2007年10月アーカイブ

文化を持たないと、言葉に真意はなかなか理解できないものだ。
日本人でありながら「わび・さび」とか「浄瑠璃と歌舞伎」の文化の違いを、外国人に説明せよ・・といわれても、明確に答える言葉がなかなか出てこない。
それは、サステナビリチティやパラダイムについても同じような気がする。
Sustainbilityを日常継続性と考えるのか、生活身上と考えるのか、はたまた夢とか理想を追う姿や思想と考えるのか・・
考えると切がない。
paradigmについても同じことが言える。いいや、パラダイムという概念はもっと難しくて難解な考え方なのかもしれない。
パラダイムとは、ある時代を支配している通念とか社会構造などをさすと言われるが、パラダイムという意味を考えるとき僕は、地の成長過程における年輪の構造に置き換えて考える。
それはある意味では、人間の生き方や社会構造を考える時、生活環境や風土によって基本的な民族意識や宗教、あるいは文化が変遷してゆく・・という考え方である。
そのことをパラダイムといい、文化や宗教などを含めた民族性が環境の変化に対応して、微妙に変化して、気が付くと、まったく違う文化圏を構成している・・という構造のことと考えている。
このような変化をパラダイムシフトというようだが・・
産業構造や科学の発展に劇的な変化をもたらすもの、あるいは地球の微妙な環境変化や特定の生物の意識改革によってもたらされる変化(あるいは進化)にもこの言葉は対応するのではないか?とも考えられる。

以前にも述べたが、およそ1万年前に滅亡したアイルランドエルク(35万年かた1万年前に生存したといわれる)は何故、角をあのように巨大に進化させたのか?
あるいは蜘蛛は何故、4億年もそのままで進化しないのか?という疑問に一言で答えるのが困難なように、人間の文化遺産や科学が発展して形成されることと、劇的な変改によって、滅亡することの真意に論理的に答えることはできない。
そこにはある一定の不合理が存在する。
パラダイムが劇的に変化することを革命ともいうが、改革と革命を認識するのにも、僕は相当な時間を費やしてしまった。

まだまだ道は半ば、考えることに終点はないのである。

「だら~」という感覚

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「ネエ、松井さんってなんであんなに力を入れて走るの?」
娘の素朴な疑問である。松井さんとはNYヤンキースの松井秀喜のことである。
「走るのが苦しそう、足も(歩幅も)短いし、辛そう」
中学1年の娘はソフトボール部に所属する4番バッターである。
しかし、中学生になってからソフトを始めたので、ほとんど何も知らない。

「ねえ、イチローって、シユッとバットを振らないね・・なんかダラーって感じなのに、よく当たるね」

子供の感覚は以外と的を得ているのかもしれない。

まるで鋭利な刀で、ボールを切るように打つ松井と、ダラーッと豆腐を壊さないように包丁でいるようなイチローのバッテイング・・どちらが正しくてどちらが間違っている・・という問題ではなく、感覚で見たときのイメージとか印象をわかりやすい言葉で表している。
武士の果し合いのような緊張感と剣道を楽しんでいる熟年剣士の違いとでも言ったらいいのだろうか・・

「シュってバットを振ってもなかなか当たらないんだ。ほわ~っと、ボールにバットが当たった感じの時、ボールが遠くに飛ぶんだ。そんな時はホームランかな?でも、先生はシュっと(バットを)振れって言うんだけれどね」

素振りを始めてまだ5ヶ月の娘にもしかしたら才能があるかもしれない・・と思ったのは指導する先生なのであろう。あたらべ飛ぶ(ホームランを打てる)才能は2年後くらいに開花してくれれば・・と、親は自分の子供には主観的である。

水泳(クロール)でただ一人、ストレートアームで泳ぐ選手がいるという、世界記録を持っているらしい。
同じく日本で38年ぶりに世界大会の自由形で決勝に残れる可能性を持った選手が日本にいる。
彼もストレートアームという腕の使い方をする。
クロール泳法の場合は、エルボーアップという腕の使い方が標準のようですが・・。

水泳の解説者萩原さんは「こんなに柔らかく、ソフトに水を掴む選手は見たことがない」という。
水を力でかき分けて、記録に挑む選手が圧倒的ナ現代の水泳において、水をぬるく、或いは柔らかく掴む技術は画期的な考え方なのかもしれない」とも付け加える。
誰かに教わった訳ではない、自分で考えて工夫した結果が技術を生む。技術の本質はい人の真似でも無く、コーチの教えを忠実にこなすことでもなく、創意工夫の結果である。

イチローの打撃を『だら~』と表現した選手はオリックスにもいた。名前は忘れたが、イチローの打撃に似ているが、また彼も独特な雰囲気をもっていて将来が楽しみな選手でもある。
私は、娘の感覚には敬服する、場か親でもある。

娘は正式にソフトボールのピッチャーの指導を受けるようだ、クラブでの練習では習得できない、特殊な技術があるらしい。投手としての技術を磨く練習は、30分くらい離れたところで、専門家から指導を受けるようだ・・その話を聞いて「なるほど・・」と思ってしまった。
思いつきや、真似事では投手にはなれない、高度な技術と感覚が必要らしい。
しかし、基本的な身体能力がなければ、できないものでもあるらしい。

