2007年9月アーカイブ

なんとなく、生意気なことを考えてみた、途中で挫折するかもしれませんが・・・

1)科学構造(概念)の変遷

古来、運動とは継続的ナ練習の積み重ねによって、強化され、より早く、高く或いは遠くへ到達できるものだと考えられていた。
そこには生まれながら持っている才能(或いは遺伝子)がかなりの比重を占めていて、後天的には解決できない要素が多々あるとも言われていた。
たとえば、高所に強いのは、生まれながらに持ち合わせている才能であって、練習などをすることによって、育成できるものではない・・とか。
そんな論理(或いは現実)を打ち破ったのは、メキシコオリンピックでのある成果だったように思う。
特に人間が100mを10秒以内で走ることは出来ない。
高地では、5000m、10000mでは記録が出ない。
マラソンは酸素分圧の低下において、使者が出る可能性があり、危険だ。
空気抵抗が薄い(酸素分圧が低いので)揚力が少なく、幅跳びや、走り高跳びでは記録は生まれない・・などであったと思う。

それらの論理を覆す事件の一つに、走り高跳びにおける。背面とびがあった。
それまでの主流はペリーロールで、バーを胸で巻き込むようにして越える飛び方であったが、背中でバーを越える飛び方は幼心に、驚きを禁じえなかった。

その頃、テレビもラジオも真空管が主流であって、少しずつトランジスタタイプに移行しつつある時代であった。
洗濯機に、脱水機能がついたり、冷蔵庫が普及し始めている時代であった。
ゆっくりとした変化を感じていたが、ドレもこれもが驚きの連続であった。
昔のラジオは、真空管といって裸電球のようなものがたくさん、テレビくらいの大きさの箱の中に入っていて。茶の間にデンと構えていた。
裏のパネルをはずして、どうして音が聞こえるのかを確かめようとしたが、電気がついたり消えたりを繰り返す真空管の構造は怪奇極まりない状況であった。
中学生になった時、父がトランジスタラジオを買ってくれた。その大きさはお弁当箱くらいのち活気的ナ小ささであった。

科学はあくまで実験と観察の経過に伴い連続的に積層されて行くものだ・・という考え方がどうしても理解できなかった。結果として、ボクは他愛せつなラジオばかりではなく、真空管テレビも解体してしまって・・父にしっかりと叱られてしまったのを覚えている。
空気を伝わって電波が飛び、その電波が音や映像に変換される仕組みは正に魔法としか受け止めれなかったのである。
走り高飛びにおける、ソルベリーの背面とびも、考え付かない現実であった・・が、それが現実であった。

構造を科学するとは。ボクにとっては解体であり、父にとっては破壊であった。
仕組みを知るとは、まず、論理より仕組みの解体が基本になるとも考えたが、テレビやラジオ、扇風機nや自転車など、ドレを解体しても、基には戻らなかったし。それらの基本原理を解明するにはいたらなかったのである。

そんな幼い日の失敗に連続が、最近頭の中をよぎっていた矢先であった。

2)科学革命の構造

環境科学を専門とする、不思議な日本人のお客さんがクライミングの初心者コースを受けに来た。
いつものように向井節(理屈)をこね回し「人間の科学や文化の進化には、500万年前の、何故、の解明が必要とされている。それは何故人は木を降りたのか」ということの究明である」「その真理のひとつが岩を登る行為野中に隠されている・・」と始まる演説。
それを聞いて、話が弾むSrou君は
「まるで、パラダイム・エボリューションの講義を受けているようで面白い」といってくれた。
私は「そう正にパラダイムは、整然と積み上げられた構造連続の上に成り立つものではなく、常に変化(革命的)と、突然変異(或いは偶然)の元に成り立ち、構造化してゆくものなのだ・・」と試論を展開したが。
「正に、トマス・ハーンのパラダイムシフトがクライミングにあるなんて、驚きです」という感じになってきたが・・
「????パラダイムシフト?トマース・ハーン??
少しまってください。。ボクはまったくそれがなんだかわからない・・」
Srou君はいう「ハーンは環境科学においても、物理学においても、構造のシフトがパラダイムによって不連続に積層されているという考え方があり、それが人文科学にも成立すなんて考えてもいなかった。向井さんの話はとても面白い、もっと聞かせてほしい」といわれて驚いた。
9月にはいって、トーマス・ハーンのパラマイムシフト(科学革命の構造)なる本を読んでみた。そこにはコリン・フイルソンの「時間の発見」のような、或いはシモーヌ・ド・ボーボワール「第2の性」を読んだときのような衝撃的な印象は受けなかったが、思考のパラドックスが感じられ、とても興味深かった。

