2009年7月アーカイブ

近年、子供たちの能力向上は著しい。小学5年生あたりで5.12をレッドポイントしたという例も特別な話ではなくなっている。中学生になると男子では5.13a~bあたりをレッドポイントした事例はロッククラフトでもある。当然、得意系であることが登れる背景でもあるし、子供であるからできるムーブである事も否定はできない。

しかし、ルートを読む力やムーブを多角的に変換する洞察力や思考力もかなり高いレベルに達している。

一方でボルダーの能力も飛躍的に高度化している。とくにジャンプアップしてハンドホールドを取りに行く能力は非常に高い。

しかし、握力で言えば、クラッシュ力やピンチ力の高さに比べて、ハングバランスやパーム力は劣る傾向にあるように思う。

オンサイト能力の評価よりフラッシュやレッドポイント能力を高める練習のほうに特化されているのか、図らずも、そうなってしまっているのか・・は解らない・

また、ヒールフックの多様化も目立つ、しかし、得意方向があって不得意方向にはまったく機能していない場合も多く見受けられる。

技術的にはボルダーの能力は著しく高い。しかし、レッドポイントを規準とした練習であり、スタミナを必要とせず、回復力でねじ込む感じにも見受けたれる。

JOCの予選ルートをある程度想定した練習を今週から行っている。毎年の事だが、2週間ほどはそんな練習も取り入れている。

今回のJOC予選ルートは男子が5.12c~d 女子は5.11d~5.12aを想定している。いつもの事だが子供たちの技術には特定のほう方向性があるので、順位付けには、全体が不得意なホールド配列をしてしまうと団子状態になってしまう。

ある程度当たる場合があるので、この2週間は子供たちができないムーブ動作の練習はしない。

言い換えれば、勝つための戦術練習である。自分としては好きではないのだが、勝つことも大会では重要な要素であるからやむおええない。

このような練習を、どのように選手に意識させるのかが、むしろ教える側の技術を駆使する部分でもある。

いろんな話をしながら、選手が理解しそうなセンテンスを見付け、その言葉をキイワードにして理解力を高める・・というか。選手に、理解した、と錯覚させるのである。

ま、不安の駆除とでも言える心理的効果であるが、選手が自信をもてればそれで良いのである。

いま選手自身が持っている最大限の力を発揮すれば、驚きではなく、普通に到達する可能性を引き出す知恵を授けるといったほうが良いかもしれない。

JOCには男女合わせて250人の選手が参加する。カテゴリーをJR.ユースA、ユースBに限定してもこの遼の選手が参加するのである。大会運営をつかさどる側は相当な労力と犠牲をはらうのである。

選手たちには参加させてもらった・・と言う感謝の気持ちを忘れずに伝えたいものである。

また、自分の弱点を正確につかむ事も選手にもコーチにとっても重要な課題である。単に結果を残したという満足感よりも、課題を見付けられた喜びに重点を置くことも大切な事である。

そんなこんなデ、JOCジュニアオリンピックまで、あと2週間、しっかりと怪我無く練習を積み重ねてほしいと思う。

 

昨夜は家族で「うた魂(うたたま)」と言う映画を見た。家族そろって映画を見るなんて何年ぶりだろうとおもった。舞台は北海道函館・・の航行コーラス部の物語でかすみという自己顕示欲が強く、うぬぼれと自己陶酔型の女の子が、成人の自立を毛座して苦悩する・・という物語であった。

僕にとっては主人公のかすみと言う名前が、昔好きだった女の子の名前であった事、舞台が北海道で懐かしい方言がたくさん台詞にあった事などに興味を引かれたが。子供たちは生徒会長の男子が長男の同級生石黒秀雄であったともあり親近感があったようで、なんとなく見ていたが、なかなか内容のある映画であった。

娘は合唱コンクールで青い鳥を歌ったようで、一緒に歌っていたし、ゴリ演じる落ちこぼれ集団をコーラスに導いた尾崎豊「15の春?」などの歌もなかなか友好的に使われていた。

成長期の子供たちの心理と紆余曲折を経ながら成長する子供のこことを、ユーモラスに、しかもコーラスというモチーフを基調に描いた優れた作品であった。

昨年は「男たちの大和」「恋空」を娘と見たが、前作品は負けて目覚めるという長島一茂演じる臼淵紺磐の言葉が胸に刺さった。僕の父が乗れなかった大和で戦死した男たちのドラマに改めて感懐が深かった。

恋空は、情けない話だが、最後は涙が止まらなくなった。ある意味では「ある愛の詩」に重いがダブっていたのかもしれない。

「うた魂」は田中誠と言う監督の作品であるが、注目にあたいする映画監督である。作品の元タイトルはコーラス部員の口の開き方が鮭に似ている事から「サーモン合奏団?のようなタイトルであったと思うが・・・コーラスで歌われる歌も、待ちぼうけ、川、私の青空、どなどな、僕が僕であるために・・など、どの歌もいい感じでドラマの進行を盛り上げていた。

鑑賞することをお勧めしたい。

今帰った

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今日はJOCならびにワールドユースへの対応をかねてミストラルでの練習であったが、いろんなことがわかって選手たちも楽しかったか、希望が湧いたか、それとも・・である。

おおむね課題が見つかって、将来への足がかりになったのではないかと思う。

最近、クライミング界隈では、10月に開催される日本選手権の会場の話が深く潜行している。話したい気分もあるが、ま、JFAが正式に決まってからといっているので、錯綜する情報を聞いていると面白い。

すばらしいルートジムができると良いのだが、期待して待つ事にする。クライミングジムの設置に大手の企業が乗り出してくるなんて、なかなかすごい事である。

さて、買い物でもして帰るとするか・・・。

楽しい合宿であった

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昨夜のBBQ,花火大会とおおいに盛り上がり、X万円相当の花火が夜空の星くずとなった。今回はお母さん方が手伝ってくれたので洗い物や片付けもラクだったが、夜中の子供たちは「釜を持って白いマントを着た女のお化けが2日の窓からはいってきたよ~」とか夜中に鼻血騒動など・・があり僕はほとんど眠れなかった。

美しい虹も見られたし、打ち上げ花火もじゃんじやん打ち上げたし。思い残す事がないほど密度の濃い、楽しい合宿であった。昨夜はみんなおうちに帰ってから、爆睡している事だろうと思った。自分は娘の部活の買出しに陣屋まで付き合わされて・・しかも世界水泳を見ながら寝たので、寝た気がしない。

