坂本竜馬が流行っているようだが、最近、「竜馬の才能を見抜いた男」として勝海舟の名前が挙がっているのだが、どこにそんな歴史的根拠があるのだろうかと、疑問を感じている。竜馬の才能を見抜いた男は司馬遼太郎であるなら、納得がいくのだが・・。勝が師事した佐久間象山の門弟になった気配もない??文学と歴史の狭間で悩む事は多い(僕のことである)この件も、しっかりと今書きかけの原稿に綴ってゆきたい。

さて、今日はこんなに雪が降っているのだから「画期的なくらい暇であろう」と言う僕の予想は裏切られてしまった。開店休業どころか、ジムは、わいわいがやがやしている。このブンだと10時に閉店出来そうもない。

今日は1日、文筆活動に専念しようと幕末の文献を紐解いて、あれこれ時間合わせをしていたのだが、どれもこれも中途半端になってしまった。分からない事を分からないなりに調べて、歴史の時間軸にあわせて、誰と誰が本当に話したのかを検証して見るのも面白い。佐久間象山にしても然りである。なんとも豪快な人間である。むしろ司馬遼太郎が象山の才能を文学に見出していたら、文学史の竜馬象も変わっていたのかもしれない・・などと、相変わらず想像力だけで歴史を検証する自分流から、脱け出せない自分がいる。

そういえば今日は午前中に栃木県の公立高校の入試問題をトライしていたのだが、結構良い点数であった。確実に数学力は落ちているが、ほかはあの頃よりあがっている。宇高は無理だとしても・・

話は戻るが、僕も「竜馬の才能」を見抜いてみたい。しかし、司馬流ではなィ。むしろ竜馬の存在を歴史から抹殺してみる・・という手法で文学に挑戦してみたいのである。何年かかるか分からないが、そんな事を考えながら、時間の隙間を縫って、文筆活動をしているのである。しかし、考える時間が今の僕には少なすぎる。それが返って想像力を磨く文学的手法に向かわせているのかもしれないが、どこかに『僕も文学部歴史学科だった』という意味もない自負が内在しているのかもしれない。

強敵はわが腹中にあるのかな?そんなストレスで最近は毎日胃薬を飲んでいる。歴史を考える楽しさは、胃をいためる辛さにもなっているのかもしれない。

中学生のとき、僕が描いた夢の一つは文学者であったのだから・・・?

つまらないコラム?かな?

今日は娘の高校受験の後半戦であった。後半戦は面接と言うことで、終わるまで近くのコンビニで待つ事にしたら、なんと車のバッテリーが上がってしまった。ほぼ30分くらい、来店するお客さんなどに「バッテリーを貸してください」とお願いするもずべて断られてしまった。人相が悪いのか女性が冷たいからなのか??途方にくれていると、そこに、ヤンキーっぽいお兄さんが来たので「バッテリーが上がってしまって・・・」と言うと「急いでいるのですが・・」といいながら快くOKであった。彼が天使に見えた瞬間であった。今日は寒くて・・雪もちらつくけど、見かけでは分からないな~と、改めて実感した。

踏んだりけったり・・かは分からないが、アカデミー賞で地雷処理班の仕事を扱った映画が大方の予想に反して作品賞、監督賞、脚本賞などをとった。密かに僕も『そうなったら良いな』と思っていたのだが・・予想が当たって喜んでいた。地雷を踏んではいけないが・・自国が招く紛争解決手段への強烈なメッセージもこの作品にはあるようだ。

ドキュメント部門は「入江(the cobe)」という日本のイルカ料を題材にした作品であった。一見「不都合な現実」は見方を変えると善にも悪意にも取れるものだ。30年以上前の『グレート ハンター」という映画を思いだした。ショッキングな現実であるが、現実は常にショッキングなものである。正に『事実は小説よりも奇なり」である。

もともとアカデミー賞とは大衆賞ではないので、アカデミー会員の独断と偏見でも良い・・と僕は思う。アカデミーとは、もともとそんな考え方である。大衆が指示するとか収入が大きかった・・と言うことは評価の一部にしか過ぎないのである。

今回ノミネートされた作品の多くはアメリカ自身が抱えている膿みの部分である。家庭内暴力、人種差別・・そして初めて、作品賞、監督賞に女性が選ばれたのである。受賞者が女性である事が話題になる事事態にも差別と偏見が内在しているような気もする。

鯨を食べる、蛸を食べる。牛や鳩を食べる。動物は残酷で植物はやさしいのか?

歴史と伝統は、守る戦いと凌駕される現実の、常に狭間にアル。人の死のみが尊いのか、偉人や英雄の死が惜しまれて、量としての死は単なる死でしかないのか?

