今までは水曜日のみ8時からボルダー道場を開催していましたが、新たに、金曜日レデイスデイに女性や初心者向けボルダー道場を開催します。皆さん奮ってご参加下さいね・・講師は若手のイケメンのショウヘイとタクム君です。オヤびん店長の水曜道場もよろしくね
金曜レデイスボルダー道場 (講師 ショウヘイとタクム君) 対象 女性 初級者の会員 日時 毎週金曜 午後8時~10時まで 参加費 無料
水曜道場 (講師 オヤびん) 対象 会員なら誰でも 日時 毎週水曜 午後8時~10時まで 参加費 無料
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2月5日(日)のボデイケアにキャンセルが出ました。
よって、午前11時~1名 午後4時~1名 予約が取れます。良かったらお申し込み下さい
詳しくは0285-41-1325(向井)まで
ちかさんは名古屋市神宮前でレストランをしています。僕の身内なのです(笑)がなかなか評判のしゃれたレストランです。名前は「ちかさんの手料理」とそのままです。彼女のお店を紹介したブログがありましたので紹介します。http://www.tonoblog.jp/blog/minezawa/?entry_id=296951
なかなか雰囲気の良いお店ですね。来週の水曜日(2月8日)には、ぼくに人生を教えてくれた親友T川、M谷達と昼間っから?飲み明かしたいと思います・・といっても名古屋に着くのは3時ころなのですが、相当な勢いで待ち構えているようです。友達って良いですね。
一方、名古屋に行くのに大学時代の恩師に連絡すべきかどうかを悩んでいます。と、言うのも先生は寂しがり屋の癖してオコリン坊なのですから、僕が「名古屋に来たの、にオレのところに顔を出さないとはどういうことだ」とお叱りの電話をいただいてしまいそうで・・・。僕はこの年になっても、結構、先生にも愛されているみたいですね。
未公開映像を公開します。
これが先生夫婦です。先生は今年75歳になられました。20年以上前は相当有名だったのですがね、学問、登山ともに・・です。ご存知の方は、懐かしいですよね。
自分へのご褒美なんて考えたことがなかったが、よく考えて見ると1994年のエベレスト挑戦は、まさに仕事と人間関係に疲れていた自分への褒美だったのかも知れない。1980年に前人未踏の山に挑戦した時に見た、エベレストの夕日の美しさに見せられてから14年も準備期間を経ての挑戦であったが、結果は散々であった。しかし、たくさんの夢と自分の「これから」が見えたような1994年でもあった。
それから今日まで、自分がこの世に生かされる意味を考えながらここまで来たが、なんとなく僕の道はon the roadという感じで間違ってはいないように感じる。
まだまだ人生の途上にある自分が「これから」を考える時、くぐり抜けなくてはいけない関門は、さらにその困難度は増すのだろうが、自分の精神と肉体を継続して磨き、そして追求してゆけば、その困難も喜びに変わるのだろうと思う。
そんな自分に、10年ぶりに褒美をあげたいと思う。フレームはこんな感じだ。
ロードバイクなのだが、今の会社を始めた時から自転車に乗るのはやめてしまったが、虫がざわめき出してとまることを知らない。10年前にも、フレームはアメリカのトップメーカーにオーダーして部品はフランス、イタリア、日本のトップメーカーをかき集めて自らの手でくみ上げたのだが、それはこれだ
ペダルと靴だけでも7万くらいはしたと思う。
フレームはbottecchia(ボテッキア)イタリアで100年の伝統と信頼を誇るメーカーの2012年ブルカーボンの最新モデルをメーカーにオーダーしようと考えている。偶然にも輸入元の営業部長が30年来の旧友であるため、彼は勝手に僕のフレームをオーダーしてしまったようだ。コンポーネントはシマノ・アルテグラDi2、これも最新型の電動セミオートマチックコンポである。早ければ2月下旬に最初のフレームがあがってくるらしいが、最初の日本入荷が僕のフレームになりそうだ。
最近の10年は大好きな読書もままならぬ状況だったが、今年は家事と子育ては、そこそこにして読書にロードバイクに趣味の世界も満喫しようと考えている。