しかし、これからJOCや世界ユースに向けての強化練習も入っている。体系での成果は時の運としても、悔いなく今できる事はしてあげたい。

いつもの事だが、ロッククラフトは、まじかの大会に向けての対策練習はしない。3年後あるいは5年後の選手一人ひとりの向上を考えて今練習を積み重ねる。結果より練習過程を大切にする事を重んじる。

しかし、どの選手も5・12以上のレベルにあがっている事の驚きを感じる。それは全国的なことなのだろうが、1970年代の半ばに「いつか5.10を登ってみたい」と考えていた僕たちの時代はいったいなんだったのだろうかと、ふと考える事がある。1年間に120日以上も岩を登り、それでもあんなに遠かった5.9は今では、初心者でも登ってしまう・・・。この現実には耐えられない。

その実力でも、1977年?に行われた第1回東海学生岩登り競技会では優勝したんだけどな~

フランスグレードでは5+までは、走ってのぼっていたな~

当然の事だが、クライミングシューズは高くて変えなかった(28000円くらいしていた)、そういえば、11ミリ45mのロープも48000円位していた。クライミング用具は高かったな~と言う印象が根強く残っている。

フリーと言うより、9ミリ45mのロープを2本使って登り練習ばかりしていたようにも思う。練習のほとんどはマルチピッチで200m以内なら短いルートであった。

当然目標は500以上のビックウオールである。

ボルダーのような課題はテストストーンといっていた。

30m~50mワンピッチのルート練習はほとんどしなかった。

そんな時代も楽しかったな~

 

 

民主党のマニフエストが発表された。http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/pdf/manifesto_2009.pdf

マニフエストって意味が解りにくいが、政権公約、選挙公約、はたまた政策宣言などさまざまな意味に解釈できる。特に日本では、その趣旨が選挙後とに変わる。特に民主党は2007年の二大与党を打ち出したときから、政権公約が美妙に変化している。読み比べてみると面白い。

とくに今回の選挙公約(今回はそのように解釈する)は政権奪取が目的なのか、その意味合い?なのか、票取り公約のように感じてしまうのは、僕の偏見なのかな?

一方で、2007年の公約に歌っていた地方分権色はトーンダウンしているようにも思う。現実に政権交代がなされたら、反自民ではなく与党になるのだから、現実的になるのは仕方がないか・・

自民党のマニフエストはいまだ見当たらないが、そろそろかな?

しかし、選挙のたびに、新しい公約が生まれる日本の現状は、やはり選挙公約であって、政党としての政策公約とは程遠いようにも思う。もともとマニフエストはマルクスとエンゲルスの共産党宣言に由来しているようにも思う。となると、公約ではなく方法指針と訳したほうが良いのではないかな~と思う、しかし、明らかにはっきりと指し示しているのかな?私には良く解らない。

それにしても自民党の政権に対する執着はすごい。なりふり構わず、党内から揺さぶりをかけて世論に問う。しかし、どのくらいの国民が自民党の真意を理解しているのかはわからない。

いずれにしても大きく流れが変わりそうな気配を感じる、今回の選挙に対して自民党の攻防は続くのだろう

 

素敵な虹だった

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今日はちびっ子合宿。夕方まで断続的な雨でどうなる事かと思いきや、夕方には晴れて美しい虹がかかった。BBQの準備をしていると「花火、花火、花火」とガキどもがうるさくて、花火大会を先にすることにした。今回の花火は豪華で1万円相当・・差し入れ花火も入れると、1時間以上も20人ほどが十分遊べた。打ち上げ花火も豪華で驚いた。

BBQはお母さん主体で、ノンアルコールのビールもどきを飲んだのだが、意外とビール感覚であったのには驚いた。一升炊いたご飯はほぼ完食と食欲も旺盛であった。騒ぎっぷりもなかなかで、その後の肝試し、さらには銭湯でのスイミングまで現れて、迷惑千万と思いきや、意外と人が少なくて、ラッキーであった。女風呂までガキどもの騒ぎ声が聞こえたらしいが・・・・。

なんとも平和なロッククラフトの合宿である。明日の夕方解散だが、この調子だと午後には保育所のお昼ねタイムになりそうだが・・果たしてこの元気は何時まで続くことやらである。

世間では、天災、人災、不可思議な事件で騒がしい。さらには総選挙の自民党つぶしに民主などが元気であるが、政権公約が現実的になると、争点が見えにくいのも事実である。民主党は与党としておとなしい公約に切り替えてきたようで、少し拍子抜けであるが、できもしない事をいうよりは現実性を帯びてきたようにも思う。ぼくは自民党支援であるが、一泡吹くかもしれない?などと不思議な日本語を使ってみた。

梅雨明け10日と言う言葉も、どこか意味が違うような??そんな昨今のマスコミ言葉に、外国人記者も驚いているのかもしれない。

それにしても今日は素敵な虹であった。こんな風に世界も日本も身近な幸せを感じられる社会つくりを目指して、地球一致で与党になれないものかと、ふと、考えてしまった。

今朝は、釈迦の生き方を考えながら、ボ=っトした朝をまどろんでいたが・・明日はなにを考えながら朝の、ぼ~っトした時間をすごすのだろうと考えている自分がおかしい。

今夜はロッククラフトの24時間テレビ風になりそうな気配も感じる。

JOCジュニアオリンピックの出場選手が発表された。アンダーユース、などが廃止され、JR,ユースA、Bの3クラスの男女別の大会となったが出場選手は

男子JR28名・ユースA55名、ユースB60名 合計143名

女子JR22名・ユースA29名、ユースB61名 合計112名

男女合わせて255名と昨年の規模を上回っている様な気がする。予選はフラッシングで2ルート、決勝はオンサイトで3日間の戦いである。詳しい事はJFAhttp://homepage2.nifty.com/jfa/link.htmをご覧下さい。

運営する組織側の大変さが目に浮かびます。選手の皆さんは感謝の気持ちを持って大会に臨みましょうね!

ロッククラフトからも、選手らしき?選手が10名ほど参加しますが、それぞれユースABで1名くらいは決勝進出していただけるとありがたいですが、決勝進出をかけた熾烈な予選になりそうですね。2年前までは、来るべき人が上位に来ていましたが、これほど力が拮抗してくると、誰が決勝に残るのか、予測がつかないくらい選手層が厚くなってきましたね。よい事です。みんなで切磋琢磨して、もっと世界に近づいて行きましょう!