昔、アメリカン先住民の教え・・と言う本を読んだときの言葉が胸に響き渡る「死は、いかなる死も、死でしかない」

戦場での死も、病死も飢餓による死も、皆同じ・・と言うことであろうか

今回のアカデミー賞でそんな事を考えてしまったのだった。

更に『踏んだり、けったり・・」

それは、日本の政権与党にも言えるのかもしれない、金と政治の問題ばかりを追求する野党。野党も与党の裾野を崩せない。国民は「それじゃあいけない」といっているのに、寝耳に水である。

せっかく内閣総理大臣の椅子に付いたのに、失言や陰謀説を唱える部下(議員)の失態。自らも失態をさらけ出すかのような根拠を示さない発言に、どちらも踏んだりけったりの状況にあるのかもしれない。本音は「国民に蹴られないようにするにはどのような判断をするべきなのか・・」と言いたいのかもしれない。しかし、それじゃ政治じゃないでしょう。大衆の人気取りが政治の本質ではないのですかならね。この際、共産党以外はみんな解体して、新たな枠組みで政党を作り直す・「政治リコール宣言」でも、どなたか発信してみたらいかがなものかと、僕は考えてしまうのですが・・・

ある不登校が波紋を広げている。正に皇室ご用達の現場である。何時、どこにでもアルいじめとか暴力という子供たちの世界の話を・・、しかもそれは、宮内庁の中でも見解の相違があり、学校としても見解が違うようだ。このニュースは世界も取り上げているようだが、日本語の翻訳にもさまざまな見解の相違が有りそうだ。

ここで考えたいのは「質としてのいじめ」と「量としてのいじめ」に対するマスコミなどの報道に対する見解の相違でもある。

このような話は「そもそも公式に記者会見するべき問題ではない」なぜなら「波紋が広がってしまう」・・と言う理由からである・・。その通りという見解を述べるマスコミや世論の意見は多いが、よく考えてみると「波紋が広がる」ではなく「波紋を広げている」のはマスコミの報道の仕方ではなのだろうか??

おそらく、このような波紋を招いた責任を誰かが取らされて、うやむやのまま、小さな波紋に大きな反動の予兆を感じてしまうのは、僕の考えすぎなのだろうか

以前にも「報道の理性」とか社会の「理性と狂気」についてコメントを書いたことがあるが、僕も含めて、テレビ報道の「量」に本質とは違う「質」と考えてしまう、メデイァの功罪が存在するような気がする。

難しくもあり、単純でもアルさまざまな問題・・政治的結論を5月に先送りする事と同じように、報道する質と量に翻弄されない自分を見つけるには、困難な時代になったのかもしれない、と、思ったのだった。

選手はそれぞれの道に進む・・しかし、躊躇するまでも泣く、次の大会への準備をしなくてはならないアスリートもいる。全力を出しつくし、燃え尽きて、新たな人生に向かう人も居る。この体系での悔しさを次のソチに向けるアスリートもいる。みんなそれぞれの道を進むわけである。

注目されて惜しくも銀メダルに輝いたフイギアの選手は「ソチに向けて準備に入ると、躊躇せずに断言した」4回転へのこだわり・・?

フイギアスケートはスポーツなのか芸術なのか?

そんな当たり前な疑問が僕の中で再燃した。今回の大会は芸術性が勝利を収めたが・

・4回転といえばハンマー投げの世界チャンピオンが彼女の大学にいる。強い見方のなりそうな気もする。彼女が目指すのは芸術性よりアスリート魂なのかもしれない・・と、思った。

少なくとも、勝敗は別として、バンクーバーオリンピックに参加した全ての選手に「お疲れ様・・そしてありがとう」と感謝の言葉を贈りたい。

 

今回の大会では控え室での選手の過ごし方がわずかだが放映された。淡々と自分の出番まで調整する選手を、まるで隠しカメラが盗撮しているがごとく自然に映し出された。そのシーンに僕は注目した。自分の出場時間に合わせての調整の難しさが、スピードスケートやスキーのアルペンやクロスカントリー競技にはあるようだ。時にクロスカントリーのリレーでは、自分の順番を待つ選手がスタート地点にエアロバイクを持ち込んでウオームアップをしているのには驚いたが、そんな事は日常(普通の事)なのかもしれない。

少し残念だったのは、スキーのアルペン競技に男子回転以外に日本選手の参加がなかった点である。スキー人口は多いはずなのに、なぜ世界レベルにならないのか?とても疑問であった。

それに引き換え、マイナー競技である。リュージュ、ボブスレーなどの支援を受けられない競技選手の努力には頭が下がる思いがした。結果は別にして、頭が下がる思いがした。

世界との差・・それはスポーツを支援する環境なのかもしれない。ドイツなどは200億円もの国家支援を受けているという。日本は20億円程度の強化資金とか。パララリンピック参加選手に至っては、ほとんど国家的な支援はない・・と言う。総額2億円とは大会参加費用の一部にしかならないような気もする。日本にもスポーツ省の設置が望まれる。

