2009年6月アーカイブ

ほぼ、日記

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今月は修学旅行のシーズンだったので、八橋を大量に食べたが、なかなかおいしい京都名物である。最近の中学生もなかなか律儀である。「お土産は要らないよ」と行ってあるにもかかわらず、うれしい悲鳴である。人間的な成長を感じる。

感じるといえばボデイケア。なかなか評判が良い。60分5000円にもかかわらず(ほかより安いのかな)希望者が定員を上回る盛況である。クライミングのケアと考えたが、子供の母親に人気があり、ケア前と後では「ビフォア・・アフター」のような感じで表情が変わっていますね。施術内容もそれぞれアレンジした内容で充実しているようです。

充実といえば、イチローは相変わらずすごいですね。本当に歴史を帰るのかもしれませんが、37歳~大きな体の変化を感じるはずです。良いコーチにめぐり合う事をお勧めしたいのですが、あくまでイチローはイチロー流で行くのですかね?今年より来年と再来年をもっと注目したいと思います。

注目といえば、東国原宮崎県知事の発言は驚く事ばかりですが、注目に値しますね。地方分権はそんなに簡単な道のりではないと思いますが、誰かが変革を促さないと日本は破産するでしょうね。

破産といえば、国の財源はさまざまな分野で破産しています。社会保障関係が圧倒的でしょうかね。国民はもっと目先の事より、子供たちが大人に成長した20年後の社会を見据えた視点で考えねばならない・・と思うのですがね?

20年後といえば、私は古希を過ぎていますね。いい爺になって痛いのですが・・希望は現役の男でありたいと考えています(どういう意味でしょうかね?)

現役とは関係ないかもしれませんが、ヨルダンとイスラエルとの国境に位置する死海が世界の七不思議から外れる(現役引退ですかね)ようです。海抜マイナス420m世界で一番低いところに位置する湖が・・・です。なんとも不思議な事ですね、世界情勢と関係があるようですが・・それとこれとは関係ないでしょう・・って僕は思います。ちなみに世界テ一番高いところに位置する湖と世界で一番透明度の高い湖は何処でしょうか?

そんな事を考えていると、世界で一番高い海嶺は何処でしょうか・・なんて、試験にも出ませんから知る人もいないでしょうね。

さて、明日は休みです。ゆっくり休んで、木曜日に迎えると良いのですが、今日もスクールでヘロヘロです。スタミナが急激に落ちているように思いますが、72歳まで現役の男を目指して、ゆっくりと鍛えなおしたいものです。

走りの質を考える

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エコとは、地球環境にやさしいという概念であると思うが、経済的な負担を国民に強いる要素も多分に含まれている。特に最近のエコカーとエコ家電、高速道路の土日1000円という政府の方針と方向性には納得が行かない。要するにいらないものでも家電・自動車メーカなどの旗艦産業の衰退は経済成長に良くないということなのだと思う。すなわち消費経済から脱却する子ができない日本の現状があるという事なのだ。

ハイブリットカーの蓄電池の寿命には、はなはだ疑問が残る。買い替えには80万円ほどかかるようだ,10年保障は付いているというが、私は、電磁調理器では大変な目にあったので、保証が付いている事は安心にはつながらないと疑心難儀である。さらに完全電気自動車の蓄電池となると、交換には160万円ほど経費がかかるらしい。このような問題があるにもかかわらず、自家用車レベルでの(あるいは家庭での)二酸化炭素排出の削減を政府が国民に強いる。第一に開発すべきは工業製品の製品プロセスでのCO2削減であり、第二に物流家庭でのCO2削減ではないかと考える。京都議定書での削減目標に近づけるために近道ではなく、根本的なほうほうろんを政治は議論してほしいものだ。

そこへ行くと富士重工のレガシーは素敵な車である。走りの質のこだわった性能は評価に値する。車は単なる移動手段ではなく文化であると主張しているようでもある。

そんなレガシーが月産販売目標を2倍以上上回る受注7000台を超えたという。これこそ車文化では内科と思うが、いかがなものでしょうか?

そういえば走りの質といえば、東京の、ある陸上クラブがジュニアの育成のためにスラックラインを購入しましたね。走りの質を変えたいというコーチの考え方がスラックライントレーニングに行き着いたという事のようでしたが。なかなか面白い発想だと思いますね。

一般的にイチローという選手の才能を見抜いて育てたのは、仰木彬といわれている。イチロー自身も仰木を師と仰ぐが人生の師であって、果たして野球の師であったのだろうか、という疑問は残る。

イチローがオリックスに入団した事の監督は土井正三である。彼は巨人軍のV9戦死の一人で2番2塁手として王・長島へ繋ぐいぶし銀の活躍をした。特に彼が名声をあげたのは、1969年日本シリーズでの本塁突入の走塁である。阪急岡村捕手のブロックは完全と思われたが、球審岡田功はセーフの判定を下した。僕が中学1年のときだったと思う。当時の白黒テレビで見ている感じからすると、完全に誤審としか判断できないような現実がそこにあった。猛然と抗議し暴力を振るった岡村は、即刻退場を言い渡される。日本シリーズ史上唯一の退場事件であった。誰の目にも、誤審であり巨人ひいきといわれても仕方がない決定的なミスと思われたが、川上監督は「ベースを踏んだのか」と聞くと、土井はいとも平然と「踏んだ」と無表情に答えたという。