指導と対価

専門家から指導を受けるには、それなりに費用もかかるようだが、それは必要な対価だと思う。
高度な技術の指導者は、なかなかいないものだ。
また、選手の潜在能力を読み取って指導するわけだから、資格をもっている・・という以上に相当な洞察力も必要と考える。
しかし、現状のアマチュアスポーツにおいては適正な対価が支払われてはいない・・というのが現状でまる。
あるスポーツの専門誌の調査によると、1日指導しても、2000円程度の報酬しかもらっていない指導者が多いとも言われている。
これでは、専門家に対する報酬とはいえない。
フイギア
スケートなどは、親がコーチに莫大な対価(指導料)を払う。1時間16000円交通費、宿泊費など別途、さらにスケートリンクの占有使用料金も高額と聞く。
さらに、さらにである。スケーテイング技術には芸術性も要求されるので、クラシックバレーやダンスの指導も、莫大な料金になるらしい・・

親が資金を調達できないと、一流意はなれないものなのか?

そこへ行くと、サッカーは少し状況が違う、才能があれば、クラブチームが強化費を支援する。
貧しくとも、才能には対価が必要なのだ。
ボクシングの「明日のジョー」のような美談はなかなか存在しないのが現状であろうか?

しかし、スポーツは純粋にスポーツとしての面白さが大切である。試合以外の部分を会えて誇張し、演出して、世論や民衆をあおるような・・そんな事をしてスターを作り、視聴率を稼ぐというような考え方は、僕には理解できない。
スポーツはあくまでも文化の祭典であってほしいと思う。

俊敏な経済効果より「だら~」とした鈍い効果が、無名のスポーツを文化に押し上げる・・
そんなことを考えること自体が、今の社会にマッチしていない考え方なのだろうかと、自問自答しながらの日々は続くのだ。

意思の疎通の難しさ

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なかなか自分の子供と話すのも難しくなってきた。
大学1年の息子とは淡白な話に終始する
「遅かったな」
「うん」
「練習か?」
「まあ~」
「何か食べたいものは?」
「別に・・」
という感じで、日常のことはほとんど話題に引き出せない・・
自分も大学生の頃は父と話すことは無かった。家に返るのは母の手料理が食べたいだけだった。

次男坊は高校2年、ハンドボールとバンド(ギター)に明け暮れている。まるで自分の高校時代とそっくりだ。
今日は大会で気合が入って出かけていった
「明日大会だから弁当作って」
「何か食べたいものはあるか」
「おとうさんが作るものなら何でもいいよ」
「肉はあったほうがいいか、かぼちゃは食べれるか・・」
というような調子で今日のお弁当は、豚肉のしょうが焼き、鮭のバターいため(オニオンと)かぼちゃの煮物、キャベツの
千切りと、マカロニサラダ・・梅干・・である。
相当、凝ってしまった。
朝、娘が練習に行く前に「いいな~お弁当」というので、娘(中学1年)の朝食はお弁当仕立てにした。とても喜んでいた。
朝6時の朝食・・6時半から7時の間に、それぞれ練習や試合に出かけていった。
長男は今日も朝帰りか?昨夜2時までには帰ってきていない。
送り出して・・7時頃から少し仮眠を取る。
毎日がこんな感じで、ボクの起床はほぼ5時半、帰宅時間は」午前0時頃・・半分寝て・・朝食をとって、子供を送り出して・・半分寝る・・という日がつずいている。

娘は少し不登校になっていた。クラブの副部長、そして新チームの4番バッター・・痩せたいだけがソフト部に入ったきっかけなのに・・
ま、良い機会なので、一緒に食事したりしながら娘の話をじっくり聞ける機会となったので、良かったと思っている。
今日は元気に練習に行った。ストレスから来る発疹も消えてきた・・。

自分の子供達と意思の疎通を計るのは難しい・・。
クライミングの生徒との意思の疎通はもっと難しい(同じくらいなのかもしれない)
「こういう練習をしようよ」というと
「今日はその練習はしない」
「今日はこの練習をする」という話になることが多い。
自己主張する意見を持っている・・という解釈で、生徒に譲る。
負けた悔しさの種が、どのように生かされるのか、或いは「楽しむことを忘れると、クライミングが辛くなるから」
「つまらない練習はしたくはありません、楽しいからクライミングするんです」
と、まるで大人の模範解答のような話が帰ってくる。
どこで習ったのか、単なるまね言葉なのか、判断に迷う。

確かに、楽しむことは大事だけれど、基本を見失って我流では・・というよと。
「ボクは誰の真似でもなく、自分流のクライミングを見つけたいんです」ととても小中学生とは思えない模範解答が帰ってくる。
確かに、ある選手が中学2年の時そんなことを行っていたが・・
クライミング年齢の低下は驚く早さ、自己申告では5.12以上の能力を持つ子供は爆発的に増えた。

しかし、ワールドカップ女子の予選は5.12cという(加須の場合は体感で5.12ab位だったようです、男子も5.13a位に感じたという選手が多かったようでした)
「簡単だった」・・というトップ選手の10人くらいは2本とも完登。
しかし、それを今年の世界陸上に置き換えると・・・

