2007年7月アーカイブ

基本を考える

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困難に直面した時、或いはもっと難しい局面と対峙した時、外科医幕内雅敏は基本に返るという。
その基本とは「あせらず、あくまで冷静に、そして確実に・・」であるという。
また「決してギャンブルはしない」とも言う。
彼の元を尋ねる患者は末期的ナがん患者が多い。ほとんどが余命6ヶ月以下を宣告されている。
しかし彼は言う「私を最後の砦と考える患者には、最善を尽くしたい」と・・。
最善を尽くすには、2つの条件があるという。
患者自身が、生きることをあきらめていないことを前提として、癌細胞がほかの臓器に転移していないことなのだそうだ。
特に肝臓癌については年間200を超える手術をこなしている。
1年365日、休む日にちなどない。

ボクも今回は肝臓に膿瘍を抱えていた。
音も無く、沈黙したまま、肝臓は膿に犯されていたのだった。

どんな仕事をしていても基本は大事だと彼は言う。
基本・・それをクライミングの場合に置き換えてみる。
教わる側の心理、教える側の思い込みなど一切を排除して、基本を考える。

基本とは毎日毎日同じことの繰り返しである。
幕内は毎日、血管に糸を巻き止血する練習を欠かさないという。
30秒間に40回も止血(糸を巻く)の練習をする。
この最も単純な技術こそ、最も高度な技術なのだそうだ。

もう一度、クライミングにそのことを置き換えてみる。
最も単純なことこそ、最も高度なクライミングの技術に繋がる。
「単純であるがために、多くの医者は、この単純なことを繰り返さない・・それでは高度な技術は身につかない」と言い切る

それは32歳の時の失敗に起因している。
13歳の肝臓癌の子供を、単純な思い違いで血管の縫合に失敗した経験に根ざしている。
あると思わなかったところに血管があり、血が噴出して指が止まってしまったのだ。

自分の持つ、高度な最先端技術にうぬぼれがあったのかもしれないと幕内は言いった。
また「あの失敗が無かったら、今日のボクは無かったかもしれない」という。

失敗を恐れてギャンブルに踏み切る。
基本を忘れて、高度な技術としてのムーブ選択に走る。

では何がクライミングの基本なのだろうか?

もう一度基本を考えてみる

イチローも松井も何時も基本を考えるという。
それは、一見つまらないことの繰り返しの中にある・・という

練習にギャンブルは不要である。

「あせたず、冷静に・・しかも確実に」基本は日常の練習の中に多くの要素を隠し持っている。
新しいことの発見は、もっと単純な練習から勝ち取れ、体の内側から沸いてくるものなのかもしれない。

人生の時間割

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人生にはそれぞれ「時間割」というのが設定されているようだ。
一生懸命生きることや怠惰に生きること・・或いは幸福な人生とか、常に苦難と困難、苦悩や悲しみばかりを背負っていきる・・というような差別は設定されていない。
考え方によれば、病気と闘うことも人生であり、優れた成績を上げることが幸福な人生とは言い切れない。
クライミングにおいても同じことが言えるのではないのだろうか。
ボクも1度は世界を目指して、有頂天だった頃があった。
追いつけ追い越せ、そしてブッちぎれ・・!!
そんな激しいクライミングこそが、クライミングの全てであると錯覚していた青年期があった。
そんな時は、道端に咲く花や雨上がりに広がる雄大な雲海の景色には目もくれずに、ただ、岸壁を見つめていた。
登れるか否か・・。
ただ、それだけがボクにとってのクライミングの全て出会ったような気がする。
そのために、犠牲にしたことも多かった。
しかし、世界に至る道の途上には、当然あるべき犠牲であってそんなことに気持ちを奪われていたら、世界は永遠に不可知な夢に終わってしまう・・と、硬く信じて疑うことは無かった。
「前人未到」という言葉は若い僕の心を刺激して止まなかったのであった。
世界最高峰とは、正にエベレストの高さではあるが、より困難である・・という考え方と方法論を満たさない登山行為は力のない正義のように、無力なものと定義つけていたのであった。
しかし、一方で正義のない力は単なる暴力であって、登山行為の過程おいて、登山の方法論が最先端でなければ、単なる登頂であって、クライミングの美学を満たすものでも無かった。
練習は常に、人(ライバル)より過酷であり、激しくないと満足しない自分も、そこには共存していたのだった。

怠惰な生き方と厳しい生き方は、ある意味では対極を成す考え方ではあるが、人生を背負う重さと、人生と向き合う軽さという考え方と同じで、個々人に与えられた人生においては同じことなのかもしれない。
そこに存在するのは、思考の両極に過ぎないという考え方であって、愛憎紙一重と同じなのであろう。

人にはそれぞれ「人生の時間割」というのが設定されている。
それはあえて自分で設定された、或いは計画された時間割ではなく、避けては通れない時間割のことなのである。

今のボクには、そんな時間割が設定されていたのであろう。
6月9日(土)にER(救命救急)に入った時には、肝膿瘍、敗血症、糖尿病、糖尿病網膜症、胆のう結石症、慢性肝炎・・などの病名が羅列され、治療計画には、点滴、絶食、抗菌投与。
手術内容には、ドレナージ及び開腹手術と記載されていたが、今日の小山市民病院の入院計画書には、病名(肝膿瘍、胆石、糖尿病)の治療、入院期間は7月6日までと。かなり改善されている。
思ったより早く、復帰できそうな気配を感じる。
今日は埼玉県の高校生が「秋の新人せいに出るので、毎日来ます」と、嬉しい申し込みがあった。
皆さんに迷惑をかけた分、彼らの希望に添った練習環境つくりに、これからも努力を重ねて行きたいと思う。

ボクの人生には、新たな時間割が配布されたのだろう。
止まった時間が、少しずつ動き出すのを感じる今日・・この頃である。
もし、外出許可がでるのなら、今夜も明日も、ロックに顔を出してみたいものだ。

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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