 

 

関東大会があったが

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ロックの選手としては、茨城県の高校女子のみが国体へ出場権を獲得したが、後はだめだった。2目の選手の力の均衡が大切な国体である。茨城女子は優勝の可能性もあるかな?今後に期待したい。

しかし、近年の中学生の躍進は目を疑う。女子の実力は、世界に通じるものがあるように思う。男子についても、一部の才能ある選手に引っ張られていた感じではなく、底辺の拡大が葉枯れれているように思う。ロッククラフトでも、中1~2クラスで、5.13bのレッドポイントが飛び出している。

JOCまでに中学3年生を何とか5.12Cクラスまでレッドポイントを上げたいのだが、なかなかうまく練習が進まない。1年のほとんどは基本練習主体のロッククラフトが、オンサイトを含めて自己レベルを意識的に上げるのは、ここから2週間のみである。

教える側の我慢もあるが、17歳まではあくまで体つくりである。登れてしまうことは避けられないが、アッパーグレードを登ることより、考え方、身体の基本能力やバランス育成にほとんどの時間を費やす。特にスタミナの元になる、心臓と血管の働きを挙げる練習を楽しむこと・・とさりげなく強要するが、なんとなく理解するようになるのは、中学3年生くらいからである。

派手なムーブや技の練習のほうが楽しいのは仕方がない。しかし、伸び代は、違う練習の中に含まれていると思う。

少なくとも、無駄な筋力アップはクライミングには不利である。T君も体操競技で4年、クライミングで4年。少しづつ、動きがクライミングらしくなってきた。

しかし、せっかくいい調子で上がってきても、高校受験で中座してしまうことも多い。自分は中学大会が終わっても、毎日練習していたけれど・・・イマはそんなゆとりはないようだ。もし、ボクが今の時代に中学生だったら、既に心が壊れていたと思う。

そう考えると、今の子供達は冷静で、タフでもある。無駄な夢も描かないが、堅実に夢を追う・・そんな子もする。

いずれにしても、ボクは子供達に教えることより、教わることが多い変なコーチである。

今夜は合宿である。不登校ものや、高機能自閉的傾向?・・我侭で、自己中心的な、子供らしい優れた子供達がたくさん居る。どの子も素敵な子供達である。

今夜も素敵な君達の才能をたくさんボクに教えてね!!

重い、夢の扉・・甲子園

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31年ぶりの甲子園である。栃木県の代表は、たった今、作新学園に決まった。栃木県民としてもうれしい出来事である。鉄腕江川卓を要しての、甲子園はまさに伝説。栃木県大会も、常にノーヒットノーランや完全試合の応酬で、見ているものは鳥肌がたったといわれる。

そのごさまざまな不幸や不運も重なり、今日まで31年間、甲子園の切符は手にしていない。

すばらしい。

おめでとう、作新学園 野球部の皆さん!

衆議院解散から総選挙へ、トムラウシ山の遭難、山口県の災害など、さまざまな社会問題を抱えながら夏は過ぎてゆく。しかし、夏の暑さも微妙な感じで、ここまでは何とかクーラー無しで寝られる。

我が家では、新型インフルエンザ騒動が勃発して・・など、さまざまな問題が勃発して、ゲリラ攻撃を受けているような感じでもアル。

そうこうしているうちに、JOCも3週間後になった。今年は10名くらいが参加するが、今年からアンダーユースが無いので、モチベーションが下がってしまった子供もいるようだ。残念だが仕方がない。

今年は全員決勝進出を僕自身は狙っているが、選手のほうは意外と冷静に自分の位置を認識しているようでもある。練習はここから8月12日くらいまでが山場なのだが、気合が入っているのはやんすうの5人くらいかな?

やるときはやる!といった意識も大切だと思うが、なんとなくいつもの感じの延長線上にいるようで、少し歯がゆい。成長期である中学生は特に慎重に、かつ、気持ちを上げるためのさまざまな試みを持ちかけるのだが・・・?である。

一方、期待を抱えられながら、特待生で高校に入った子供もいる。しかし、怪我を併発していたようだ。11歳で100mを12.2秒で走った事が過去の記憶にならないようにしたいのだが・・。

上を目指すと怪我と言うリスクも避けられない現実なのだろうか?もうすこし先をみて指導してほしいと思う。

さらに、豊かな才能を持ちながら、高校進学と同時に練習に成果を求めない子供たちもいる。それは今に始まった事ではないが、同じことの繰り返しに飽きてしまうのか、それとも、世の中の誘惑に、きつい苦しいを強要するのも、僕的には引き気味で対応してしまう。

上に行くにはコーチの教えではなく、自分の才能を、自らをもって導く忍耐力に尽きるような気もする。

自分の才能を冷静に自己分析しているからなのか、それとも才能は練習に裏付けられる・・という考え方を認識できないからなのか?謙虚である事も日本の文化であるのだが・・・。

特に、中学生2~3年生の3人組には期待しているのだが・・・。部活が県大会まで進んでしまって、クライミングに集中できない、という背景もあるのだが、教える側がいらいらしても仕方が無いので、じっくり我慢の3週間を決め込んだ><」

一方で、モントリオールオリンピックを目指す選手もちらほらと、体つくりに顔を出す。代表になるのはなかなか至難の道だが、悔いない6ヶ月をすごしたいようだ。ここで顔を合わせた選手がオリンピックに出場なんてことになると、楽しい驚きでもアル。

一方、小学生の頃クライミングを楽しんでいた子供たちの復活も楽しい驚きである。すっかり大人?の雰囲気をもって成長してきた中学生や高校生も素敵なスポーツ人生に自分の才能を賭けて練習に復活するようでもある。

やがては夏の甲子園やJリーグで活躍する選手も育ってほしいと思うが、それも、夢のまた夢なのかも知れない。

来週の月~火曜日は、恒例のちびっ子合宿である。参加者の顔ぶれも大幅に変わった。8年の歳月を感じる。お楽しみは、BBQ,花火大会、肝試し、そしてスーパー銭湯でクライミングは2の次であるが、高い才能を発揮すさせる事がクライミング指導の目的ではない。協調性や挑戦する心、自然との調和を考えたり、自分の夢を持つことも大切な教育であると考える。