スポーツの話題は野球や夏のワールドカップサッカーに移り行きそうだが、僕自身としてはサッカーの日本代表にはなかなか興味が湧かない。外国のチームの動向のほうが気になる。夏になると気持ちが盛り上がるのかも知れないが、僕の気持ちは日本チームの応援と言うより、世界のチームへの興味が高い。

野球といえば、大リーグである。当然僕の興味はイチローと松井である。イチローは今年も200本ア安打を打つのだろうか?松井は30本塁打100打点が成果の目安であると思う。チームの対決と言うより、僕はイチローと松井個人の成績に注目している。目が離せない2010年でもある。しかし、オリンピックやワールドカップサッカーがあると売り上げが・・と言う法則がある。今年はその法則が崩れて、楽しい秋を迎えられると良いのだが・・

家庭の事情も今年は大変なのである。長男が大学留年、次男も大学生、長女は高校受験である。家計は今年、来年と火の車・・である。どのように乗り切ればよいのか手立てが見えない。「ねえ、お父さん、大学って遊ぶところじゃないの・・」っていう衝撃的な発言に言葉を失った。さらに「お金払っているんだから、授業に出ていれば卒業できるんだよね」には追い討ちをかけられた・・・。父が甘いのか社会が甘いのか・・まさに日本は平和である事に麻痺しているようだ。

テレビを見ていても、バラェテイ番組が多い。メデイァの公共性ってナンなのだろうと、改めて考えてしまう。先週は栃木県では食中毒が発生して400人以上の園児などが大混乱したが、ニュースではほとんど取り上げられていない。ニュースにも流行があるのか?テレビ局も公共性より経済優先なのであろうか?

チリ地震などにおいても、国家の利益、経済優先は貧富の差をいっそう深めている。人間性とか文化性は置きざるにされているにもかかわらず、日本はわが国の伝統や文化を鼓舞しているように見えて笑ってしまう。マスコミの理性は、独善的な狂気に変貌している事に、メデイァ自身が気づいていないような気がするのだが・・いかがなものだろう。

政治に目を移しても、金と政治ばかりが国会で強調され、政権公約や基地移転問題は期日まで先送りで議論はしないのだろうか?まったくみっともない国会中継ばかりが目立つ。

そう考えると「美しい」とは、純粋に世界の頂点を目指すアスリートの心の中にしか存在しないものなのか、気の早いマスコミは早くもソチへのカウントダウンを始めている・・・・。

 

まさに、別格の強さ

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「これほど圧倒的な強さを感じたフイギアスケートの選手は歴史に存在しない」と彼女の演技を見て直感した。彼女の評価は国境を越えている。まさに地球レベルでの評価であろうと思う。それはフイギアスケートを理解している、いない・・にかかわらず。彼女の演技(シヨー)に魅了された人は少なくないだろう。人間とは未熟であり、未完成なものであるが、彼女の演技には、非を打つ隙間が存在しなかった。また、はらはらする、とか、危うい緊迫感さえ感じなかった。正に異次元の感覚のようなものを、彼女は私たちに与えてくれたのだった。

「完璧」と形容するだけにととまらず、芸術性の高さも、あるいは感性の豊かさも、彼女は私たちに与えてくれたのかもしれない。それは審判人に対しても然り・・である。これ以上の称賛はありえない・・といわんばかりの点数を引き出させたのであった。

おそらく、フイギアスケートの100年の歴史の中でもっとも歴史に残る演技がバンクーバーで行われたのであろう。彼女の演技はスポーツの領域を超えている・・と言いきってしまえるほど、素敵であった。非の打ち所のない完成度と芸術性は、既に、21世紀史上最高のフイギアスケートの最高到達点の演技であったと、私は確信してしまったのだった。

スポーツの歴史とは「常に塗り替えられる宿命」を持っている・・といわれるが、彼女の演技は、永久に塗り替えられない唯一のスポーツ記録として人類の歴史に、永遠に語り継がれるであろうと自然に思ってしまうほどの偉業であると思われる。

彼女の名は金妍児。ローマ字でもカタカナでもなく、彼女のままで、僕は記憶の底にとどめておきたいと、思ったのであった。

 

壁を一部増設しました。こんな感じなのですが、分かる人にしかわからないかもしれませんね?

分かる人にしかわからないのは、採点競技の得点ですね。しかし、難易度ばかりが競技とはいえないような気がします。妖精たちの戦いには感動しました。キムさんは素敵でしたね。アメリカの16歳の女子選手も将来性豊かだと思います。しかし、スノーボードのある女子選手が弁護士だったり・・世界はすごいですね!?

