2007年11月アーカイブ

洞察視力から瞬間視力へ

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人間は不思議な技術を持っている。
それは、ふと見た人の後姿に興味を引かれる・・という現象にも現れている。
なんとなく、そこに佇む人のなんとなくぼやけた感じの全景から、顔を想定できたりもする。
あるいは、勘違いもあるが・・。

なんとなく感じる、という感覚の多くは視覚から感じる感覚でもある。

スポーツにおいてもこの感覚は非常に優先されるべき感覚でもある。
一瞬のひらめきとも考えられるが、実は多くの場合ある一定の感覚訓練の繰り返しによって確立される感覚でもある。

運動は、単なる筋肉運動の反射能力の向上とか、筋肉の増量に比例する・・とは断言できない要素もある。
いわゆる感覚とか感性に由来する、独特の雰囲気とか行動様式のことである。
それはある意味では個性ともいえるが、最近の研究では、最先端の近代科学的な根拠に根ざしたものではなく、古い脳による。野性的な感覚(あるいは本能)によるものであろう・・ということがわかってきたようだ。

たとえば、運動選手にとって、もっとも重要な視力とは動体視力であると30年以上信じられてきた経緯ガあるが、一部のトップアスリートは否定する。
その典型的な例はイチローの「僕は投手から投げられたボールを見ない。むしろ体で感じて反応する」問い言葉に集約されているのかもしれない。
さらにイチローは言う「ホームベースの3.44m手前までボールを見ていたら、バットにボールを当てるチャンスを逃がすことになる」と断言した。

さらに、バレーボールにおいて、スパイク(強い打球)を打つ選手をブロックするまでの時間は、0.3秒に満たない。どこに打つのかを(動体視力で)見極めてから反応したのでは、すでにコートにボールは突き刺さっているのである。

その0.3秒に満たない時間に、視力を通して反応する人体をつかさどる、最も重要な視力は瞬間視力と呼ばれるものであろうと考えられる。

勝負は一瞬にして決まる。

その瞬間視力は練習によって鍛えること(あるいは呼び戻すこと)ができるのである。
呼び戻すという表現は、そのような能力は脳の古い部分を使いう能力にかかっている・・とう研究が最近進んでいるようでも在る。

脳の表面にある、新しい脳(ほかの哺乳類には見られない思考能力をつかさどる部分)を新しい科学的な練習方法を用いて練習を重ねても、瞬間視力の育成にはなんら変化が見られないのである・・という。

思考においても、直感力と洞察力は適応的意識を刺激する訓練をすると、開発されるという。

視力においても、同じことが言えるような気がする。
洞察視力を開発するには、適応的視力の訓練が不可欠で、その訓練をなんとなく施してみると、洞察視力への変化が見られる。

その視覚からえられた認識を時間の経過を伴わないで行動に移す技術を直感視力の訓練によって現実化することが可能な練習方法は意外と、非科学的な練習方法によって裏づけられるような気がする。

論理は「神様がサイコロを振る、振らない、振るときも在る」という3段階に存在するように、科学的という考え方は科学的な思考の範囲内において存在するものであって、真理とか自然の摂理などとは、まったくつながっていないことのような気もする。
すなわちパラダイムはシフトするのであって、持続可能性とはなんら関係のないことなのであろう。
科学革命の変遷によって持たされたものは、宇宙(あるいは地球)の予想定義に過ぎないのではないか?ということである。

まとまりに欠けるますが・・ひとまず今日はこの辺までにしておきます。

今だから話すが・・。

今回のアジアアユース選手権(11月23日か~25日)は正直言って、調整がうまく行かなかった。
その原因はさまざまある、23日には関東大会があり、栃木の選手(ロッククラフト所属)はリード中心の練習であり、悠希のスピード競技と急遽決まったボルダー練習への対応には苦慮した。当初、アジアユース選手権に参加することになったら「リードとスピード競技」を想定して、45日前から、準備をしていたからだ。
ただ、シンガポール山岳協会のHPを覗いていたら、10月29日ころから、リードの文字が削除され、???あられ~~、という感じのまま「参加しますか?リード以外にスピード競技へも参加しますか?」という協会側からの打診を受けた。