10本20本、しかもジムクライミングでの能力?
10数年前ある選手が「最近5.12クライマーがたくさんいるけれど、日本もすごくなったね。ボクも12以上のルートを1000本以上は登ったけど(オンサイト)そろそろ12クライマーって言ってもいいのかな?でも、まだオンサイト出来ない5.10代のルートがあるんだから世界は広いよね」
という素朴な疑問に、私は驚いた記憶がある。
彼はそんな事にはこだわりを持っていなかった・・とも思う。
登りたいルートを登る。クライミング是非は、グレードが全てでは無かったようにも思うが、真意はわからない。
また「左手でホールドを取りに行く時、目視しなくてもそこにホールドがあるのは何故?」
「それはね、脳にも右と左がって性格が誓うんだよ・・・うんぬん・・」
というと
「何だ、そうか、そんな簡単なことだったんだ。人が登れたんだから、自分のベストを尽くせば解決するって事か」
「・・??」
どのように理解したのかはわからない、しかしボクは『君は才能を持っているのだから、自分を信じて行動すれば、必ずそこに手がかりはあるはずだ』といいたかったのだが・・。


オンサイト能力とは単に何本ルートを登れたのか?だけでは計れない。
陸上競技において
野山を走る能力の高いものが、長距離走に強いわけでもない。
トラックで記録(時間)との反復練習を科学的にこなしたからといって、それが強さの本質ともいえない。

他人との意思の疎通の難しさもある事ながら、自分の体との意思の疎通の難しさも、競技には共存するのであろう。


Dear Jhon Letter

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聖なる夜

ここに、たった一夜だけ

平和の時間が来る 。

戦場のメリークリスマス

「今日は人を殺さなくていい」

そして、戦士には休息が与えられた 。


ジョンにも同じ

かけがえの無い心の休息日

全ての戦士に

クリスマスカードが配られた 。

ジョンにも同じ

其処には

懐かしい文字が綴られていた 。


直ぐに開封したい気持を

祈りを奉げる時間まで

待つ事にした 。


最高のクリスマス

戦場に届いた

愛する人からの手紙だったから ・・・

夕食は、楽しすぎるくらい

楽しかった 。

歓談は・・深夜まで続いた 。

戦場のクリスマス

それは

母国では考えられないくらい

ささやかなものだが

いままで生きてきた人生の中で

最高のクリスマスだった 。

ジョンは、開封せず

この手紙を胸に抱いて

眠りに落ちたい気分だった 。

まさに至福の時が

そこにあった 。

目を閉じ、狭いハンモックのベットで

彼は、その手紙を

まるで、雪の結晶を握るように

体温を潜め・・

あたりが静寂に包まれる時を待った 。


遥か上空に・・南十字星を見た 。

まばゆい、しかも暖かい

母国の空では、垣間見ることの出来ない

至上の星空は 彼女の瞳

「いつか、見せてあげたい」

そう思った。

胸に抱かれた手紙は

至福の暖かさに包まれていた 。

ジョンは・ ・

手紙を書くことにした 。

彼女の文面は、きっと僕を、幸せで

涙に誘う・・ 。

その前に、彼女に

今の心境を書きとめて置きたかった 。

まるで・・それはさらさらと

流れる清流のごとく綴られた 。

ジョンは、自分に詩人をみた 。

これこそ真実の心

「名作だ・・・」心で呟いた 。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ジョンは、自分で書いた手紙を

何度も、何度も読み返しては

感動を繰り返していた。

この手紙を受け取る人の

涙の笑顔が

ただ、次から次えと浮かんだ 。

戦場に来て、僅か8ヶ月

昨日まで、数十年も

ここにいるような気がしていたのに

光陰のような、錯覚に陥った 。

「時の矢」・・・いい言葉だった 。

後2ヶ月で兵役は終わる 。

そうすれば・・来年の今日は

ウエデイング・・イブになる ・・・

喜びの矢も放たれた。

そのまま眠りに付くはずだったが

感激で眠れない自分に歯がゆさを覚え

『どうせ、明日の朝には開封するのだから、

南十字星の星明りで彼女の言葉に浸り、喜びの涙を

誰に気兼ねすることなく・・流そう』

そう思って、

ジョンは

ゆっくりと、

あまりに、ゆっくりと

封を切り始めた・・・

開封する指は、幸福で震えているのが

妙に可笑しかった 。

懐かしい匂い

懐かしい文字

青いインクがとても鮮やかだった 。

「Dear Jhoe・・・」

始まりは

まるで月夜の、夜の波

青いインクは

まるで波のように ・・・

静かに波のように

綴られていた 。

ジョンは再び、冒頭から読み直した

親愛なるジョン・・・

青いインクの言葉は

海岸線の砂を洗う 波のよう・・・・

詩人になる自分を感じた 。

そして

再び、冒頭から読み直した 。

 親愛なるジョン

 お元気ですか

 私は元気です

 実は ・・・

 私は・・多分

 この手紙が

 彼方の元へ

 届く頃・・

 結婚しているでしょう

 12月22日に ・・・。

 たくさんの思い出をありがとう

 それでは、

 もう、会う事の無い 

  ・・・・・・・・・・・・・・ ジョンへ

魔法のような言葉が其処にあった 。

ジョンは、その目を疑った 。

『もう一度・・読み直してみよう・・』


しかし、便箋に綴られた言葉を

ジョンは再び読み返すことが出来ない 。

・・・文字が・・見えないのである 。

もう一度・・

ジョンは、右手で、目をこすり

読み返そうと・・試みた 。

しかし・・無駄だった 。

白い便箋に

青いインクで書かれた文字は

まるで、

白い珊瑚の砂で出来た

この砂浜に 、

消えてゆく波のように

ただ、にじんで行くだけであった 。

ジョンは、気づいてはいなかった 。

青いインクの文字を

まるで波のように

海岸線に消すものが

自分の涙だという事を・・・。

「Dear Jhoe Letter」

それは戦場に送られた

悲しみのメリークリスマスであった

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この話は、アメリカの格言「親愛なるジョンへ」
を元に物語にしたものです。
日本語では「三行半を下す」とでも言うのでしょうか