どんな分野においても、概念(或いは理論は)思考の領域からの脱却は難しい・・ということなのだろうか?
アラン(本名エミール・オーギュスト・シャルティエ、フランスの高校教師であり哲学者)によると、あくまで思考のの領域においてのみ、成立するもののようだが・・。

スポーツにおいて、選手強化、或いは技術強化のメソッド(教程)なるものは、基礎スキーにおいて、早くから導入されていたが、その他のスポーツは1970年代まで、古典的な武道や宗教じみた練習に支配されていて、科学的とは言いがたかった

3)何故、欲求が起きるのか

スポーツにおいて、興味を引かれたスポーツにのめりこむと、もっと強く、或いは早くなりたいという欲求が起きるものもいる。
それは消費行動において購買したいという欲求と心理的には類似してる。
消費行動には、一定の法則性があり、マーケティング論(市場性または消費行動)では広告宣伝の方法論として、広く知られているようだが、僕はむしろ、行動心理学の仮説として、子供の行動様式の解明に活用している。
アイドマ(AIDMA)の法則とは、Attention(注意) Interest(関心) Desire(欲求) Memory(記憶) Action(行動)ロ言うように、注意や興味を促され、関心を持ち、行動を起こしてみたいという欲求がおき、或いは記憶に残り、やがては行動に移す・・というように、人が行動(消費)を起こす際の一定の考え方の法則性を観察する、手引書のようなものである。
ねえ、この課題やってみない?というように、言葉で注意や興味を促しても無反応な状態に、何かの販促物(或いはエサ)を与えて反応を促す手段、と興味の段階が集中してゆく過程を推し量って「少し待って・・」「そろそろ始めようか?」「次回、トライしようか?」とか、欲求の段階を確かめるためのプロセスとして、活用しています。
欲求には様々な段階があり、アブラハム・マスローはその構造は緩やかなピラミッドを形成しているという仮説(欲求段階説)を提唱した。

このような心理学や消費行動理論などの考え方も、生徒の指導には応用させてもらっている。。というのが現状である。
生徒指導には教科書(教程、メソッド)と呼ばれるものがあり、フランス・メソッド、イタリアメソッド、債権ではオーストリアメソッドなどがあるが、メソッドの根本はそんなには変わりはない。
高度な練習教程に振り回されるより、身体の構造、身体の生理、心身の成長過程、言語やシステムの理解度などにあわせて、ベーレン(波の変遷過程)のように複雑に変化して、パラダイム(教程の枠組)をシフト(変遷)する視点がコーチには要求されると考えられる。

「だら~」という感覚も行動心理には複雑に作用する。
未完成な身体がもし機械であるなら、機械工学の理論に変数知を与えて、トレーニンフのプログラムを変遷すればよいのだろうが、選手または生徒は機械ではない。機械工学に基づいた理論を未完成(成長過程にある)身体の工学的補正、または、身体能力向上のために当てはめるのであれば、細心の注意を払わなくてはなるまい。

「登りたい」という意欲の持続こそクライミングの本質であり、高度な技術のパフオーマンスは、ロッククラフトの意志にそぐわない。

もっと解り易く言えば、難易度を究極のパフオーマンスでこなすのは、選手(生徒)が、プロもしくは、世界選手権などのコンペを目指を位置にきた時に、協会などの組織が対応すべき方法論であって、小中学生に強いるべきことでは無い・・と私は考える。