ワールドカップ加須大会のこともあるし、山岳協会はJFAも含めて、てんやわんやの状態であろうと想定して、スピードオンリーの参加も含めて、急遽、練習メニューの変更も考えていた。
すると「今度は、公式参加は無くなりました」
と来る。ほ~来た、来た!!
参加を取りやめるか・・という感じで考えて、本人のモチベーションを維持する意味からも、大阪遠征(ウオールマスタカップ参加12月8日)を急遽メニューに加え、友達のAちゃん(未来のライバルかな)を誘っての参加を決めた。
関東大会はすでに申込みの締め切りを過ぎていて参加が不可能となり、複雑な感じであった。
すると協会側から「ボルダー競技が追加されたので,アジア大会は新たに公式参加することのなりました、1両日中に参加の意志を確認したい」
とのことである。
うわ~~~来た来た!!
同時に「オーストリア親善合宿への参加への打診」もあった。
うお~~~、それは想定内であったが、スキーの強化練習の日程との兼ね合いもあるので、スケジュールは、2008年3月までほぼ完璧に埋まってしまった。やはり来年もユースン選手権は調整が困難なため、参加するのみの大会になってしまう(日程次第では参加も困難な場合もある)
スケジュールをこなすだけの練習にならないよう、練習内容
の見直しや方向性を見直すのに、相当時間をかけたが・・・協会、に振り回されたことが不満というわけではなく、世の中、世界を目指すなら当たり前の状況ともいえる。いい感じでの混乱と考えた。
すなわち僕にとっては、想定外が、いくつ積み重なっても混乱しないようなに、ホームコーチとしての腕を試されているのだ!!
と切り替えてみる。ワクワクするような嬉しさである。

個人的にも、一応会社の経営者としても、11月は多忙を極める、決算書の作成、税金などの確定と申告、納税。2008年度の事業計画の作成、資金繰りなど・・多忙すぎて平均睡眠時間は4時間に満たない。6月に任旧入院して1ヶ月をすごした矢先でもアル。僕の健康を心配してくれる仲間やお客さんがいることが僕にとっては、家族以外の大きな支えでもある。

困難や予定が変更され七転八倒することは、過去に、何度も在る。
一番初めは1979年4月のこと、インド・カシミール三軍のクン峰への出発1ヶ月前にIMFから手紙が来て「登山許可を8月9月に変更する」という。簡単な手書きが来た。
うお~~・・隊荷物の梱包と輸送の手続きをほとんど終えていたので、輸送手続きをフライトの直前にキャンセルした。
あのままインドに送られていたら・・と思うと、ぞっとした。

そんなこんなデ、正直言って練習はうまく追い込めなかった。何とか4級?それ以上は本番を想定した課題は手付かずのままであった。
スピード練習も20秒で29mまでは到達せず。
90度を30秒で18mくらいまでで終了した。
国際大会標準壁での練習はできなかったので、あくまで想定できるスピード練習である。
さじあの諸外国には国際標準壁B、あるいはAも常設して毎日練習している国もあるという。当然のことながら。

長さの違うプールで、練習しても対応は難しいのである。
残念ながら日本には国際標準壁はAもBも存在しない>
すなわち国際的にはスピードとボルダーのオリンピック競技化に向けて会議は煮詰まってきている(あるいは混沌としたままでもあるが・・)日本のようにリード競技にこだわりを見せる国は少なく、むしろ国際オリンピック委員会のお偉方は、「観客が見ていて楽しい競技にしてほしい・」といっているようだ。
そう、野球やソフトボールはルールが難しいし、試合がとまったり進行する理由が観客には理解できないのでアル。
ヨーロッパやアフリカなど、さまざまな着に地域、民族や宗教あるいは文化の祭典でもあるオリンピックの公式競技参加に向けては世界で、120カ国以上の国と地域の賛成が必要なのである。
ヨーロッパの一部とアジアの一部では46カ国程度の賛成
しかしこのままでは賛成票を確保できない・・さまざまな問題を抱えたまま、北京オリンピックではスピード競技は公開競技になりそうでもある。

「勉強するなって、言ってるだろう!」
しかし、悠希はロックに来ると必ず1時間から2時間勉強に没頭する。
こんな時に『勉強しよう』というスイッチが入るなんて・・
でも、勉強しようという意欲がわいただけでも、今回のアジア大会参加は意義がある。
「日本人として国際大会に出場するなら、日本の文化を持って世界に望め」とは僕の彼女に示唆したテーマでもある。
ある意味では良いことなのだろう。
中学2年生に文化の意味を教えるのは難しいが・・

話はさらに飛ぶ
相変わらず僕の娘はソフトの練習に明け暮れている。ジムが終わって深夜に帰宅すると、部屋では娘がジャージを着たまま泥のように寝ている。
僕はそうット下半身のほうの布団をはがし、靴下だけは脱がせてあげる。それ以上は無理だ??
おかげで、僕は靴下の脱がせ方はずいぶん上手になったのだ。
巷では、娘の部屋に父親の侵入は許されない・・とも聞く。
しかし、僕の布団はいつも娘の布団の隣に敷いてある。
今のところ、娘との関係はうまく行っている。