翌日、一枚の写真がセンセーショナルを生む。確かに確実にブロックをかいくぐりホームベースを踏む土井の足を写した唯一の写真が新聞に掲載されたのである。彼の高度な走塁テクニックと球審にかけられた疑惑が晴らされた瞬間であった。それは奇跡の走塁といわれ、また土井は忍者ともいわれた。彼は一流選手を凌駕する働きを見せる事から超二流選手とも言われていたようだ。

土井は1978年あっさりと引退を表明する。その年、中畑清が入団するわけだが、新しい時代を築く選手の、特に内野守備の職人を多く育てた事でも、その評価は高い。

オリックスブルーウエイブの監督に就任したのは1991年の事だったと思う。彼はオリックス野球の大改造を試みる。それは派手な打撃より、投手を中心とした守備力のリームつくりと選手起用であった。だが、彼が在籍した期間にその効果は現れず監督の技量ではない、という評価を下されたのであった。特に1992年、鈴木一郎の入団とその才能を見出せなかった、とも言われているが、私の見方は違う。誰一人愛工大名電高校の鈴木一郎という選手をスカウトするという意向をもっていなかった中、オリックスが単独4位で指名したのである。この事実は誰にも否定できない。また、土井は晩年癌を患い無口であり、弁明をしない性格から多くは語らなかったが「イチローという打者に歴史的打者の素質を見出していた」という、であるから指名したのである。土井の重い口から「指名当時、イチローの才能を見抜けない野球人がいるとは思えないかった。しかし、彼はまだ高校生であった。「おそらく歴史は張本勲の3000本安打を超え、福本の1000盗塁を超えるような大打者に育てるだろう」と直感していたと言う。

マスコミが言うようなイチローと土井の間には確執はない。それはイチローの父が証明している。むしろ「土井監督がイチローに与えた試練が無ければ、今日のイチローはありえなかった」と断言する。

また、土井は多くの一流選手がそうであるように、自分が信じる事を貫き通すと言うことが一流の条件である事も熟知していたのである。最初から確執などは存在しないのである。また、一般的に土井はイチローを扱いきれなかったと言う風評も当てはまらない。

土井はその後のオリックス2連覇の立役者であり、優れた才覚と人材育成能力に長けた一流の野球人である。

イチローとの確執以外に、長島一茂との確執も取りだ足された、それは巨人コーチ時代に、長島一茂にバントを命じたとき「いらね~よ、あんな奴」といわせた事に端を発した。一茂は罰金と無期限出場停止処分を課せられるのであるが、当事者の土井は意にも介していなかったようだ。後に「小さい頃から家族のように付き合ってきた中だ、親しさから出た言葉で私は一茂に何もうらむ事はない」といったというが、これもマスコミが作り上げた逸話であろう。

すなわち、イチローの才能を一番早く見抜いていたのが土井正三である。

また、長島一茂の才能を見抜いていたのも土井であったと思う。

指導者は、時には冷酷に選手の才能を見抜き、常に最善の判断を下さなければなるまい。

土井正三と言う男は、まさに素敵な野球人であり、私は彼に、常に深い感謝と畏敬の念を持っている。

 

子供たちの身体能力に

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金曜日の事だが、ロッククラフトの駐車場では、クライミングスクールの合間に、サッカーやバスケット、キャッチボールや鬼ごっこを楽しんだりしている。ジム内では、バランスボードやバランスボール、ドッチボール、レスリングやスラックライン、時にはかくれんぼなどもしているが、どの子も元気に汗を流している。

以前も書いたが、ロッククラフトは単一スポーツに専心することよ良しとは考えていない。最近はクラブ活動で楽しんでいる子供も多いが、バスケット、サッカー、野球、陸上、水泳など、日常を楽しんでいるスポーツも多彩である。

その子供たちに大きな変化を感じるようになったのです。それは、動作が機敏になり、判断力がすばやくなり、特にサッカーでは、右足でも左足でも、ボールをけったり、取りに行ったりできるのです。特に左右の揺さぶりにはすばやい反応を示しますね。

バスケットでも、ドリブルがうまくなりました。相手を交わしたり、抜き去るすばやさが身についてきたようです。多少難点を付け加えるなら、下半身が急激にストップしても、状態がその早い停止についてゆけず、前に転んでしまう事です。また転ぶ時に、手を付く・・という動作を瞬間的に判断できないはあいもありますが、それはマットの上での運動による安心感がなせる業なのかもしれません。転んだときに腕でサポートする(受身する)習慣を身に付けさせる刺激を与える事をこれから考えてみたいと思います。