4)理論は偶然の結果にしか過ぎない
技術はつまらないことの繰り返しの中から生み出される結果にしか過ぎないと言い切ることは簡単なことであろう。しかし、論理は様々なパラダイムを積層しながら変革を繰り返し、それがコペルニクス的な様相
となって表記もしくは目視された時、覆される。
それは、メキシコオリンピック(1968年)の走り高飛びにおける、背面とびの出現であったり、マラソン競技における高地トレーニングの有効性であったりする。
今まで論理的に否定(効果が無い)されたり危険であるから導入すべきでない。という考え方はあくまでも思考の概念の問題であり、摂理とか理論とは程遠いことが多かった。
正にトーマス・ハーンが提唱した、科学理論とはパラダイム・シフトによって成立している可能性が高いような気がしてならない。
スキー技術においても、多くの変遷がシフトを形成している。
主なものを上げても、ベーレン(波乗り)、ダイアゴナル(ねじれたわみ)、カービング(切る)など様々な滑走技術が提唱され、それがオーストリア、フランス、イタリアンメソッドなどと呼ばれ、教程はそのつど書き換えられて、教わる側の混乱を招いていた。
選手の技術を機械工学的手法に置き換えて、或いは数値計測に変換されて、理論つけられてはいるが身体動作の技術は用具の変遷とともにも変遷しているのも事実であろう。
たしか、1940年代頃まではスキー板の操作に交互操作は反則であった・・という時代もあったようである(スキー板は原則として、2本をいったいとして操作すべきであって、交互に踏み変えて操作することを禁止していた規則があったようである)
水泳においても平泳ぎにおいて頭部が水面下に沈むことを泳法違反としていた時代もあった。

しかし、より早く、より高く、より強くありたい・・という選手自信の欲求と、それを追体験したいという観客の心理には、尽きることの無い欲求があるのも免れない事実であろう。

5)身体の限界と可能性

スポーツ理論はしばしば、高度の欲求によって破壊的現状を招きかねない。
スキーの滑降競技において、身体の限界を超すスピードでの滑走は、小さなミスが死につながったこともあった。
スポーツの限界と可能性は、選手自信が求める記録や、成果を求める世論の前に、常に諸刃の剣のように襲い掛かり、一部には身体や精神をむしば結果をモらたらした。
現代スポーツの精神が、1980年代後半ころからドーピングによって一部平等性を欠く結果をもたらしたともいえよう。
大リーグのホームラン数は、激減し、ツールド・フランス(自転車競技)正に渦中にあるといっても良い。

スポーツの原理は、選手に、常に平等にチャンスを与え、公平に分配されるべきでもある。
しかし頂点は、常に1地点しかなく、競い合うという原理は、たった一人の勝者と多くの敗者を生むのは、ある意味で健全な精神を生むための副産物であるのかもしれない。

「勝ちたい」という考え方を崇高なまでに高めて世界1という称号を得るためには、単なる身体の技術だけではなく、高度な精神の技術を伴わなくてはならない・・とも考えられる。
勝者は、人間としても尊敬され、応援される対象にならなければならないと思う。
凶暴な野獣のような瞬間と宗教の高僧のような平穏な境地を併せ持つことも、スポーツ理論には含まれるべきであろうと考えルが、いかがなものであろうか?