娘とうまく付き合う方法?・・と聞かれることがある。僕の答えは簡単だ

「相手が望まないなら、付きまとわない」
「あれこれ聞かない・・」
娘が話しかけてくるのを、じっと待つのだ。まるで魚釣りの心境である。

余談は続く
高校2年の息子ともずいぶん話をするようになった。中学1年からの3年間はほとんど口も利いてくれなかったが・・
高校に入りバンドを組んで居る、学校祭とか卒業生を送る会では、もちろん盛り上がる。
全校生徒700人くらいに対して男子は100人に満たないようだ。元女子高である。
ハンドボールも継続している(中学のころは県の優秀選手、JOCのユース強化選手であった)「お父さん、イーグルス聞くんだ?」
「そう、聞くよ、イーグルスは僕が大学4年の時、ホテルカリフオルニアそ最後に引退したんだ」
「へ~」
「僕も高校時代、バンドを組んでいてね、サンシャイン オフ ユアー ラブ、アメリカンバンド、スモークオンザウオーターなんかはよく引いたね、ベースだったけど(しかしサッカー部の主将でもあった)」
「だからマーチンのギターを持っているんだ」
と嬉しそうに僕のギターを弾いている。
高価なギターである、30年以上も前のマーチンDー28・・?
マーチンというブランドを知らなかった頃、どこかにぶつけて2箇所へこんでしまった。僕は涙が出そうになるくらい怒りを抑えたが・・
今は大事にひいている「でもこの2箇所の傷残念だね」
?????お前がぶつけてへこんだんだ!!
と怒鳴りたくなるのを抑えて
「うNN.,??覚えていないの・・?残念だね。でもこれからは、大切にしてくれよ、いつかお前にあげるから」
というと、目をきらきら輝かせていた・・。

長い話である。

勉強はいつまでも続くのである。
義務教育を如何に暗記することだけが・・が勉強ではないのだ。

1)ロブショット

ゴルフにおいて、ロブショットという打ち方があるようだ。
全力でクラブをスイングさせて、ボールをいかにと飛ばさないか・・・という打ち方らしいが、大変重要なうち方ではあるが、練習している選手は少ないらしい。
16歳の少年は、昨日の大会でそんなうち方をして、ミスを回避したという。
アマチュアの考え方だと、てんぷらショット(言い方が古いのかな)で、打ちそこないのことである
サッカーで言うと、宇宙開発。ゴールポストのはるか上に、空に向かってシュートを打つことで、未熟な技術の賜物である。
野球においてはインフイールドフライ・・すなわち走るまでもなく、バッターアウトである。

いずれにしても打ちそのないのことではあるが、英語ではロビングショットといって、どんなスポーツにおいても存在する。基本的なショトではあるが、打ちそこないのため、あえて練習をする選手は少ない。

野球練習で言うと、ノックをしているコーチが、ホームランを打つ振りをして、あえてキャッチャーフライを打つという離れ業でもある。

そんな練習まで、あえてしている16歳は只者ではない。

私も大学2~3年のころ、ゴルフ練習場で、毎日6時間バイトをしていた。朝の5時から8時、夜の8時から11時という時間帯であるが、いわゆる玉拾いである。
しかし、ほぼ2時間は7番アイアンで、ひたすら打つ練習をさせられた。教えてくれたのはプロのコーチである。
理由は簡単「忙しい時、7番アイアン1本勝負で、打ち方をお客さんに教えるアシスタントをせよ」
というよとであった。
何故、7番なのかと聞いたら[向井君がすべてのクラブを使えるようになるのは難しいし、僕は研修生で、今はコーチから[練習場では7番意外に使うな・・といわれているので」と言い訳が簡単なことが理由のようだった。あるいは7番アイアンがスイングの基本だったのかもしれない。

確かに7番アイアン一本でもいろんなうち方があったし、うまくなると、なぜか打ち損じしにくく、てんぷら(天井にフライを打つ)ショットは少なくなる。しかし、横地プロは[あえて全力でフライを打ってみろ]といったのを思い出した。
うまくは打てないのである。
[基本を忘れるとは、そういうことだ」と笑いながらいった。
そんなことを、ふと思い出してしまった。
基本とは家損じなのかな?・・・真意はわからない。

2)キャッチャーフライというノック

ロブショット(ロビングショット)はテニスにおいて「邪道な手段で練習するな」とは小学校の時のコーチ(単なるテニスお宅の親父)の話でもあった。
試合中に「小学生のくせに、そんな打ち方はしていけない」という話だったのかも知れないが、ロビングを軽くあげられると、反応できない自分がいた。集中できないのである。