今年の1月からスラックラインの練習も取り入れているが、なんとなくバランスが良くなったような気もする。

27日の夜は子供たちと親とのBBQと花火大会である。

そんな楽しみ方も、大切な息抜きのようなきもする。

 

あんまり多くは語りたくないが、http://sankei.jp.msn.com/affairs/disaster/090723/dst0907231350013-n1.htm

に遭難のドキュメントがあります。今後のツアー登山の教訓にでもなればと思い、紹介しておきます。

自民党の攻防 その3

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衆議院解散の大号令とともに、総選挙のキナ臭さがにじみ出てきた。笑う野党もやはり無党派層の動向が気になるのかナ、笑ってばかりはいられない。むしろ、公明党などその他の野党が躍進しそうな気配さえ感じる。もともと政権交代選挙って言う意味が解らない。交代するには理由がある・・と思うのだが・・。

自民党の攻防には悲壮感が漂う。命がけ?とも思える弱気な発言を、涙目で語る麻生総理は悲壮である。

いずれにしても、相手をコケ下ろす詭弁ではなく、全うな日本の社会の未来のあり方を問いながら、票集めのような発言は避けてほしい。国の最高機関の選挙が子供のけんかのようでは、教育上よろしくないと思う。

会議とは「人の話を聞かないで、自分の言いたい事を言い合うことなの」という子供の疑問は的を得ている。

もともと自民党は一枚岩ではない。それぞれの利害や思惑で戦後の政党政治は派閥政治にすりかえられている。しかし、一枚岩が良いのではなく地層も多層構造のほうが安定しているのかもしれない。

目先の利益、対蹠的な人気取り的政策に国民も流されてはいけないと思う。

そこで、僕は思う

1)少子高齢化社会が豊かさを生む持続可能性のある政策

2)場当たり的な経済政策ではなく、また、雇用の確保と言いながら大手企業に有利な政策や建築 依存などからの脱却

3)移民を含めて、労働力確保と、日本人のあり方を考える政策。

少し抽象的ないいかただけど、木を切り倒す政策より、木を植える政策を考えてほしいと思う。

これからどんな攻防が8月30日まで続くのか、こんなに興味の沸く選挙も記憶にない・・。

ノースフエイスカップ決勝フクベ大会の模様はhttp://ameblo.jp/thenorthfacecupで発表される思います。

思えば2月から半年賭けての大会運営ご苦労様でした。

 

ワールドゲームでは

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ワールドゲームという大会がある。主にオリンピックで採用されていない競技の世界一?を争う大会である。クライミング競技もその一つとなっているが、日本人選手の安間クンが優勝した。それもテレビで放映されていた。少しはメジャーになってきたのかな~と感慨深い。この勢いをかって、ワールドカップで一番高いところにたってほしいと思う。

ワールドゲームズの競技を種目を見ると、ラケットボール、ビリヤード、空手、ローラースポーツ、エアロビスク、フインスイング、相撲、、ボデイビルデイング、オリエンテーリング、綱引き、水上スキー、ドラゴンボードなどなど、知っているスポーツもまったく想像できないスポーツなども多種多彩ですね。ラグビーやソフトボールが入っているのにはびっくりした~

http://www.jwga.jp/を見ると詳細がわかります。今年で8回目、日本からも23競技に多数選手が参加しています。

僕は、北海道出身で、父の仕事の関係で特に道東の山は、小さい頃にずいぶん登った。父は営林署の職員で植林と山の見回りを仕事としていた。その仕事に僕が付き合わされたというか、父が連れ出していたのであった。ほとんどが日帰りである。

残念ながらトムラウシはアプローチが長く、山が深いので、いく機会には恵まれなかったが、あのあたりは40年以上前は北海道でも秘境の内に入っていた。

それが今は観光登山のルートの一つになっているようで、観光目的の登山者がツアーで参加している実態には驚いた。ま、そんな話はたくさんある。日高山脈の山々への観光登山があったり、北アルプスでも槍ヶ岳にいたる北釜尾根でさえ観光登山で行ける時代のようである。

こんな事に驚いているようでは、甘い・・。そういえば1994年にエベレストに行ったとき、アメリカの商業登山がロブ・ホール主催で始まっていた。すなわちお金さえ払えば、エベレストの頂上への挑戦権が獲得できるのである。僕はそのときすごく驚いたが、頂上にたどり着く過程に登山思想は必要ないのである。

ある意味では登山のスポール化なのかs観光ツアー化なのか、ずいぶんあたまが混乱した事を今でも思い出す。

確かに世界一高いところに到達する事はある意味では世界一を獲得した事になるのである。

ロッククライミングにおいても、自然の岩を登ることがクライミングであったが、30年位前から、人工壁の問題を一部のクライマーたちが提起しつつあった。実際にはクライミングジムなる産業が多少は見られるようになるにはそれから20年くらい時間を必要としたが、10年前には20箇所に満たないくらいしか存在しなかったが今日では100ヶ所を超えるという。世界はさらに日常化しているようだ。

おそらく観光登山は100名山なる書物が流行の起因になったと思うが、1994年頃には100名山ブームが巻き起こっていた。誰でも100名山を目指すし、100名山を何個登ったかが登山家の物差しのように思われていて、ぼくは平行してしまった。平行とは交わる事ができなかった・・と言う意味である。

聞くところによると、近年トムラウシ山に至る道は相当整備されて、標識のある登山道になっていたらしいが、山の深さ、気象条件の変化、装備体力や洞察力は冬山に匹敵する高度なものが要求されている事に変わりはない。すなわち道はあっても自然条件は容易にはなっていなのである。

僕も大学山岳部の出身であるが、新人合宿で、20人を超える新人を連れての新人山行きは骨が折れた。上級生の装備は30キロを超えていたし、その装備で天候の悪化や体力不足の後輩を安全に下山させたり、とか、難儀なもんだおは山のようにあった。時には捻挫した後輩の荷物を背負い(自分の荷物以外にである)背負う荷物は60キロを超えた事もあった。先輩の中には90キロ近い荷物をまる1日背負ったとい伝説を聞いた。また捻挫した後輩を交代で背負い剣岳の登攀をあきらめて、真砂子沢から室道まで、がんばった記憶もある。

体力気力の充実している20台の前半だったからできる事で、今なら安易に救助ヘリを呼ぶのであろうか?