プロテニス4台タイトルの開幕戦全豪オープンでの錦織の活躍は記憶に新しいが、彼の進化と確かな手応えを見るものにも与えたことだろう。昨年から取り組んだ大幹の強化も少しずつ現れているようだ。テクニックとひらめき(瞬時に状況を把握して)決断する能力の高さを感じる一方、優勝するにはさらに3回勝たなくてはいけないスタミナについては、かなりアップしないとトップには立てない。しかし、見えてきたことに変わりはないので、頑張ってほしい。腹斜筋に強化も大切かな・・なんて余計なお世話を焼いてしまう、僕がいる。
大リーグに挑戦するダルビッシュもかなりの好成績を残してほしいと考えているし、十分可能性があると確信している。彼はサイヤング賞を取れる逸材だと思う。自分でも言っていたが、日本でちまちま投げるより、必死の形相で勝負してほしいと思う。
やれる・・といえば、昨年不調だったイチローには3番を打ってほしいと思う。そろそろ短打にこだわらず、勝負ところでは、ホームランを大胆に狙ってほしいものだ。過去の自分を脱ぎ去ることも重要な進化であり、彼らしさだと、僕は考えている。
松井君も頑張ってほしい「大リーグで指名されなければ引退する」という決意は彼らしく素敵で、尊敬に値する。
まだ、新人だったころ、広島ホームテレビの路地裏にある『メリーさんの家」で黙々と料理を平らげる姿が目に映る。・・・・メリーさんは元気なのだろうか、生きていれば80歳近いと思うが・・・会いたい気もするが、もう広島に縁はなさそうだ(笑)
私事だが、大学時代の仲間が僕と同じ病気で苦戦を強いられたようだった。今は回復して無事に仕事に復帰しているようだが、元気な姿をお互いに見せ合いたいと考えている。そこで2月には海外遠征などで同じ釜の飯を食べた仲間と友達の支援をネタに酒を酌み交わしたいと考えている、自分は飲まないが・・・で、ひょっとすると1日くらい休業することになりそうだが、ご了承いただきたい。「名古屋に着たのに、俺のところに顔を出せないのか」・・と大学時代の恩師にしかられないように、先生にも会いに行こうと考えている。
55歳になっても大学時代の恩師にしかられる自分は『ほんとうに幸せものだ』と心の中で呟いている。
「ひまわり」の次は「カーネーションか?芸がないタイトルだな」と思いながらテレビがついているから、その後の番組の時間待ち・・みたいな感じで、最初は見る気もなく見ていたのだが、毎日の展開や俳優人の巧みな演技にすっかりはまってしまって今日に至っている。多い日は、1日に3回見るのだが、今日の台詞「人生とか人の道とか言うものは、外れても、踏みとどまっても人の道」とは、名言である。心や感情の求めるがままにつかめる幸せもあるが、つかみ得ない幸せもある。それは世界を目指しても到達できないことがあった自分の人生をある意味では写す鏡のような言葉でもあった。
若い頃の野心のために、多くの物をすて、大切なものを傷付けてしまった人生を振り返ると、夢とか恋愛にかかわらず。自らの意思による選択が重要ということであろう。
ドラマでは「女が好きです」と男に告白すると言うことは尋常ではないぞ・・と近藤正臣演じる組合長がの言葉や演技は、素敵に渋い。『わしも、もうすぐ還暦じゃ、全うに生きてきたが、人の道を外れたことは・・・ない・・ことはない」と歯切れの悪い台詞を、いかにも身に付いたように語る、言葉の演技量もなかなかの円熟実と重厚さを感じる。
そういえば、昨日の深夜にサイクルショップ『トレイルラバー」の渡辺さんに電話をしたら、まだまだ仕事をしていた。僕も11時過ぎま会社で雑用をしていたのだが・・・「今からおいでよ」というので、遠慮なく尋ねてゆくと、見覚えのない後姿の初老の老人が立っていた。真っ白な頭で、頭頂部はしっかりと光輝いていた。元同僚の年老いた姿に、他人を感じたが「向井さんだって、おんなじとしだよ」といわれたが、僕の頭は黒黒でふさふさ、もみ上げには少し白髪はあるが、相当年上の渡辺さんに見えたのだ。
「なに、またロードやるの、昔から走っていたからね」と暖かいお言葉をいただいた.「相変わらず、仕入れが多いね、昔だったら、仕入れすぎだ」としかっていたかも知れないが』と言うと「昔みたいに、しかられてみたい」と意外な言葉が返ってきた。話がいろいろ進んで・・そういえば昔、僕にフレームを供給してくれていたS社の課長が今はフオーカス、ボッテッチア、コラテックなどを扱う会社の営業部長になっていると聞いた「懐かしがると思うから、また、ロードに乗るって電話してあげたら、喜ぶよ」と渡辺さんい言われたので、下心ありで、電話してみようと考えている(笑)今回のバイク購入はリハビリなので、僕がそれらの自転車を乗ったところで何の販促活動にもならないと思うが・・・。