1970年代に西ドイツにゲラハルト・ミューラーというストライカーがいた。当時、時速135キロを超える弾丸シュートを打つ天才であるが、1974年のワールドカップでは、ころころ・・とミスシュートにような感じでゴールマウスを転がっていた。人を食ったような、当たりそこないのシュートでイメージが悪かったが、ドイツは優勝したのであった。1点は1点なのである。
それも、シュートの基本という。そう、いかに豪快に決める・・ということではなく[ゴールに入れば」よいのである。
そんなことが基本であるなんて、高校時代までサッカーをしていながら考えたことがなかった。
基本を知らなかったのである。

いつだったか、釧路にプロ野球が来た、読売巨人軍の2軍の試合であったと思う。
守備コーチだと思うが、ノック練習で、豪快な早い打球のノックに反応する選手に見とれていたら、急に選手があわててミスをし始めた。いわゆるエラーというキャッチングミスを連発するのである。
最初、その理由はわからなかったが、隣にいた親父が[見事な変則打球だ。どこで、どんな風に打球が変化するのかわからないノックだ!!」と感動していた。
僕は首をかしげていたが、まるで、ライトライナーを打つようなスイングで、小さなキャッチャーフライを打った。[打ち損じた]と考えた僕・、を尻目に[すごい、あんなノックが打てるなんて!!」とため息を驚く親父・・????
僕の頭の中では、意味不明な記号が散乱していた。
そう、ノッカーは意図して打ち損じのとりにくい打球を、打っていたのである。
ヨーク見ると、どこにどんな打球を打っても、同じ打撃フオームなのである。
今思えな、バットを水平に振って、キャッチャーフライなど意識して打てない。
そこにも、さまざまな基本があるのだ。

ノック練習で最後はキャッチャーである。
どこにキャッチャーフライが上がるのかわからないように同じスイングで、1塁側にも、3塁側にも、後ろにもフライ(ロブ)を揚げる。あるいは高くあるいは低く・・・。驚くべきバットコントロールである。

そこにも究極の基本があるのだ、同じ打撃フオームでバットの芯を意図してはずせる技術・・。
さすがにプロを感じた一瞬でもあった。

練習を、練習にしてしまう練習。
練習を、目的にあわせて変化させる練習。

見た目には何も変わらないが、その意味の深さは創造にできないくらいに深いものがあるのだ・・・。

3)ピアノレッスンにおける、ロブ

昨年は良く「スーパーピアノレッスン」という番組を見ていた。フランスかイギリスのプロのピアノ教師が、プロのピアニストにレッスンを施しているだけの番組であった。
僕も小学校の時、はじめはオルガンそして、小学4年生からピアノを習っていた。
「さ、もう一度はじめから」
と先生はいつも、はじめからミスしたパートの指使いの練習を教唆した。
何度やっても、同じところで「つまずく」のである。
悔しくて、ピアノの練習はいつも[」しかでないのである。
「じゃ、家へ帰って、ちゃんと練習しなさいね」と涙の僕に、笑顔で同じ言葉を繰りかえす。
家での練習は、失敗したところのパートばかりを繰り返す僕がいた。
練習の真意を理解していないのである。
自宅での練習で「完璧である・・」と思うのだが、先生の前では、いつも同じところで、同じミスを繰り返す。
「ねえ、ちゃんと練習しているの?」と先生はやさしく笑うが、先生の出す課題は「常に僕をつまずかせる」
そんなこんなで、5年生でピアノが嫌いになってしまった(やめてしまったのである)。
しかし、ピアノを弾きたいという欲求は大学生になっても続いていた。下宿の近所の家に上がりこみ、自分流にレッスンを繰り返す「さあ、はじめからもう一度」という言葉が僕の耳元でささやいた。

NNん・・。

僕の頭で、その言葉の意味がはじめて半鐘したのである。
そう、最も簡単なことだが、あの時、僕は曲の始めから練習はしていなかったのである。
第2楽章の・・あるいは、そのつまずいたセンテンスのみを繰り返し練習していたのであった。

同じことをスーパーピアノレッスンではプロがプロに教えていた。
なんとなく意味が見えてきた。基本はプロでも忘れてしまうのである
意味のある部分練習と意味のない部分練習があるのだ。

同じことを繰り返す。
できれば、意味のある練習を重ねたいものだ。

ロブショット、キャッチャーフライ、そして、ピアノレッスン。
共通する要素がそこにある。

4)一流を分ける要素

あるスイスの統計学者「1流と2流を分けるもの」という論文を提出して反響を生んだ。数年前のことである。

その内容は・・
少なくとも、ある練習を4000時間繰り返せるかどうかがプロとアマチュアを分ける最初の分岐点である。
そして、次に3年以内に同じ練習を4000時間繰り返せるかが1流と2流を分ける・・という。
さらに、それから2年以内に2000時間の練習を繰り返したものが超1流になれるか否かの分岐点と結論つけた。