この物語を書いたのは、多分5年くらい前のことです。
ふと思い出して、
心の資料の中から引っ張り出してみました。

不完全な部分もありますが、そのままにして
おきます。
あの時書き留めた、原稿そのままで・・

挨拶はアスリーとの基本

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悠希がミドルB((オンサイト11Cまで)に出場して、予選はまあまあだったが決勝は半分もいけなかったようだ、リーチだったのかな?とも考えるが、今の感じからするとこんなものだと思う。
この冬の基本練習はスタミナつくりと、スローな動作である。
関節などの成長を考慮して、瞬間的な移動やジャンプは禁止している。それは拓君も同じだ。
しかし、大会において勝ちたい・・という気持ちが、そう言う動作の選択をしたとしても、それは良しとする。

あくまでコーチの仕事は選手の抱えている問題点や反省点に対応する練習に対しての助言であり、決定事項ではない。決断は選手自身の重要な選択である。
どちらかというと「嫌いな練習」を「好きな練習」に変換する、ソフト(柔らかい刺激)のようなものだ。

練習試合の数だけ本番に強くなる・・というわけでもない。
試合を想定して、自分の欠点を浮き彫りにして、長所を伸ばすのか、欠点を最小限に抑えるのかは、難しい選択でもある。

しかし、成長期における身体の育成をないがしろにするような練習はなるべくしたくはない。
結果を目指すには結果を出せる身体の基礎が構築してから・・が前提である。

特に関節の成長過程には細心の注意を払いたい。

同じ中学1年生でも、成長はそれぞれの体内時計(細胞)によって示唆されているので、人間の思惑とは別次元のことである。
あえて、中学1年せいだから、この課題やこの動作をマスターしなさいとは言いがたい。
あくまでも練習の基本は成長過程での必要な負荷であり、思考方法のプロセス認識である。
時にはヒステリックにしかり、時には放置する。
「今日は先生、しからないね」とか
「きょうはうるさいな」とか思わせる。
いつもはしからないことも、何度も叱り飛ばす・・
「今日の先生はおかしい・・」と首をかしげる・・

クライミングという競技はあくまで個人競技であるが、全体の様子を把握せず、その行動が、自分勝手な行動なのかどうかを考えさせたり、あるときは、学校や家庭でのストレスを、ここで発散させ、方向性を見失わないように、あるいは間違えないように指導したいとも思う。
スポーツには社会適応性が必要なのだ。

特に最近は「挨拶」の仕方についてはうるさく示唆する。
挨拶は重要なスポーツの基本である。

この考え方は、メキシコオリンピックの時のサッカーの監督だったた長沼さんや、V9時代の巨人の川上監督も同じ事を言っていた。

挨拶は一流選手の基本・・と、

最近、元巨人の桑田真澄選手もリトルリーグでの指導で「挨拶は野球の基本」といっていた。
ッム!!桑田選手は指導者としての才能があるのかもしれない。
名選手でありながら、名監督になれるのかも知れない・・と、ふと、思った。

名選手で名監督といえば、最近の中日ドラゴンズ落合監督もその一人であろう。
巨人との試合での奇襲戦術は尾張名古屋の織田信長を連想させるが、いかがなものであろうか?

勝負において監督のできる最高の仕事は、環境への速やかな適応であろう。
一瞬の躊躇が思わぬミスを招く・・
そんな一瞬の判断ミスを招かないためには、挨拶する瞬間(タイミング)が基本であろう。
そこから勝負師への基本が磨かれるのである。人間としての魅力も同じである。

僕がリードクライミングのビレイをしていて、核心部のビレイ(安全確保)をしていると、タイミングよく話しかけてくる生徒もいる。僕の心の乱れ方をテストされているようで、腹が立つ。
あまりにもタイミングが良すぎて、集中を欠きそうになるが、それが帰って、僕には良い練習になる。
彼にはいつも「うるさい、今真剣なんだ」と叱り飛ばすが、
彼は僕に集中することを練習させられる。
僕にとっては良い教師でもある。

また教師といえば、中1のケント君は説明がうまい。すなわち教え方のうまさでは他の追随を許さない。
幼稚園のから50歳くらいまでの範囲なら、動作の基本を何気ない言葉で伝えることができる。彼もまたそういった才能を持って生まれている。ロック先生も脱帽である。
時々遠くから彼の指導のテクニックを盗み取る・・こんなことでよいのか?とも思うが、昔から「技は盗むもの」という格言もある。
ほかの生徒も「ケンは教えるのが絶妙にうまい」と尊敬している。