スポーツにおいて、研ぎ澄まされた肉体の限界が、精神や思考に破綻をきたすような地点であってはなら無いとも、私は考える。

特に成長過程にあるジュニア(19歳以下)の育成には、思考のバランスや発想の豊かさも指導の要素と考えるべきである。

また、民族としての文化や思想などの教育も、並行して行わなければならない教程でると考える。
スポーツ教育とは、頂点を極める身体技術の高揚のみが目的であってはならない。
よってスポーツ指導の教程は、機会工学や論理に左右されるものではなく、普遍的な文化との共存を図らなくてはならないと考える。

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ひとまず・・今日はここまでとします。
この考え方は草稿であって、現時点では、加筆、訂正、削除されることがありますことを、ご了承ください。


『あきらめ』を科学する

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人は困難に直面したら、思案する、良きにつけ、悪しきにつけ結論を出しで行動に移そうとする。
行動を伴わない思案を、アラン(エミール・オーギュスト・シャルティエ フランシュの哲学者)想像と考える。想像には良い悪いも、善悪も無く、結論もない。
しかし、行動には結論が必要である。
結論のない行動は、単なる行動の思索にしか過ぎないのである。
ある海洋冒険家が『貴方は何度も海洋横断試みている(成功)が困難に直面したことは無いのか」と質問されたとき「私は何度の、何度も失敗をしている。確かに結果は最多海洋横断記録となっているが、成功の数より失敗が多い・・ということは、海洋横断とは困難の積み重ねであるともいえる」という。
人の評価は成功の数のみに集約されるが,実は失敗の数のほうが成功の数をはるかにしのいでいるのが現実なのである。
「私は困難に直面したら、直ぐにあきらめる。それは瞬時に結論を出すということである」
「あきらめるとは、投げ出すことではなく明らかな決断を下す・・ということである」
続けて
「あきらめるとは、投げ出すということではない。ボクはあきらめるが(明らかな決断を下すが)次の機会をうかがうのである」という
また
「海洋冒険家にとって世界一周は夢である。夢は創造の世界の副産物ではない。夢は現実化させてこそ、夢なのである」
という
そこに山があるからと名言を残して20世紀初頭に世界最高峰に消えた登山家マリリーもその頂上に足跡を刻んだのか否か、不明なまま、星陵に消えた。
同じ山でも挑んだ時期で条件が違うのである。海洋冒険も同じである。海は何時もその表情を変える同じ風景はない。毎日沈む夕日に同じ景色が無いのと同じことである。
おそらく地球が誕生して46億年「ブルームの冬」以降毎日だいいを焦がして沈む30億年以上の歴史の中で毎日行われている、夕日に同じ夕日は一つとしてない事は科学で実証するまでも無く、歴史上の唯一の真実でありセオリーであろう。
幾ら物理学が宇宙誕生を解き明かす理論を展開したとしても、真理には到底及ばない。
セオリーを見極めるには時間が必要である。
同じことの繰り返し・・それも、力ずくで夕日を描くのではなく、柔らかく、だら~ット、時間の概念を超越したところに真理は潜んでいるような気がしてならない。

諦めを科学するとは、まるで鋭利な刃物でズバッと切り裂く真理ではなく、まるでゆっくりと時計の振り子が振れる、つまらない動作の繰り返しの中に潜んでいるような気がする・・という風に感じるのだが、いかがなものだろう。

4番の重責

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「ん~ネエ、お父さん、4番って、ヒットを打って点数を取る、重要なバッターなんだよね」
いきなり娘の話である
「そうだね」
とさりげなく受け答えるが、娘の抱える重圧を感じてしまう。

中学に入って、ソフトボール部に入部するまではバットを振ったことも、キャッチボールさえもしたことが無かった。むしろ、晴れ時々クライミング・・という感じで、なんとなく父の仕事場に入り込み、友達とクライミングを楽しむくらいであった。得意はスイミング・・浮くから・・?
小学校卒業まで、ほとんど後ろに立っている、娘を探すのはわかりやすかった・・大きいから。
「中学校に行ったら、どんなスポーツが1番痩せるかな・・」
というのが、ソフトボール選択の基準であった。
バスケットよりもソフトボール部の練習がきつく見えたから選んだのであって、得に好き・・という思いは無かったという。
要するに痩せたいだけの話で、大会に出るなんてことはまったく眼中には無かったのである。
当然、同級生に入部も多く、自分が選ばれる可能性はない・・くらいに考えていたらしい。