超1流とはピアノやバイオリンなどの音楽から水泳、陸上やサッカーなどのプロ選手など4000人以上を対象としたデータの分析で唯一共通性を持った項目が「たった、これだけのこと」だったのである。
すなわち世界選手権やオリンピックで優勝したり世界最高の芸術家を対象ととしたデーターの共通項は、優れた練習環境でもなく、優れたコーチによる指導でもなく、優れはシステム(理論)でもなく・・あるいはい遺伝子が支配した先天的な才能でもなかったのである。

基本練習の量がすべてであったのである。

基本とは[ただ、それだけのこと」であるから難しいのかもしれない・・。
「先生、一流のピアニストになるにはどのくらい練習すればよいのです?」という質問に
「ショパンの時代は1日5時間の練習デ十分といわれていたが、今はそれだけでは十分とはいえないかな?練習はピアノを弾くことばかりではなく、人間自身を磨くことも重要ですからね」と付け加えた。
そう、一流には人格を磨くことも必要な要素なのだ。


5)一流の決断(経営戦略の基本)

ある人がこんな話をしてくれた

松下幸之助の話である。
松下電器はトヨタ自動車へエアコンの納入をしていた、大口の取引先である。しかし、納入を繰り返しているとあるとき「納入価格を5%割り引いてくれませんか」という話になった。もちろん
「5%程度なら応じますよ」と受注の伸びを理由に簡単に引き受けた。
その話は翌年にもあった、受注の大幅増が背景にありますから、会社に持ち帰って、一応検討して・・やはり応じた。
それが毎年、毎年続いた。
今年も、5%値引きを強いられるかな・・と思いながら担当者は来年の契約の時期を迎えた。
「来年は30%値引きしてください」??!!!!!
驚いた担当者は、その話を会社に持ち帰り会議したが、会議は進まず、しかも踊らず・・である。
会社の存亡(少し大げさ)をかけて、断るべきか否かの会議で、松下幸之助は「いいチャンスではありませんか、応じてはいかがですか」と意見したという。

愕然とする役員たちに
「同じことを繰り返していたのでは解決しませんね」と・・・
生産コストを如何に落とすのかという計算方法や、生産システム、資材調達のすべてにわたって発想を完全に転換してみたらいかがなモノか?という提案であった。

そこに松下の強さがある。

予断であるが、幸之助は大正時代、電球の製作を行っていた・・と聞く。
[これからは蝋燭に変わって、電気の需要は伸びる」と確信していたのである。
しかし、待てど暮らせど、電球を買いに来る人はいないのである。
困り果てた幸之助を見ていた妻は「おとうさん、リヤカーでも引いて、心斎橋あたりにでも売りに行ってみたら」といった・・という。
幸之助のプライドは崩された
「何で俺が売りに歩くんだ!!」
しかし、妻の後押し(手伝い)もあって、消極的ではあるが売りに出向いた。そんな早くは効果は出なかったが、電機の普及によって電信柱ぞいに出向くと、確実に電球は売れていったのである・という。
電柱のないところに出向いても売れないが、電柱の伸びる方向には確実に電気の需要は伸びていったのである。社会を見る目とは、そんなに奇抜な考え方でもない。
松下とはリヤカーで電球を売り歩く・・ということから始まったとも言われている。

また、発想の転換とは、彼の経験から編み出された戦術でもあった。

同じ話は広島の大手スーパー「イズミ」にもいえる。
創業者は南区いずみで魚の仕出しをしていたというのだ。
しかし、魚は鮮魚でもある、売れる時もあれば、売れ残る時もある。
なかなか商売はうまくは行かない・・
大量の売れ残り(見込み違い)を前に思案していると、妻が言った「新天地まで売りに行こうよ」

ええ~俺がリヤカー引いて売りに歩くのか!!

「いいえ、私が売りに行きますよ」と明るく笑う妻・・

その妻とはテレビドラマ「おしん」のモデルにもなった・・XXさんという話がある。
僕はイズミというスパーに1年間単身赴任をしていた。1995年のことである。
1994年に会社の要職(営業本部第一部仕入部長などと肩書きは物々しかった)を放棄して、エベレストなどに遊びに行っていた罰として、会社から単身赴任を命ぜられた。

僕にもプライドがあった・・
ええ~~スーパーに!!である。

そこのオーナー社長とは数回話ができた。あの「オシンの息子」さんである。
すごい人と出会えた・・という思いでいっぱいであった。
当然僕はイズミの創業地の宿舎(泉荘)で、昔のままの庭と蔵を見ながらの1年間をすごしたのである。気分はS家に書生として居候していた、若き日の(後のy新聞社などを創業した)??さんの気分であった。