オリンピックの男子大回転は何時行われるのでしょうか?それとも終わったのですか?日本人選手がアルペンスキーに男女ともあんまり出ていないのには驚きました。

オリンピック期間はジムに来る人が少ない・・と言う法則が小山にはありますね(笑)しかし、オリンピックと関係ないのか、子供たちは来店者の半数を上回っています(笑)

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勝負事には審判の採点が左右される場合もあるし、審判の判断に左右される場合もある。事前や身体のコンデションもあるが、事故などのアクシデントも勝敗を分ける・・なかなか4年に一度の祭典でメダルを手にするには実力以外の何ものかを見方に透けなくてはいけないようにも思う。

しかし、勝敗よりも学業に追われながら参加した選手もいるのだ。卒業論文を書くのに2ヶ月間も練習が出来なかった・・とか、卒業試験で、オリンピックの途中で一字帰国して、試験を終えてから改めて参加した・・とか・・。以前、スピードスケートで3個の金メダルを獲得したオランダのコス選手は医科大学に在籍している・・といっていたが、現在はカナダで開業している・・という。そういえば、1970年代の米国のマラソン選手は司法試験を受ける・・といっていた。有名なフランク・ショーターである。

欧米には文武両道の選手が意外といるし、ハーバード大学の卒業生で、大リーグやプロ選手になったり、世界選手権やオリンピックに出場経験のアル学生は多数いる・・まさにスポーツは知的な側面もある。

知的側面といえば、1968年メキシコオリンピックの高飛びで背面飛びを考案し、高飛びの常識を覆したデイック・フオスベリーは画期的な力学による高飛びのスタイルを築き上げた人である。彼が背面でバーを越えようと考えたのはハイスクール時代だという。始めは5フィートしか飛べなかったが、高校3年頃には、7フィート近くまで飛べるようになっていたようだ。その頃には、テレビ局などが取材に来るようになっていたらしいが、画期的な高飛びの理論と言うより、変わった飛び方・・といニュアンスのようであった。オレゴン大学に進んでからはその技術が更に進化した。背面で飛ぶこと以上に彼が高飛びに貢献したのは、むしろJ型の助走と腕の力を抜く、あるいは筋肉をパンプアップさせずに空中に飛び上がる・・と言う理論の実践であったようだ。力学の精通者ではなく、単なに「自分が楽に、しかも高く飛びたい」という欲求を満たす手段を思いつき、それを実践する事で、高飛びの技術に革命を起こしたのである。

人は、何かで自分を世界一に押し上げたいと考えるものである。その表現手段の一つがオリンピックゲームなのかもしれない。そう考えながら、今回のオリンピックを見ていると、さまざまな技術的革命が起きていることに気が付く人も多いのかもしれない。

その多くは科学者やスポーツコーチの専門家ではなく、アスリート自身が自らを押し上げる手段として考え付いた事のほうが多いような気もする。

オリンピックは、国家の競い合いではなく、ひょっとすると「個々人の知的ゲーム、あるいは自己表現であり、人間の創意工夫が導き出した祭典なのかもしれないな~」などと、考えてしまったのだった。

山岳での事故について

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クライミングと言うスポーツばかりではなく、山歩きにおいての事故も近年増えているようだ。ここに長野県警の統計調査報告があります。 jikotoukei20.pdf

詳細に読んでみるとさまざまな事が浮かびかがってきます。他人事ではなく、安易な気持ちは事故につながります。それはハイキングでもロッククライミングでも同じ事がいえます。若し良かったら読んでみてくださいね(ニコ)

 

如月遁走曲

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確か2月は如月という。どうして如月と言うのかふと考えてみた。

2月は寒い。特に今年は雪がよく降った。寒さが骨身にしみる月でもある。寒さが骨にしみるのは懐具合も同じである。俗に水商売は、2月8月が鬼門である。熱くても寒くても人間は娯楽行動に移さないものである事を象徴するような言葉であるが。このような俗説は結構あたっているようでもある。熱くて懐具合が悪いの暑さで紛れつが、寒さで懐具合が悪いのは、おなかの具合を壊す事も多い。すなわち病気にもなりがちである。で、「せめて着物を着た上にさらに重ね着をして、せめて体(おなか)だけでも暖めようか」と考えた人がいても不思議ではない。本来2月は旧暦の正月でもある。食べるものもない、まして団をとる燃料もない・・

平安時代の歌人藤原清輔は「「正月の此の月を乗り切きるには、更に衣を重ね着出来れば、これ幸いに、それほどあんずることもない。何とかなるさ」と歌ったとか?

すなわち、あれこれ案じてもしょうがない、なるようになるにはしかないのだ、正月(2月)は、重ね着をするっきゃない・・と、着更に着る・・で、着更着月(如月)と言ったとか?