人間にはそれぞれ隠れた才能がある。
「すべての人は才能を持って生まれている」と、20世紀最高のダンス教師であったマーサ・グレアムは著書「地の記憶」で語る。

そう、才能はみんなが持っている。
その才能が開花するか否かは、挨拶にかかっている。

挨拶のできる人・・それもロッククラフトの重要なクライミングの基本である

名選手には舞台が用意される ・・・
そんなことを考えながら、レッドソックスの松坂大助の投球を見守る。今年の成績には賛否両論であるが、彼には勝利への集中力と感があると思う。
局面での勝負には痛打やHRを浴びることもアル。
勝負はいつも紙一重なのだ。
バッタバッタとなき倒せるほど、相手が弱いわけではない。
むしろ相手が強いから勝負を挑む。
それがベースボールだと思う。
かわすか、敬遠するかを判断するのはコーチの仕事である。
見ている側の印象と勝負はまったく違うのである。
観客が「かわした」とおもっても、それはベンチの采配であったり、キヤッチャーの指示であったり、時には党首の弱気な判断であったりするが、松坂は勝負するために、投手という職業を選んだと思うし、大リーグという舞台へ挑戦したのだと思う。
おそらく、今日の舞台は松坂の今年最高の舞台であろうと思われる。
悔いなく、最高の勝負をしてほしいと思う。
テレビの画面からも気迫と気迫のぶつかり合いを感じる。
頼りになるのは、今年1年の経験・・
勝負とは、どちらかが負けなければならない過酷なものだ。

紙一重といえば、クライミングも同じである。
常に自分の限界との戦いでもあるが、それは知的なゲームでもある。
ある意味において、一撃必殺の拳法にも似ている。
昨日、澤井健一郎さんの大気拳(実践中国拳法)という貴重な本をいただいた。
クライミングと拳法は、あるいは囲碁とクライミングのように、またあるいはダンスとクライミングのように、僕にとっては他人の関係とは思えない。
それは歴史や宗教とクライミングと重なり合うものでもある。
人間の歴史に、もし、石をつかみ、壁を登り、あるいは石をつかみそれを投げる・・そこに何かの必然性があるから、ベースボールが生まれ、クライミングが生まれたのだ。
確たる証拠があるわけではないのだが、石を道具とする動物はいるが、それをただつかみ、何の生産性もないかのような行動(ゲーム)を楽しみむのは、人間だけかもしれない。

時々、サル山のサルたちにも見受けられるが・・

進化には、わからないことがたくさんある。
なぜ、ワニがナイルの氾濫を予測していたのか・・なども、人間の知恵には遠く及ばない、崇高な知恵である。

時々、人間には科学や便利さを捨てて、不自由を楽しむ必要性があるのはないのだろうか?

地球の温暖化とは、そんな人間にとっての選択の試練なのかもしれない。

我が家も冷蔵庫が壊れてしまった。あるのが当たり前の道具がなくなると、混乱してしまうが、冷蔵庫のない生活も、あるいは素敵な生活なのかもしれないな~と、

松坂大輔の勝負と、ナイルワニとエジプト人の共存、サハラにおける人と木の関係など、勝負は過酷な・・一見敵対的な関係のバランスの上に成り立っている様な気がする。
厳しい自然環境の中、毎日、小さな木の苗木に少ない水を与えて育てる・・サハラの民はいう、木陰がなければここで人は生きてゆけないから・・と。
大切なものを、自分の飢えや喉の渇きのためにはなく、木に注ぐ・・そんなゆっくちとしたとした時間野中に、本当の環境問題解決の糸口が潜んでいるような気がするが・・

サル山という舞台とサル。ナイル川という舞台とナイルワニ、サハラという舞台と民・・
それらの環境も彼らにとっての舞台である。ということはサル山のサルも名選手なのかもしれない。

・・・我が家に冷蔵庫がないということは、我が家には名選手がいない・・ということなのだろうか?

自然環境を考える

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自然環境を考え始めたのは、今に始まったことではない。
「かつては、こんな大きなイトウ(淡水魚)が1日2匹もつれた・・」
そんなCFがテレビから流れ・・そして釧路川の環境は変わっていった。
裏山ダイレクトルートを想定して、200mの雪の斜面を登った。
それが登山を意識したはじめだった。ほぼ100m僕たちはロープに引きずられて、急斜面をすべり落ちたが・・背中に恐怖を感じた、始めであった。

それから・・・のことである。
自然環境とは、いったい何を根拠に人間との共存を図り、何が環境破壊をさすのだろうか?
そんな思いは常に自分に付きまとっていた。
僕がヒマラヤ登山とかアルピニズムを意識するようになってからの30年来の思考である。ダーウインの「種の起源」やコンラート・ローレンッ「ソロモンの指輪」、ライアル・ワトソン「生命潮流」「アフリカの白い魔術師」、デズモンド・モリス「裸のサル」、コリン・ウイルソン「時間の発見」など思えばいつも人はどこから来て、どこに行くのか?ということを考えていたような気がする。ヒマラヤ登山やアルピニズム考えたのも、宗教から、それを探ってみたくて・・のことであった。
僕の卒業論文は「山岳信仰と現代アルピニズムの接点」であった。
なぜ、人は山に登るのか?
なぜ、人は困難を目指すのか?
という問いかけに、歴史学的手法を用いて、宗教に内在する善と悪を解き明かそう、という試みであったが・・いまだにそのなぞは深まるばかりで、終点を迎えない。