しかし、フタを明けると(入部すると)即日、バッテイング練習を上級生に混じってさせられた・・という。
1年生では2人だけ、学年で1番足の速い同級生と娘の二人・・後は球拾いとランニングとキャッチボールが1年生の日課であった。
夏休みに入り、練習はさらにきつくなった。毎日8時から午後1時まで・・うちに帰ってくると、ふらふらで、夕食も食べずに、寝ていることも多かった。
しかし、痩せない・・。
痩せたい・・という思いの強さが練習に、何時も全力でたち向かわせた。
肩が痛い、バットが振れない・・筋肉痛は毎日娘を襲った。
でも、練習はまったく休まない。

8月18日の初めての練習試合で6番ライトを指名された
いつもは応援していたのに・・
少しの緊張感が漂っていた(たまたま生徒の送り当番だったので見に行っていた)
父としては「体格と風格は4番だな」・・という印象を受けた
しかし、娘が特に大きいというわけでもない(161センチ、70キロ)
大きな子供がソフト部に集まったな・・という印象であった。
娘も
「ソフト部にいると、私だけが大きいというわけではないから、ほっとしている」
といっていた。ソフトボールがうまくなりたいという意欲などほんの少しもないのが現状であった。
「当たれば外野手の頭を越す打球の速さがある」
と部長のお母さんは期待していた
「当たれば・・でスよね」・・と、ボクは期待もせずに見守っている・・
ただ、痩せたいだけで入ったソフト部である。楽しんでほしいと、父は願っていた。
初めての守備(ライト)、初めての打席で、相当緊張しているようであった。
心の弱さは父親譲りかな・・と、そんな思い出見守っていたのであった。

8月25日は新人戦の初戦であった。
練習を終えて、監督がレギラー選手の発表をした。
「4番、ムカイ」
一瞬で頭の中が、真っ白になったという。
7月までの4番は3年生の憧れの先輩であった。4番バッターはかっこよくて、チャンスに強くて、責任が重大だけど、私には関係ない・・が娘の言い分であった。
確かにバットを振ったのも、キャッチボールを始めたのも、今年の4月からである。
どこかに隠れたい、今すぐ病気になりたい・・というのが娘の心境であったようだ。
こんな所まで、父の血をしっかりと受け継いでいる。母の血であったなら、勝負強いはずなのだが・・
しかし、体格と運動センスは母親譲りである・・やがては4番らしい選手になってほしいと思うが、娘の抱えた重責は重たすぎるようだ。
9月にはいって、体調を壊すことが多くなった。吐き気がする、頭が重い・・皆勤を狙っていたはずが、病院にいきたがる。
昨日も、体中に発疹がでて、今日の練習試合を休ませ、病院に連れて行った。
最悪は帯状発疹・・?しかし、単なる発疹であり、ストレスが原因であろうという。
娘に聞いてみた
「4番って重たいかい」って
「だって、私はソフトボールが好きなわけではなく、痩せたくて、しかも部員がたくさんいてれギラーになりにくいクラブを選んだのに・・なんで私が4番なの・・わかぁらない」
である。
しかし、ソフトボール部の先生は日本代表候補にもなったことのある先生と聞いた。
良い指導者に恵まれると生徒は伸びる。
先生も、娘の強さと友達の速さをかって、4月から1年生で2人だけバッテイング練習をさせていたのだと思う。
今日も病院に行ってきた。「のんびりソフトボールを楽しみなさい・・4番でも、貴方はまだ素人なのだから、重圧を感じることもないよ・・デモ、3年生になったら、いい4番になろうよ。まだソフトボールを始めて、5ヶ月もたっていないのだから・・」
そう柔らかく言うと、ストレスが和らいだのか、明るく笑った娘であった。