その説に反論したわけではないと思うが、江戸中期の歌人賀茂真淵は「木草もそろそろ芽を出す月」として如月と下・・と言う説を唱えたのかもしれない。

いずれにしても気温の寒さと、草木の芽吹き、景気の低迷、農作業の準備など、庶民生活にはもっとも厳しい2月である・・と言おう事のようだ。

また、気(あたたかさ)が更に来る・・と言う月で如月・・という説もある。いずれにしても科学的(文学的)根拠はない。あくまで想像の賜物である。

2月は自然も人間も右往左往する月なのである。2月は右往左往する事を「遁走する」と名づけた人がいた。もう30年以上も前の事である。「如月遁走曲」・・それは1本の電話から始まった・・とは、ある他人が書いた短編小説のタイトルである。その物語の主人公は、実は僕であった。しかし、僕にはそんな記憶もない。その小説を読んで、僕はむしろ、その人が文学で描いた登場人物に嫉妬して心がぐちゃぐちゃになってしまったのである。この短編小説は今日、入手不可能でもある。僕の書庫のどこかにあるのかもしれないが、書庫にて行方不明のまま30年近くが経過してしまった。僕が主人公の小説など書こうと思ったその人も不思議な人であるが、僕自身が小説のモデルになるなど、今後もありえることはないと思う(笑)

しかし、その人(女性)が書いた小説のくだりを、他人として嫉妬した自分が30年前にいたことを、今思えばおかしくも思える。

いずれにしての2月(如月)と言う概念は、難解な月であることに変わりはない。それは俳諧の作法上の問題にとどまらないのである。    (たぶん続く)

 

切れた靴紐・・

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織田家はなんと不運に見舞われた家系なのだろう。4年前のトリノオリンピック国内予選では至上例のない採点ミスで出場できず。その後の酒気帯び運転で出場自粛・・そしてやっとたどり着いたバンクーバーでは靴紐が切れる・・というアクシデントに見舞われる。泣いても泣ききれない・・そんな感情が彼の不運を装う。信長の血がなせる業なのか?ありえない不運である

不運といえばスケルトンやリュージュでも同じような事があったようだ。試合に使うそりが参加基準を満たしていない・・選手はどのように考えたらよいのだろうか?  これもありえない不運である。

不運はさらに昨日の1000M男子での起きた。スタートのピストルが紛らわしい音を出したのである。選手に気持ちは途切れてしまったようだ。スノーボードクロスにおいても予選で深い霧・・これは自然のなせる業であり、不運といわざるをえない。

時を遡る事1972年札幌オリンピックにおいても不運は付きまとった、スキージャンプ90M級において、期待の笠谷が飛んだ瞬間に横風の突風が吹いたのである。彼はバランスを崩しで2度も体制を立て直したが、着地するのが精一杯であった。神が招いた不運ともいえる。

1968年グルノーブルオリンピックにおいてもなぞめいた事件があった。ジャン・クロード・キリーの三冠で終わったスキー競技において、カール・シュランツが滑降競技において旗門不通かとたん他事件であった。彼は札幌に雪辱を期したが、プロ選手はオリンピックに参加してはいけない・・というルールによって参加できなくなった。既にほとんどのスキー選手がプロとして報酬を得ているのは既成の事実であったのだが、彼だけは参加できなかったのである。誰もがルッシと対決を楽しみにしていたのに・・・。

オリンピックにまつわる不運やアクシデントは多々アルと思う。僕の記憶の中にも、まだまだ、さまざまなエピソードが存在する。

後にわかったのだが、トニー・ザイラーの三冠王に湧いた1956年にイタリアのコルチナオリンピックにおいて、回転競技において二位にはいった猪谷千春さんは、交互操作と言う技術のパイオニアであったが、当時の国際スキー連盟は、交互操作の技術を禁じ手とした・・ルールはルールであるのだが、納得が行かないルールであった。

同じような事は1970~80年代前半の平泳ぎにおいても日本人選手を悩ませた・・悩まされたのは、日本人選手だけではない。少なくとも、オリンピックはただ勝つ事ばかりではなく国際交流の場としての意義も保たなければなるまい。スポーツマンシップを改めて考えてみるのも良いだろう。

ほとんど丸写し?

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今日は特別な日である。母が自分を産んだ日である。自分におめでとうと言われても「ピン」とこないが朝6時に、娘に「おとうさん、おめでとう」と言われて、思わず「ありがとう」といってしまった(笑)

で、今日の朝食は3品も作ってしまったのだった。

思えば、大学でロッククライミングに出会い、ロッククライミングを習い、それが今日まで続いているなんて自分でも考えられない。なんと35年もクライミングのことを考えているなんて・・自分も随分我慢強くなったものだと思う。

自分の力で自然に立ち向かう究極の手段としてのロッククライミングがスポーツとして一部の人に認知される時代が来るなんて、想像もしなかったが、自分を信じてここまで来た。

ここまで来たからには「見事にあきらめてみよう」と考えている自分が、妙におかしい(笑)

あきらめる・・とは、途中で投げ出す・・と言う意味ではない。明らかに見極める・・と言うことである。

収入は別として、僕はコーチとしても道を選んだ。始まりは1982年のことである。アルピニズムとは違う概念でロッククライミングを考えてみよう・・と思ったのが、クライミングスクールを創設するきっかけとなった。しかし、それは自分の思考と言う概念での考え方であった。僕のとっては、やはりH谷清さんとの出会いが大きい。彼と出会わなかったらクライミングスクールの今日はない。

