あるとき、フット人生を回顧させられる瞬間がある。多分誰にでもあることなのだと思う。
家族が一つであった頃は、母はうるさいだけで、うっとうしい存在になっていた。
厳格な父は、頑固一徹で、何を言っても僕の意見は聞かなかった。
しかし、あるときフト、父の言葉に目を覚ます時がある。
そんな時、父は痴呆街道をまっしぐらに進み、何も黙して語らない。
しかし、語らない父が、少年の頃の僕に語りかけた言葉が、突然、耳元で鳴り響く・・・
それを称して「人生の目覚まし時計」というのだろうか?
鳴り止まない時計は、ボタンを何度押しても鳴り響く。
思えば今年の2月のことであった。初めて・・? 2度目かな?「お父さんはもうだめだ、今年いっぱいは生きられない。孫の顔が見たいから、つれてきてくれ」
そんな呼び出し(目覚まし時計)に応じて、3月のユース選手権後に、釧路に帰った。
「稜太郎(長男)はどうした」
「剣道の遠征やら合宿でこれなかった」
「そうか、仕方がないな」と残念がっていた。
娘や次男の喧嘩?を楽しそうに見守っていた・・
「もう、思い残すことはないが、リョウタロウは何時ならこれる」と言う父
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先月の半ば、孫3人を連れて、最後??の帰省を試みた。
1日に4時間程度意識があるときがある?
『ズ~ッと、意識があるように感じた』
しかし、無表情で涙を流す父・・それを見せまいとする父・・どこか歯車がかみ合っていない・・・
父は人生の目覚まし時計の? ある時を待っているようでもあった
生まれてくる時・・最初の目覚まし時計がなった。
そして、もう一度・・最後の目覚まし時計は、もうじき音もなく鳴り響き、父を黄泉の国へ誘う・・
もう、そんな瞬間がそこにあるのを感じる。
思い出す父の言葉。
父と会話することが少なかったからこそ、父の言葉が、走馬灯のように僕の脳裏を何度も何度も横切る。
眠れない夜は、ほぼ1年を数えた。
父のことばかりではない。それ以外にも、人生に試練が、それほど若くはない僕に、一気に襲い掛かる。
おそらく父の「人生の目覚まし時計」のなる瞬間を、母は見届けようとしている。
出来れば、僕も見届けようと思う。
明日、2007年に向けての大きな打ち合わせがある。
それが終わったら、飛行機に飛び乗ろうと思う。
80余年の人生の・・父が鳴らす「人生に目覚まし時計」の音は、僕に何を伝えてくれるのだろうか?
今から2000余年あまり前、衰えた肉体を横たえて、ブッタは目覚める時を待ったのだろうか?
因果と報応のハザマで、人生とは何たるかを待つ時、
或いは、死に目覚めた時。人生が何たるか?を、時は厳かに伝えるのであろう。
母は、重い決断を下した。
その数時間後に、父はしばし意識を回復した。
出来れば、最後は、母と不浄の息子で、見届けたいものである。