でも、かなりいい感じで、仕上がってきています、こどもの身体能力が・・・

マ、クライミングが上手いとか下手という問題とは別ですがね

 

ナダルの欠場

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ウインブルトンテニスのナダルの欠場は妥当な判断だと思う。歴史上昨年の覇者が欠場した事は無いそうだが、彼の才能と若さ(23歳)を考えると、これからの人材でもあるので、苦渋の決断とはいえ良い決断であったと思う。彼の今年の動きは昨年の躍動感のある動きとは異なっていた。強さというかショットもパワーは増したようだが、体の大きさが気になっていた。縦横無尽にコートを駆け回り無尽蔵なスタミナを感じさせた昨年のやわらかく、しなやかな動きが消えうせ、戦車がズドーンと大砲を放ち相手を粉砕するような感じを受けた。フレンチオープンの時は体がデカイ・・と直感したが、フットワークが硬く、左右の揺さぶりに足が付いてゆかない・・という感じだった。予選を見ていて、既にフエデラーとの決勝戦はありえないと直感して、既にこのブログでも優勝フエデラー宣言をしてしまったが(たまたま当たった)ナダルは昨年の後半から動きに疲れが出ていたし、筋トレのせいなのか、疲労からくる焦りなのかは解らないが、オーバートレーニングになっていたようにも思う。世界一の重圧が彼から「彼らしさ」を奪い取ってしまったのかもしれない。

またはフエデラーを目標にしていた昨年とは違い、全ての選手がナダルを目標に練習してるという現実に、彼の練習プログラムが追いつかなかったのかもしれない。

膝の靭帯は全てのスポーツアスリートに共通するウイークポイントでもある。強化が難しく、しかし、損傷しやすいとう要素も含まれる。

ナダルの練習が、いかなるものなのかは、私にはわからない。しかし、もともと右利きの選手がある時期からラケットを左に持ち替えて宿敵フエデラーという頂点のアスリートを倒す事を目標に練習していたのであるから、並大抵の練習ではないと確信できる。

逆に世界一だったフエデラーは世界ランクが2位になる事で自分に欠けていることを補う練習を積み重ねていたようにも見受けられる。特にやわらかく脂肪の乗ったお腹は相当なスタミナアップを図った成果だと私は考えた。

テニスというスポーツは最初に勝った者ではなく、最後に勝ったものが頂点を極めるスポーツである。その延べ試合時間は一試合たった二人で5時間近くも対戦する事もある。降雨や強風によって5時間以上待たされた挙句に再試合・・なんてこともある。精神的なスタミナもかなり重要な要素である。

また、チームメイトが助けてくれたり、補ってくれたりする事も無く、あまりにも過酷な、しかもエレガント(優雅で素敵)なスポーツである。

さらに、勝負時に運は、特別な場合を除いて勝敗をきめる要素にはならない様に思える。

昨年のナダルとフエデラーの死闘が繰り返された1年は素敵なシーズンであった。その頂点を極める試合を近い将来にもう一度見てみたいものだ。

ナダル僕は君を応援している。もう一度世界に戻ってきてほしい。そのために膝は完璧に治してからステージに上がってきてほしいと思う。

 

死ぬまで生きる

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「僕は死ぬまで生きる」とはプロゴルファー杉原輝雄の言葉である。彼は1957年プロテストの合格して生涯62勝をマークし71歳の今日まで現役プロゴルファーである。私は1957年生まれなので、私の人生と同じ長さをプロとして生きているわけだ。すごく素敵なプロである。彼は2度の大病を患いながら、生涯現役を貫き通すという。すさまじくも熱く暖かい言葉として私たちの胸に響いては揺ぎ無い。今日も前立腺癌と闘いながら、自然体で生きる事を迷わない。

また「恋人といるときも楽しいひと時だ」と所はばからず人間としての行き方を語るが、そんな言葉も、なぜか素直に伝わってくる。

彼が言う言葉にはいやらしさが無い。そんな彼の生き方にも、僕は憧れを感じてしまう。派手さは無い、生涯現役として、ただひたすら生きる事を迷わない。運命が試練を与えても、ひるまず、立ち止まらず、常に基本を貫き通すゴルフは、彼の人生そのものにも共通する。すなわち裏表が無い。あるいは、裏も表も全てが自分とでも言いたげに、自分を装飾せず、ただ自分らしく生きる事をいとわない。

僕も男として、70才の齢(よわい)を迎えたなら、彼のように生きていられるのか、正直言って自信は無い。しかし、常に(迷いながらも)迷わず、(くじけなそうになりがらも)ただひたむきに、(挫折しながらも)常に基本に返りながら、彼のように「死ぬまで生きて、恋人と過ごすときを楽しんで」生きてゆきたいと思うのだが、これは煩悩に浸った考えかたなのだろうか・・と、人生の途上で悩む事ばかりである。

 