僕の人生も「もうロードバイクは乗らない」と10年前に靴を脱いだのに、またはじめるのだ。
信念とは「貫いても、まげても信念」と僕の頭の中では、そんな言葉が響いている。まさにコロンビア大学行動心理学者シーナ・アイエンカーの「選択の科学」がカーネーションには存在する。作り上げられた小説より、よりドキュメントに近いものほど真の小説なのかもしれない。誰かが直木賞、芥川賞の選考委員をやめる背景に「自分の人生を反映できない小説はくだらない」とは、名言なのかもしれない。確かに小説家の登竜門である地位は崩壊しているのかもしれない・・と思った。
若いと思っていた頃は(45歳頃まで)毎日ロードバイクを1日50キロくらい乗っていたのだが、会社を始めてから、クライミング以外のスポーツは一切封印してしまった。今回、ロードバイク選手の英子ちゃんを支援することにしたら、身体の虫が騒ぎ出した。
「ロードバイクを買うぞ!」と心が叫んでしまった。今回買おうとしているバイクはこれだ
ま、今までは自分で組み立てていたが、今回は後輩か同僚のバイク屋オーナーにお願いしようと考えている。
これは僕が10年前まで乗っていたロードバイク
、ホイールはマビックのヘリウムといって、ツール・ド・フランスでパンターニ選手が使っているのと同じものを、メーカーに無理強いして入手した。まさに僕が強権を持っていた時代だった('笑)しかし、僕の憧れの名選手も数年前に謎の死を迎えていたようだ・・昨日まで知らなかった・
そして、これが僕の愛用シューズだ
左の白いのがほぼ30年前のシデイ、右の赤いのが10年くらい前まで最後に使っていたタイムである。知る人は知っているだろうが、名品であった。
そう考えていたら、早速、バイクショップに行きたくなったので、今週の水曜日に佐野のバイクショップFUIN http://cycleshop-fun.com/に行ってこようと思う、元後輩の大森君は元気にしているかな?
明日は、小山にある元同僚のトレイルラバーhttp://trail-lovers.jp/pc_index.htmlに早速行ってみようと思う・・・気が早いというか、思い立ったら吉日という日本の格言に従おうと思う。
なんだか気分が『楽しくなってきた」のだった
それにしても、今夜は良い雪が降っている。冬の練習はスポーツの基本である
ロッククラフトの会員で、10年ほど指導させていただいている自転車の山口英子選手をロッククラフトは強化選手としてサポートしてゆくことに本日決定(本人オ希望もあって)しました。彼女はクライミング(特にボルダー)においても日本のトップ選手を狙えるくらいの才能があったのですが、自転車競技においてその才能が開花しそうな勢いを感じます。彼女が所属している下野チャリ猿チームとともにロッククラフトは、メンタル、ボデイケア練習方法などさまざまな部分で彼女に貢献してゆきたいと考えています。彼女は北関東地区で行われいるロードやヒルクライムなどの大会(ジャパンカップ宇都宮も含めて)ほとんど一般女子部門で優勝を重ねています。今年から実業団クラスに参戦することになりましたので、ロッククラフトでは世界大会を視野に入れた本格的なサーポートをしてゆこうと考えています。
応援よろしくお願いします。
また、今年はクライマーも数名サポートしたいと考えています。詳細がわかり次第お知らせしますが、皆さんがよくご存知の有名クライマーかもしれませんよ(笑)
ピンチとチャンスは裏と表すなわち表裏一体名のである。そう考えて冷静に以下の論文を読んでみることを推薦します。http://www.apa.co.jp/book_ronbun/vol4/2011japan.html
彼は原子物理学の専門家で現在札幌医科大学で教鞭をとっています。なかなか骨のある人だと思います。商売人になり下がっている科学者や評論家が多い世の中ですが・・・
