2008年7月アーカイブ

栃木クライミングカップ

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<栃木クライミングカップ2008>

要綱が発表されました

http://homepage2.nifty.com/jfa/compe/schedule/info/tochigi_08.pdf

申し込み書は

http://homepage2.nifty.com/jfa/compe/schedule/info/tochigi08_app.pdf

です、小学3年生より参加できますよ!!

詳細は後日アップいたします。
日時と会場のみ確定しております。

主催 栃木県山岳連盟
日時 2008年10月12日(日)
会場 今市青少年スポーツセンター(日光市)

お知らせ
2008.7.25 開催要項は後日(9月1日頃)アップいたします。
   
開催要項など
しばらくお待ちください。
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サ~、ロックの皆さん、お待ちかねの大会です。
詳細は不明ですが、おおむね小学4年生くらいから参加
できると思います。夏休みはしっかり練習しようね!

大会だ~

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2008 FLYING FINGER THROWDOUN IN SPOLE

 

来る7月26日(土)午前9時半より

つくばスポーレボルダーリングコーナーでボルダー大会を行ないます

対象  ビギナー(われこそは初級者と思われる方)

人数  50名程度(中学生以下の参加には保護者の付き添いが必要です)

参加費  3000円

参加者にはジエイソン・キール氏オリジナルデザインTシャツプレゼント!

 

高仕込み締め切りは7月19日です、申し込みは直接スポーレ 029-839-5151

ロッククラフトにも申し込み用紙があります・・よろしくね

偉大な引退 野茂英雄

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確か1990年の初めだったと思う、近鉄球団荷社会人から野茂英雄投手は入団したのは・・。

その投球フオームはまさに竜巻(トルネード)を髣髴させ、竜巻の印象は未曾有の災害からヒーローへと大きな変化を促したといっても過言ではないようなきもする。

あいにくパシフイック・リーグに所属していたため、ほとんどテレビで観戦することはなかったが、まさに自分流の投球フオームとその存在感は近年では圧倒的なインパクトを私たちに与えたような気がした。

朴訥でありシャイでもあったのか、コメントの少なさも、かれ独特の魅力の一つでもあったし、いかなるコーチの提言も良い意味での無視というか、自分の思い入れを貫き通す精神力にも圧倒された。

同じころ、イチローという選手も日本のプロ野球界はは排出したが、記録でのすごさよりも野球人としての存在感大きさは、他の選手の追随を許さないものであったと思う。

日本での野球人生に見切りを付けてアメリカに渡ったのは1995年ころのことであったと思うが、さまざまな難関を自らの意思で切り開く生き様は20世に近代野球の先駆者として、揺るぎないものがあると思う。それは昭和30年代、子供心に街頭テレビで力道山のプロレスを見て興奮していたころを彷彿させるような印象でもあった。

まさにアメリカに日本野球が送り込んだ黒船だったのかもしれないな~と、野茂英雄投手の挑戦を、興奮しながらBS放送で観戦していた記憶が、今でも鮮明に心に残る。

しかし、いかなる歴史にも終止符は打たれるものである。

最後の言葉は「少し悔いがのこるが、引退をすることになりました」というものであった。

悔いの無い人生とは、まさに理想ではあるが、現実とは言いがたい部分も含まれている。

やるだけのことはやったが、39歳の野茂にとって130キロ代の速球では、もはや現役続行は不可能であったのだろう。彼を必要とする球団は4月以降現れなかったのであった。

それでも現役復帰を目指して模索する野茂の姿は、メデイァからは配信されないが、野球の胸には伝わってきていたと思う。

ボクは必ずしも野球フアンでは無い、確かに巨人大鵬玉子焼き世代の末裔として、野球は見ていたが、正直いって長島や王のフアンであり、野球が面白いと持ったことはあまりなかった。

小学時代は野球少年ではあったが、毎日の練習がたたり、野球ひじになりボールを投げられなくなった自分は、むしろ野球を憎んでいたのかもしれない。

長島茂雄ガ引退した1974年、ボクは高校3年であったが、テレビも前でやはり、泣いた。ボクの記憶の中では偉大な人物だったのだろうと思う。1度だけ大学時代に長島を見たが、王とならびやはりオーラがブンブンと伝わってきた。

さて、これから野も英雄はどこに行くのであろうか?

画一化され均整のとれたエリート選手より、自分の美学追求のために、少しはアウトローに、あるいは悪ガキな少年の育成に自陣の経験を生かしてもらいたいと思うのは、少し皮肉れた少数の野茂フアンの共通の考え方かもしれないが、「ここまでがんばったんだから、これからは頑張らないで生きてほしいと思う」

私たちは野茂英雄という野球選手を失ったわけではない。誰もがたどる道の途中に立ち会っただけである。これからは普通の人生のありふれた形で、近所の子供たちに「おじさん、野球やったことあるの」と笑われ、囲まれながら『そうね、昔は少しね』ってくらいご近所で、子供たちに野球を教えてもらいたいと、私は考える。

偉大な引退は、普通の日常の始まりとなり、やがては染まらない人間の育成に無形の文化を継承してほしいと思う。

 

お疲れ様でした、

偉大な投手 野茂英雄様

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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