第1回 ボデイケアは終了

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6月14日(日)に行った、ボディケアは好評のうちに終了しました。おかげさまで、2回目は6月28日(日)に行うことになりました。カイプラクテクス、リンパドレナージュ、オイルなどのミックスメニューで、6名限定で予約を受け付けます。

人数  6名(予約のみです

料金 5000円(一人60分)

問合せは申込は、向井まで0285-41-1325

表現が少し大人チックなので、15歳以下は閲覧を控えてくださいね

About Last Night とはデミ・ムーア主演(競演は何とかロウ)の映画である「昨日の夜は」というタイトルだったが。この映画を見てそのように訳する以外にいろんな考え方が頭の中を流れては消えていった。あの映画は、何度も abut last night という言葉が画面を駆け抜けていたように思う。

もともと「Abut Last Night」という映画を見たくて見に行ったのではない。「ゴースト(ニューヨークの幻)」という映画に感動して、主演のデミ・ムーアに恋をしてしまい、彼女の主演した作品を片っ端から見に行ったのである。幸いなことにボクの自宅から1分のところに文芸座という映画館があった。ボクが池袋に住んでいたのは、1982年~1990年までのことであるが、もちろん伝説の映画館である。ここでボクは多くの名作と出会ったのであった。ボクの時代背景にない古い映画は、皆ここで見させていただいた。又、最新作でも、見逃して文芸座での上映を待つこともしばしあった。歩いて1分、そして深夜まで上映している。アンダーグラウンドな作品や問題作品も含めて文芸座の作品選択は世の中に対して何かの提案をしているかのようでもあった。それはボクのとってパリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座のようにボクに人生を、あるいは映画とは何かを問いかけてくれた、映画館以上の存在でもあった。

話は戻る。ゴーストとは素敵な映画であった。事故でなくなった彼氏が死に切れず彼女を守る為に地上にとどまり、彼女に自分の存在を訴えかけれない歯がゆさをかみ締めながら、心に愛を伝える・・という作品であった。ストーリーは省略するが、その映画の中で、死んでしまった彼のことを思い涙を流すモーリーに、幻となった男(たしかサム)は言うのである、彼女の心の中に問いかけるように・・

「夜、それ神が涙を落とす時間」

「星、すべてが神の目だ」

「君は今、僕を見ている」

「君は一人じゃない」

「この星空に、君が見ている星・・それはボクだ」

「君が見ているどの星も、ボクは君の星となり、君を見つめ、君を守る」

英語がわからないので、自分勝手な翻訳であるが・・そう言っているように思えたのである。

モーリーを演じるデミ・ムーアの聡明な輝く瞳と純粋な美しさに完全に引かれてしまったのである。それからボクはデミの出演している映画を見漁ったのであるが、その中でAbout Last Night は完全にボクの意表をつく妖艶なデミ、官能的なデミであり、ボクのデミに対する幻想が破壊された衝撃的な映画であった。

確かに映画人として、演技する仕事の時と、実生活も同じな訳なだどないのであるが、好きになった人は、おしっこもしないと考えてしまうぐらい、僕の中には理想を作り上げる想像力が卓越していて、現実とはまったく乖離したままデミを偶像化した存在にしていたのである。その頃は30歳も過ぎて、子供もいたのであるが、なんとも幼稚な精神の持ち主でもあった。

昨日の夜は(about last nght)のボクの感想文?

About Last Night(それは、一夜限りの恋のはずだった)
少しだけ人生に疲れていたのかもしれない。
どこかのバーで思いっきり酒によって、その勢いで、一夜限りの恋を楽しむ事だって、人生には必要なのかもしれない・・。デビー(デミ・ムーア)はそう考えたのかもしれない。
そう思って飛び込んだバーで、彼女は運命的な恋に出会う。
しかし、その時の二人は「About Last Night(ただ夜のため・・)」だけの関係であった。
初めての夜、初めから「About Last Night(一夜限りの恋)」のつもりだった。だからあらん限りの理性を取り払い、貴方とセックスをむさぼりたかった・・

そのはずだった「About Last Night(昨日の夜は・・)」
でも、貴方を抱いて、貴方に抱かれて、一夜限りではない関係もほしくなった。それほど、ある意味では誰でもよく、でも激しくセックスを楽しみたかった。

デミ・ムーアの妖艶なセックスシーンが頭から離れない。ニューヨークの幻で見せた、清純なイメージは一気に吹き飛んだが、そのコントラスト、あるいはギャップが彼女の魅力でもあり、出世作になった映画作品でもあった。しかし、この映画は1986年である。ゴーストの4年前で、彼女の私生活は乱れていて?麻薬中毒にもなっていたようだ。ボクは映画のデミと現実のデミとのギャップに悩む日々を送ったが、それがボクにとっての現実である。女優としてのデミは実像ではないことを知りながら・・・。

映画の話に戻る

About Last Night(昨日の夜だけ・・の恋のはずだった)

二人の生活は共同生活・・という形で新たに始まった。しかし、仕事や友人関係、共用部分の使い方など、さまざまな問題をかかえて、うまくは行かず、ドライな関係のみ(いわゆるセックスだけのフレンド)としての付き合いに切り替えるが、それもまた、うまくは行かなかった。