地球の環境問題を考える上で、人類がある地域に到達し定住すると必ずゴミが残される。そのゴミは時には人類の遺産として重用されるが、そうでない場合も多い。世界で一番高い山エベレストへの登山者は後を絶たないが、残されたゴミの山はいったいどのくらいになるのか、想像もつかない。僕がはじめて行ったヒマラヤ登山は1980年のことであったが「人間の痕跡はすべて撤収する(持ち帰る)」を実行した最初の海外登山だったのかもしれない。その後1994年にエベレストに挑戦したが。その時もすべてのゴミ(糞尿も含めて)は持ち帰ったの意味ならず。氷河に埋まっていた3000本あまりの乾電池を回収して日本に持ち帰った。
20世紀の前半に人類は南極大陸にその痕跡を残した。まさに「至上最悪に旅」が冒険とい名の元に行われたのだが、中庸には捕鯨が行われ南極観測が開始されるとそのゴミは途方もない量となって南極環境を破壊している。昭和基地においても40年間に述べ2000人の研究者が400トン近いゴミを残していったがそのうち337トンは回収した・・といわれている。境が放置したゴミは4000トン以上?皆目見当がつかないようだ。
ゴミは宇宙にも広がっている。その量は4500トン、1960年代より打ち上げられた衛星は4000個以上。そしてそれらのゴミは4500トン以上も地球の周回軌道を回り続けている。1996年に打ち上げられたスペースシャトルには帰還後の検査で500箇所以上のゴミの接触痕跡があったという。
まさに人類の歴史はゴミの歴史といっても過言ではない 続く
酒豪を定義したアイドルの話をしたが、ついでtだから「伴侶」とは何か・・という問題をコロンビア大学行動心理学を元に考察して見たいと思う。
伴侶とは多くの場合人生のパートナーを指すようだ。日本語では配偶者のことであろうが、英語ではどういうのか僕にはわからなかったが、子オ論ビア大学の行動心理学における幸福論という講座によれば、ソウルメイトというようだ。ソウルとは魂のことであり、メイトとは仲間のことであるがこの二つが融合すると生涯の伴侶ということになるらしい。
生涯とはロングライフであるが、ロングライフバートナーといえば、日本語に訳すると「長く戦略的互恵関係にある」ということになるらしい。この説はハーバード大学の言語心理学者の翻訳であるが、なかなか英語の文化的本質を日本語に訳すると、なんだか微妙な日本語に感じてしまうのは何故だろうか?
そこには日本語の主観をあいまいに表現する・という歴史が存在しているからに他ならない。かつてノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏が、受賞講演で、あいまいな日本語文化について語ったいきさつがあるが、あいまいであることを卑下することなく、日本語文化として「誇りに思う」かのような講演は深く僕の心に刻まれている。
生涯にわたって戦略的互恵関係にある相手を伴侶というのであれば、どこか偽善的であって、ギクシャクした関係が浮き彫りになる。伴侶とはそういった関係をさすのではない・・とはコロンビア大学の講義であった。ギクシャクしていないから許せるし、喧嘩もできる。共通する価値観を有することはパートナーにはなりえるが、心は結ばれないのである。
心の結びつきは、身長や顔立あるいは高学歴による経済的余裕によって導きだされるものでもなく、夫婦間の価値観の一致によって導き出されるものでもない。
心理分析を行ってて、相性検査をし、数値が高い人が生涯の伴侶になることは、幸福の価値観とはまったく相異しない。
むしろ、価値観の違い、性格の不一致、さらに容姿や知的レベルや高学歴は良い伴侶を決定付ける容姿にはなり得ない・・ということをさりげなく熱弁していたのである。
たとえば多くの参加者がいるデートメイクサイトや婚活パーテイに多く参加しても、徒労に終わることが多い・・と結論付けている。すなわち無駄なアクセス時間の多さは「人生の無駄ではありませんか」ということである。
コロンビア大学の行動心理学者は言う「伴侶とはソウルメイトである。そして自らのソウルメイクする過程こそが人生そのものである」と
すなわち、幸福になるには、自らの直感を信じることであり、履歴書やデータの質量ではないのだ。
なかなか、うまくはかけなかったが、なんとなく理解してほしい。
今日は少し身体の調子が戻ったが、相変わらず文章はまとまりに欠いている。
しかし、行動主義的心理学の創始者 ジョン・ワトソンや『選択の科学」の ジーナ・アイエンカーなどはなかなか面白科学的心理学である。