プライドって何だろう。
発想の転換さえできるなら、無用なものなのかもしれない・

そういえばミケランジエロも時の絶対権力者、ユリウス4世に意地を張っていたなら、あんな天井絵をかけなかったかもしれないな~なんて、そう思った。

チャンスは、無用なプライドを捨てることから、始まるものなのかもしれない。

6)勝敗を分けた、一瞬のロブ

昨夜、全日本総合バトミントン大会の決勝を見ていた。日本ランキング1位と2位の対決である。
女子ダブルスは特に面白かった。
第一セット、敵の必要なスマッシュに耐える。そして、打球は比較的緩やかに、打ち返す。
あるいは緩やかにしか打ち返さないような、鋭い攻撃だったのかもしれない。
時々打ち損じたような打球が、ネット際に落ちる。再説者は「絶妙なロブジョットですね、二人は、フルセットでの展開を想定しているのかもしれません。最後は我慢したほうが、あるいはスタミナが残っていたほうが、勝ちですからね」
という。
相手側が一歩リードした展開が17ポイントまで続く。
「さ~ここからが勝負ですね、展開が急に変わるかもしれません」
といった矢先、展開が変わった。3連覇しているチームが早い攻めに変えてきたのである。
長い探りあいのような、真後ろ、左右にシャトルをコントロールして、ゆるく打ち返し、相手のスマッシュに耐える・・という展開が一気に変わった。
まさに、打つ打つ打つ・・これでもか・・というくらい早いスマッシュが連発する。
17ポイントまでの持久戦の様な凌ぎ合いは消え、一気に押し切ってしまった。
「チャンピオンチームの術中にはまってしまいましたね。むしろ挑戦者チームが仕掛けなければいけなかったのですが、そこが経験の差でしょうか?」続いて
「2セットめは、持久戦にもっていくかもしれません。最後はスタミナ勝負ですから・・すなわち3セット目が勝負と、チャンピオンチームは考えているかもしれませんね」

確かに、2セット目は17対17まで拮抗していた、それからもチャンピオンチームは執拗にあるいはロプショットを織り混ぜながらの持久戦である。相手方の足は重くなり、肩が大きく揺れてきた、すなわち呼吸が乱れてきた証拠であった。2セットを落とせない、挑戦者チーム。3セット目に勝負を持ち込もうとするチャンピオンチームがそこにいた。
案の定長いラりーの末、挑戦者は、21対17でそのセットをものにした。
「さて、3セット目は体力勝負ですね、どちらもすごいスタミナです。ほんの少しの持久力の差が、思わぬスコアー展開になるかもしれません」
解説者は陣内さん、日本選手権を5連覇した経験が解説に生きている。
3セット目は圧倒的な差21対7でチャンピオンチームが勝ち取った。
「ぎりぎりまで、追い詰められ、苦しい勝負でした」というチャンピオンチームと
「なすすべもなく、圧倒的な強さで押し切られました。すべ地の面において、彼女たちとはまだまだ、差が大きすぎました・・・また、1から出直しです」
という挑戦者チームの弁。

まさにロブショットの原理がここにもあったのだ。

コロンブスの卵から・・

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コロンブスとはご存知、中世ヨーロッパの大航海時代に、アメリカ大陸に到達した(1942年)最初のイタリア人、キリスト教徒であるクリストファー・コランバスのことである。
(アメリカ大陸に最初に到達したのは、彼ではない)
彼は、商人として儲けるために、新大陸の貿易権利を得るために大義名分をたて、自分が発見者だと言い張った、とも言われる。

莫大な利権の背景が生まれると、彼を恨むものが多数生まれることに対し「結果に対して非難することは簡単なことだ」と会議の席で卵を取り出し、誰も立てられない卵の端を割って立てて見せた・・というが、後世の作り話であろう。

また、西側の考え方で、新大陸発見やインドへの商業ルート開拓により、莫大な利権が発生するのに、冒険家に対して、資金援助をしたがらない、当時のイタリア貴族たちに、卵の下を割って立て[簡単なことだ」と鼓舞したとも言われている。

マ、楽しい歴史の逸話でもある。

今、試みようとしている計画は1994年3月1日、ロイヤル・ロビンスとの最初の話にさかのぼる。

「いい風が吹いてきた]と感じたのは、偶然、その時のロビンスとの写真が押入れの中から出てきたことにも由来する。
[ロビンスサン、僕はこう考えて、ロッククラフトというクラブを作ろうと考えているんですが、いかがでしょうか」
と聞いたら「ウエルカム」といってくれたあの日の記念写真である。
このときはもう一人の登山家との会合が予定されていた。
まだ、内緒であったが、R?Mという超有名クライマーが極秘に日本に来日した日でもある。
僕は空港のビップルームで彼と会うことを仕組んでいた人がいた。当然彼は僕が都合をつけないはずがない・・と踏んでいたのだったが、僕は最優先でのアポがあるので、彼とは会えない・・と前日に断っていた。
彼の名前を冠にしたブランドの展開の相談を、彼と僕と、R?Mとでする。という秘密の商談なのである。
ま、10年以上も前に話しなのだから、こんな感じで公開しても差し障りはないであろう。