少なくともガイドの引率責任は重いと思う。今回の件では、常に社長のコメントがクローズアップされているが、引率ガイドのコメントはなかなか出てこない。

また、悪天候で参加者の体力低下が見込まれるにもかかわらず、パーテイが別れ手姉妹、統率された連携は見られないようでもある。

大きな教訓がここにある。優れた山岳ガイドも多いが、単なる道先案内人としての機能しか果せないガイドもいるようである。また、ガイドでありながら始めての山にガイドする技量を持たないのに、トムラウシ山のガイドをしている人もいるらしい。このような事は特にトムラウシ山に限った事ではない。

クライミングジムでありながら、ロッククラフトでは海外登山や遠征などの相談もずいぶん受ける。中には「初めての登山で北釜尾根を目指すんですが、どんな道具が必要ですか」なんて話もある。登山は既に観光旅行の一つなのだろうか?

山岳遭難事故も年々増えているという、昨年は1933件くらいの遭難事故があり、そのうち1割が高度な救助を必要としたようだ。

その遭難者の80%から90%が50歳以上の中高年である。同じようにガイドといわれている人も60歳を超えている人が相当いるようだ。

今回のトムラウシ山の参加者も59歳~69歳、ガイドも高齢であった。

多くの場合遭難事故は悪天候に起こる。落石や滑落、道に迷うなどは比較的少ない。

悪天候では週所ヘリは飛べないし、救助も「天候の回復を待って・・」と言うことになる。

装備の軽量化はここ最近高度に進化した。しかし、進化しても使わないからといって、簡易シュラフや簡易テント、風雪時での着替えや防寒具、非常食や暖を取る燃料などは必需品である。

事故の結果に対しては何でもいえる。ああすればよかった、こうすればよかった、これをもっていれば、あれを持っていれば・・・。

少なくとも重要な事は、ガイド資格は資格ではなく、安全管理と優れた判断力、体力に元づいて与えてほしいと思う。優れたガイドも今回のガイドと同様に見ないでほしいと思う。

ツアーは安い高い、便利、至れり尽くせりが基準ではなく、経験と安全、安心を基準に選択してほしいと思う。

中高年でありながら「登山を観光と考えていた」と言うのは、見識が甘いのではないかと思う。

同じ事が富士登山にもいえると思う。8月に雪が降ったり、氷が張った事もあるのだ。

だがそれは、車に乗る安全と危険の認識にも相当する事なのかもしれない。

文化や科学力の高さで安全は保障されない。保険に入っていればよいというものでもない。

今回のトムラウシ遭難事故にはいろんなことを改めて考えさせられた..

亡くなられたかたがたのご冥福を祈りたい。

 

 

まず、全英オープンでのトム・ワトソンの活躍は前代未聞であった。おそらく僕が彼の名を知ったのは1970年代である。大学2年の頃まで、僕は毎朝早朝と深夜に名古屋の東山公園ゴルフ練習場に通っていた。毎日7番アイアンを振り回して・・といっても正規の仕事は練習ボールの玉広いなのであるが、Y地コーチにアイアンの振り方を習っていた。その頃の憧れゴルファーがトム・ワトソンだったのである。

世紀の偉業一歩前とはすばらしい成果である。彼の言葉がさらに彼の人格を表している「Old fogey almost didi it」とは、なかなか言えない素敵な言葉である。さすがワトソンである。え~意味が解らないって、僕も良くは解らないが「時代遅れの僕には、上出来だ」いいや違うな「ま、年寄りにしては、できすぎた」まだ少し違うかな「ま、過去の人間である私としては、ほとんどやり遂げた」かな?

マ、そんな感じの言葉だと思う。素敵過ぎて、しびれてしまった。

もう一つ素敵な出来事があった。それはニール・アームストロングである。彼は40年前に月面に降り立った始めての人類である。彼の40年目の口演があったのだが、その話はまた改めて書く事にする。

そういえば46年前、弟子屈にすんでいた頃、皆既月食を半信半疑で見ていた・・あれから46年、当時6歳の僕は、その出来事に「失われた世界」を重ねていた。7月23日はもうそこにある。

まったく地球はいろんなことを僕たちに教えてくれる。

ささやかながら年をとった自分を感じる。もし今の自分が、トムに習うのなら「Old fogey ・・bat on the road」であろうか、さて、どのように翻訳すればよいのであろうか

「時代に乗れず、時代遅れのまま・・しかし、道半ば・・まで、来ているのかな?」である。

先週「貴方にはオーラがある」と20台の若者に言われた。52年の人生で僕にオーラがあるといったのは。たぶん彼が始めてである(これからもないと思うが)。彼は知り合いの子供である。子供といっても25歳であるから大人なのだろう。しかし、彼は僕と目線も合わせな買ったし。夕食を食べていたので、僕も簡単な自己紹介程度で終わってしまったのだ。

悪い気はしないが、勘違いしないほうが良いと、後で彼に話しておこうと思う。

オーラといえば、1992年ブラジル環境サミットでの6分間のスピーチは世界を変えたとも言われている。当時、彼女は12歳のカナダ人である。わずか6分間に恐縮されたスピーチはソビエトのゴルバチョフや後にアメリカの副大統領になるアル・ゴアなどの大きな影響を与えたとも言われている。

「あなたが世界を変える日」学陽書房より出版されているので、興味のある方は読んでみるといい。ECOとは何か、誰が地球なのか、誰が世界なのか。エコロジーという概念の設立とECO概念の違いとか、いろんなことを子供目線でしかも等身大で話している。

なかなかすばらしい、目からうろこの本である。12歳の言葉であるので、子供でも理解しやすいから、読んでみる事をお勧めします。ネットでもほぼ全文を掲載されているものもありますね。

目からうろこといえば、少し前の話ですがくらいみんぐの世界選手権で、ある日本人選手の活躍には驚きました。龍海君の決勝進出ですが、安間君につづく、若きクライマーの世界進出ですね。小学生の頃から才能を高く評価されてはいましたが、スポーツクライミングのコンペではなかなか成果が出ていませんでしたが、やっと実の目を見た?高校2年生ですかね。それでも若いことには変わりはありませんが・・・。

若いといえば、ロック生徒の中には中学生で既に5.13a~bをレッドポイントする子供も出現しています。なんともすごい躍進です。どの子も伸び代を感じます。それは未完成であるということでもあります。彼らが高校生になったときには、5.14と言うこともありえそうな気もしますが・・セッターも多難な時代になってきますね。

つい数年前には、15歳で5.13をレッドポイントしたら英雄みたいな感じで見られていたのに・・・。

こいつらは何処までスポーツクライミングの能力を高めるのでしょうか?若くして完成してしまう、19歳で引退??なんて事のないようにしっかりと指導してゆきたいものですね。

しかし、教える事は少なくなりません。むしろ教える事、あるいは気づかせる事ますます多くなってきたようにも思います。

この3連休は、高速道路は大賑わいのようですね、ここは相当暇ですよ!!