年末年始はお酒を飲む機会が多くて体調管理が難しい時期でもあるが僕も酒を飲む機会が多くて、年末から体調を崩したままである。お酒が飲めないのに飲むからいけないのだ。
そこで、真の酒飲みとはどんな人を指すのかを考えていたところ、あるアイドルタレントが「酒は気を失ってこそ酒であり酒豪といえる。気を失うほど酒が飲めないのはまだまだ・・」と豪語した。
あるタレントは、今でも『私はアイドル」と自らを豪語する女性である。自分のことを苗字でいうことから「15歳の癖に生意気だ」「えらそうだ」『ちびの癖に」などと業界内部では揶揄されていたらしいが、そんな言葉にはまったくへこたれない強い自我を持っているようだ。
彼女は酒豪でもあるが、愛煙家でもあるらしい。しかし、そんな私的な自分とアイドルとしての公的な自分はまったく違うものだ、とも行ったそうだ。すなわち「アイドルとは、K泉(私)の職業ですから」と言い放つ。
僕はそんな彼女が好きである。ただしアイドルとしてである。
彼女のコマーシャルは売上倍増という神話hが30年たった今でも現在進行形である。
彼女は、前にも述べたように「えらそうだ」「つんつんしている」あるいは「ちびの癖に」という揶揄を自らの愛称にしてしまった。
方言語録によれば、新潟県西頚城郡や徳島県の方言では、痩せている、または小さいさま、鳥取県西部ではとげとげしいさま、岡山県児島郡では、つんつんしてえらそうな様子、とげとげしいさまを・・・凝れたすべての言葉は「きょんきょん」というらしい。
彼女は言う「アイドルなんていわれている人は、みんな二重人格でしょう」・・とあっさり言い放つ。すごい・・すごすぎて言葉が出てこない。
まさに彼女は、そのまんまアイドルという職業を楽しんでいるタレントなんだろうと思うが「おい、向井。もうよったのか?甘いよ。気を失ってこそ酒rだぞ」なんていわれたら僕は生きてゆけないかもしれないので、彼女は永遠に僕のアイドル(偶像)でよいのだと思う。
ちなみに、idleは機会などのギアが入っていない状態か作動していない状態のことであり。idolとは意味が違うのだが、日本語にすると、同じ意味に思えてしまうのは、現表認識レベルの低さがそう思わせてしまうのだろう・・・(笑)
あけましておめでとうございます。
僕は4年ぶりに長期休暇をとって釧路の実家に帰りました。年老いた母が80歳で一人で実家を守っています。僕の家の宗教は門徒宗といっているが浄土真宗のことである。真実の心とは何かを、親鸞が解いたことにその源があるといわれるが、宗教はその歴史観を理解するのが難しい。
年末年始は釧路神社の猿田彦の尊を神としてお祈りするのだが、 日本の神様に対する風習もとても込み入っている。八百万とは何でも神が宿るということでもある。日本では自分の都合の良い時に、都合の良い神や仏を信じても良い・・という考え方が支配的である。これが我が家の神棚です、おどけているのは、娘です。
ちなみに僕の学んだ大学の宗教は曹洞宗である、僕は広い意味で禅宗と理解している。 特に「四戒」は重要な考え方で、多くの武道に共通する考え方である。中国の達磨大使の本尊でもある少林寺でも修行僧の教訓となっている。剣道でも同じことが言える。すなわち
「四戒」
1)驚とは
こう考えると、ロッククライミングの精神にも通じるような気がするが、いかがなものか
話は釧路に戻る。12月28日の忘年会アタリから体調が悪く、釧路ではほとんど寝ていた。しかし、ロシア(北方領土)
を見に出かけたり、野生の鹿の大群にであったり、鶴居村では60羽あまりの鶴の大群と遭遇して、娘は大喜びであった。
しかし、中学時代からの友人の一人が僕と同じ病気にかかり、1月5日に手術した。なんだか気が重くて・・お酒を飲む気分にはならなかった。無事を祈りたい・・・。
話は宗教に戻るが、人類が宗教を発見した痕跡は、最近の学説では3万7000年くらい前に遡るようだ。人類は途方もなく長い時間をかけ、熟慮して宗教という文化を心に植えつけたのだが、今から2500年まえ辺りからは、心や集落の平和ではなく、戦争の手段に利用されているような気がして、歯がゆい思いを抱くのは、多くの庶民に共通する考え方ではないのだろうか。
2012年は、宇宙より宗教について、もう少し深く考えてみたいと思っている。・・・そんな感じかな?