僕は、すべてにおいて、商取引とか自分の仕事上の立場(会社の営業部門のトップ)をすてて、ただ一人のクライマー?として、、夢のロビンスとクライミングの話をして、ロッククラフトという名前の使用許可をいただきたかったのである。

そんな話はすらすらと進行してゆく・・
[僕はフリークライミングとは、こういう風に考えていて・・」と壊れた英語で話しかけるが、ロビンスはすべてにわたって同調し、共鳴し・・であった。
また、ロッククラフト(ベーシックロッククラフト)という彼ははじめて書いた、フリークライミングの本にサインしてもらおうと考えていたら。[スピリット・オフ・ザ・エイジ」という本を渡された。彼の自叙伝である。
最初の扉をあけると、僕宛のメッセージが書き込まれていた。多分・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「親愛なる向井さん、あなたの思いのままに進みなさい・・」

                 ロイヤル・ロビンス

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
と描いてあるのだと思う。
原書を拝読したい方がいましたら、お貸しします。
ただし、英語ですので・・・。

その夢が、もう少し先に、あるような気がする。
この構想には膨大な時間を費やしている。
始まりは1982年、リバテイ・クライミングスクールの創設であり、1991年4月の封印・・そして・・である。

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もし、夢が夢でしかないのなら、夢は夢で終わる

しかし、夢は現実につながる糸口であるなら、
この夢には、必ず続きがるのだと・50代になっても、夢を追う自分を、少しだけほめてあげたいと・・思うのである

マ、夢はいつも、扉の入り口にしか存在しないもの・・なのかもしれない
夢の扉の中は、すべてが試練と困難の渦中なだ

あえて、困難を糧とせよ
わが師の声が、改めて、頭の中で半鐘する毎日である

静心と動心

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岩に立ち向かう時、人は何を考えるのだろうか?
また、人は何故、岩に立ち向かうのであろうか?
その答えを求めるのは難しいが、少なくとも登るという行為を実践するときには二つの心が同居しているようにも考えられる。
岩に挑戦しようとするネガティブな気持ちと、危険を冒すことへの恐怖や躊躇・・などである。
ある意味では開き直りでもある。
そんな気持ちにならなければ、解決(登るという行為における)の糸口は見出せないように思う。

ひとつの例として、僕が大ちゃんに感じたものを、新たに書き直してここに掲載してみる

岩を見つける心の存在

大サンは、岩を見つめる心を持っている。それは宗教のようなもの。禅の教えに等しいとも思える。無邪気にロックの子供たちとセッションしている姿は、説法を解く禅僧にもにて、とても柔らかい感性を感じさせる。僕は、岩にラインの見出すには心の存在が重要だと考える。野心とか記録とかは2の次である。

クライミングという行為には、楽しさの中に、厳しさがある。
力は、重力を超越する手段ではなく、重力を「いかに味方に引き入れるのか」という手段である。

座禅を組んで、力が入ると心は乱れる。心が乱れると重力は容赦なく体から力を剥ぎ取る。

心の乱れは、禅の心を失わせる。
静心・・無心それは、心を動かさないことではなく、まして心を無くすことでもない。

人は心と共に生きる。岩を見つめる時、岩を登るラインが浮かぶとき、心は岩にあり、岩は心を持つ。
そんな岩の心を知ることがロッククラフトの静心であり、動作の基本となる。

クライミングという行為に入る時には体を動かす。当たり前のことである。
体を動かす時、心も動かざるを得ない。
心が静のままでは、体を動に移す時には集中を欠く。
そこに存在する、身体の移動をともなう行為のすべてを動心という。

たとえば仏教において、禅の境地を見出す時は「体は、見た目には動かない」そこに静心がある。
しかし、境地に至るまでには、多くの試練(修行)を積み重ねる。
それは、悲しいぐらい同じことの繰り返しの中にある。すなわち「業」がそこにある。

そのひとつの手段として、僧侶は経を読む
「言葉を発して」あるいは「心を発して」
まずは「千回経を読んでみょうではないか」
そこから見えるものがある。
しかし、見えないものもある。