自民党の攻防 その2

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政治に対する不信感は日本だけの事ではない。国民の総意に基づく国政とななかなか難しい状態が世界中で続いている。すなわち国民の沿い右派一方向ではないし、国政とは今から2500年前に民主主義と言う考え方が古代ローマで出現したときから、議論を重ねて今日に至っている、といったほうが良いような気がする。

民主主義、すなわちデモクラシウスとは何かを問うたのは「ソクラテスの弁明」(プラトン著)に始まったようにも思う。国民のためといいながら国家の主権者は支配者であった・・という歴史は延々と今日まで続いているのである。一部の例外はあるが、宗教においての政治改革もやがては軍事力あるいは経済力に凌駕され、国民の利益のため・・というさまざまな政策も超資本主義の保護的政策となり、民主主義の本質にはなかなか迫りえない現実がここにあるような気もする。

いよいよ週明けには解散総選挙へと道筋が進むのだが、政権交代を目指す民主党の話もなんだか、自己中心的で聞いていて歯がゆい。その理由は、岡田氏の人の話を聞かない話し方にもあるような気もする。以前も論客といわれた管さんも人の話に覆いかぶさるように民主党持論を展開していた。

ま、言葉の足りない小沢さんよりは解りやすいかもしれないが、テレビでの討論では、もうすこしほかの党の話もしっかり聞いてから発言してもらいたいと思う。子供たちの目線で言わせてもらうと「学校では、人の話をよく聞いてから発言しようね」っていう議論がなされていないのである。

政権交代の追い風を感じてあせる民主党?世論が民主など野党指示に向かう事で攻防が激化する自民党・・と言う感じを僕は受け取る。

地方選挙での勝利に「笑う野党」といったが、笑っていられない現実が国民側にあることを十分考えて発言しないと国民一人にわずか1票しか与えられていない1票の流れに思わぬ大敗を期することも想定したほうが良いと思う。

自民党は自らの浄化作用を発揮する可能性も高まってきたようにも思う。中川、細川発言は意外とインパクトがあった。

これから総選挙まで40日間の攻防が始まる。

自民党の攻防にならないよう、世論の支持を甘く見ないよう、しっかりした選挙戦を展開していただきたいものだ。

「何とかをよろしく・・」「わが党に1票を」みたいなオウム返しのような演説は聴きたくはない・・と言う思いは僕だけの心理なのだろうか?

背番号25の夏

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横浜K高校野球部の梅山君はわずか756グラムで生まれた。まさに生まれてくる事が奇跡の子供であったという。彼は高校進学と同時に野球部の門をたたいた。横浜では名門であり同級生は60人を超える。中学までスポーツ経験はない。

梅山君に入部希望の翌日、金沢監督は入部を断念するよう伝えた・・と言う。理由は簡単「体力が無く練習についてゆけない」その日、野球部に入る事を反対していた父が監督の下をたずねた「入退部は自分の意思できめさせてほしい」と出生のいきさつを話した・・と言う。監督は「わかりました」と了承した。それからは、ほかの部員と同じ練習をさせ、特別待遇はしなかった・・という。

梅山君は毎日4時半に起きて5時には家を出る。早朝練習の1時間前には黙々とバットをふる。そんな彼も3年生になったある日、背番号が渡された。25番である。それはベンチ入り可能な番号であった。

梅山君の同級生は57人いたという。だれも、彼に渡された背番号に不満を持つ同級生はいなかった・・という。

彼は高校生活で練習試合も含めて、1本のヒットも打っていない。それでも同級生は誰一人彼に不満を持っていない。不満ではない「彼の存在があったから3年間がんばれた」と多くの同級生は言う。

背番号25を渡された意味を考える梅山君がいる。それを無言で渡した金沢監督がいる。なんとも美しい人間関係に、僕は涙を隠せない。

梅山君は言う「渡された背番号に誇りを持て」・・とは監督の言葉であったのか?

7月9日、横浜球場でベンチに入れない3年生の最後の練習試合があった。37人の3年生の最後の夏が始まった。梅山君にも同じであった。5番ライトである。生涯1ヒットを目標にバットを振るが、セカンドフライト、フアーストフライに終わった。梅山君の夏が終わった。ベンチに入れなかった37人の3年生の夏も終わった。記念撮影では同級生たちに肩車される梅山君が写っている。彼の存在の大きさがそこにある。

ある、同級生は言う。監督にしかられて部活を止めようと思っているとき、梅山君がぼくに行った「期待されているからしかられるんだよ」と「しかられる事が理由で野球を止める事なんかない」その一言が無ければ今の自分はない・・と彼は言う。

梅山君はいつかどこかで、高校で果せなかった夢「生涯1ヒット」を目標に行きたいという。

素敵な言葉だと思う。野球以外の話はしない金沢監督というが、優れた監督だと思う。単に勝つ事ではなく、野球を通して「生涯1ヒット」を目標に生きる少年を育てたのである。

 

自民党の攻防

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政局の流れが、東京都議会議員選挙以後混迷を深めている。民主党の歴史的大勝が原因なのか麻生自民党への不満がそうさせたのか、笑う野党とあわただしさを増す自民党の構図が対象を極めているようでもアル。しかし、これは、果たして日本の政治のあり方を国会議員が国民に問うているのか・・と言うと、はなはだ疑問でもアル。笑う野党に日本の今後をゆだねる票を入れるべきか、それとも自民党の自浄能力に期待して、日本国民独特のバランス感覚が、なんとなく1票をある方向に導くのか・・まったく先の見えない攻防がここにある。