今日の忘年会は、今年結婚した2組のカップルの披露宴もかねて開いた。本人たちには内緒だったがカップル全員にキスの仕方を教わった(笑)出来立てほやほやカップルのキッス
結婚10っ花月の少し倦怠期のキッス
相当嫌がっていた・・早苗が・・?
そして結婚10周年のカップルがキッスの見本を・・・と思いきやシャッターチャンスを逃してしまうというシーン旦那しか写っていない
乗りのりのみんなは、こんな感じでした
明日は2011年最後の営業です。よろしくね
「この数式は美しくない」ある時アンリは、そう考えながら、さまざまな数学的研究を直感において研究した人物である。彼は「数学とは、不正確な図を見ながら正確な推論のできる人間のことである」と自分の数学的見地にこだわり続けて、宇さまざまな数学的研究課題を今日の科学者に残した。
たとえ解(答え)が見付かったとしても、その過程に感覚的な違和感を感じたなら、ほっとほかに解決する方法がありのではないか・・と考えることは人間として当然の欲求であり、その違和感が感性であり、さらにその違和感を感じる・・というこことが人間性につながると考えたようだ。少し難しい話になったかもしれないが
クライミングにおいて、単に高何度の問題(ルート)を登れたとしても、そこに違和感を感じたならば、さらに多角的視点にたって、その課題に挑戦すべきではないか・・・と考えることが重要な気がする。
ある意味で練習とは、美しい数式を追求する過程のことである。単なる達成感のみでは、美しくなれないす、クライミングの本質から遠ざかってしまうような気がする。
クライミングとはむしろ数学的な思考かもしれない。問題を作ることと、問題の解を求める結論のみが優先するのではなく、多角的に検証すル事を代数を用いて研究する科学である。
物理学との違いは、論理性や実験による検証の確立的現実が成果ではない・・と考えても良いかもしれない。
しかし、アンリの考え方は、数学的論理性を伴っていない~、不明確(あいまい)で数学的ではない・・という批判も伴う。
クライミングにおいても「このルート(あるいは課題)が登れたんですけれど、正解ムーブはどれですか」という質問を受ける場合があるが、僕はあえて「あなたが正解と考えて事が正解である、その解に違和感を覚えたのであれば、その解(ムーブ)は、あなたにとっては不正解なのかも知れませんね」と哲学的に答えてします。
あえて、正解を教えるのではなく、自分が感じた違和感を是正することができて『美しい』とかんじるなら、自らが導き出した解は正解なのかもしれない。
しかし、練習はそれに満足してはいけない。他の方法を常に模索する姿勢がなくなれば、自らの向を自ら断ち切ってしまうのである・
「容疑者Xの献身」によれば、湯川教授(物理学者)が容疑者X(天才数学者)に「数学とは、解が存在するとして、問題を作ることと、解くこととでは、どちらが数学的なのか」とい物理学的な質問をす事によって、容疑者の動機を探ろうとするような、奥の深い話になるのかもしれない。
数学者には「美しい数式を独占したい」という欲望が渦巻くものなのか?
アンリが1904年に残した位相幾何学の問題(ポアンカレ予想)は「ロシアの数学者グレゴリー・ベレルマンによって、100年後に解き明かされたたといわれる」
しかし、カレは謎を解いた功績を甘受することなく、ロシアのどこかで、キノコ狩をしているという。カレは名声を得ることより、与えられた問題を「美しい数式で解き明かす」事こそ数学と考えるかのごとく、文学によって自らの考え方や生き方を公表しない。
ベレルマンの頭の中には、新たな「美しい数式を解く」問題が混沌としながら山積しているのかもしれない。
人生に「此れで良い」という満足は不要である。
どこまで本質の上ではなく、本質の下層に存在する基本を、さらに深く追及しようとする心の存在と向き合う事こそ、重要な考え方ではないか・・と、ふと、思った。
クライミングというスポーツは、力学的でもあり、人間性の歴史でもあり、数学的でもあるような気もした2011年でもあった。
2011年12月29日、本年最後のコラムでした
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