静と動をしたいしているものは視覚である。
しかし、視覚を排除して、静と動を見極めることは困難を極める。

そんな、不思議な体感がクライミングというスポーツには含まれている。

静かな心と、動く心・・・。

二つの間のバランスが取れた時、人は思わぬ結果に心が晴れる。
・・・・・・・・・・・・それが仏陀「目覚めた人」という意味の本質でもあるのだろうか・・・。

2008年の目標設定とメソッド遂行のための考え方

アジアユース選手権への参加が無くなったから話すが、悠希にはスピード競技でのメダルを狙うつもりで練習をさせていた。
はっきり言って、現状のオンサイト能力ではリード競技での好成績を狙うのは難しい現状がある。
すなわち、練習にはプロセスが大事なのである。
この大会に勝ちに行く練習は来年に結びつかない・・と考えていた。

常に僕の頭の中には17歳までにしなければならないこととて考えていることがある。それは毎年毎年行われる、大会での結果の積み重ねでではない。
それは、
身体の基本構造の強化と思考とのバランスである。

17歳を過ぎてから世界に送り出せる選手の育成がロッククラフトの目的でもある。

そのひとつの例として、今年度の練習メニューの一部をここに公開する。
生意気ではあるが、何かの参考になればと考える。

モチベーションが下がらない

アジアユース選手権への参加が見送られたにもかかわらず、モチベーションが下がらない。
それは来年に大きな目標を設定しているからなのかもしれないし、本人の意識もそこにあるからなのかもしれない。
9月1日から、粛々とした練習が続く
しかし、練習の成果は僕のプログラム以上に早く進行している。
昨年までなら、JOCが過ぎてから練習は急激に下方修正されるるだけで、机上の空論となっていた。

11月23日から行われるアジアユース選手権への参加も、リード競技が無くなったことで見送られた。
モチベーションは急激に低下すると考えられたが、彼女の気持ちは僕の想像以上に強くなっていた。
14歳になって、気持ちも大人に成長し始めているようだ。
宙ぶらりんな気持ちではいけないと、急遽、大阪の大会(12月8日)への参加を促したら気持ちにブレはなく、淡々としたものだった。

昨日(11月9日)の練習では11台の5本のルートをオンサイト1本を含め、ノーミスで15分で終了した。
その前に基本練習をすべて終えてからの成果なので「調子いいね!」と二人で顔を見合わせた。
その後行ったインターバル練習では
3分で36m
2分で28m
1分で16m
1分で20mをインターバル(1分)で11分でこなしてしまった。
練習1分後の心拍数も50回(30秒)と心拍数が落ち着いてきた。
心臓が激しい練習に同調して、身体の代謝機能がアップした証拠でもある。
今月末くらいには、スピードへの対応能力ももう少し上がりそうだ。
その原因はクライミングフオームの安定にもアル。
二つの対角線運動が安定していた。
また、足の指で「フットホールドを掴む」という感覚が理解できて来たようにも感じる。
今月末から12月4日のピークにはリード練習も11台から12aまで連続15本(オンサイト2本含む)を40分でこなせるまでの下準備ができてきたようにも思う。

マ、それは3週間後の結果の予測に過ぎないが・・。

楽しみな感じである。

来年の3月まで、このようにスタミナつくりを基本とした練習の成果が上がってくれば、来年のジュニアオリンピックでは、強豪があがってきたとしても、対応できるところまでオンサイト能力をアップできる可能性も出てきたかな・・と思う。

一番怖いのは怪我である。昨年もスキーの全国大会で怪我をして膝を3針縫った。ユース選手権で成果が出なかったいいわけにはならないが、ほぼ1ヶ月練習できなかったのは痛かった。
しかし、ユース選手権は勝敗より、クライミングコンペの感覚を取り戻すのが主なテーマである。
スキーの大会が毎週のように入っている時期に2つの成果は狙えない。
そこまで彼女は器用ではないのだ。

このように、順調に冬場の練習は推移している。
来年の目標は「ワールドユースへの参加と上位入賞]においてある。
個別の大会にあえて勝敗を目的とした練習はしない。
しかし、いかに優れた練習をこなしても、たった一つのチャンスを逃せばすべてが水の泡なのである。

たった一つのチャンスとは、ジュニアオリンピックユースBでの2連覇である。
強豪は多いほうが良い。

国内での競争力が激化すればするほど、世界への道は開ける。

そう信じて、あえて差しさわりのない練習メニューは公開する。

世界の国々にはさまざまなメソッドがある。
その国々の持つ、文化や民族、宗教や風土なども含めてメソッドなのである。

また選手個人個人の人格や性差、生活環境も含めて、メソッドは常に変化して適応して行くものでなけらばならないと、
なんとなく文化人類学的な視点で対応してしまうのである。

「概念や文献より、フイールドワークだよ」
大学時代に、お世話になった文化人類学者K氏(現金沢大学教授、副学長)の言葉が、そう耳元でささやくのである。

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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