1)ロブショット
ゴルフにおいて、ロブショットという打ち方があるようだ。
全力でクラブをスイングさせて、ボールをいかにと飛ばさないか・・・という打ち方らしいが、大変重要なうち方ではあるが、練習している選手は少ないらしい。
16歳の少年は、昨日の大会でそんなうち方をして、ミスを回避したという。
アマチュアの考え方だと、てんぷらショット(言い方が古いのかな)で、打ちそこないのことである。
サッカーで言うと、宇宙開発。ゴールポストのはるか上に、空に向かってシュートを打つことで、未熟な技術の賜物である。
野球においてはインフイールドフライ・・すなわち走るまでもなく、バッターアウトである。
いずれにしても打ちそのないのことではあるが、英語ではロビングショットといって、どんなスポーツにおいても存在する。基本的なショトではあるが、打ちそこないのため、あえて練習をする選手は少ない。
野球練習で言うと、ノックをしているコーチが、ホームランを打つ振りをして、あえてキャッチャーフライを打つという離れ業でもある。
そんな練習まで、あえてしている16歳は只者ではない。
私も大学2~3年のころ、ゴルフ練習場で、毎日6時間バイトをしていた。朝の5時から8時、夜の8時から11時という時間帯であるが、いわゆる玉拾いである。
しかし、ほぼ2時間は7番アイアンで、ひたすら打つ練習をさせられた。教えてくれたのはプロのコーチである。
理由は簡単「忙しい時、7番アイアン1本勝負で、打ち方をお客さんに教えるアシスタントをせよ」
というよとであった。
何故、7番なのかと聞いたら[向井君がすべてのクラブを使えるようになるのは難しいし、僕は研修生で、今はコーチから[練習場では7番意外に使うな・・といわれているので」と言い訳が簡単なことが理由のようだった。あるいは7番アイアンがスイングの基本だったのかもしれない。
確かに7番アイアン一本でもいろんなうち方があったし、うまくなると、なぜか打ち損じしにくく、てんぷら(天井にフライを打つ)ショットは少なくなる。しかし、横地プロは[あえて全力でフライを打ってみろ]といったのを思い出した。
うまくは打てないのである。
[基本を忘れるとは、そういうことだ」と笑いながらいった。
そんなことを、ふと思い出してしまった。
基本とは家損じなのかな?・・・真意はわからない。
2)キャッチャーフライというノック
ロブショット(ロビングショット)はテニスにおいて「邪道な手段で練習するな」とは小学校の時のコーチ(単なるテニスお宅の親父)の話でもあった。
試合中に「小学生のくせに、そんな打ち方はしていけない」という話だったのかも知れないが、ロビングを軽くあげられると、反応できない自分がいた。集中できないのである。
1970年代に西ドイツにゲラハルト・ミューラーというストライカーがいた。当時、時速135キロを超える弾丸シュートを打つ天才であるが、1974年のワールドカップでは、ころころ・・とミスシュートにような感じでゴールマウスを転がっていた。人を食ったような、当たりそこないのシュートでイメージが悪かったが、ドイツは優勝したのであった。1点は1点なのである。
それも、シュートの基本という。そう、いかに豪快に決める・・ということではなく[ゴールに入れば」よいのである。
そんなことが基本であるなんて、高校時代までサッカーをしていながら考えたことがなかった。
基本を知らなかったのである。
いつだったか、釧路にプロ野球が来た、読売巨人軍の2軍の試合であったと思う。
守備コーチだと思うが、ノック練習で、豪快な早い打球のノックに反応する選手に見とれていたら、急に選手があわててミスをし始めた。いわゆるエラーというキャッチングミスを連発するのである。
最初、その理由はわからなかったが、隣にいた親父が[見事な変則打球だ。どこで、どんな風に打球が変化するのかわからないノックだ!!」と感動していた。
僕は首をかしげていたが、まるで、ライトライナーを打つようなスイングで、小さなキャッチャーフライを打った。[打ち損じた]と考えた僕・、を尻目に[すごい、あんなノックが打てるなんて!!」とため息を驚く親父・・????