もちろん僕にアルピニズム(登山の精神)を教えてくれたY浅先生(大学時代の恩師)の影響も多大なものがアル。マ、人生においての不可思議な出会いであろう。

僕はこの、自分で描いた概念を仕事(プロ)としてここまでたどり着いた。しかし、今の位置は、たどり着いたもっとも高いところではない。たどり着いた位置は、いつもぎりぎりのところである。すなわち「楽」でもなく「満足」するところでもなく、常に「途上」にいるということである。

急がば回れ・・の精神ではないが、未来にクライミングと言う財産を残すには、どこから手をつければよいのかと悩み続けた時間も大きな財産でもアル。

そしてさまざまな紆余曲折の途上ではあるが、ここでであった皆さんこそが、僕の財産であると、毎日夜中に見る夢は僕に語る。そのたびに僕は、夢の中に現れる僕と議論して、興奮して、うなされて目覚める。まるでゲーテの小説「フアウスト」のようでもある。

このような事は、誰にでもあるのだと思う。

山岳書としてはヘルマン・ブールの「8000mの上と下」 W・H・ノイスの「エベレスト・その人間的記録」 ロイヤル・ロビンスの「ロッククラフト」などが僕のバイブルとなった。

「生意気なんだよ」「馬鹿!」と先生に言われ続けた大学時代も、今は懐かしい思い出である。特にY先生に「お前ほど気が強いやつは見たことがない」といわれた事は、衝撃的な言葉であった。自分では繊細で気が弱く、シャイだと思っているのに・・・(笑)

おそらく僕がもっとも尊敬するアスリートはイチローであると思う。彼は常に僕を刺激する言葉を、しかも、いとも簡単に語る。素敵だ

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そんなイチローの言葉がここにある。以下、丸写しであるが・・記載する。どこから引用してきたのかは分からないが・・?

「がんばれ、がんばれ」という人がいるより、僕は、「できないでくれ」という人がいる方が熱くなる
。

「できなくてもしょうがない」は、終わってから思うことであって、途中にそれを思ったら、絶対に達
成できません。

前向きに食事をし、前向きに買い物をした。何事も前向きに行動することが可能性を生む。

小さいことを積み重ねるのが、
とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています。

少しずつ前に進んでいるという感覚は、
人間としてすごく大事。

自分で無意識にやっていることを、
もっと意識をしなければならない。

練習で100%自分を作らないと、打席に立つことは出来ません。
自分の形を見付けておかないと、どん底まで突き落とされます。

妥協は沢山してきた。
自分に負けたこともいっぱいあります。
ただ、野球に関してはそれがない

結果が出ないとき、どういう自分でいられるか。
決してあきらめない姿勢が、
何かを生み出すきっかけをつくる。

第三者の評価を意識した生き方はしたくない。
自分が納得した生き方をしたい

決して人が求める理想を求めません。
人が笑ってほしいときに笑いません。
自分が笑いたいから笑います。

「たのしんでやれ」とよく言われますが、
ぼくにはその意味がわかりません。

特別なことをするためには普段の自分でいられることが大事です。

どんな難しいプレーも
当然にやってのける。
これがプロであり、
僕はそれに伴う努力を人に見せるつもりはありません。

やってみて「ダメだ」とわかったことと、
はじめから「ダメだ」と言われたことは、違います。

何かを長期間、成し遂げるためには
考えや行動を一貫させる必要がある。

演じている人は、すべてカッコよくなければいけない。

初心を忘れないことっていうのは大事ですが、初心でプレイをしていてはいけないんです。
成長した自分がそこにいて、その気持ちでプレイしなくてはいけない。

自分を殺して相手に合わせることは、僕の性に合わない。
まして上からいろいろ言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います

努力せずに何かできるようになる人のことを天才というのなら、僕はそうじゃない。
努力した結果、何かができるようになる人のことを天才というのなら、僕はそうだと思う。

手抜きをして存在できるものが成立することがおかしい。

成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない 。


世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから。

アマチュアではないので、勝つことだけが目標ではありません。
プロとして自分がどういうプレイをするのかがすごく大事です。

今自分にできること。頑張ればできそうなこと。
そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない。

次に破るのも、また自分でありたい。

自分が全く予想しない球が来たときにどう対応するか。それが大事です。
試合では打ちたい球は来ない。好きな球を待っていたのでは終わってしまいます。

ヒットを打った瞬間、自分の頭の中でレベルがあがった音がするんです。ドラゴンクエストみたいに。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ただ、僕にとってイチローはイチローでしかない。それは中学校の時に「貴方の尊敬する他人は」と聞かれた時の答のような存在でしかない。たぶん会っても話す事は「何もない」と思う。