しかし、よく問題を考えてみると、混迷しているのは、自民党の国会議員においてであって、国民の見ている視線は冷ややかでもあり、覚めているようにも見えるが、実は決断すべきときを国民は冷静に見つめているようにも写る。特に無党派層といわれる政治には無関心な若者層や零細企業は生活苦にあえいでいるのであるがその声は政治を志す人に届いているのかと思うと、はなはだ疑問が残る。

政治には政治力という得たいの知れない力がある。都政においても石原知事は、新たに与党となった民主党など、こないだまで野党であった、少数意見を多数意見として取り込んで行かねばならない難しい舵取りを強いられるのかもしれない。しかし、政党が政治を行いのではなく、都民を導く方向に政治力を駆使するのであれば、なんら問題は無いようにも思うが、それほど政治は簡単なものでもなさそうだ。

国政においては、自民党の迷走は奇妙に写る。ついこないだ野党の不信任案を否決いておきながら、議員総会を開く記名動議書を作成したり、麻生降ろしを歌うかのような言動が阿智事から飛び出す。その背景は総選挙への見えない攻防なのであろうか。小泉チルドレンの立場も微妙である。

あの時吹いていた風が逆風かに思えれってしまうのだろうか、それは郵政民営化選挙からの4年の時間が方向性を見失っているからに他ならない。

何事も順風満帆?とは行かないものだ。風は何時何処から吹くのかは、気象衛星ひまわりの映像のみでも判断はできないし、天気予報も40年前の観天望気を中心とした気象予測から格段の進歩をとげたとも思えない。相変わらず気象予測は6割くらい外れるのである。

おおむね総選挙は8月30日ころになりそうな気配であるし、それを決定「するべき総理大臣は自信なさげである。

自民党は神輿の担ぎ手が担ぎ方を知らないようデモアル。また神輿に乗せられた側も、神輿の乗り方が解らないのか、同じ事を繰り返す。

野党の大勝により政権が社会党に移行したときもそうであったが、国民によって選出された神輿の担ぎ手が、担がなければ祭りは進まないのである。

祭りとは政(まつりごと)とも言う。単なる神事ではないのである。日本人でありながら神事にたいする考え方も相対的になってきた。外国文化を受け入れる優れた才能とバランス感覚を持った日本民族との評価が海外にあるが、中にいると、海外の良いとこ取り文化のような気がしてならない。

日本のよさは日本人で見つけてゆきたいところだが、単一民族思想もいまの世界事情を考えると、国際化すべき地点に日本民族もおいこまれているようにも尾考えられる。すなわち移民の受け入れである。

かつてJ・F・ケネデイがイスラエルの核兵器開発問題に直面したとき当時のイスラエル首相に「私はユダヤ人の票によって大統領になれた、貴方は私に何を望みますか」ときいたという話がある。当時のイスラエル首相はグリオンであったと思うが、彼はケネデイを「政治家だと思っていたが、単なる政治屋だ」と投げ捨てるように言ったとか・・さまざまなエピソードが残っている(この件については、改めて「アラブの国を奪った男」とでも題して、ベン・グリオンの人物像に迫ってみたいとも思うが・・少し時間がかかるかもしれない・・)

自民党の攻防は総選挙まで続くと思われる。国民に真意を問われる事を望むのか、それとも政党の持続のために、民意以外の頃で政治屋としての仕事をするのか・・僕は理性のある判断をしてほしいと思う。今回の選挙に国民はバランス感覚を排除して1票を投じてほしいと思う。

さて、次回は「あなたが世界を変える日」:と題して、1992年12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチについて書いてみたい。その本を読むのはたぶん3回目だが、いつも新しい感動がそこにある。

 

自民党の攻防

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政局の流れが、東京都議会議員選挙以後混迷を深めている。民主党の歴史的大勝が原因なのか麻生自民党への不満がそうさせたのか、笑う野党とあわただしさを増す自民党の構図が対象を極めているようでもアル。しかし、これは、果たして日本の政治のあり方を国会議員が国民に問うているのか・・と言うと、はなはだ疑問でもアル。笑う野党に日本の今後をゆだねる票を入れるべきか、それとも自民党の自浄能力に期待して、日本国民独特のバランス感覚が、なんとなく1票をある方向に導くのか・・まったく先の見えない攻防がここにある。

しかし、よく問題を考えてみると、混迷しているのは、自民党の国会議員においてであって、国民の見ている視線は冷ややかでもあり、覚めているようにも見えるが、実は決断すべきときを国民は冷静に見つめているようにも写る。特に無党派層といわれる政治には無関心な若者層や零細企業は生活苦にあえいでいるのであるがその声は政治を志す人に届いているのかと思うと、はなはだ疑問が残る。

政治には政治力という得たいの知れない力がある。都政においても石原知事は、新たに与党となった民主党など、こないだまで野党であった、少数意見を多数意見として取り込んで行かねばならない難しい舵取りを強いられるのかもしれない。しかし、政党が政治を行いのではなく、都民を導く方向に政治力を駆使するのであれば、なんら問題は無いようにも思うが、それほど政治は簡単なものでもなさそうだ。

国政においては、自民党の迷走は奇妙に写る。ついこないだ野党の不信任案を否決いておきながら、議員総会を開く記名動議書を作成したり、麻生降ろしを歌うかのような言動が阿智事から飛び出す。その背景は総選挙への見えない攻防なのであろうか。小泉チルドレンの立場も微妙である。

あの時吹いていた風が逆風かに思えれってしまうのだろうか、それは郵政民営化選挙からの4年の時間が方向性を見失っているからに他ならない。

何事も順風満帆?とは行かないものだ。風は何時何処から吹くのかは、気象衛星ひまわりの映像のみでも判断はできないし、天気予報も40年前の観天望気を中心とした気象予測から格段の進歩をとげたとも思えない。相変わらず気象予測は6割くらい外れるのである。

おおむね総選挙は8月30日ころになりそうな気配であるし、それを決定「するべき総理大臣は自信なさげである。

自民党は神輿の担ぎ手が担ぎ方を知らないようデモアル。また神輿に乗せられた側も、神輿の乗り方が解らないのか、同じ事を繰り返す。

野党の大勝により政権が社会党に移行したときもそうであったが、国民によって選出された神輿の担ぎ手が、担がなければ祭りは進まないのである。

祭りとは政(まつりごと)とも言う。単なる神事ではないのである。日本人でありながら神事にたいする考え方も相対的になってきた。外国文化を受け入れる優れた才能とバランス感覚を持った日本民族との評価が海外にあるが、中にいると、海外の良いとこ取り文化のような気がしてならない。