「About Last Night(もう、会うことのない一夜)」を過ごして、二人は別々の人生を歩み始める。

しかし、離れてみて、何かが物足りない事を、お互いが感じ始める。
その何かがわからないまま、時間だけが過ぎてゆく・・。


そんなある日、草野球のグランドの脇の堤防の土手を自転車で走る君を見つけた。「About Last Night(あの夜とは違う君がいた)」

あんなに愛だけをむさぼりあうだけ・・・の関係の君ではなく、初めて会ったような新鮮な感覚が、ボクの心を満たしていた「About Last Night(まるで初めての君との夜)」のような、明日の君がそこにいた。それは、彼女も同じだった。

「About Last Night(子供過ぎた若い頃の一夜の恋)」とは違う、そんなお互いを見つけたような気がして・・・・・。

「About Last Night(新たな、昨日の夜が始まった)」

多分二人は、心の満たされない部分も埋める相手として、傷つけあいながらも相手を人生に必要と感じたのだと思う。

人生に必要なものとは人それぞれに違うと思う。愛にはスタンダードという形がない。愛とはそれ自体が愛である。童話作家シエル・シルバスタインに言わせるならLove is giving ということらしいが、愛とは、なかなか難しい人類の課題である

最近だと、メッセージ・イン・ァ・ボトル、君に読む物語、PS・I love you、などはなかなか良かった。最新作だと「最後の初恋」「愛を読むひと」あたりがよさそうだが、たまには恋愛映画も見たいものだ・・一人で見に行くのは、少し苦しいが・・・。

 


 

ボクは強くなれる

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「ボクは強くなれる」それはオリンピック柔道で3連覇した野村忠宏の言葉である。それを裏付けるように、全日本の合宿での練習はものすごい気迫に満ちた乱取りを披露したという。34歳という年齢を考えると、限界を超えているようにも思えるが、その卓越した技術と洞察力、気迫には鬼気迫るものを感じる。たった一度のチャンスを逃し4連覇の夢を絶たれてから、僅か1年、相当な練習を積んだ感じが見受けられた。

もう体力的には、20歳代の選手には遠く及ばないはずであるが、100キロ超級の選手と対等に練習する姿は、正に体力の限界を心技が超越しているようにも思われた。素敵な柔道家である。

そもそも、4年に一度のワンチャンスに日本選手権を制して代表に選ばれるのは至難の技でもある。その修羅場を3度も越え、さらに北京オリンピックの切符を僅かの差で逃し、折れた心の損傷は言葉で表せない位の苦痛であったと思う。

「我慢ができるアスリート」とは彼のトレーナーの言葉である。膝の靭帯の損傷手術から13ヶ月。あせらず、ひるまず、ただひたすらに、我慢の限界を超えた厳しいリハビリを繰り返し、完璧な身体の再構成されているようでもある。多くのアスリートは焦りから、中途半端なリハビリ途上で実践練習に入ったり、故障しながら、だましだましで大会に臨んで感化を鑑みる傾向にあるが、野村の場合は、あえて完璧なリハビリと自信の回復をまって、全日本の合宿に乗り込んだようにも見受けられた。

正に一歩一歩ではなく、すり足にすり足を重ねるようなリハビリであったという。ボクも右ひざの内側側副靭帯を損傷した時は、ギブスをしたまま、太ももの強化練習をしていたが、それは間違った練習であった様だ。4週間もギブスをしていると、誰の足だかわからないくらい太ももの筋肉はやせ細り、まったく動かなくなってしまう。立つことすらできないような状況に陥ってしまうのであるが、野村の場合はあせりを気迫で覆い隠す強靭な忍耐力を持ち合わせていたのかもしれない。正に恐ろしいほどの天才である。

真剣勝負の練習では、66キロ級の内柴を、あまりにも鮮やかに凌駕してしまったという。内柴の「僕と代表を変わったください」と言うジョークを軽く受け流し「いいや狙いは、60キロ級だ」と言い切る執念には彼の思いの深さを感じる。

34歳という年齢で、全盛期のウエイトを維持することはも正に神業なのである。

結果を、どうのこうのと言うより、今の世界を狙うアスリートに欠けている魂の深さ精神の重さを感じさせる存在でもある。

一フアンとして、彼の動向を暖かく見守りたいものである。

 

この言葉は僕の知人が僕に残した言葉であるが、やはり素敵な考え方なので、少し触れておきたい。われわれは既に地図のある時代に生まれた。何処に行くにも地図があり旅行パックがある。それは登山においてのエベレストにでさえ存在する。すなわち旅行パックを購入すればエベレストにも登頂できるのである。20世紀の初頭から北極点、南極点、そして第三の極地としての地上最高高度地点へ冒険は既にレジャーの範囲にあるのかもしれない。