特に、初めて行った(1980年)のヒマラヤの山の面影が、1994年には激減していた事実には圧倒されてしまった。
エベレスト初登頂を果たした、ヒラリー卿は、植林事業を展開していた。ヒマラヤの森林は、すでに死に絶えようとしていたのである。
それは空から見た風景にも現れていた。
1980年に見たヒマラヤは緑の大地と深い森林地帯・・そしてその上に広がる天空の氷河・・。その広大な美しさは圧巻であった。
しかし、1994年に見たヒマラヤは、褐色の大地、赤いステップ、そして、朽ち果てようとしている、氷河の叫び・・
テンジンの妻であるおばあちゃんは「学校教育の普及が森林を破壊した・・何とかせねば。先祖よりはぐくまれた豊かな台地が失われてゆく」と嘆いていた。
なぜ、学校境域の普及がヒマラヤの森林破壊を招いたのだろうか・・私にはその道筋が見えなかった。
わずか14年の間に・・である。

私は1980年に海外協力の一環として、ヒマラヤの山村に軽量鉄骨の橋を架け、学校に教育という文化の必要性を訴えかけ・・産業促進に粘土から食器を作るなどの技術協力をするという代償に紙なる山への挑戦権を獲得したのだが、それは、文明化した日本人の独自の視点での協力であって、彼らの文化に何も貢献できてはいなかったのであった。
テンジンさんの息子は嘆く「私の息子はアメリカやイギリスへの留学によって、結婚を自由恋愛の代償と考えるようになっていた」・・という。
それらはネパールの山間民族ジエルパの文化破壊につながっていたのだった。

自然環境について深く考えるようになったのは、この2回のヒマラヤツアー(遠征)によるところが大きい。

自由を持ち込むということは、過去を破壊する。
それは戦争と平和が人類の両輪であるかのごとく、価値観の行為を招いた。

しかし、テンジンの妻も息子も、それを他人(文明国の論理)のせいにはしなかった。

そこに文化の本質を垣間見たような気がした。

もっともシンプルに自然を考えたとき、人間が石をもった理由は・・ダーウインの進化論にでさえ当てはまらない・・
単なる偶然が生んだのかもしれない。
今から1200万年前いに滅亡したアイルランドエルクは、そ体長と同じくらい大きな角(角だけで50キロにもなったというが)を持ったのが原因と考えるより。
そこにはもっと単純な歴史があったのかもしれない
「「大きな角はメスにとっては魅力的」と考えたのかも知れない。
そんなことを考えながら、すみわけでも環境適応でもなく、
ただ、恋愛感情(あるいは種の存続行為)が進化の本質なのかもしれない・・・。

たとえば蜘蛛はおそらく4億年も糸をつむぎ、数度の氷河期、高温期を経験してなおかつ、同じ事を繰り返している。
4億年も進化していない・・というのは考え違いではないのか?

あるとき、我々は人間であるという考え方を離れ、地球に生かされている意味を考えることから、自然環境の変化を思考しなければならない時代に突入し始めたのかもしれない、と考えた。

おそらく8000万年以上の歳月を費やして作り上げてきた化石燃料(石油)を、人類はわずか150年で消費してしまう。
より快適な生活の向上を目指して、わずか80年にも満たない時間で、オゾン層に穴を開けてしまう・・。

だが、人間の間違った文明化や英知が地球を混沌に導いているのだろうか?

さまざまな問いかけが21世紀になって浮上してくる。
より良い生活とは・・という問いかけに、人間は文明の進歩から遠のくことを学習すべき時に北のではないのだろうかと、ふと、考える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なかなか結論へは進まない、現実がここにある。

以前、オランダの有名スポーツクラブの育成部長が新聞の取材で、
「選手の素質を見るときに重要なことは何ですか」というという問いかけに、こう答えていた。
「選手が将来国を背負い、世界的な一流アスリートになるためには、4つの要素が必要と考えられる、それは、洞察力、人格、スピード、テクニックである」と・・
取材していた記者は
「パワーとか身体能力の測定とかはしないのですか」と聞くと
「いつでも後天的に育成できるものは、ユース(17歳以下)に求めるものではない。特に人格は重要だ、
どのように人と接し、あるいは慕われるのかは、選手生命を終えてからの人生に特に重要だからである。
また、洞察力のない選手は想像力に欠け、観客を魅了するプレイヤーにはなれない。すなわちコーチが意図しないところに走りこみ、あるいは感動的なパスを出せるかは、単なる練習では培われない。
さらにスピードは天性のものではあるが、特にゆっくりした動作には注目している。早いだけでは、競技にはならないからだ、たとえば陸上の100mでも、同じことである。また、テクニックというと高度な技術と考えがちだが、私たちは基本技術の方を重視する。身体の基本能力は大切だ、たとえば怪我をしないためにもね」
と・・さらに付け加えて
「走力や跳躍力、あるいは筋パワーなどを数値に置き換えることもある意味ではナンセンスなことだ、握力が強ければサッカーがうまいという法則はないからだ」

・・・・・・・・・・・・・なかなか面白い話であったので、今でも鮮明に記憶している。
このような話は以前にも書いたが、フランスのナショナルチームのコーチは「アスリートの一流と超一流を分けるのは感性である」とも言っていた。
「本当のコーチの役目とは、詳細な練習メニューをプログラム作成して実行させることではなく、人生や恋愛など・・なんでも相談できる兄弟や両親のように付き合うことだ」とも・この話は23年以上も前のことだが、同じく鮮明に覚えている。