4番の重責は内閣総理大臣にも当てはまる。
重責から逃れ、迷走する安倍氏の行動。
一方で、政治家でありながら「内閣総理大臣になりたいと思ったことが1度もない」という福田康夫氏
優しすぎても首相の重責は果たせない。まして人気だけでは4番は勤まらない。チーム1の実力が無ければ!!
なろうと思わないのに、首相に押される。なんとなく選んだ父の遺産背であった。
責任と重圧は父から学んでいる。と断言する。
今はまだ、しかし、福田氏の持つ運命の偶然(或いは必然)を感じる。
個人的には麻生氏に首相をやらせてみたいという感情を私は持っている。
しかし、党の信頼は薄いようだ。
4番には、実力もさることながら、信頼も必要な要素なのだろう。

娘の運命に、国も行方をだぶつかせて考えてみてしまう。
中学に入ってからも順調に身長も伸びている。本人は「もうこれいよう背は高くなりたくない」というが、天が彼女に与えたものがあるのなら、迷わずその道をまい進してほしいと思う。
重圧は常に人を襲う。
逃れられない責任もある。

自民党議員には政局を伺う目と匂いをかぎ分ける力はあるが、人物を見極める洞察力に欠けているような気がする。
中国の歴史においても、豪腕であった項羽と人材登用のうまかった劉邦という二英傑の時代があった。

混迷する日本の政局運営にはどちらの人物に政治を賭すのか、国民の責任も重いと思う。まして自民党党員は単なる人気投票に走ってはいけないし、どちらにつけば利益が出るのか・・と異様な算段食むようである。100年先の日本をかんがみる滝欲への着眼が必要であろう。

話は娘の話に戻る
「ねえ、ヒロちゃん、オリンピックに行こうよ(選手として)」と娘は先生に誘われたようだ。
娘は
「オリンピックを見に行くのか・・」と考え、それも良いか・・という程度の思いであったようだ。
オリンピック選手になるなんて事は少しも考えてはいない。
着眼大局という言葉がある、利害関係を抜きにして、全体を見通す力が勝敗を分ける。
娘の4番でも日本柔道にも、政局にも通ずる考え方ではないかと、改めて思うことしきりである。

政局においては1度麻生氏に総理をお任せしてみたかった(過去形はおかしいかな)というのがボクの本音ではあるが、人物としての福田氏も見てみたいと思う。
勝負強さも無く、信頼感にもかけるが、バランスの取れた人が4番でも良いと思う。

或いは「嘘も方便」なのかもしれないな~とも思う
いずれにしても、難しい局面である。

パフォーマンスを上げる

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それはアスリートであれば誰もが思うことである。
しかし、上がったパフォーマンスが、必ずしも良い結果をもたらすとは限らないのも、大会の面白さの一つでもある。観客(見る側)と競技する側との間に、様々な身体能力以外の要素が混在しているのも事実であろう。
個人競技で他者と直接接触しない競技であっても、高い次元での競技となると、様々な環境の変化に対応する精神の能力もかなり重要になって来ると思う。
ある意味では、激しい練習で勝ち取れる身体能力以上に、精神を鍛えることの難しさを痛感した競技者も多いのではないかと思う。
競技の舞台が世界であるなら、環境は想像を超える苛酷な時も多々あるのである。
大阪世界陸上においても、注目選手が全て注目通りの結果を生んだ・・とはいえない。
それは8月に行われた、クライミングの全国大会(ジュニアオリンピック)においても同じことが言える。
力量の差と思えるほどの差はしだい縮まり、かなり微妙なところまできているのを感じた。

身体の能力として、筋肉を酷使する練習による負荷は、筋肉の消耗を激しくし、或いは老化と破壊を促していることにも気づかず肉体を追い込んでしまう・・ということは世界陸上のトップ選手にも共通する。