それは宇宙においても同様である。数億円を賭けて月旅行へ行く時代がもうすぐここ(地球)にやってくる。もっとすごい事は、新たな炭素繊維の発見によって「月まで橋を架けよう」というプロジエクトまで存在す炉のである。19世にのSF作家ジュール・ベルヌはどんな思いで「月旅行」なる小説を書いたのか?今となっては想像の域を出ないのである。

20世紀初頭には、既に地球は宇宙船であり(宇宙船地球号)銀河系を光速の4倍の速さで飛行している・・という仮説まで存在している。まさに人間の想像力は無限であり、宇宙と大差ないのかもしれない。

中世の大航海時代には地図のない世界の発見を目的に地球の探検に人々は繰り出した。それからわずか400年でわれわれは銀河系という宇宙の地図もその全体像の21%まで科学力で描き出そうとしている。2025年頃までには70%以上を究明できると考えている科学者もいるようだ。

地図を持つ事によって、商品という冒険を購入してはいなのだろうか、と、ふと考え込んでしまったのである。地球上には地図上の空白はほとんど無いようだが、海底にはほとんど未知の世界でもある。探査機で音波測定されて作り上げた海底地図のあるが、やはりここにも銀河系宇宙に近い未知の世界もある。海底以下の探検(地底探検)においてはまったくの手付かずであろう。まだまだジュール・ベルヌの想像力を超える科学は存在しないのである。

そう考えると「ぶんがく」は科学より先鋭的であると考えられないだろうか?

 

 

オールウエイズ

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「Always」といえばオードリー・ヘプバーン最後の映画作品として有名だが、日本では「オールウエイズ・3丁目の夕日」のサブコピーとしてのほうが有名なのかもしれない。このタイトル「Always」は(何時までも貴方の心に)という風に翻訳すると素敵である。この映画「Always」はステイーブン・スピルバーグが愛を描いた唯一の映画?なのかもしれないが、もともとはダルトン・トランボ原作の「ジョニーというガン」のリメイク版でもある。リメイクといえば「オペラ座の怪人」ほどリメイクされた映画もないようにも思うが、今回の主題はリメイクではないので、この話(オペラ座)は別の機会にする。

このAlwaysという考え方で映画の脚本を書き続けた、ダルトン・トランボという男について少し話がしたかったのである。彼はさまざまな脚色を施したシナリオを書いて、多くの名作を代に送り込んだ。しかし、彼自身が脚光を浴びる事はほとんど無かった。デビュー作は1037年の「潜水艦SOS]である。「東京上空30秒」「緑のそよ風」など日本とも関係の深い作品なども残す一方「マッカーシズム」に陥り弾圧されるという経緯を持つのである。まさにアメリカの敵とみなされ投獄されているにもかかわらず。「黒い牡牛」や「スパルタカス」などオスカーという名称を映画界に送り込んだ男でもある。

彼の名をもっとも有名にしたのは「ローマの休日」なのかもしれない。反戦活動の合間に?「脱獄」「パピヨン」「ダラスの熱い日」人間の生きる権利と差別をテーマにした「ジョニーは戦場に行った」など名作をあげると尽きない「いそしぎ」「栄光への脱出」など、そのほとんどの映画をリアルタイムかあるいはビデオなどで鑑賞していながら、その作品の脚本家へ目を向ける事など僕にはありえない事であった。

彼ほどアメリカを批判して、しかしアメリカ映画を愛した脚本家はいたであろうか?売れる作品を作る才能ではなく、映画を作品として世に残す意味を考えながら、脚本を書くなどという事は現代の脚本家の精神に存在するのであろうか・・と、ふと考えたのである。作品が売れて自分の経済が豊かになり有名になる。トランボには、ほとんど関係の無い話であったのだと推察する。

確かに作品が売れる事による利益でさらなる作品を作る資金が捻出されるわけであるが、映画を作品として売る野ではなく、作品として残す(問題を提起する)という事の使命が映画にはある、とトランボは考えていたのだと思う。

よーく鑑賞してみると思わぬ側面がトランボの作品から浮かび上がってくるのであるが、回りくどいが、自ら「オモシロイ」という概念を捨てて、時代背景や思想、あるいは歴史から何を学ぶのか・・という視点で、トランボのみならず映画を鑑賞することも大切な文化だと、私は思う。

映画が無かった時代は、書物が其の全てであった。話は軽く江戸中期に飛ぶが、水戸のご隠居「黄門様」の最大の功績は歴史書の編纂であろうか、佐々助三郎(助さん)安積覚兵衛(角さん)など大日本史編纂の資料集めに地方を漫遊したのは、黄門様ではなく、水戸の藩士たちであったという事実も少しは知っておきたいものである。

もし、水戸のご隠居がいなかったら、日本には歴史学の存在がもうすこし遅れていたようにも思う。重要な人物であることも付記しておこう・・。全ては「オールウエイズ」何時までもあなたの心に・・何を残すのか、という事が重要な気がしてならない。