また、強化のシステムにおいてはイタリアの国立アカデミー主任教授に、ほぼ20年前に講義を受けたが、今もヨーロッパで行われてシステムのようだ。
イタリアのサッカーがなぜ低迷しているのか?そしていつそこから脱出するのか、クロスカントリースキーの強化やバレーの強化も、すべては同じシステムの内にある。
と国を挙げて、どう取り組んでいるのか、ということを講義いただいたが、非常にシンプルでわかりやすかった。いくつか質問したのだが。革新的なことは「国家秘密だ・・」と笑って答えてくれなかった。しかし「私の話を洞察力と感性をもちいて聞いていたのなら、問題は講義の中に潜んでいたはずだ」とあらためいぇやさしくわっら。
そう、感性とか洞察力って大切なことなのだ。

ワールドカップをみて、更なる躍進と挑戦をj心に決めたみなさに僕から
「練習は裏切らない、しかし、練習はあくまで自分の弱点をしるためのものでしかない」・・と、ガストンおじいちゃんは言っていました。もうすでに亡くなってしまったけれど、僕の若いころはかろうじて生きていた。
さらに・・・は感性で考えてみて、また、星と嵐、星に伸ばされたザイル、太陽を迎えに・・など、たくさんの書籍がるので、読んでみてください。

わがロッククラフトの祖、ロイヤル・ロビンスの本は「クリーンクライミング入門」たぶん絶版「自叙伝」は英語版ならロックにもありますよ、英語の得意な方は貸し出しも可能です。ご相談くださいね!!

アメリカの理性と狂気

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 1アメリカの理性

1)アメリカでは「ブードキャンプ」というと強制的な更正をさす。社会性を欠いた人々(青少年や大人を含めて)の社会復帰がその目的でもある。
日本では刑務に服す事で更正を促すが、ある意味では長期の服務はかえって人格を破壊してしまい、社会復帰をかえって困難にしてしまうこともありうるからだ。

さすがに社会心理学の先進国である。

日本では効果的と思われるエクササイズ、または流行のダイエット方法を指すようだが・・

2)大陸を横断する蝶
アサギマダラという蝶は1日に120キロ大陸を横断する。そして、その一部は前理科北西部からはるかメキシコまで数千キロの旅を敢行する。
確かに生環境に適した土地へ移動するのは、アネハ鶴がヒマラヤの8000mの山を超えることでも、驚かされた。発見者はある、アルピニスト・・自慢だが僕の先輩でもアル。
アフリカ大陸を数百キロとヌー(牛科の哺乳類)が移動する。数十年に一度・・しかし、果ては海に飲まれて淘汰される。それを動物学からではなく、タイム オブ ブック(時間の発見)といいう本で解明している。彼は小説化である。
しかし翻訳者は竹内均さん、宇宙物理学者である。

話は戻る、アサギマダラの移動に今年は1500人にも及ぶ人が参加して蝶にマーキングをした。
生態系を観察するためである。
蝶の移動を知ることで環境を考えようとするプロジエクトのようである。日本にもアサギマダラ入るようであるが・・お金にならない研究は取り上げてもらえないようだ。

3)乳がんに最も効果的な方法
乳がんは女性の20人に一人が発病する。といわれている癌である。ある調査によると将来4人に一人に発ガンするくらいに勢いで増えている。
その原因は、豊かな食生活、ワインを毎日飲む、女性が結婚しなくなった、子供を生まなくなった、あるいは性交渉が少なくなったから・などと諸説入り乱れているが、アメリカでは発ガンした女性の多くはスポーツをしていない、あるいは太っている。という結果も出たという。
乳がん撲滅の特効薬は、癌検査に行くことではなく、運動すること(スポーツすること)である・・という。

4)総括
これらはアメリカのニュース番組で取り上げられていたことであるが、面白おかしく、あるいは人間の興味を引くことばかり、3面記事的な話題とか、政治家のお金の問題とか、芸能人スキャンダルなどを大々的に捕らえるより、根のアル環境問題を提起してみたらいかがなものだろうか?
そういう意味では、筑紫哲也さんがアイスランドの環境問題への取り組みを取材したのは、最近で(半年以上前)異色だったように思う。

アメリカとは政治をショーにして経済活動と効果を生む一方で、根強く、地道に、一人一人の国民に「あなたにできること」をといている。
マスコミの理性というか、アメリカの理性を見たような気がする。
我々日本人も「豊かな暮らし」とは、経済活動を指標にすることなく、進められないのだろうか?

 2 アメリカの狂気
後日執筆

経験は成功への種

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世界選手権も国体も終わり、悔しい思いと、結果はともあれ多くの教訓を胸に戦い終えた戦士達。
明日への可能性を心にいだき、新たな航海を待つ・・試合を終えた後とは、そんな時間なのかもしれない。
国体といえども簡単に参加できるわけではない。各県の予選を通過して、各ブロック予選を通過するのは至難の業でもある。
まして、世界選手権やワールドカップなどは更なる狭き門でもある。
2年に1度世界最強問い照合のために一発勝負の大会もあれば、そのシーズンでのそうごうポイントで勝敗を決めるなど大会の主旨や考え方は様々である。
オリンピックは民族(或いは文化)の祭典であり、その主旨には単なる勝者を決めるだけ・・とは言いがたい特殊な任務を背負っている。
世界は広い、様々な民族が様々な風土(環境)で文化、或いは宗教を背負って生活している。
世界の中で、日本はどんな位置にいるのだろうか?我々の生活水準は・・とか、いろんなことを考えさせられるのもオリンピックに特徴でもある。
地球が一つであるがために、自分の国家の利益、或いは自分だけのブライドをかけただけの戦いであってはならないような気もするし、単にメダルが何個取れたかを競うためのものでも無いような気がする。
我々は、オリンピックの成果をメダルの数のみに集約しすぎてはいないか?と、すこし不安に思うこともある。
むしろ国際紛争としての戦争を避け、スポーツによって民族や文化の交流を兼ね、たった一人の勝者への賞賛のみでなく、数多くの参加した選手(敗者)への思いやりの法が重要ではないのだろうか。