むしろこれからも時間が有れば、Y浅先生とH谷さんとの語らいが一番楽しい時間であると確信している。

やがて僕は服を脱ぐ、それは、父としての服と男としての服である。そして、いつか未来のある日に,めぐり合う時間があるのなら、彼らと、山の話を、夜が明けるまで、語り明かしたいものだ・・と思う。

それは30年前の「あの時間のように」である。

また、これからの楽しみは、今、幼稚園や小学生、あるいは高校生になったスクールの生徒たちの成長でもあると思う。

「たくさんの苦労」を普通と考える人になってほしいと思うのだが、そんな言葉を書くには、僕は少し、若すぎるのかもしれない・・と、思ったのだった。

 

 

 

 

 

スノーボードHPは予定通り、ショーン。ホワイトの独壇場となった。対抗者が果敢に新しい技で攻めるがことごとく敗退してゆく。日本人選手も同じであった。ショーンは4年前のトリノでも圧倒的な強さを見せ付けたようだが今回も新しい業を完璧にこなして、他の選手の追随を許さなかった。

ほとんどの選手は彼の編み出した高難度の技で失敗する。ショーンは新しい技を次々と編み出してはスノーボードのハーフパイプに新しい風を送り込むのである。まさに先駆者なのだろう。

彼のライデイングには独創性がある。優雅さもあり、完成度も高い。すなわち安定感もある。紙一重で負う選手中には日本人選手も入っているのだと思う。しかし、彼のすごさには紙一重及ばない。

言葉を変えるなら、たかが紙一重、されど紙一重である。この紙一重の距離は測りしえない。彼はまだ23歳という、これからも新しい技を編み出してゆくのか・・そこのところも計りしえない。1980年代後半にもトッド・リチャードと言う選手がいた。1998年の長野オリンピックで初めてスノーボードが種目になるのだが、彼は何を見ていたのだろうが?

まさにスノーボードは雪上のフイギアスケートか体操競技のようでもある。ジャンプやスピン(回転)技は何をやっているのか見当も付かないほど、めまぐるしく、しかも美しくもあるのだ。スキーにおいてのフリースタイルスキーに一時はエアリアルという競技部門があったと思うが、それは流行らなかった。スノーボードのHPがこんなに美しい競技になるとは創造もしなかった。

もともとフリースタイルスキーはスキークロスやエアリアル、アクロと呼ばれたバレースキーなどの総称でモーグルは日本では199年代に始まって、スノーボードの先を行っていたのだが、気が付けばすモーグル以外はスノーボードに凌駕されてしまったようだ。

当初スノーボードにもアルペン種目は存在して、回転、大回転やパラレル競技などがあったが、気が付けばこちらも一部を除いて衰退してしまった。1993年ごろから僕はアルペンスノーノードにはまってゆくのだが、それも2001年には飽きてしまって・・・である。40代半ばになっていたからなのかもしれないが・・・。

今回の観客を見ていると、僕より高齢の方が感染しているのを見て驚いたが、スノーボードハースパイプははまさに雪上の空中芸術ですね。また、スノーボードクロスは格闘技のように思われます。

まだまだ目が離せないバンクーバーオリンピックですね!!!

 

いい感じじゃ~ん

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スノーボードの男子選手はいい感じで決勝に進んだ。国母選手は「メダルは意識しない、自分の演技をしたい」ときっぱり言った。青野選手もすばらしかった。本命はショーン・ホワイトのようだが、戦えないはずはない・・と、僕は思った。午後からの決勝で自分の全てをぶつけてほしい。

全てをぶつける・・といえば、クロスカントリースキーのスプリントはすごい戦いであった。おおむね1.6kmを3分37秒での争いが予選で行われていたが、駆け引きと時間で手の汗握る戦いであった。オリンピックの舞台でも1秒以内に20人近くいるなんてすごいレベルである。確実に選手の層は厚い。

オリンピックは夢の舞台でもある。メダルを争う、あるいは決勝進出を目指す。あるいは全力を出し、参加することにも意義があるのだとも思う。

昨日のスノーボードクロスの土井奈津子選手はまさに夢の舞台でベストを尽くしたのだと思う。外国選手は170センチ70キロを超える選手が多い。そんな中、普通の日本人のサイズの選手が同じ舞台で戦うのはすごい事だと思う。茶摘で鍛えた下半身はまるでゴムマリのようでもあった。

夢といえば僕は夢を見る。そのほとんどを目覚めても覚えている。覚えているというか、夢の途中で、うなされて目覚めてしまう・・といったほうが良い。夢には必ずクライミングシーンが出てくる。寝てもさめてもクライミングのことが僕の脳から離れないのだ。あの子にはこんな指導が良いかな、この子にはどういう風に伝えたらよいのか。この子には今は伝える事はない・・とか、一人ひとりに色んな頃を考えながら指導しているのか、あるいは遊ばせているのか?(子供の場合である)