僕の頭の中では、意味不明な記号が散乱していた。
そう、ノッカーは意図して打ち損じのとりにくい打球を、打っていたのである。
ヨーク見ると、どこにどんな打球を打っても、同じ打撃フオームなのである。
今思えな、バットを水平に振って、キャッチャーフライなど意識して打てない。
そこにも、さまざまな基本があるのだ。
ノック練習で最後はキャッチャーである。
どこにキャッチャーフライが上がるのかわからないように同じスイングで、1塁側にも、3塁側にも、後ろにもフライ(ロブ)を揚げる。あるいは高くあるいは低く・・・。驚くべきバットコントロールである。
そこにも究極の基本があるのだ、同じ打撃フオームでバットの芯を意図してはずせる技術・・。
さすがにプロを感じた一瞬でもあった。
練習を、練習にしてしまう練習。
練習を、目的にあわせて変化させる練習。
見た目には何も変わらないが、その意味の深さは創造にできないくらいに深いものがあるのだ・・・。
3)ピアノレッスンにおける、ロブ
昨年は良く「スーパーピアノレッスン」という番組を見ていた。フランスかイギリスのプロのピアノ教師が、プロのピアニストにレッスンを施しているだけの番組であった。
僕も小学校の時、はじめはオルガンそして、小学4年生からピアノを習っていた。
「さ、もう一度はじめから」
と先生はいつも、はじめからミスしたパートの指使いの練習を教唆した。
何度やっても、同じところで「つまずく」のである。
悔しくて、ピアノの練習はいつも[涙」しかでないのである。
「じゃ、家へ帰って、ちゃんと練習しなさいね」と涙の僕に、笑顔で同じ言葉を繰りかえす。
家での練習は、失敗したところのパートばかりを繰り返す僕がいた。
練習の真意を理解していないのである。
自宅での練習で「完璧である・・」と思うのだが、先生の前では、いつも同じところで、同じミスを繰り返す。
「ねえ、ちゃんと練習しているの?」と先生はやさしく笑うが、先生の出す課題は「常に僕をつまずかせる」
そんなこんなで、5年生でピアノが嫌いになってしまった(やめてしまったのである)。
しかし、ピアノを弾きたいという欲求は大学生になっても続いていた。下宿の近所の家に上がりこみ、自分流にレッスンを繰り返す「さあ、はじめからもう一度」という言葉が僕の耳元でささやいた。
NNん・・。
僕の頭で、その言葉の意味がはじめて半鐘したのである。
そう、最も簡単なことだが、あの時、僕は曲の始めから練習はしていなかったのである。
第2楽章の・・あるいは、そのつまずいたセンテンスのみを繰り返し練習していたのであった。
同じことをスーパーピアノレッスンではプロがプロに教えていた。
なんとなく意味が見えてきた。基本はプロでも忘れてしまうのである。
意味のある部分練習と意味のない部分練習があるのだ。
同じことを繰り返す。
できれば、意味のある練習を重ねたいものだ。
ロブショット、キャッチャーフライ、そして、ピアノレッスン。
共通する要素がそこにある。
4)一流を分ける要素
あるスイスの統計学者「1流と2流を分けるもの」という論文を提出して反響を生んだ。数年前のことである。
その内容は・・
少なくとも、ある練習を4000時間繰り返せるかどうかがプロとアマチュアを分ける最初の分岐点である。
そして、次に3年以内に同じ練習を4000時間繰り返せるかが1流と2流を分ける・・という。
さらに、それから2年以内に2000時間の練習を繰り返したものが超1流になれるか否かの分岐点と結論つけた。
超1流とはピアノやバイオリンなどの音楽から水泳、陸上やサッカーなどのプロ選手など4000人以上を対象としたデータの分析で唯一共通性を持った項目が「たった、これだけのこと」だったのである。
すなわち世界選手権やオリンピックで優勝したり世界最高の芸術家を対象ととしたデーターの共通項は、優れた練習環境でもなく、優れたコーチによる指導でもなく、優れはシステム(理論)でもなく・・あるいはい遺伝子が支配した先天的な才能でもなかったのである。
基本練習の量がすべてであったのである。
基本とは[ただ、それだけのこと」であるから難しいのかもしれない・・。
「先生、一流のピアニストになるにはどのくらい練習すればよいのです?」という質問に
「ショパンの時代は1日5時間の練習デ十分といわれていたが、今はそれだけでは十分とはいえないかな?練習はピアノを弾くことばかりではなく、人間自身を磨くことも重要ですからね」と付け加えた。
そう、一流には人格を磨くことも必要な要素なのだ。
5)一流の決断(経営戦略の基本)
ある人がこんな話をしてくれた
松下幸之助の話である。
松下電器はトヨタ自動車へエアコンの納入をしていた、大口の取引先である。しかし、納入を繰り返しているとあるとき「納入価格を5%割り引いてくれませんか」という話になった。もちろん
「5%程度なら応じますよ」と受注の伸びを理由に簡単に引き受けた。
その話は翌年にもあった、受注の大幅増が背景にありますから、会社に持ち帰って、一応検討して・・やはり応じた。
それが毎年、毎年続いた。
今年も、5%値引きを強いられるかな・・と思いながら担当者は来年の契約の時期を迎えた。
「来年は30%値引きしてください」??!!!!!
