよ」と答えると「やっぱりね、向井さんはいい先生の教えを食えれて幸せだね」って言われた事がありました。

これに近い話は、僕のなが~い知人からも質問された事があった。彼とはずいぶんなが~い事付き合っているが(20年位かな)仕事以外の話はした事がなかったので僕は「なかなか面白い事を考える人がいるでしょう・・僕はロック先生のフアンでもあるんです」と言うと「意外だね、向井さんがそんな話に興味があるなんて」と帰ってきた事もアル。

肯定もしないが否定もしない。文章を書く自分と、ここに居る自分はある意味では別人なのかもしれない・・と自分でも思うことがアル。

豪腕って言う言葉は、政治の世界では、否定的な言葉のようだ。もともと野球のすごい投手の事を指すのに、マスコミも同じく否定的な場合にのみ「豪腕を発揮する」という

この豪腕は先ほども書いたが、特定の人物を指す。本来の意味に戻して、みんなで尊敬の念を持って彼を見守る・・って事は政治とマスコミ(特に報道機関)にも必要な理性のように考えるのだが、いかがなものだろうか?

そんなマスコミのバラエティ系の報道番組(と僕は思っている)にも小さな変化が伺われる。「彼の手腕を正当に見守る理性も必要かもしれない・・」という発言を人気キャスターが言ったのだ・・(そのように聞こえたのは、僕の耳の錯覚なんだろうか?)

少しは報道番組も新聞も\記者も、欧米の評価を気にした発言ではなく、自分たちの主張をするべきときが来たようにも思う。以前「報道の死」と題して、筑紫氏の死を悼んだコラムを書いた事があるが、報道の理性も大切な事であるように思う。

しかし、理性だけでは人間社会は成り立たない。人間の心の奥に潜むもの・・・それがニーチエなら狂気の肯定とも取れる行動へと進ませたのか?

思想の深淵は深すぎて、遠すぎる。

そんな話を読者と話す。「オモシロイ」といってくれるとうれしくなるロック先生がいる。しかし、一方でさめている自分もいる。今の僕は、空腹な「狼」のように、何かの獲物を捕らえようと「赤頭巾ちゃん」に成りすましているようでもアル。僕は羊の肉は大好きなのである(これは本当の話)

さまざまな憶測、思惑がうごめいている。自分だけは損はしたくない・・と言いたげに、なりふり構わず、もう一人のいちろうさんに、けん制球を投げる。しかし、豪腕はいちろうさんである。1塁走者は、けん制球に刺されぬよう、ちょこまかと動いて、揺さぶる以外に打つ手は無いのだ

さて、今日はこの辺で帰るとするか・・

 

シーズン当初8試合もストレス性潰瘍で休んでおきながら、復帰後いつも以上のハイペースで安打を重ねるイチローがいた。相変わらずすごいと思っていたら、ふくらはぎに違和感があるからとあっさり8試合も休んでしまった。「故障したら休むって、なかなかできないよね」って話を昨夜、もと球児と話していて「イチローが一流なのは、無理しない」と言うことかな?・・・と言う話で閉店後盛り上がっていた。

復帰したら、さすがに無安打かと思いきや、毎試合安打を放つ「内野安打はリスクがある」と自らいい、いつもと違う感じのイチローがそこに居る。まるで変幻自在のバッターだ。

もう一人、政界にもイチローがいる。民主党の小沢一郎氏であるが、彼もすごい。僕よりも若い頃から、豪腕、影の??とか言われ、田中角栄氏の懐刀だったといわれる。竹下派に変わるときや、橋本はへ引き継ぐときもいろいろな噂をマスコミはまことしやかに語るが、作り話が多かったようでもある。

小沢氏は、僕たちが思うほど、強権を発したり猛獣ではない。そういう例えが似合う人なのかもしれない。橋本龍太郎さんや宮沢喜一さんなんかも、すごい人物だ・・といっておられたようである。相当な確執をとり立たされた橋本さんが、小沢さんをある意味で尊敬していたのである。宮沢さんも、自民党総裁選挙に立候補したとき「小沢さんの事務所に越させた」と言うのはマスコミの作り話だ、と断言していた。

なぜかマスコミは野球のいちろーには好意的デ、政界のいちろーには、エピソードを創作するのだろうか?