そんな感覚で、映画や文学、あるいはスポーツを観戦し、自ら行う・・という事の大切さを、トランボはわれわれに残したのかもしれない、と、思ったのであった。

昨夜は、比較的早く帰って、サッカーを観戦するつもりだったが、家ではテレビのチャンデルを娘に取られてしまって、観戦不能でした。やっとの思いでチャンネルを確保したら、前半に1点を取った用でしたが、、相当、攻めこまれているようでもあったので、美妙な感じでしたが、いつの間にか眠ってしまいました。

中澤とトゥーリオが体を張ってがんばっているようでしたが、よく持ちこたえたと思います。若い世代が速さとスタミナ、チャンスに賭ける強い意志を持っているようにも思えました。

ベテランの守備陣、熟練された中盤、そして若い最前線のチーム力が守りぬいて勝利を書き取ったように見受けられました・・といっても後半の5分くらいしか見ていませんが・・。僕がサッカーに燃えていた1970年代の前半は世界は遠すぎる時代でしたね。毎週サッカーマガジンとサッカージャーナルを買って、憧れの選手はジョージ・ベストとベッケンバウアーでした。で、チームのユニフオームをマンUレッド(其の頃のマンチエスターは赤い悪魔と呼ばれていた)にして、僕のポジションはリベロだったので、BBと同じ背番号6をつけていたのかな。結構、影響されていました。中学まではベストと同じウイングフォワードでしたが、なぜ僕がハーフならいざ知らず、バックになるなんて創造もしていませんでしたが、結構バックから試合を構成するのも楽しいポジションでしたね。でも得点は3本くらいしか上げられませんでした。中学の頃は得点を挙げるのが僕の仕事だったのに・・・。

なんとなく高校のサッカーと今の仕事が重なりますね。

マ、岡ちゃんおめでとう・・と、なぜか他人事みたいですね

 

フエデラーも素敵だ

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フレンチオープンが行なわれいる。今年のナダルをみた時「大きくなった」と感じた。それはボクにとっては違和感であった。昨年のやわらかい筋肉の感じがうせて、何故か体が重たそうな印象を受けたのである。案の定、サイドのフットワークに精彩がない。それが結果を生んだのか(予選で敗退)は解からないか、昨年の感動的な再演は望めないと感じていた。

それとは対照的にフエデラーは何も変わってはいないような感じであった。予選から彼の試合を見ていると、スコア的には苦戦をしているように見えるが、順調に決勝に向けて、さまざまなテストを行ないながら試合に望んでいるように感じた。時に体の柔らかさ(脂肪で少し弛んでいる感じ)はナダルとの決勝に向けて、あるいは誰が決勝に上がってきても、5セット恒に戦うという準備を十分に行ないながら勝ち上がっているようにも見受けられた。おなかの辺りの微妙に弛んだ感じが尚良かったのだ。

あくまでボクの印象である。肉体を研ぎ澄まし、昨年以上に筋肉量を増した感じの違和感のあるナダルに対して十分なスタミナと回復力、さらには集中力を蓄えて、確実に決勝戦に上がってきたフエデラーのお腹に「素敵」を感じてしまったのである。

ちょうど今から24年前、ボクはフランスにいた。ルマン24とフランスオープンが行なわれていた。どちらも、延々と走り続けるノーカットのカーレースと、雨での中断中もコートを映し続けるテレビの映像に驚きを感じていたのである。

日本のテレビでは「ありえない」のである。此処にフランスの我慢強い文化を感じてしまったのであるが、24時間もルマンを見続ける国民が居ること。雨での中断中もコートを見続ける国民が居るからそのような淡々としたスポーツ番組が成立すると、ボクは勝手に思い込んでしまった。

どちらも、途中でCMが頻繁に番組を中断はしない。よけいなコメンテイターの喋りが、ゲームの臨場感をバラエティ化してしまうことはなかった。又、サッカーの試合は観客が選手の興奮を促し、それが観客の更なる興奮を呼び、絶叫することで観戦することの充実感を味わうことになるのだが、ことルマンとフレンチオープンは選手のパンフオーマンスに酔いしれるのである。そこにはスポーツに対する深い文化の影を見る思いがするのだが、マ、絶叫もスポーツ観戦の良いところなのであろう。

まだ、決勝戦は済んでいないのに、フエデラーを素敵と言い切るには早いようにも思えたが、スポーツは必ずしも勝者にもが美しく素敵であるとは限らないのである。

決勝戦が待ち遠しい・・・あ、今日はワールドカップサッカーのアジア最終予選か?何故か高校までサッカー選手であったのに、日本のサッカーは見なくなった僕が居る。それはプロ野球においても同じである。

確か1975年ころマンチエスターユナイテットが日本に初来日した時、ボクは名古屋の瑞穂競技場に観戦に行ったが、観客は1000人に満たなかったと思う。ほぼ2軍のマンUに対して、ボールさえ取れないジャパン。確かSFは碓井であったと思う。彼の一生懸命にボールをとりに行く姿勢には頭が下がった。ホワードが守るという概念はそれまでの日本にはなかった。日本のSFにはそれまで「アジアの大砲」という神様が君臨していたのである。

その頃のサッカーは人気のないスポーツの筆頭だったのかもしれない。スポーツ観戦をブームとして捕らえるより文化としてスポーツを観戦する。そんなフランスの国民に感動した1985年であったと思う。

情熱と冷静の間とは言わないが、スポーツを文化として捉える国民に日本もなるのであろうか?