身体にプレッシャー(重圧)を与え、どこまで耐えられるのか・・というのも重要な練習であるが、精神に重圧(或いは安静)を与え、集中力を増すことも重要な練習である。

すなわち、練習とは常に、厳しく辛く・・というばかりではなく、肉体や精神の重圧や過負荷を解き放ったりすることも重要である。
今回の世界陸上において、高野進監督は「チームとして、選手を応援する姿勢」を強調したという。
自分のレース以外は無関心・・という、陸上独特の雰囲気を払拭するのと、全体で個人を応援することにより、精神の重圧から解き放とう・・というスポーツ心理学者としての配慮から取り入れられた戦術だと想像する。
しかし、コンデショニングの調整はなかなかうまくは行かなかったようでもある。
末続選手は個人競技では残念な結果であったが4x100の走者としては最高の走りを披露してくれたと考える。
誰もが金メダル・・と思っていたアジアの鉄人・室伏選手は「今できる最高の演技でした」と語った。
期待を担った、400mの金丸は50m地点で肉離れ。棒高跳びの沢野は1回もバーを飛べずに全身痙攣を起こして退散した。
一人で武者修行して世界を転戦する重圧
自国で多くの国民の期待を背負う重圧

人(他人)のために競技するわけではなかったはずなのに、感じないはずの重圧が選手達の肉体や精神に過度な負荷をかけている現実を、誰もが(全日本の優れたコーチなどが)示唆できなかったのだ。

やはり、競技には魔物がいる。
運を掴むのも、運を逃がすのも・・考え方しだいだが、どちらも同じこと・・くらい軽く考えて見るのもよいのではないかと思う。
個人的には、100mの朝原の走りには予選、4x100も含めて、一番さわやかな感動を覚えた。
35歳というパフオーマンスの下がった年齢にもかかわらず、最高の絵(パフオーマンス)を僕の心に刻んでくれた。

クライミングに戻れば、10月のワールドカップ、平山ユージさんには最高の絵を見せていただきたい。
それは単に、勝つとか負けるとか言うものではない。クライミングといスポーツの何かの存在を、貴方の肉体と精神から感じてみたいからである。

頑張れ、クライミングの日本選手団!!

2008年に向けて

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8月の熱い戦い(ジュニアオリンピック)が終わり、少しほっとしているというのがボクの現状である。
肝臓の病気でおたおたした7月、初盆もおえ、家庭環境も大きな変化を遂げた。
長男は大学で演劇部にはいり、毎晩夜中に帰ってくる。

次男はハンドボールの練習に本腰が入ったようでもある。中学の時に、県の優秀選手、JOC強化選手に指定されていたが、高校生活はどこかゆったりと、ギターを弾いたり、女の子と楽しく遊んでいたようだが、勝ちたいという気持ちに変わってきたようだ。しかし、チーム競技は一人の頑張りではいかんともしがたい。指導者の居ない練習は困難を極めているようでもある。
しかし、長男のように、特待生で剣道三昧の3年間のような高校生活は選択できなかったようだ。自分で選んだ高校である。最後の夏に向けて、頑張ってほしいと思う。

一番下の娘は、中学1年生。バスケットボール部に入る・・と思いきや、ソフトボール部で、夏まで、玉拾いをしていた。8月25日の地区大会は、初めての公式戦であったが、いきなり4番をおおせつかり、人生において最も緊張したひと時を過ごしたという。小学校までキャッチボールさえしたことのない娘が・・
しかし、先週の試合ではホームランを打ったという、当たれば飛ぶ・・そんな才能を彼女は持っているようだ。しかし、地区大会の決勝戦は大敗を喫した。
人生最大の緊張感と負ける悔しさを学んだようだ。大きな収穫を得たのであろう。

さて、話題をクライミングに移す。
日本では10月にワールドカップが開催される。若手、熟年の選手の仕上がりはどんな感じなのだろうか?気になるところでもあるが、注目してみたい。