そのほうが庶民的なのか?視聴率をあけられるのか?

マスコミの理性を発揮することも、今回の選挙後には必要な事かもしれない。鳩山民主党での初会見で、記者の質問がすくなかった事(北海道新聞とサンケイクライだったかな)。質問の内容が未確定ナ事ばかりを批判的にたずねているようで、腹立たしかったのを覚えている。どこかのテレビで、新聞の解説委員が「もうすこし、良い質問をしないといけないな~」と自らを自己反省していた。

自己反省か?・・・大切な事だ。国にお任せとか、マスコミ任せ、流行で投票?そんな国民にささえられる国家は無いと思う。

ま、国民の国家意識も薄らいでいるのが無党派層の実態なのかもしれない。

いずれにしても、これだけ世間を驚かせるいちろーは、どちらもすごい、歴史に残る人物だと痛感している。

ほぼ日記(9月4日)

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子供たちの元気

昨日のジュニアスクール時間は、騒がしすぎるくらい子供たち(13名)が押し寄せてきた。9月は運動会シーズンで生徒数が減るのだが・・昨日はなぜか全員集合みたいな感じで幼稚園生から小学6年まで入り乱れて、競い合っての練習となった。中でも小学5年生のKちゃんは、5.10Cの最後の課題を2ヶ月かかってやっとレッドポイントした。少なくても1ヶ月前には、何時でできても良いくらいのところに来ていたのだが、いつもの事でそこからの足踏みが長い。しかし、ここ20日間くらい練習に来て理無かったので、スタミナが無かったが、練習の最後にトライしたら、あっさりできてしまった。みんなで大喜びした。

最近はじめた、3回目のMチャンは4年生である。消極的で、恥ずかしがりやなところが魅力だ。「6mの一番簡単な壁を半年後にはクリアーしたいね」って感じだったが、昨日、昇ってしまった。少し太り気味でしかも、運動音痴?も取得?と自己分析していたが、思わぬ成果に気合が入ったのか、いつもの3倍くらいがんばっていた。「今日は肝と良かった」という。お母さんも一緒にクライミングを楽しんでいるが「娘がこんなにがんばる姿は・・感動した」と少し涙目であった。

感動は更なる感動を生んだ。M谷君は3年生。春から通っているが、練習は1番しない。言われた事はしない・・が取得であった?しかし、今日は自分から「先生、登ります」と初めて僕に挑戦してきた。

「よ~し、ここを5回登ろう」というと「え~1回でいいでしょう」といいながら、汗をかき5回をやり遂げた「できるじゃ~ん、すごいね」というと「疲れて楽しく無かったよ」とかわいくない発言であるが、顔はすっきり楽しかったといっていた。そして、いつもは用具をおきっぱなしで帰るのに「かたずけなくっちゃ~」と後片付けをした。それには驚いた。最後の挨拶は照れてできなかったが、確実に成長している。

さらにに驚いたのは、5歳のA君。昨日がこの1年で3回目のクライミングであったが、6mの壁を3回くらい登りきってしまった。まだ身長が100センチと少し小さいが、この身長で登ったのは最速かも知れない。

さらに。R生君は4年生である。昨年の11月頃から月に3回程度のスクール参加である。彼は「想像する事がクライミングには大切なんだ」といってはばからない。4年生ながら、みんなのけん引役になっている。雰囲気つくりがうまいし。40回以上もロープクライミングをこなすが、昨日は新しいルートに挑戦して2本とも上りきった。その喜びの答え意がすごい「先生の言う事を聞いて、一生懸命練習したから、できたんだ」とまるで模範解答を自然に言う。さらに「達成したときは、すごく気持ちいいね」