高校生になると、いろんなことが浮き彫りになる。小学校のときに伝えられなかった事が会話になる。さらに驚くのは、小学生の時に僕が言った事を意外と覚えている子供が多い事だ。それも肝心な事を・・である。

難しい言葉では伝わらないが、簡単な言葉で言った事を、子供たちはしっかりと脳に刻み込んでいるのである。うかつな事はいえない(笑)

また子供の感性は鋭い。大人の嘘を瞬時に見抜いてしまう。先週は久しぶりに子供たちの前で登った。熱い視線を感じて振り向くと、ほぼ全員が僕ののぼりを見ていた。「先生も登れるんだ」と練習にあんまり熱心ではないように見受けられる小学2年生の男の子に言われて「君ほどではないがね」と意味不明な返事を返したが、何かをひらめいたように、彼が上り始めた・・・「いい感じじゃ~ん」と言うと「別に・・」とそっけない。

そもそもアスリートはこんなものである。ある意味では照れ屋で、繊細で、しかもクールなのである。それは小さな子供たちのも共通する。世界を意識するなら、大きな子供を育てたい。それは体格が大きいとか態度が大きいとかいう問題ではない。

そこのところをどのように伝えるのかは、難しいのだが、例えば、いくら注意しても廊下を走る子供を育てたい。僕の目を盗んで、いたずらをすることに媚びない・・そんな子供らしさが世界の扉を開くような気がするのだが・・・

まだまだオリンピックの熱戦は続く、いつかここからオリンピックに出場する選手が育てば、僕が夜中に見る夢は、真昼の夢になるのだが・・・・。道は遠い。

服装の乱れの波紋

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こんな些細な事で・・と、本人は思っただろう。自分は自分だ・・と。自分自身の強さを世界に証明したい・・?・・それも「自分流を貫き通して」とまで言い切った。

舞台が世界選手権やワールドカップのような舞台ならそれも許されるかもしれない。

しかし、オリンピックは国家を代表して参加するのだ。自分の代表ではなく、国家の代表なのだ。

そんな事は子供じゃないから知っている・・そんな事を今更・・「反省しろ?」何を反省するの?心にないことを心にあるかのように・・・

「反省しています」と記者会見で彼は言った。しかし「反省している態度ではない」と投稿が相次いだ?

「直接注意しろよ」とある人が言った。

確かに、直接注意は出来ないがブログなら・・掲示板なら・・匿名なら言いたい事をいえる大人?

どちらが大人でどちらが子供なのか・・・勝負は勝ち負けといっておきながら、品格やら文化から伝統やら・・と言う言葉がやたらと目立つ日本社会になってしまった。浄瑠璃と歌舞伎の区別も付かない日本人に日本の伝統だとか、文化、品格を・・・「とやかく言われたくない」という若者も多いようだが、そのほうが元気があって良い・・様な気もする。まるで教科書通りの面接をする就職希望者よりは良い人かもしれない・・・?

僕は、服装の乱れより、文化の乱れのほうが気になる。「お父さん、シャツをズボンに入れないで」「お父さんシャツをズボンに入れて」とうるさい娘。次に来る言葉は「私と一緒のときはちゃんとして」

娘と僕の間にも正装と服装の乱れの、ニュアンスの違いを感じる。時間や歴史的背景によって、微妙に変化する文化と伝統なのである。

変わるも変化、変わらぬも変化?

そんな事を考えてしまった、今回のオリンピックでもある。まだ始まったばかりだが・・・

7654?

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初めてのオリンピックは7位だった。それから12年、順位は6位、5位、そして今回は4位だった。メダルは遠い記憶なのか、夢のまた夢なのか・・彼女の目からあふれ出る涙は、メダルの遠さを伺いすることは出来る。たぶんトリノオリンピックの時だったと思う。母が彼女の首に手作りの金メダルを掛けた。そのときの涙とは違う色の涙が、彼女の頬を幾重にも連ねた。

自分のため、応援してくれるみんなのため、それとも母に贈るため・・だったのか。彼女の複雑な苦しさが滲み出た涙であったと、僕は思うのだが・・・。

しかし、7,6,5,4ときているのだから、今度は3になるはずだ。4年先は遠い。しかし、4度のオリンピックを経験した彼女なら目指せる道なのかもしれない・・とも思った。

メダルが全てのオリンピックではない。人生には色んな目標があり、色んな生き方がある。

考え方を代えれば、4年後には3人で・・というのも人生の目標になるのかもしれない。

3人目は子供のことである。

3位というのも目標だが、三位一体も素敵な目標になると思う。そんな事を考えさせられた1日であった。

我が家には3人の子供がいる。そろそろ親離れかな?

オリンピックと関係あるのか無いのか・・日本選手の活躍を見ていて、ふと、我が家の事情を考えてみた。

フリークライミングスクール・ロッククラフト

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