わがロッククラフトの若き選手は、まだまだ、国際試合というレベルには達していない。
8月に参加した全国大会(ジュニアオリンピック)では多くの教訓を残した。
結果が出たのは、平井悠希一人で、あとは惨敗といってよいだろう。
おおむね練習に成果のあった選手達は、気合が入り決勝進出をかけて意気込んでいたが、極度の緊張感に負けてしまったようだった。
練習の成果も精神の弱さに押しつぶされた形となったが、試合とはそんなものだ。
一方練習に実がはいらなく、才能におぼれていたものは、それなりの結果に終わった。
ある意味では練習は正直である。打ち込んだ量と質がそれぞれの選手に結果を与えたといっても良いだろう。
ジュニアオリンピックも全国33都道府県からの参加に及んだ。コンスタントに上位に進出する選手がいる一方、昨年まで無名だった若い選手が上位に名を連ねてきていた。
トップ選手は変わらないが、選手の底辺が底上げされてて居るのを強く感じた。
数名のトップ選手の貢献による大会の盛り上がりから、誰が優勝するかわからない・・という戦国時代も近いうちにやってくるような気がする。

今年はロッククラフトにも、若い才能のある生徒が数名加わった。
その先方は、美元である。激戦の小学6年生女子アンダーユースB(激戦は中学1、2年から続くが)のなかに初参加して、何とか戦えるようになった。
本人の努力と闘争心はたいしたものだ。

今後の練習について

やはり、小中学生が中心であるので、体の成長に支障をきたすような練習は極力避けたい。
ジわ~ット、バランスを崩さないように動く
足の指をしっかり目視して、次の動作に移行する。
伸びる筋肉とスタミナのアル動作が出来るように導いて行きたいと思う。
今年の冬までには、5.11台の後半から12台の後半のルートを、20本くらい増やして、彼らの意欲を掻き立ててみたいとも思う。
ジュニアオリンピックに参加している生徒は、目標を人においていることが多くなってきた。
クライミングと言うスポーツは、岩との戦いから始まったような気がするが、打倒OO君のような時代もそろそろ来るのかな?(もう来ていたりして??)

悠希について
彼女は冬はスキーの選手(茨城の代表)でもあるので、基礎体力つくりに重点を置き、膝、肘、肩などの関節部の強化を図ってゆこうと考えている。
スキーはクライミングと違ってコンタクトスポーツであるので、自分の意識とは別な危険が内在している。
0度以下で競技を行うわけであるので、対根幹理やウオームアップが非常に難しい。よって腰痛や膝関節の障害を引き起こすことたたる。競技は雪というよりむしろ氷の斜面を磁束80キロ以上で滑り降りるので、下半身に走る衝撃は大きい。、また、ポールをくぐるという動作や、技術を必要とするので、下半身ばかりではなく、肩や肘関節などにも影響を及ぼすことが多い。自分も北海道出身なので、多くの友達が競技スキーをしていたので、その辺の状況は把握しているつもりだが・・中学せいの頃は特に身体の成長期でもあるので、高速でのボデイバランスは特に難しい。
また、回転系の競技は有酸素運動であるにもかかわらず、高速系は無酸素(或いは1呼吸)運動を40秒間程度強いられるので、スキーと一口に言っても、身体のモチベーションには様々な要素を必要とする。

スキーは体重の増加もスピードにつながるので、体脂肪を増やして、じっくりと練習させてみたい。
本来ならウエイトトレーニングの併用も必要なのだが、クライミングt歩のバランスもあるので、運動に不必要な筋肉の増強はなるべく避けたいと考えている。
3月のユース選手権は何時もスキーの大会と練習が重なるので思った練習が出来ないが、止む終えないと考えている。どちらの大会でも成績を残す・・というのは、あまりにも競技の特性が違いすぎているので困難を極める。本人もどちらに重点を置いてよいのか、昨年は困惑していたようなので、来冬はスキー練習中心で行こうと考えている。
すなわち、スキー練習の補助としてクライミングの練習を行うような感じで勧めてゆきたいと考えている。
海外練習や、国際試合の話が舞い込んできたとしても、これ以上は彼女を混乱させたくないので、コーチの立場から言わせてもらうと、お断りしようと考えている。
中途半端な練習で、特にスキーでの怪我は大きな損失になりかねないので、もう少し深層筋肉が発達してから、望みたいものだ・・国際試合のチャンスは17歳ころからで良いと、ボクは考えている。

こんなところかな・・

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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