クライミングは、スポーツとして日々進化し、世の中に普及しつつあるようにも思う昨今である。
私ガ始めた1975年頃は、国家的ナ偉業、或いは冒険から、単なる大人の遊びへと墜落しそうな時期でもあった。
そこに現れたフリークライミングというスタイルは新鮮で、スポーツの要素をたぶんに含んでいたような気がする。
しかし、大会で手(ハンドホールド)の上に葦を振り上げて登ったり、3点指示を崩して飛びついてみたりする行為は、クライミングの基本、或いは歴史を冒涜するかのように考えられて、先輩方に叱られもした。
クライミングが岩雪氷を登るための究極の手段ではなく、単なるスポーツと見なされることへの抵抗も同じくらい重く存在した。
文化には常に新しい波が訪れるものである。
それは16世紀、宗教の束縛から逃れて地球が太陽の周りを回っている事実を知ることは、ある意味では民族や宗教を否定する犯罪であった様に、クライミングにも小さな波が押し寄せていた時代でもあった。
フリークライミングへの憧憬は、北米、或いは欧州へのクライミングツアーから徐々に日本に輸入された新たな文化でもあった。
それまでのクライミングの対象は、ヒマラヤ一点に絞られていたようにも思う。ヨーロッパアルプスやヨセミテなどのクライミングは、単なる通過点としてしか考えられていなかったようにも考えられる。
フリークライミング。その革新的な行動形態への挑戦は当然、若い力の無意識の行動からますは庶民へと受け継がれ、やがて登山界の中軸へと浸透してゆくわけだが、そこにいたるまでには10数年の歳月を要した。
確か1989年のフリークライミング世界選手権で平山ユージさんが始めての参加にもかかわらず2位に入賞してから画期的な勢いで浸透し始めたような気がする。
クライミング界にスーパースターの出現でもあった。
我々の世代のみにかかわらず、登山界の重鎮達の間にも「平山神話」がいつの間にか浸透していったのであった。
彼の存在、または功績がなければ、フリークライミングは単なるマイナースポーツの一つから脱却できなかったのかもしれないとも思う。

しかし「天才」と一言で、彼を呼びすれることは簡単だが、彼の努力と研究観察、練習意欲は群を抜いていたとも言われる。すなわち、努力に妥協を許さなかったのであろう。
彼とは2~3度話をしたことがあるが、高校1年生の頃から圧倒的な存在感とオーラに包まれていた。
私も「かれなら世界に行くな・・」と確信しウキウキしたことを思い出す。まだ、フリークライミングを始めたばかりの少年を見て・・である。

しかし、一方では友人でもある、H谷 清氏への憧れも断ち切れないものでもあった。
もう30代の後半に差し掛かっている彼に何とか世界的なクライミングを実現させてあげたい・・という思いの強さでもあった。

ここに「世界に行く」・・ということに2つの意味がある、平山さんは「世界一になりうる素材」という感触であり、H谷さんには世界へ行ってほしい・・という願望であった。
1991年、H谷は日本選手権に参加して、彼は世界大会への参加資格を勝ち取る。
「必ずしもコンペがフリークライミングの全てとは言いがたいが、それの否定できない事実でしょう」と彼は柔らかく笑った。
それよりもクライミングスクールで生計を立てられる時代を作る先駆者になることのほうが、彼にとっては重い任務と考えていたようにも感じられた。
勝手に自分が、彼の友人を名乗ることは、彼にとっては失礼なことであるのかもしれないが・・。
しかし、幾ら経験と実績を持っていたとしても、老いて行く肉体には、成すすべもなかったのである。
20歳登り盛りの青年と、40歳をまじかに控えたクライマーの格闘にはおのずと天命が下るものである。

世代交代は突然のように行われる。それは生物界の摂理でもある。
競技者としての成功は、或いは、若い力に抜かされまいと、懇親の力を注いで抵抗することであるのかもしれない。
そこに新しい種が生まれるのである。

老木は朽ちるとも、新たなる種を残す。荒涼たる原野に佇むたった1本の巨木。
かつてアメリカの詩人ホイットマンはそこに、槲の木が成長するのを見た・・という。
そして数百年の歳月が、やがて大地を多くの樹木で埋め尽くす・・
そんな夢を追いながら、ホイットマンは挫折しそうな自分の都会暮らしでの甘えを断ち切ろうとしたのであろうか?

彼らが育てた種達よ、後ろを見ることなく、突き進んでほしい。
県大会の予選敗退、日本選手権の・・さらには世界選手権での満足のいか無い結果にあきらめることは無い。経験も立派な種なのだ。
思い、悩み、苦しむ数の多さほど、実りの大きさへの序章なのだ。

経験には失敗も迷妄も無い。ただ過去に追いやられるだけなのである。
成功ばばかりが良い経験とはいえ無いのだ。

むしろ、逆風こそ良い経験(順風)につながるのだ・・ということを、ボクも若い頃、先生から教わった。

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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