驚いた担当者は、その話を会社に持ち帰り会議したが、会議は進まず、しかも踊らず・・である。
会社の存亡(少し大げさ)をかけて、断るべきか否かの会議で、松下幸之助は「いいチャンスではありませんか、応じてはいかがですか」と意見したという。
愕然とする役員たちに
「同じことを繰り返していたのでは解決しませんね」と・・・
生産コストを如何に落とすのかという計算方法や、生産システム、資材調達のすべてにわたって発想を完全に転換してみたらいかがなモノか?という提案であった。
そこに松下の強さがある。
予断であるが、幸之助は大正時代、電球の製作を行っていた・・と聞く。
[これからは蝋燭に変わって、電気の需要は伸びる」と確信していたのである。
しかし、待てど暮らせど、電球を買いに来る人はいないのである。
困り果てた幸之助を見ていた妻は「おとうさん、リヤカーでも引いて、心斎橋あたりにでも売りに行ってみたら」といった・・という。
幸之助のプライドは崩された
「何で俺が売りに歩くんだ!!」
しかし、妻の後押し(手伝い)もあって、消極的ではあるが売りに出向いた。そんな早くは効果は出なかったが、電機の普及によって電信柱ぞいに出向くと、確実に電球は売れていったのである・という。
電柱のないところに出向いても売れないが、電柱の伸びる方向には確実に電気の需要は伸びていったのである。社会を見る目とは、そんなに奇抜な考え方でもない。
松下とはリヤカーで電球を売り歩く・・ということから始まったとも言われている。
また、発想の転換とは、彼の経験から編み出された戦術でもあった。
同じ話は広島の大手スーパー「イズミ」にもいえる。
創業者は南区いずみで魚の仕出しをしていたというのだ。
しかし、魚は鮮魚でもある、売れる時もあれば、売れ残る時もある。
なかなか商売はうまくは行かない・・
大量の売れ残り(見込み違い)を前に思案していると、妻が言った「新天地まで売りに行こうよ」
ええ~俺がリヤカー引いて売りに歩くのか!!
「いいえ、私が売りに行きますよ」と明るく笑う妻・・
その妻とはテレビドラマ「おしん」のモデルにもなった・・XXさんという話がある。
僕はイズミというスパーに1年間単身赴任をしていた。1995年のことである。
1994年に会社の要職(営業本部第一部仕入部長などと肩書きは物々しかった)を放棄して、エベレストなどに遊びに行っていた罰として、会社から単身赴任を命ぜられた。
僕にもプライドがあった・・
ええ~~スーパーに!!である。
そこのオーナー社長とは数回話ができた。あの「オシンの息子」さんである。
すごい人と出会えた・・という思いでいっぱいであった。
当然僕はイズミの創業地の宿舎(泉荘)で、昔のままの庭と蔵を見ながらの1年間をすごしたのである。気分はS家に書生として居候していた、若き日の(後のy新聞社などを創業した)??さんの気分であった。
プライドって何だろう。
発想の転換さえできるなら、無用なものなのかもしれない・
そういえばミケランジエロも時の絶対権力者、ユリウス4世に意地を張っていたなら、あんな天井絵をかけなかったかもしれないな~なんて、そう思った。
チャンスは、無用なプライドを捨てることから、始まるものなのかもしれない。
6)勝敗を分けた、一瞬のロブ
昨夜、全日本総合バトミントン大会の決勝を見ていた。日本ランキング1位と2位の対決である。
女子ダブルスは特に面白かった。
第一セット、敵の必要なスマッシュに耐える。そして、打球は比較的緩やかに、打ち返す。
あるいは緩やかにしか打ち返さないような、鋭い攻撃だったのかもしれない。
時々打ち損じたような打球が、ネット際に落ちる。再説者は「絶妙なロブジョットですね、二人は、フルセットでの展開を想定しているのかもしれません。最後は我慢したほうが、あるいはスタミナが残っていたほうが、勝ちですからね」
という。
相手側が一歩リードした展開が17ポイントまで続く。
「さ~ここからが勝負ですね、展開が急に変わるかもしれません」
といった矢先、展開が変わった。3連覇しているチームが早い攻めに変えてきたのである。
長い探りあいのような、真後ろ、左右にシャトルをコントロールして、ゆるく打ち返し、相手のスマッシュに耐える・・という展開が一気に変わった。
まさに、打つ打つ打つ・・これでもか・・というくらい早いスマッシュが連発する。
17ポイントまでの持久戦の様な凌ぎ合いは消え、一気に押し切ってしまった。
「チャンピオンチームの術中にはまってしまいましたね。むしろ挑戦者チームが仕掛けなければいけなかったのですが、そこが経験の差でしょうか?」続いて
「2セットめは、持久戦にもっていくかもしれません。最後はスタミナ勝負ですから・・すなわち3セット目が勝負と、チャンピオンチームは考えているかもしれませんね」
確かに、2セット目は17対17まで拮抗していた、それからもチャンピオンチームは執拗にあるいはロプショットを織り混ぜながらの持久戦である。相手方の足は重くなり、肩が大きく揺れてきた、すなわち呼吸が乱れてきた証拠であった。2セットを落とせない、挑戦者チーム。3セット目に勝負を持ち込もうとするチャンピオンチームがそこにいた。
案の定長いラりーの末、挑戦者は、21対17でそのセットをものにした。
「さて、3セット目は体力勝負ですね、どちらもすごいスタミナです。ほんの少しの持久力の差が、思わぬスコアー展開になるかもしれません」
解説者は陣内さん、日本選手権を5連覇した経験が解説に生きている。
3セット目は圧倒的な差21対7でチャンピオンチームが勝ち取った。
「ぎりぎりまで、追い詰められ、苦しい勝負でした」というチャンピオンチームと
「なすすべもなく、圧倒的な強さで押し切られました。すべ地の面において、彼女たちとはまだまだ、差が大きすぎました・・・また、1から出直しです」
という挑戦者チームの弁。
まさにロブショットの原理がここにもあったのだ。