日本のよさは日本人で見つけてゆきたいところだが、単一民族思想もいまの世界事情を考えると、国際化すべき地点に日本民族もおいこまれているようにも尾考えられる。すなわち移民の受け入れである。

かつてJ・F・ケネデイがイスラエルの核兵器開発問題に直面したとき当時のイスラエル首相に「私はユダヤ人の票によって大統領になれた、貴方は私に何を望みますか」ときいたという話がある。当時のイスラエル首相はグリオンであったと思うが、彼はケネデイを「政治家だと思っていたが、単なる政治屋だ」と投げ捨てるように言ったとか・・さまざまなエピソードが残っている(この件については、改めて「アラブの国を奪った男」とでも題して、ベン・グリオンの人物像に迫ってみたいとも思うが・・少し時間がかかるかもしれない・・)

自民党の攻防は総選挙まで続くと思われる。国民に真意を問われる事を望むのか、それとも政党の持続のために、民意以外の頃で政治屋としての仕事をするのか・・僕は理性のある判断をしてほしいと思う。今回の選挙に国民はバランス感覚を排除して1票を投じてほしいと思う。

さて、次回は「あなたが世界を変える日」:と題して、1992年12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチについて書いてみたい。その本を読むのはたぶん3回目だが、いつも新しい感動がそこにある。

 

久々にクライミングのコンペの状況を書いてみたいと思った・・ところが、息子の新型インフルエンザの疑いが晴れぬまま、今度は娘が38.1度の高熱である。至急中学に来るように・・といわれて、長男の新型ウイルスの件をなぜ報告しなかったのか・・と教頭先生に詰問されるが、少しは激しいやり取りとなってしまったが、教頭とは古い知り合いなので、やり取りが普段の会話状態であっただけだったが、周りは少し冷や汗のようでもあったようだ。少なくとも長男は福島県での演劇部の合宿中にインフルエンザに感染し、疑いがあるが新型かどうかはまだわからない。主治医の話だとほとんど新型ではない・・との事。しかし、保健所が過剰に堪能して、しかし、保険所は医師のとの話により学校に報告していなかったようで、僕は保険所の指示で大学にも中学にも報告していなかったわけで・・・過剰に反応したのは学校のほうである。

新型かどうかは、遺伝子の検査をして数日かかるらしい。娘も今日の昼の発熱では検査ができないとの事で、自宅隔離となった。娘は学校が休めるので大喜び、息子は前期の試験前なので真っ青・・と好対照である。

息子も含めてクラブ員の5人に疑いはあるらしいが、感染源の人物のインフルエンザのタイプの特定にももうすこし時間がかかるらしい。

なんとも不思議な大騒ぎである。保健所との電話での話も、長く・・頻繁で、子供たちは的を得た話をしていないようである。娘も「実態をわからずに大騒ぎしているってわけか」と急に納得している。

息子は小心者(僕に似ている)娘は肝っ玉が据わっている(誰に似たのか)冷静な対応は主治医と娘くらいかな?後は大騒ぎをしているようでもある・・・。

秋から新型の流行の兆しがあるとか?

ま、早い内に大騒ぎして対応していたほうが、安心なのかもしれない・・。明日は午前中に指定病院にて検査を行うが、僕の主治医の病院なので、僕はとても安心している。「

しかし、夏にインフルエンザが多いとは・・インフルエンザも強くなったものである。

 

ほぼ廃刊状態?

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ほぼ日記もコラムも書かなくなって1ヶ月が経過してしまった。これでは廃刊状態である。決して書くのを止めるというわけでもなく、何度も書きかけては・・まとまらないとか、途中で削除してしまって・・と言うことを繰り返しているうちに、なんとなく遠のいてしまったのである。その原因は体調にもある。

こきかけの題材は多々あるが、オスマントルコ帝國を滅亡に導いた一人の女性の事を書こうと思いあれこれスレイマン1世の事を調べていたり、最近の政局の問題点や国民の政治に対するバランス感覚の事、エジプトのピラミッドの建設時間とその配置に対する考察(星座説)を考えたり、1992年のチリ環境での一人の少女(12歳)の6分間の演説の話・・とか、エコ、歴史、覇権などの問題を多角的に考えすぎて、かえってあたまが混乱してしまったようにも思う。

しかし、2000字位書きかけ原稿を削除すしてしまったショックごときで筆を止めてしまうなんて。なんて僕は心の狭い男なのだろうと、自分で自分を責めてしまう。

クフ王のピラミッドは1個2.5tの石を260万個から300万個も積み上げて作り上げたのである。もし20年でピラミッドが完成したとするなら、1個を積み上げるのに2分30秒である。50年で完成したとするなら、6分に1個を生み上げたとも言われている。こんな事を計算した人がいるからすごい。ちなみに僕も計算を試みたが、実現可能な時間ではピラミッドを作れないのである。

また、ギザの3大ピラミッドの配列はオリオン座の中心の3連星に見立てて設計さてた可能性もありそうで調べていたら、やはり同じ事を考えた学者もいたようだ。この話を詳しく書くと膨大な時間w3ォ必要とするので、気持ちの整理が付いたら、改めて書こうと思う。

それそんなこんなで右往左往していたら、長男が新型インフルエンザにかかっていた・・ただいま保健所とのほぼ隔離状態がつずく。幸い彼が大学の部活の合宿中での感染で家族は未感染だが、来週の水曜日まで保健所からの電話攻勢が続くようだ。暑さにも湿度にも強い新型ウイルスは、タミフルでの対応しかないようである。

状況からロッククラフトは営業停止にはならず、胸をなでおろしているが、念のために僕は会社に泊まり、息子とは接触しないようにしている。

なんともはや~、いろんなことが舞い込んでくる我が家である。よい事もあったな、一昨日次男の奨学金が認可された。これで4年間の学費はなんとかなりそうだが「成績が悪いと中止にもなるらしい。長男は2年間で23単位という驚異的な単位取得量であるが、次男には勉強もがんばってほしいと思う。

という、ことです。ぼちぼち落ち着いたら、また書き始めます、

                                          読者の皆様への皆様へ

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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