S君は6年生。5月くらいからスクールに参加しているが、2~3年やっている後輩たちにはとてもかなわない。しかし、ほぼ毎週1回は参加している。1日40回ロープで登る事をノルマにしていて、高度な技術よりスタミナつくりがメインだが、そろそろ欲が出てきたのか「ロープをかける練習もしたい」とリードクライミングに挑戦する事を決意した。少し、怖がりな自分への挑戦なのだろう。後輩たちに触発されて、前向きになり始めた。新しい靴も買って、前向きだ・・・。

T平クン(小3)は、幼稚園の年少くらいからクライミングをしている。この年齢ではロッククラフトで最強なのだが、5.10Cがなかなかリードで登れない。リーチの問題もあるので、僕は、あんまり課題攻略は練習にしていないのだ。楽しく登る事が大事と考えている。しかし、5年生の女子が登ったのを見て「僕も挑戦する」と意気込んだが、1テンションで登った。偶然、おばあちゃんが迎えに来ていたが、その声援がすごくて「ばあちゃんうるさいよ」とすこしむくれていた。

そんなジュニアスクールの2時間(4時半~6時半)であった。

スクールが終わった後、Aさん(男性大人)が「荒らしが去った後みたいですね。いや~うるさかった」と回想したが、僕もビレイで汗だくであった。

できない約束

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「さあ!がんばって康介もオリンピックを目指すか!」とは中学生のときの北島康介に平井コーチが行った言葉である。さらに「世界新記録を出してさ」とも付け加えたとか・・・。言われた本人は「え、俺が???馬鹿じゃない」と言うよに思ったそうである。中学生の頃の康介には、そんな自信は無かったがそんな夢は描いていたようである。

それから2年後、康介は急激に記録を伸ばした。平井コーチには確信があったようである。無名時代からじっと彼の練習姿勢と方向性に確信を抱いていたという。さらに平井氏の持論を活かせる、要素を持ち優れた素材であったことを、既に見抜いていたのであろう。そんな眼力は、なかなか普通ではありえない事である。素材を見抜く力と、自分の素質を研ぎ澄まし、練習を重ねる姿勢が積み重なってなしえた偉業であると、僕は考える。

しかし、コーチの資質が選手の育成にどの程度貢献しているのかはなんともいえない。いいやむしろ選手の努力に勝る才能はないと、僕は考える。コーチの直感とアドバイスは1%にも満たないと思う。

選手の側がどのように考えているのかは、コーチにとっては未知数である。ただ、ひたすら、繰り返す事、あきらめない事、継続する事を伝える。

選手が前向きに取り組んでいるのか否かは、直感でわかる。そんなとこは距離を置く。あるいは突き放してみる。それは決行つらい事でもあるが、コーチに依存しすぎても良くないのである。コーチは技術的支柱であり、苦境における精神的な支柱である。

支柱とは柱の一つに過ぎないが主柱ではない。本柱は本人心と体の中にある。

才能のある子供はたくさんいた。そして今もたくさん居る。

主に、才能のある子供には何もアドバイスはしない。素直にすくすく登ればよいと思う。しかし、単に勝ちたいとか、難易度ばかりを追いかける子供には、力を抜くように仕掛ける。のぼり調子のときは良いのだが、壁は必ず立ちはだかる。その壁は常に自分の努力と不断の練習で超えてゆかなければならないのだが、悪い壁を無駄な努力で越えようとすると、故障を招く。故障は必ず傍らに控えている魔物でもアル。

しかし、魔物の居ない構造はないし、魔物を超えなければ向上もない。しかし、故障を抱えながら若くして壁を越えるのは、更なる試練と戦う羽目になる。

いつも繰り返すが、17歳までは故障をしない体つくりがクライミングの主な指導である。しっかりした体と心の適切な成長を促し、クライマーとしてではなく、むしろ身体の健全なバランスの育成を目指している。生徒にある持続可能性を見極める・・といったほうが適切かもしれない。

可能性のない夢よりも、可能性のある夢をおくことのほうが、人生は豊かであり、振り返って見ると楽しいかもしれないのだ。

いずれにしても、かも知れに・・に尽きるが。

可能背のあるある方向に導く練習をほどこしたいと考えている。

すなわち、できない約束はしない。できそうだから「世界を目指してみないか」と子供達の耳元でささやくのだ。

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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