 

身体の疲れを癒し血行を促進する効果のある,ボデイメンテイナンスを開催します。

日時  6月14日(日) 10:00~20:00

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施術者 越谷カイロプラテイック 院長 嘉陽眞由美先生(かよう まゆみ)

予約状況 空き時間(10;00~12:00  17:00~19:00)以外の時間は予約が入りました。

 

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確か大学の心理学の授業のときだったと思う。「狼に育てられた少女」と「アブェロンの野生児」は興味ある報告書なので、読んでみるように・・と言われた。そこには恐ろしい現実があり、背中に戦慄が走った記憶がある。おおむね人間の成長に社会的背景の存在は必要なのか、もしくは社会的背景が無くても人間は人間として文明化するのであろうか。という非常に難しい問題を社会に提起した作品である。

近年になって、それらの野生児と狼に育てられた少女は、おおむね自閉的傾向(自閉症)をわずらっていた、という風に結論付けられているようだが、最近になって、脳科学が幼年期の脳の発達段階でのシステムを分析できるようになってきて、新たな問題が提起されようとしている。

「人間がもし文明化しなかったら、あらゆる動物のうちで、もっとも弱く、もっとも知的でない存在に数えられる」とはアベロン(フランス)の野生児の著者イダールの冒頭の言葉であろう。

知性(知識)とは環境によるものなのか、それとも素質によって構築されるものなのか、という考え方を19世紀初頭に提起したことは、画期的な思考といえる。

同じく「狼に育てられた少女」はベンガル(インド)に多く残されている伝説の実際例として、20世紀初頭に発見された2人の少女は、アマラとカマラとなずけられ、孤児院を運営するシンク牧師夫妻に育てられたが、人間化することなく、若くして無くなった。

これらの事実?は、詳細に記録されているにもかかわらず、捏造とか、作り物、あるいは偽善的行為などと言われて、西洋科学からは、非難の矢面にも立たされていたようにも思われている。

いずれも詳細は専門的なので省く。

同じく1970年代に2つの問題作が映画化された。「ジョニーは戦場に行った」と「エレフアント・マン」である。前者はダルトン・トランボ脚本の作品である。戦場でほぼ全ての感覚器官と手足を失った人間の生き様であるが、まさに文明が人間の生死観や戦争に対するアメリカ国家の思想弾圧への挑戦的作品である。奥が深いので、見てみるといい。

もう一つは「エレフアント・マン」である。19世紀のイギリスでの実話を元に脚本されたといわれているが、見掛け(外観)が醜くとも美しい心を持つ事を忌み嫌う文明人の理性を痛切に批判した問題作でもあると思う。

すなわち、文明化とはいったいどういうことなのか・・という事を世に問う・・という文学や映画などの作品が稀有な時代になったような気がする。

うまくはいえないが、この科学文明によってもたらされた便利さについて、もう一度考え直してみてはいかがなものだろうか?

人間は、何処に行こうとしているのであろうか・・という事である。

 

お、新ボルダーエリアに

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看板ができたようです。大ちゃんのHPhttp://koyamada.dai.hiho.jp/に乗っていました。

公開はもう少し先ののようですが・・楽しみなエリアですね。ボクも2日間同行しましたが、日本最大級のエリアになると思います。環境には十分な配慮が必要でしょう。ボクはカモシカと出くわしました。

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素敵なイチロー

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それにしても、イチローと言う選手はすごい。WBCでの優勝で「心が折れそう」になる位の重圧に打ち勝ち、勝利をものにする「おいしいところをいただき」。開幕にはストレスからくる胃潰瘍になり戦線離脱して、何とか復帰したが、張本氏の前で3085案だの達成「神様仏様一郎様」と往年の西鉄ライオンズ稲尾様を彷彿させ我々に新たな感動のドラマを与えてくれた。そして、調子を取り戻して、5月は49本の安打を量産して、アメリカンリーグ打撃部門(打率354厘)を5位まであげてきた。、正にミラクルな歴史の開拓者であろう。まだまだ、開幕2ヶ月が過ぎたばかりであるが、既に安打も69本まで積み上げてきたようです。王、長島、大鵬なド、優れたアスリートを見てきましたが、イチローは僕の中でもっとも憧れのアスリートになろうとしていますね。

世界にはさまざまな格言を残した偉人たちがいますが、イチローの言葉も、ボクに人生を教えてくれているような気がします。

まだ、気が早いですが、彼が5000本安打を達成する試合には、生涯で2度目の観戦をしたと考えています(一度目は偶然甲子園でした)

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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